1 黒領主
よろしくお願いいたします。
説明回です。
「どうして貴方が横領なんて犯罪に手を染めたの?」
「金が欲しいと思うのは人ならば誰しもが抱く欲求ではないですか。ましてばれずに、すぐ手が届く所に大金があったのですから、行動に移すのは至極当前のことですよ」
父の代から仕えてくれていた、家令のヘイデンに裏切られていた。ずっとこんなことばかりが繰り返されて行くのだろうか。
どうして私の周りでは、悲しくて辛苦なことばかりが起きるのだろう。
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私、クローディア・ハイドには母がいない。兄弟姉妹もいない。母がいない理由を知りたいとは思ったが、優しい父を困らせる様なことをしたくはなくて、何も聞けなかった。
私が12歳の時、ハイド伯爵領の領主で唯一の家族だった父クライヴ・ハイドが帰らぬ人となった。
それから、私の世界は変わってしまった――
哀しみにふける間もなく、叔父夫婦と従姉妹が屋敷にやって来た。私が16歳の成人を迎えるまで叔父が後見人となり、父の領地を引き継いだ。
父が私に領地を相続させるため、国に届出を済ませていたから良かったものの、届出をしていなかったら私はどうなっていたのだろう? そう考える程、卑劣な人達だった。
叔父達が来てから、ほとんどの使用人が私を無視するようになった。ドレスも靴も新しく買ってもらえることはなくなり、私は破れたドレスに、底が剥がれかかった靴を身につけた。
従姉妹のドナから、お下がりがもらえればまだ良い。ただ、そのお下がりだって、ドナが婚約者からもらったプレゼントで『ダサいドレスは私には似合わない』と、気に食わなかったドレスをわざと私に着せ、馬鹿にして面白がっているだけの話。
食事は毎回1人、部屋でとる。今まで食べていたものと比べると、質も悪く量も少ない。固いパンか冷めた具のないスープを与えられる。食べることさえできず、死んでしまう人さえいるのだ。私はまだマシな方だと考えることにした。
贅沢三昧で、領のための大切なお金を食い潰していく叔父夫婦だが、けして私に体罰を加えるとか完全に食事を抜くとか、命に関わることはしなかった。
私が成人する前に、万が一の事が起きれば、ハイド伯爵領は国に帰属される。だから蔑ろにされるだけで、最低限の生活は保障されていた。
叔母も滅多にいない黒髪黒目の私の容姿を『地味で不気味だわ』と嫌味を言ってくるだけで、それ以上のことはしなかった。
唯一私の味方でいてくれたのは、数年前から雇われたメイドのエリカだった。エリカがいなければ、私の心はもたなかっただろう。
まだマシなのだ。私はまだマシ。そう思って4年間生きてきた。
私が16歳になり成人を迎える2ヶ月前、叔父夫婦が突然捕まり、叔父一家からは解放された。未成年者だからと、理由までは知らされなかった。
領主不在の期間ができるのは問題になったが、手続きをしている間に私が成人するからと、特例で父が残した届出のとおり、私が成人と同時にハイド領を相続し、領主となった。
背中まで伸ばした癖のない真っ直ぐな黒髪に、黒い瞳。領民は私のことを「黒領主」と揶揄する。
この世界に生まれてくる人間は、生まれ持った魔力の色を身体の一部に与えられて生まれてくる。
火属性なら朱の髪や瞳、風属性なら翠、水なら蒼。人は鮮やかな色彩をまとい、自分の属性に誇りを持つ。
でも、私に与えられた色は黒だった。髪も瞳も真っ黒な闇属性の人間が私。
光と闇の属性を持つ人間は極端に少ない。黄金の輝きを放つ光属性の人間は崇拝の的になり、逆に闇属性の人間は悪魔の様だと忌み嫌われる。
以前は遠巻きに、領民から「黒令嬢」と呼ばれていたが、今や領主となり、自分達の生活に多大な影響を与えるようになった私を、本物の悪魔を見るような目で「黒領主」と呼ぶのだ。
だけど領民のため、家令のヘイデンと共に、領地経営を実直に行ってきたつもりだった。まさか、そのヘイデンに裏切られていたなんて……。
私が国に提出する収支報告書の不自然な数値の記載に気づき、一通りの証拠を集め、ヘイデンに突き付けたのが先ほどだ。
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「おっしゃる税収欄ですが、ただの書き損じでございますね。まだ過年分も含め、修正すれば済む話ですよ?」
「そんな話じゃないでしょう! 貴方がした事は直しが利くような問題ではないわ!」
「今、私にこの領地を見放されたらどうなります? 経験もない貴女に、何ができると言うのです? ここは目をつむった方が、互いに得ではないですか?」
「見逃すなんて、できるわけがないでしょう!」
ヘイデンが開き直るなんて思いもしなかった。証拠があるのによくもいけしゃあしゃあと!
「仕方ありませんね。貴女には生きていてもらわなくてはなりませんが、余計な口は塞がないとなりません」
「なっ、なにをするつもり?」
ヘイデンが手に短刀を構え、私ににじり寄ってくる。
「大丈夫ですよ。ちょっと咽を潰すだけですから」
「いやっ! やめて!」
――――――
「グアっ!!」
咄嗟につむってしまった目を恐る恐る開くと、腕を押さえながらヘイデンが膝をつき、短刀が床に転がっていた。何事かと辺りを見回すと、メイドのエリカと知らない男の人が立っていた。
「主人に刃を向けるとは、随分な家令がいたものです」
そう言って、男は手際よくヘイデンをクラヴァットで縛り上げている。
「恐ろしかったでしょう? もう大丈夫ですよ。この者は、私の方で軍に引き渡しておきます」
「ありがとうございます……」
「話は聞こえておりましたよ。クローディア様には後日、証拠品の提出にご協力お願いいたします。エリカさんでしたね。案内ありがとうございました」
男の人にお礼を言われたエリカは、一礼して執務室から下がって行った。
「どうして私の名前を? 初めてお会いしますよね?」
身なりからして、裕福な商家の息子さんだろうか? でも、お会いした記憶はない。
「申し遅れました。生前、お父上のクライヴ様に大変お世話になった、ユージーンと申します。本来ならば葬儀に駆けつけるところ、他国に留学をしておりまして大変な不義理をしてしまい申し訳ございませんでした」
「父の知り合いの方でしたか。わざわざお越しいただいたのに、見苦しいところをお見せしてしまいましたね。父もさぞ、ユージーン様にお会いしたかったことでしょう」
初めて黒髪黒目の私を見た人が、ごく普通に接してくれるのは久しぶりだ。ユージーン様は私と正反対の、輝かしい金色を髪と瞳に宿しているのに、驕ったところが一切ない。
まるで宗教画の天使の様で、綺麗な容姿をした人だと思った。
「実は私、生前クライヴ様に、大変な御厚情を賜りまして、そのご恩を返すため先日帰国した所、クライヴ様の訃報に接したのです。どうか、クライヴ様に直接お返しすることができなかった分も、私をクローディア様のお役に立ててはいただけないでしょうか?」
「そのように言われましても……。お気持ちだけで充分にございますよ?」
「私は実家からも見放された三男でして、すでに兄達が家業を継いでおり、穀潰しの私は早く家を出ろとせっつかれているのです。どうかハイド伯爵家にご厄介になれないでしょうか? 帳簿の管理も納税の手続きもできます。どうかこちらで私をお雇い下さい。お願いいたします」
そう一途に頼み込まれ、こちらとしてもヘイデンが抜ける穴は大きいので助かるし、危険なところを守ってくれた良い人だよね……、と考えてしまった。
私は二つ返事で、ユージーンと名乗った男に手伝いをお願いすることにした。




