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感情の境界線  作者: めだまやき
第一章 交錯する声音
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対話の先に見えるもの


西条高校さいじょうの時間割は午前3時限、午後2時限の全5時限授業だ。さすがに80分授業は長い。その分昼休みの時間も長く、一時間用意されている。一時間といっても弁当を食べる時間も含めるから思ったより短いが普段はあまり気にならない。

俺たちが学校で自由に動ける時間はこの昼休みと放課後の数時間のみ。ただ、放課後に政希はバンド、実咲はバスケ、俺はバレーなどとそれぞれの部活があってあまり固まって動いたりすることができない。だからまとまって話せるのはこの昼休みしかない。高校生活は夢見ていたものとは違いなかなか厳しいことが現実だった。

だからこそ、この昼休みを大切にしていきたい。せっかく出来た良き友達なのだから。そんなことを考えているうちに実咲が俺に話しかけてきた。

「志乃、それで私は何をすればいいの? あの二人はもうどっか行っちゃったし、私だけ話から置いてけぼりなんだけど…なんか悔しいし」【私も手伝いたいのに】

 確かに政希と稔の姿が教室にない、それもあって実咲が俺にいつもより詰め寄って話しかけてきた。

「ほんとだ。早いなぁ、あの二人」

気の抜けたような声に聞こえたのだろうか。実咲は少し怒りっぽくなって言った。

「ちょっと志乃! 早く何があったのか話してよ。私も志乃を信じてるし、楽しく学校生活送るためにもこうやって調べたりしてるんだからさ。ね、ホントに何があったの?」

【早くしないと調べる時間が無くなっちゃう】

昼休みが一時間あるとはいえ俺たちで集まって話してから動くのでは当然だが時間が足りなくなってしまう。

「わかったって、話すから。てゆか近い近い。あのね、昨日あの二人から生徒会室で真柴の取り巻きのサトウが会長と話していたらしってことを聞いんだ。それで…」

「ねぇねぇもしかして今、真柴って言った?」【真柴君のことなら聞きたい】

 俺が話している途中で何人かの生徒が集まってくる。真柴の認知度はこの三か月で格段に増した。それは男女関係なく、集まってきた生徒の数からもその影響力の大きさを確認できる。当然それに加わらない人も少し入るが少数派だ。

 やはり真柴はしくじってなんかいない。さっき考えた考察は多少の引っ掛かりはあるものの後者が正しいのではと思えて来てならない。ただ、今はそれを考えるべき時じゃない。そう自分に言い聞かせて思考の渦に沈むのを食い止める。

「実咲、教室はちょっとまずいかな」

「うん、そうだね志乃。移動したほうがいいかも」

【この人数が集まってくるとさすがに話しどころじゃないよ】

「ああ、ごめん。聞き間違いだと思うよ。俺は真柴君? のことはよく知らないし。」

一応学校では俺と真柴の関係はほとんど隠しているし、そもそもあいつとの過去なんて知られたくない。クラスメイトには同じ中学なだけで話したことすらない、前に伝えたことがある。

「ええ、そうなの。それでどうして移動するの? 実咲も一緒にいくんでしょ? ねぇ、朝の話まだ聞けてないんだし今話してよ、実咲」

集まってきた中の女子がそう実咲に言う。まったく、こういう恋愛沙汰やら人気者の話やら、耳にするだけで騒がしくなる。そういうところに関しては学校は面倒だな。いいところでもあるけど…そう思いながら俺は思い切って、そしてある意図をもって口にする。

「あー、あのさ。俺と実咲、付き合ってるから。朝、稔が言った通りだよ」

当然ながらそういった瞬間教室の中は一瞬にして落ち着くきをなくしたようだった。そしてクラスメイトが俺たちに詰め寄る。隣の実咲はというと顔が硬直し、口をきけない状態だ。俺がそんなことを口にするとは微塵も思っていなかったのだろう。

「え、ちょっと待って。じゃあなんで朝に湯谷君はやめろって言ったの?」【おかしいよね~】

そう口にしたのは坂上夏帆さかがみかほ。うちのクラスの女子クラス委員だ。それだけあってなかなか頭は回る、らしい。正直俺の苦手なお調子者タイプであまり話したことがないためよくは知らない。実咲を通して知ったほどだ。だが、そんなお調子者がまとめる役に回った途端、急に性格が変わる。いつものノリで女子をまとめた後、稔を通して男子の意見を聞いて全員の納得できるような案を制作する。まぁ、お調子者だけどやるときはやるってタイプらしい。(俺は実際にその現場に居合わせたことはないからわからないが)

「いや、だって朝に言ったらさすがにヤバくない? 今みたいな騒ぎになること確定じゃね?」

政希の言ったことは決して嘘ではないことをこうして証明する。隠す意思がなかったことを伝え、これ以上の詮索はさせないよう良心に呼び掛ける形で口にする。

「た、確かにそうかも。勘違いしてごめ~ん」【うかつだったわ】

なかなかいいところに目をつけていたがこの程度では欺くのは簡単だ。さすがにこれ以上は詮索してこないだろう。それを聞いて周りはいったん納得したような顔をする。

「ほら、行くぞ?」

放心状態のままの実咲に話しかけ、手を引く。まぁ、実際に付き合ってるわけでもないし少し落ち着いてから本当のことを話せば実咲もわかってくれるだろう。


「ね、ねぇ志乃。もしかしてからかってる?」【どどどどどうしよ】

屋上についての第一声が落ち着きを失った実咲の声。表面上は落ち着いているように見せているが感情はそうでもないようだ。というか、よく見れば顔も強張っている。

「ごめんごめん。さっきは自然な流れで教室から離れられる言い訳が思いつかなかったからさ。とっさだったけどなかなかいいアイデアだろ?」

「あっ、だよね。本気じゃないんだよね?」【な、何聞いてるの私】

どこかさみしそうな、残念そうな顔色を浮かべて実咲は言った。

「ああ、驚かせて悪かったな」

「う、うん」【私の気持ちも考えずに...】

 本当に悪いことをしたと実咲のめったに出さないくらい顔を見ると感じる。気付かないわけがない。三か月も一緒に話していればその人の感情など読まなくてもある程度わかる。だが残酷なことにそれについて謝るのもまた傷つけることになる。だから話を進めるしかない。

「えっと、サトウが生徒会室に行ったところまで話したな。それで――――」

「ごめん志乃。今、その話はもういいかな。帰ったら連絡するからその時に教えて」

【ちょっと聞きたくないかも】

実咲はそう言って屋上から教室へと降りて行った。

 やはり誤っておいたほうがよかっただろうか、と後悔の念に駆られる。そんなときに稔と政希からメッセージが飛んでくる。

「会長からはあれ以上のことは聞けなかった」

どうやら稔と政希はサトウに接触する前にもう一度生徒会長に話を聞きに行っていたようだ。俺でもそうしただろう。やっぱりあの二人は俺と似てる考えをしてるな。そう思うと無意識に微笑みがこぼれる。

「わかった、今からそっちに向かうよ。どこにいる?」

「1-R特選クラスの前」

「りょーかい」

これから真柴たちのクラスに行ってサトウに接触する。俺は一度、実咲とのいざこざを考えず、一度、思考の渦に身を任せながら1-Rへと移動する。

 ただ、どうしたものだろうか。俺たち三人とサトウの接点は正直いってない。呼べば応じてはくれるだろうが、知り合ったばかりの人にそう多くは語らないだろう。感情を読んでもおそらく疑念にしか思っていないはず。むしろ疑念じゃなかったら疑ったほうがいい。この異能の欠点だ。

読めるのはあくまでも感情、本心じゃない。


―――――感情とは一時的なものだ。本心とは大きく違う。いいな、志乃?


「お、やっと来たか」【結構遅かったじゃん】

「ああ。わるい」

「おう。あれ、実咲はどうしたんだ? 一緒に来ると思ったんだけどな」【なんかあったな】

さすがに政希、鋭いな。一応顔には出さないようにしていたがそれでも気付かれてしまった。

「いや、ちょっとケンカしたんだ。まぁ大したことじゃないけど一応後で話すよ」

「どっちでもいいぞ。言いたくなければ聞くことじゃない」【言いたくなさそうだし】

相変わらずの政希のクールぶりには助かる。

「で、どうするんだ志乃? 俺らはサトウの知り合いでもないんだぜ?」【さすがに警戒されるだろ】

そう稔が言った時だった。

「あれ、八倉君じゃないか。どうしたんだ。こんなところで立ち話なんて」

【は? なんでいるんだよ】

後ろから声をかけられたが顔を見ずとも感情で誰だかすぐにわかる。真柴薫。なぜ会いたくないタイミングで来るのだろう。

「え、あ、真柴君。久しぶり。中学以来、かな」

不本意ながら思考がまとまらずに焦りが出た。

「いやいや、そんなことないでしょ。で、どうしたんだい?」

【ッチ、また邪魔するようだったらお前、わかってんだろうな】

なかば脅迫じみた感情が聞こえてくるがしょうがない。こうなった以上サトウとの接触を断念し、今は真柴を捌くことに集中しよう、そう決めた。

「あのさ、内のクラスの女子が真柴君と話したいから仲介してほしいって頼まれてさ、ちょうど探してたとこなんだよ」

とっさに言い訳を考えた。ここは廊下だ。下手なことを言えば真柴だけでなくRクラス全体から疑われることになる。それは避けたい。

「へぇ、せっかくだし二人で話そうよ。今日の放課後はあいてる? もし空いてるならカフェテリアに来てよ。待ってるから」【絶対にこいよ?】

俺のいいわけなんぞ聞こえてすらいないようで、後ろの二人には目もくれず、俺に向かって言ってきた。もうすでにRの教室から何人か会話を聞いている人が出始めてきている。これ以上の長居はしたくない、そう思って承諾を伝える。

「わかった。じゃあ、また放課後に」

意図しない形になってしまったが、サトウとの接触は日をまたいだほうがいいだろう。今日の放課後に稔たちにお願いもできるが、Rクラスの生徒に顔を覚えられていることを考えるとやはりやめたほうがいいと感じる。

「おい、志乃。お前、実咲とどうしたんだ?」【ケンカじゃないだろ】

 戻る途中に稔にそう聞かれ俺はさっきのことをほとんど話した。



放課後。

すべての授業が終わり、HRも終わると俺は足早にカフェテリアへと向かった。すでに真柴のいるRクラスはHRが終わっている。自学に重きを置く特選クラスは俺たちに比べ、一時間授業がないのだ。


「やっぱ遅かったね」【今回も利用してやろうか?】

「いや、そうはいかないよ」

真柴の言葉は無視し、感情にだけ返す。それが気に食わなかったのか俺に対しての感情が強まる。

「とりあえず、何か頼んできなよ」【長くなるんだろ? どうせ】

言われるがまま、というかごく自然な流れでカフェテリアの自販機でコーヒーを買った。そもそもこの話は長くなると予想していたのだから当然の行動だった。ただ、真柴に言われた後にそうしたのが気に食わない。

「で、率直に聞くけどお前は何をしてるの?」【また嗅ぎまわってるみたいじゃねーか】

「正直に言うけど、真柴。君しくじったんじゃないか?」

「しくじった? 何言ってるんだよお前」【俺が何をしたいか知ってるようだが?】

「強がってられるのも今のうちだよ? だって昨日サトウが…」

ここまで言ってはっとした。何を言ってるんだ俺は。わざわざ教えてどうする。そのまま言わずにサトウを利用すれば優位に立てたかもしれないのに。

「サトウがどうしたんだ」【途中で止めるなんてナンセンスだな】

これを見抜くのが真柴という人物。真柴の顔に余裕の色が浮かぶ。対して俺は焦りが出てしまった。

「あのさ真柴、ここは高校だ。人の多さも一人一人の質も中学とじゃ比べ物にならない。忠告しておくけど前と同じことをするなら俺が止めるし、そもそもできないよ」

言いながら思った。見苦しい。苦し紛れに真柴にぼろを出させようと必死になっているのが誰が見てもわかる。

「おいおい、ずいぶんと必死だな。前と同じ? なんのことだかさっぱり」【見苦しいぞ】

「お前の周りにいじめられている奴がいる。俺にはわかる。その人はお前が手を付けたんだろ?だけどな、うまく隠しても内部から告発されちゃ意味がない。現にサトウから生徒会長へとその話は通ってるんだ。これはまぎれもない事実。やっぱりしくじったんじゃないか、真柴薫?」

俺の言葉じゃない。生徒会長。そう言った時から真柴の顔から血の気が引いていった。結局サトウのことは言ってしまったことになるが確実な情報なわけじゃないし、たぶん大丈夫だろう。

「サトウが会長に...?」【ありえねぇ】

何がそんなに真柴を畏怖させるのか、俺はまだこの時少しもわかっていなかった。そんなときに後ろから声を掛けられる。

「やぁ君たち。なにやら楽しそうな話をしているね。僕も混ぜてくれないか?」【真柴薫に八倉志乃、か】

そうやって俺の肩をつかんだのは2-R神霜三船かみしもむふね、生徒会長だった。


事務連絡


更新は毎週土曜日の夜を目安としております


随時加筆、修正を行っておりますのでご了承ください

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