第12話 重樹の脅威
『絶巓級!?』
イージャンとレイセインが一緒に声を上げた。しかし、ソティシャは二人の声に驚くばかりで、腑に落ちない様子。彼女は、これが何なのか分からなかった。
「はあ……。絶巓級って……」
(よりにもよって、それか……。別に、山腹級でも良いじゃない……)
レイセインは、軽く眩暈を覚えた。
重樹、それは樹と石が混ざった巨大な化け物の事。ソティシャは、その重樹を見た事がない。ただ、この存在自体は知っている。けれど、それは他のもので、絶巓級とは違う。重樹というものは、色々と種類があるのだ。
また、その大きさも、すっごい大きいのが何か沢山いる、といった曖昧なもの。絶巓級や、磐蹄犀馬と言った決められたものではなく、そういう感覚で認識している傾向があった。覚える気がなければ、まだまだ幼い子供にとってそれは仕方がない。
しかしながら、本来このトゥアール王国では、その名を知らぬ者はいない程、有名である。軍に在籍している者ならば、それがどの軍籍であっても皆知っていた。その姿が描かれた詳しい資料もあり、専門の研究者を除けば、一番精通しているだろう。
だから、中央軍の兵士であるレイセインも当然知っていた。そして、それは近衛騎士であるイージャンも。
「磐蹄犀馬……」
(これは、隊長から聞いた事がある。恐らく、あれの事だ。そうか、銀嶺はあの重樹から取れたものだったのか……。だが、確かにそうなる。あれは、陛下が結婚なされる前の話だ)
黙考している彼には、何か思い当る節があったようだ。
「ジャ、ジャン兄ちゃん。『ぜってんきゅー? ばんてい……、さいま』って?」
「ん? あ、ああ……」
袖をくいくいっと引っ張られ、顔を向ける。彼は、重樹と戦った事がある。それを知っているため尋ねられた。
「ソティシャは、『万雷山脈』を見た事があったか?」
「うん、あるよ。父さんと一緒に『西都』とかへ行った時、遠くに見えてた」
「そうか……」
西都とは、王都の西にある都だ。そして、万雷山脈は、その西都より西北にある大平原を越えた先にある。雄大な山脈で、峰がどこまでも続く。
標高も高く、仮にこの王国で比較的温暖な王都の辺りにあったならば、夏でも山頂に雪が積もっているだろう。ただし、その独特の特徴がなければ、であるが。
そして、重樹は、その万雷山脈の高さを基にして、大きさを区別するため等級がつけられている。それは、大まかなものではあるが、麓辺りの高さ未満を岩石級、それ以上のものを順に、山麓級、山腹級、そして、
「俺も、実際見た事はないんだが……。その万雷山脈の山頂くらいの高さがある、角の生えた巨大な馬だそうだ……」
「ええ!? そんなにでっかいの!?」
「ああ。それを絶巓級って言うんだ。磐蹄犀馬は、その馬の名前になる」
「はー……」
ソティシャは、感嘆の息を吐き出す。
これが絶巓級。そして、その重樹の姿だ。銀嶺は、この絶巓級か山腹級に埋まっている事がある。イージャンとレイセインも、この事を知っている。ただ、山腹級の方だと思っていた。二年前、七年前、それ以前の十年前も、取れたのはずっとそっちだけだったからだ。
ジャムシルドが結婚したのは、十五年ほど前の事。だから、当然それ以前のものにならなければ、辻褄は合わない。しかし、この事実に引っ張られ、また深くは考えていなかった事もあり、すぐに思い出せなかった。
「はー……。すっご……。でも――」
息を吐き終わると、ソティシャが不安気に言う。
「そんなのと戦わなくちゃならなかったなんて……」
「そうだな……」
そう。戦わなければならない。これは、このトゥアール王国の宿命だ。また、歴史と言っても過言ではない。重樹は、遥か昔、建国当初から延々と戦い続けてきた、宿敵なのである。
その獰猛な気性。異常なまでの敵愾心。人を見つければ殺そうと、容赦なく襲い掛かってくる。しかも、対象はその人だけに止まらない。
対抗手段のない村や町に、それが一度入り込めば、崩壊は免れなかった。人、物、大地。全てが粉々になるまで破壊され、蹂躙し尽くされてしまうからだ。まるで、人の痕跡をこの世から全て消し去る様に。そして、重樹は、更に厄介な特質まで持ち合わせていた。
また、巨大になるにつれ、その目標も大きくなる傾向が強いと言われている。もっと人がいる場所へ、もっと建物がある場所へと、その場所を知っているかの様に、まず移動して行くと。
だから、トゥアール王国は。それを防ぐため、水際とも言える大平原で、数限りなく戦いを繰り返してきたのである。
「俺は、まだ山腹級までしか見た事がなくて――、これは絶巓級より小さいものになるんだが――」
「うん」
「その山腹級でも圧倒されたよ。巨大な山の上に、その山の半分くらいの重樹が、乗っかっていたんだからな」
「へえー……。さんぷくきゅーって、そのくらいの大きさなんだね……」
「ああ。そう呼ばれていれば、他も大体、同じのはずだ」
ソティシャは、その名を聞いた事はあったのだが、覚えていなかった。だから、もちろん新鮮に感じている。
「だが、ソティシャ。絶巓級はその倍になるんだ」
「あ、そっか! 倍になるのか――!」
「ああ。巨大な山が二つ。となると、それは想像を絶するだろうな……」
「ひええぇ……」
ソティシャは、山の上に、その山と同じくらいの馬を乗せてみる。その馬は暴れ馬。大声で嘶き、目は吊り上り、角とそれから牙も追加して、自分なりにとても怖くした。それを思い浮かべると、その大きな姿にぞっとしてしまう。
(わ、私、すぐに潰されちゃうよお……)
それから、顔を伏せ静かになった。想像している内に、一つ気になる事が出来て、それを考えていたのだ。しかし、その答えを思い付かなったからか、少ししてぽつりと呟く。
「一体、どれくらいの人が戦ったのかな……?」
(百人? ううん、もっとよね。千人? うーん、一万人? もっともっと? はあー、全然分かんないけど、そんなに大きかったら、すっごくいっぱいの人達が戦ったんだろうなあ……)
それくらいでもいないと、到底倒せそうには思えなかった。
「いや。違うんだ、ソティシャ。多分そうじゃない」
「え?」
伏せていた顔を上げ、そのまま彼を見上げた。
「ああ。イージャンの言う通りだぜ」
「ん……」
ガドリクとレイセインにも言われ、その顔を交互に見てから首を傾げる。
「ど、どういう事?」
彼女は知らないが、元々知られていた絶巓級の名が、広く国中に知れ渡り一躍有名になる、その切っ掛けとなった事件があった。そのため、レイセインもすぐに察している。そして、ガドリクがそれを伝えた。
「ソティシャ。絶巓級はな、常人じゃあ一切太刀打ち出来ねえんだよ。軍の多さは関係ねえ」
「え? じゃあ、どうやって――」
「一人だ」
「一人?」
「そうだ。陛下が、三日間一人で渡り合って、それでぶっ倒したんだよ」
これを聞いて、思いっきり目を見開いた。
「ええええええ!? み、みいいい!? ひい、ひっとおおお!?」
三日間? 一人で倒したの? そう叫びたかったが、口がついてこない。しかし、言いたい事は皆に伝わった。
「おう。そうだぜ。その背中にずっと乗ってな」
「ん……」
ガドリクとレイセインが一緒に頷く。イージャンも、やはりあの話で合っていたかと頷いた。それを見渡して、ソティシャは一言。
「すっげえ……」
そう呟いて、口を開いたまま放心したように静かになる。そして、その隣でイージャンが、胸の前で腕を組んだ。以前、近衛騎士隊の隊長であるゴトキールから聞いた、その話の仔細を思い返す。
それは、ジャムシルドが結婚する以前の話。重樹が、万雷山脈を越えこの国へと襲来した時の事。事前に討伐へ向かった中央軍が、大平原にその軍を配置し終えると、それは突然起こったのだという。
天と大地から響いてくる微かな、だがしっかりとした震動。それが自分たちの体を揺らす。そして、遠く見える山脈が身震いをしているような錯覚に陥いった。重樹襲来の前兆の一つだ。これが始まると、すぐにでもその連なった山頂を越え、それは大挙してやって来る。ただ、この突然の前兆はいつもの事。
何故なら、重樹は前人未到と言われる山腹山頂を越えてやって来るからだ。つまり、万雷山脈は、登る事が極めて困難で、その先に広がる景色を見渡すことが出来ない。これは、この山脈の別の特質にもよる。
よって、重樹が降りて来るまでは、どんな大きさがいるのか、どんな種類がいるのか。そして、その規模も偵察が出来ないため、全く分からない。当然、その襲来が始まる瞬間も。だから、突然となる。前兆があるのは、有り難いと言えるだろう。虚を突かれず、身構えることが出来る。
これは、イージャン自身も知っている事。彼は近衛騎士。出陣する王族と共に討伐へ参加してきた。だが、このいつもの前兆。今までとは違うと気付いた者たちがいた。
徐々に大きくなってくる震動。胸の動悸は激しさを増す。それが、最高まで達したかと思うと、山頂の背後に明滅する影が出来てぶれる。そして、日の光を浴びて色づいた。
木が絡みついた岩の塊――重樹だ。こちらの事はお構いなしに、見る見るうちに出てくるその頭と鬣。それから、首、体が見え始め、ゆらりと揺れる尻尾、最後に脚が現れた。そして、遂にその脚の蹄が山頂を捉え、巨大な全貌が明らかになる。
それは、木と岩で形取られた六本脚の巨馬だった。万雷山脈と同じ標高。鼻の上には、尖った円錐のような山――巨大な角が生えている。それが、真っ直ぐ頭の天辺あたりまであった。脚は左右に三本。その前脚で山頂を砕き粉塵を巻き上げ、ゆっくりとこちらを見下ろしてくる。明滅を繰り返しながら。
全身には、根のように張り巡らされた幹と、葉の塊が無数に広がっていた。それが、脈動するかのように光輝いている。この巨馬は、その光で覆われた岩の集まりだった。
絶巓級、磐蹄犀馬――。その姿を見れば、誰もがすぐにその名を思い浮かべれるだろう。だが、浮かべられなかった。見上げた皆の表情は固まり、本当に自分の体から度肝を抜かれたように、唖然としていたからだ。それは、その巨大な姿に畏怖を覚えたからではない。
「イージャン。あれはなー、マジでびびった。もうさ、体が動かないんだよ。見上げたまま、ぼーっとして何も考えられないの。いやあ、あんなの初めて。ホント面白い体験をさせてもらったよ。はっはっはっはっ!」
この討伐に参加していたゴトキールは、酒宴の席でその時の心境を振り返り、こう語ったという。だが、そうなるのも仕方がない。
狼型の絶巓級重樹、『狛狼殿』。鹿型の絶巓級重樹、『眩灯陸鹿』。磐蹄犀馬の両脇に、その二つの巨大な姿があったからだ。絶巓級が、三体同時に出現したのである。
「いやいや、もう驚いたのなんのって。ようやく我に返り、知らずに溜まってたその恐ろしさが、爆発したって言うかな? で、俺はその後、はっと気付いたんだよ。向かって左が狼で、真ん中が馬。右が鹿だった。それで三体だろ?」
ゴトキールは、空になった酒瓶を三つ並べる。
「分かるかイージャン、この意味が? 何、分からない? しょうがないなあ。いいか、狼と馬と鹿だろ? で、狼は頭の『お』だけを読むんだ。それから馬と鹿。そして、三――。お、ば、か、さん。お馬鹿さん。なんつってな! ぷぷっ! あ、イゾナーシェちゃーん! こっちも、ついでにお酒頼んでくれるー?」
「はあ~い!」
「…………」
イージャンは、どう反応すべきか窮したという。
それはさて置き。『三超重襲来』――後にそう呼ばれる事になるこの襲撃事件。その事件で現れた三体の内の一体。それが、ガドリクの言う絶巓級の磐蹄犀馬だったのだ。
軍にとって、この襲撃は全く予期せぬ事態だった。なにせ、三体同時は実に二百年ぶり。そのくらい前の話だったからだ。まさか、それが今回の襲撃で再来するとは、思いも寄らぬ事。
だが、それは関係ない。ガドリクの言葉通り、これに対応するには、達人級の武人に頼るしかなかった。彼らが、いち早く前兆の異変に気付いた者――ジャムシルドたちだ。
しかし、その数はたったの四名。対応は、それを分けて各個撃破をせざるを得ず、状況からジャムシルドは一人で戦うしかなかったのである。結果、三日掛けて単独撃破することとなったのだ。これが、事件のあらましとなる。
「ねえ、父さん」
ソティシャのその声に、イージャンの眉がピクリと動く。そして、記憶の中から戻った。彼女は、放心状態から回復していたようだ。しかし、どうやら、ただ呆けていたわけじゃないらしい。
「気になったんだけど、三日間戦ったって言ったよね? 背中の上で、ずっと。じゃあ、寝たりとか食べたりって、どうしたのかな?」
途中から、さっきと同じように考え込み、引っ掛かった事があった。それを尋ねる。
「ん? ああ、確か――。その背中の上で取られたらしいぜ?」
「え!? そんな事して、大丈夫だったの!?」
「いや……。まあ、多分。大丈夫だったんだろうと思うが――」
自信はない。自分から言い出した事だが、これは人伝で聞いた話。そこまで詳しくは知らず、絶対だとは言い切れなかった。
「イージャン、レイ。お前ら知ってるか?」
詳細なら、籍は違えど軍に身を置くこの二人の方が、知っているだろう。そう思い話を振ると、イージャンが答えた。
「そうですね――。実際に、その討伐に行った隊長が言うには――」
(確か、俺も似たような事を疑問に思って、それを教えてもらったんだったな……)
その話を聞いた酒宴での出来事を、再び思い返す。
「え? 三日間、飲まず食わずの不眠不休だったのかって? いや、そうじゃない。ちゃんと食事も睡眠も取られていたそうだ。あの背中の上でな。食料は、一緒に持って行かれた物を食べられて――。うん、そうそう。食い溜めもされて行かれたよ」
ゴトキールは、底の深い盃に酒瓶を傾け酒を注ぐ。そして、その盃が満たされると、酒瓶を置いた。
「ただ、その食料は一日目で尽きたと仰っていた。これは、仕方がない。持って行ける分も限界があるし、あの力を使われると、どうしてもな。――ん? じゃあ、一旦戻られないと無理じゃないかって? そうだな。その後も、飲まず食わずって訳にはいかない。力を使われるから尚更だ。けど、陛下はあれを倒すまで、一度もお戻りにならなかったんだ」
盃を手に持ち、くいっと飲み干して言った。
「ふう……。お前も知ってるだろ? 狛狼と違い、犀馬は食べられるって。あいつは、そういう植物と石の宝庫だ。木の実や茸は勿論、『荷重苔』、『若芽苔』なんかの苔。樹皮もいけるのがある。石は当然『霜降り桜』だ。あっれは、美味いよなー。な? 他にも、『黒糖石』やら『塩樹晶』やらがあるだろ? で、水分は『竹蜜草』や『冷泉蔓』で取れる」
重樹を形取る石と木は、多種多様だ。その中で特筆すべきなのは、やはり岩石類だろう。ただの石とされている物あれば、銀嶺のような希少で高価な物。そして、ゴトキールの言葉にある様に、食べる事さえ可能な物もある。
また、植物も食べれる物があり、水の代わりになる物もあった。特に磐蹄犀馬は、そういった食用が多い重樹の一つだ。ならば、食料を現地調達しながら、戦うことが出来る。ただし、
「――ああ、お前の言う通りだ。木の実や茸なんかじゃ、いくら食べても腹が満たされるだけで、力が十分に出ない。そうそう、あの感覚だよ。俺も経験がある。何かこう足りないんだよな? うん。思いっきり力を込めようとすると、途端にふにゃっとなる。だから、そうならない様、食べたら精の付くものにしなくちゃならない。それは、状況が状況だ。早ければ早いほど良い。となると、あそこで取れる物の中じゃあ、やっぱり『霜降り桜』が一番だ。けど、あれは専用の調理を必要とするからな」
そう。この様な点に留意しなければならない。ただ食べるだけでは駄目。そして、石はそのまま生で食べれないのだ。
「まあ、他の物も多いよな、そういうの。重樹由来の物ってのは、手間が掛かる。つまりだ。今度は分かるだろ、イージャン?」
彼は、その答えを半信半疑で伝えた。ゴトキールは、それで正解と答え愉快に笑う。
「はっはっはっ! びっくりしたか? まあ、国王が自ら、だからな。そうなんだよ。陛下がご自身で料理をなされたんだ。討伐が数日は掛かると見込まれて、調理器具も食料と一緒に持って行かれていてたんだよ」
イージャンは、答えが合っていたとはいえ、驚いてしまった。彼にとっては、やはり国王が料理するというのは意外過ぎる。想像し難い事実だった。
「陛下は、一旦戻られて補給するのが、面倒くさいからと仰ってたな。なら、調理した方が良いって。はっはっはっ! そうだ、ホントにホントだよ。まあ、ともあれ、何かあって戻って来られたとしても、補給はご自身でやられる。俺たちには、他の重樹に専念しろと仰ってくれたんだ。これは、他のお三方もだな。だから、おかげで助かったよ」
再び注いだ盃に、口をつける。
「じゃないと、俺たち近衛騎士が、あの絶巓級をよじ登って、食料やらを届けなくちゃならなくなってただろ? これは、危険云々以前の問題で、時間が掛かり過ぎる。あと、やっぱり怖いしな? はっはっはっはっ! まあ、実のところ、山腹級やらの相手に必死で、それどころじゃなくなってたんだ。だから、持って来てくれって命令があっても、『ええ!? 今から届けに行く!? それは無理だーっ!』ってなってたな。はっはっはっ! 陛下たちは、そうなるって分かってらしたんだろう。だから、そう仰ってくれたんだ」
この襲撃には、絶巓級三体以外にも、岩石級から山腹級まで多数襲来している。ゴトキールたちは、それらの相手で手一杯だった。
「で、寝るのは、背中で見晴らしの良い場所を陣取って、座ったまま仮眠だったそうだ。しかしなあ、イージャン――。ああ、そうだ。あれは、あの巨大な尻尾で背中を打ちつけてくる。身震いをすれば、大地震で岩石が飛んでくる。首も背中まで曲がるから、固い鬣が突き刺さってくる――。と、まあ安全な場所がないんだよな……。これは、調理にも言える事だ。でも、陛下は、それを寝ながら察知して、避けたと仰ってたよ。調理も避けながらだったらしい。それを繰り返されたとか……」
二人は、重々しく静かになった。
「まあ、ちゃんと食べれたし、これで十分休息が取れたと仰られてたから――、うん。睡眠の方もしっかり取れてらしたんだろう。俺たちには到底無理だが。はっはっはっ! やっぱり、あの力があるとないとじゃあ、雲泥の差だよな? ああ、そうだ。陛下のお強さは尋常じゃないが、それに加えてあの力だもんな」
ゴトキールは何度か頷く。
「――と、まあこんな感じか。陛下は、そうやって三日間戦われたんだ。食料がなくなったら、その場で調達。そして、重樹の攻撃を避けながら調理。で、睡眠も、同じ様にしてお取りになったわけだ」
言い終えると、盃の酒を飲み干した。そして、イージャンは、話をしてくれた事に感謝。頭を下げる。
「いやいや、礼なんて良い。俺もあの時の事、久しぶりに思い出せたから。――あ。それで、その磐蹄犀馬をどうやって倒したかなんだが――、どうだイージャン? これにも興味あるか? よしよし。そうか、知りたいか。じゃあ話すけどな。これがまた――」
ゴトキールの横に人の気配がある。お盆に酒瓶を数本乗せて、若い女性が立っていた。
「おお! イゾナーシェちゃん、持って来てくれたの? 頼んでくれるだけで良かったのに。え? ついでだったの? でも、ありがとー。そうそう、ここに置いてくれるかい? うん、ありがと。――あ。それと、もう一つついでに、お酌もしてくれると、お兄さんとっても嬉しいなあー! え! いいの? はっはっはっ! いやあホントに嬉しいねえ! こんな美人さんに注いでもらえるなんて! ぷぷっ! なんつって! え? 面白かった? ホントに? はっはっはっ! そう言われると、照れちゃうねえ! ささ。じゃあ、隣に座って――。ん? どうしたの? ――あ、シヴァちゃん……」
ゴトキールは、若干、酔いが覚めた。
「え? 無理矢理、酌をさせるな? いや、別にそんなつもりは――あ、はい。申し訳ございません。――え? 怖がるな? シヴァちゃんを? ああ! いやいや何でもないよ! 重樹の事ね。うーん、そんな事言った? って、何でその話知ってるの? シヴァちゃん、ずっと向こうにいたから、聞こえるわけ――。俺の声が大きかった? そう? でも、何で慌てて――あ、はい。申し訳ございません」
素直に頭を下げた。
「いやあ、別に怖いわけでは――。それは、多分冗談だったんだろうと。ええ、そうですとも! 我ら近衛騎士隊、重樹なんぞ恐れもしません! はっはっはっはっ! まあ、どっちかって言うと、やっぱり今のシヴァちゃんの方が怖いかな? 嫉妬してる女の子みたいで。『私というものがありながら、他の女にお酌させるなんて許せない!』 ぷぷっ! なんつって! あ、ちょっとたんま」
ゴトキールは酔いが覚めた。
「はっはっはっ! いやあ、めんごめんご。何でこんな事言っちゃうかなー、俺。やっぱ酔ってるんだろうなー。嘘嘘。今のも冗談だよ、冗ー談。シヴァちゃんが、そんな女の子なわけないじゃないの、ねえ? ましてや、俺なんかには絶対思わない。有り得ない事だよ、うんうん。だから、無言で腰の刀に掛けたその手を、一旦退かそう? ね? うん。――え? 何で、抜くの? 俺の言葉を聞いた上で何で抜くの? そのままの意味だよ? 読まれるような裏も、特にないよ? 抜刀して下さいだなんて、そんな怖い意味何処にも含まれて――。ちょっ!?」
ゴトキールは、顔が青褪めた。
「ちょっと待って! その業物をぎらつかせないで! シヴァちゃんが構えると、マジで洒落になってないから! それはホントに怖いから! 絶巓級よりも! あ、しまった! いや、ごめんなさい! 嘘です嘘! 今のも嘘! ホントごめんなさい! 俺が悪かった! ついつい口が滑ったんだ! 一編で良いから、そんな風に思われてみたいって、それが不意にこの胸を過ったんです! それを口に出しちゃったんです! だって、俺モテないから! イージャンみたいに、女の子たちに両腕掴まれて、左右からぐいぐい取り合いっことかもされた事ないから! お金のかからない奴では! え? お金って? そりゃ、勿論そういうお店が、ぎゃあああーっ!?」
「隊長おおおおお!?」
イージャンは、思いっきり叫んだという。
「ジャン兄ちゃん?」
ソティシャの呼び掛けで、我に返った。
「ジャン兄ちゃん、どうしたの?」
「ん? ああ、すまない」
「別にいいけど――。それで、陛下は大丈夫だったの?」
イージャンは、ソティシャと他の二人も見渡して答えた。
「大丈夫だったみたいだな……」
「おお。やっぱりか」
流石は陛下だと、ガドリクは腕を組んで頷く。
「…………」
(隊長は、まあ……。大丈夫じゃなかったが……)
イージャンは、あの後の事を思うと胸が痛んだ。しかし、本当は大丈夫だ。何故なら、ゴトキールは今も生きている。
「ええー……。でも、どうして大丈夫だったんだろ? 危なくなかったのかな?」
「いや、本当に危ないところだったんだ……」
「ええ!?」
「あ! いや、すまない。それは別の話だ。全く別の。えーと――」
彼は、思い返した話をソティシャに説明した。勿論、最後の部分は端折った。
「陛下って、ホントすっごい……」
「はあ……。とんでもねえな……。そんなことが出来るなんてよ……」
二人は、驚きすぎてそれ以上の言葉が出ない。
「…………」
(私の知っている話と同じ……。でも、改めて聞いても唖然とさせられるわね……)
レイセインも二人と似た心境にあった。三人ともジャムシルドに降参。もう十分だと感服に似た感情を抱いていた。
しかし、イージャンの説明はこれで終わらない。今の話では、説明しきれていない部分がある。それを付け加えた。
「それに、ソティシャ」
「え? なーに?」
「陛下は、俺たちと違い、特殊な力をお持ちなんだ。確かに、陛下ご自身もお強いが、それもあるから大丈夫だったんだよ」
「ん? 特殊な力って?」
「ああ。知らないか? それは、限られた者しか持っていない力で――」
彼は、首を傾げ眉を顰めたソティシャを見ながら、その名を告げた。
「『空震音叉』って言うんだ」




