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出会い Ⅲ

 ドゥオークでの活躍をきっかけに、イヴには指揮作戦の権限が与えられた。

 いわゆる丸投げだ。

 総指揮官はカインなので、完全に丸投げではないが。

 カインの指示の下、南下するのはどうにも拒否しきれなかった。

 南西方面が激戦区である為、援護に行くこと自体は構わないのだが。


「…いい加減、王太子殿下の技量を見せてほしいものだわ」


 嫌味を多分に含んだイヴの呟きを聞いているのは、ギルとゼイルだけだ。

 その呟きは、二人の心を表してもいた。

 カインは会議で作戦決定をするものの、実際の戦闘には出たことがない。

 周囲が褒めそやすような武術を、イヴ達は一度も見たことがない。

 実際にそんな実力があるとはかけらも思ってないが、会議のたび、陣営を横切るたびにそんな言葉を聞けば、嫌味も言いたくなる。

 はっきり言って、鬱陶しいことこの上ない。


「というか、あれは本当に指揮官? まともに統率出来てないじゃない」


 私だって出来てるわけじゃないけど…。

 ぼそぼそとつけたされた言葉に、一瞬、ギルとゼイルの視線があさっての方向に向けられる。ついでに、報告のために入って来た少年も同様に遠い目をして「あぁ~…」と呟いている。

 それぞれの態度が、イヴの言葉に対する是非を物語っている。…知らぬは本人ばかりなり。

 三人の動きは一瞬だったので、イヴは気付かなかった。


 カインの部隊は大規模だ。

 軍の主力であるから当然(実際にはイヴの部隊が主力だろうが)。

 千単位になる兵数を、端から端まで管理するのは実質無理だ。どこかで規律が乱れ、違反を犯す者がいる。それは致し方のないことである。

 だが、カインの部隊はどう考えても、違反者とそうでない者の比率がおかしい。

 前者が六割を超えているのだ。

 これでは、軍というよりも犯罪者予備軍の集団でしかない。

 …多分、まだ犯罪者ではないはずだ。


 これを憂慮しているのはイヴくらいだ。

 見つければその場で厳罰に処しているが、それ以外では手の出しようがない。

 管轄外の部隊に関わることはない。口出しする権利もない。

 今まで、誰もが好き勝手して来た。一国の王太子直属の部隊だからだろう。

 結果、止める者もいないまま増長し、習う者が出て増加する一方だ。

 目についた者だけを罰していても、意味がない。

 はっきり言って、最前線に出され続けることよりも兵達の違反行為にいらだちが募っている。












 どうにも出来ないまま一ヶ月が過ぎた頃、戦場を南に移していた陣営に襲撃があった。

 イヴはゼイルに部下の半数を託して、初戦の戦場跡を超えて斥候に出ていた。

 だから、襲撃時には陣営にいなかった。

 帰って来てみれば、部下の少年が泡を食ってイヴにすがりつくように駆け寄って来た。


「? 何事?」

「た、大変ですっ! 助けてあげてください!」

「「誰を?」」


 思わずギルと一緒に問い返したが、少年の説明は容量をえない。

 よっぽど慌てているのだろう。

 少年の背後から、息を切らせたゼイルが珍しく切迫した表情でイヴを見て端的に告げる。


「軍の被害者が殺されかかっています。助けて下さい、王女殿下(・・・・)」


 いつもなら怒りを抱く呼び名に、イヴは瞳を見開いて駆けだした。

 ゼイルの言葉も意味が分からない。だが、少年が告げた襲撃の事実と合わせれば、漠然と理解した。イヴが心底から嫌悪する呼び名を口にした意味も。

 王女としての名前を駆使する必要がある、ということだ。


 駆けた先は独房。すでに放り込まれたと聞いて直行したが、状況を一目見て危機一髪だと理解できた。

 殴られたのか顔をはらした少年が抑えつけられ、それを嘲笑う軍人達が取り囲んで見ている。

 少年が睨みあげているのは、カインだ。

 カインは汚物を見るようにして少年を見ている。ふいに、視線を斜め後ろに下げて顎を動かした。

 視線を向けられた部下が一歩踏み出す。それで彼らが何をしようとしているのか理解した。

 瞬間、イヴはとっさに魔法を行使した。


『  守天  』


 防御魔法の対象は、少年唯一人。

 構築された光の膜は、押さえつけている兵を弾きとばし、振り下ろされた剣を止めた。

 剣が鈍なのか、耐魔法処置がなされていないただの鋼だからなのか。

 真っ二つに折れた剣の先が、回転して遠くに転がる。

 突然の状況に瞳を丸くしていたカイン達だが、響いた声と駆けてくる足音に気付いて眉を寄せる。

 良いところを邪魔された、と言わんばかりの視線にイヴは息を整えながらカインを無視して少年に近づく。光の膜が消えていくのを見て、カインを振り返る。


「何事ですか」

「突然やってきて暴れまわったのだ」

「では、その理由は?」

「知らん。聞く必要などないだろう」

「…どちらに非があるかもわからない状況で、処刑するつもりだったのですか」

「我々に非があるというか…。卑賤育ちの小娘は、同族への憐れみが度を越しているようだな」

「…今までの、貴方方の行動を見て非がないと思える人間はいない」


 吐き捨てて、イヴは少年を振り返る。体を起こしていた少年と視線を合わせて、イヴは片膝をつく。


「理由を聞きたい」

「…殺すんなら殺せ。てめぇら軍人の仕事は命を狩ることだろう」

「私の部下は、貴方が被害者だと言った。なら、聞くべきは貴方の言葉で、罰するべきは貴方じゃない」


 互いに言うべきことを言って、口をつぐむ。

 睨みつける少年の黄色の瞳は、怒りと憎悪、殺意が宿って輝いている。

 その苛烈な視線を受け止めて、イヴはじっと待った。

 イヴの瞳を見つめ、そこに真摯な光を見たからかは分からないが、少年はぽつりとつぶやいた。


「村が焼かれた」


 両親が、弟妹が殺された。

 村長も。

 知人も。

 若い女達は好き勝手にされて、その上殺された。

 魔導師が一人いた。

 男達が総出でかかっても叶わなかった。


 落とすような呟きによってあらわになる惨劇に、何を言われるでもなく部下の一人が踵を返して駆けだした。

 ギルと同じように白銀の瞳を持ち、俊足を誇る男だ。人が一日で往復する距離を半日で駆ける。

 村の名前も場所も聞いていないが、軍人によって蹂躙されたのなら、その痕跡で分かる。何より、少年の瞳は南方のコーラルに近い地域にとくに多いのだ。

 彼の足ならば、多くはない村の所在を確認して戻ってくるのに一時間もあれば良いだろう。

 イヴは少年の手を取って、立ち上がらせる。一緒に立ち上がり、不審そうにする少年に、イヴは深々と頭を下げた。


「…謝って済む問題ではないけれど…。申し訳ありませんでした」

「貴様っ…!!」


 自分達が悪いと認めたイヴに、カインが顔を真っ赤にして声を上げる。

 だが、すぐに口をつぐむ。振り返ったイヴの眼光に射抜かれたからだ。


「現状、民の軍に対する感情は最悪です。それを表に出さないのは、人間(・・)だからです。…この意味、いくらなんでもお分かりですよね?」


 最低ラインだけで民衆は耐えている。

 現実的に、軍がなければ自分達は蹂躙されるだけだと理解しているからかもしれない。

 だが、それはいつまで持つだろう。

 徐々に徐々に民の心が疲弊し、限界を迎えてしまえば、軍は民の憎しみを受けることになるだろう。

 獣人と人間、という構図から、獣人と軍と民という構図に変わり、軍は挟み撃ちにあう。

 それは遠い未来ではなく、明日であってもおかしくない現実だ。

 さすがに分かったのか、カインの視線が泳ぐ。


「…それでもなお、彼を処罰できますか?」

「兵に対する武力行為は…」

「彼の言うことが事実なら、殺されても文句が言えないのでは? それに、たかが農民に叩きのめされる兵にも問題があるのでは? …どこの所属ですか? 私の部下ではないでしょう。山側の警備に配置されていましたから」

「…兵達も処罰対象か」

「その『も』というのは彼のことを含めているわけではありませんよね? その兵達の上官のことですよね?」


 少年が襲撃したのは山側とは正反対だ。イヴの部下は関わっていない。

 それにイヴはほっとした。同時に、残念でもあった。

 イヴの部下が相手になっていれば、この状況にはならなかっただろうから。


「兵達は、どんな生まれだったのでしょう」

「何…?」

「全員が、貴族なのですか?」

「そんなわけがあるか」


 反論できずに唇をかんでいたカインが、眉をよせてイヴを見やる。


「…なら、どうして彼の心が分からないのでしょう?」

「何を…」

「彼のような生活を知らない者ばかりではないはずです。ならば、軍の理不尽さも力も自身の無力さも分かるはずです。なのに、どうして、彼の『敵』になってしまったのでしょう?」


 その言葉に、反応したのは周囲の兵達だった。

 ポカン、とした表情でイヴを見つめ、数秒後、ばつの悪い表情を浮かべて視線をそらした。

 士官は貴族階級かもしれないが、彼らのような兵卒は市民や農民がほとんどだ。

 イヴの言うように、軍に対する嫌悪が最初はあった。だが、慣れてしまっていたのだ。

 軍に入り、その教えと集団行動によって、軍のあり方に染まっていった。そうとは知らないうちに、それが当たり前になり、それを嫌悪していたことを忘れた。

 その事実を、今、イヴの言葉によって突きつけられた兵達は、もう少年を嘲笑うような視線を向けることはできなかった。


「…王太子殿下」

「な、なんだ」

「彼に罪を問うというのならば、軍の全てを処罰対象とすべきです」

「なっ…!?」

「彼が凶行に至った理由である兵達はもちろん、それを諌められなかった上官、倣っていた兵達、そして、問題があると知りながらそれを重要視しなかった指揮官」


 つまりはお前もその対象なのだ、と言葉と視線で告げるイヴに、カインは顔を真っ赤にする。

 怒鳴り散らそうと口を開けた瞬間、イヴは続ける。


「問題を知り憂慮していたのに諌めることができなかった私も同罪です」


 きっぱりと言い切った言葉に、カインは気勢をそがれる。

 その沈黙を息継ぎにして、イヴは膝を折って首を垂れながら告げる。


「彼の罰が極刑であるのなら、私の罰もまた同じです。どうぞ、ご随意に」


 首を差し出すようなしぐさに、カインの思考は停止した。

 カインにとって、正しいのは自分であり、少年を殺すのは当然だった。

 そこに、王族が割って入って自らの命と同等というのはあり得ないことだった。

 農民は取るに足りない雑草で、代えがきく駒で、蹂躙するのが当然で、君主の私物。

 それがカインの認識であり、事実であり、真実であり、現実であり、常識だった。

 だが、イヴはそれは違うと態度で示している。

 つい最近まで存在しない者として扱われていたとはいえ、王族であるイヴが、だ。

 カインの常識を真っ向から否定する。今まではそんなことしなかったのに。

 それが肯定ではなく、無視だったのだとこの時になってカインは理解した。

 ゆっくりと、思考力が戻ってきた頃、息を切らせて汗だくになった男が駆け込んできた。

 イヴの部下である男だ。

 寡黙な性質である男は、イヴが跪いて首を垂れている姿に瞠目するも、言葉少なに告げる。


「…剣で斬られた住民。昏倒する兵達。荒らされた状況から、目的は糧食と資材。後はあらゆる不満の解消。…彼は事実を告げていた」


 単語での報告だが、十分だった。

 変わらない姿勢のままで頷いたイヴはそのまま口を開く。


「私の部下の言葉では信じられないのであれば、昏倒している兵達を連れてくるか、殿下の部下に向かわせて下さい。私は自分の部下の言葉を信じます」


 誰も何も言わない。

 ゆっくりと顔を上げたイヴの瞳に気おされて、カインが後ずさる。

 鋭いわけでも、苛烈なわけでもない。怒りも憎悪も侮蔑も見えはしない。

 ただ、ひたすらに何も映さない無感情な瞳を向けられるのは、どんな感情を向けられるよりも重く苦しかった。



















 結局、何も言えなかったカインは「好きにしろ」と吐き捨てて去っていった。

 その後、取り残された兵から剣を奪った少年はイヴに斬りかかった。

 ギルが間に入って防いで対峙した。その瞬間の言葉は、イヴの心に深く突き刺さった。


「知った風な口をきくな! この偽善者っ!」


 瞳を揺らして唇をかんだイヴに対して、ギルと部下の男から怒気が発せられた。

 立ち上る殺意に近い怒りに、イヴがびっくりしている間にギルがげんこつを落とし、男が気絶した少年から剣を取り上げて拘束した。


「ギ、ギル…? フォード…?」

「気にすんな。ちょっくら可愛がってやるだけだ」

「大丈夫。話するだけ」

「本当にっ?!」


 心配になるイヴだが、二人は大きく頷いて独房から出ると、自分達が雑魚寝している大天幕へと入っていく。

 もう一つの大天幕にいた仲間も騒動を知っていたので移動してきていてかなりの密集状態だった。

 そこで何があったのか、イヴは詳細を知らない。

 イヴ用の天幕(指揮官なので個人で用意されている)で仕事をしている最中、やって来たゼイルがいい笑顔を浮かべていたので、聞かない方がいいと判断したからだ。

 少年の村を焼いた兵達は厳罰(ほぼ死刑に等しい)に処し、上官達は一兵卒に降格して最前線任務にした。

 カインが好きにしろ、と言ったのでそれをイヴは自己解釈して、文書でその処罰を通達した。書類を出しに行った部下の少年の手には、許可する旨を記した書類が握られていた。

 …殴り書きだったので、かなり混乱しているうえに悔しかったのだろう。

 ひとまず、許可は出たから、ということで昏倒している兵達を回収に行かせ、村人達を弔うために一度出向くことにきめて…。

 色々とやっていると、少年が飛び込んできた。

 …涙目であることには触れない方がいいんだろうな、とイヴは思った。


「お前が偽善者かどうか、傍で見て見定めてやる!!」

「…はぁ」

「だから、オレをお前の部下にしろ!」

「…何で?!」


 わざわざ嫌いな軍人になる理由が分からなくて、思わず叫んだ。

 戦闘要員ではない雑用係の少年もいるのだから、そっちでもいいんじゃないか、と言っても少年は聞かない。

 傍らで腹を抱えて笑っているゼイルに助けを求めても、何も返ってこないので途方に暮れる。

 この日、イヴにとって仲間であると同時に敵である少年が部下になった。









 旧レダグルア市国出身の農民である少年―――デュラ。この時十二歳。

 超近接戦を得意とする小柄な戦士―――小戦士の異名を持って、狂戦士ギル、神速フォードと並び称されるようになる。本人はこの呼び名を嫌い、後世に残すことを拒み続けたが。

 彼はいつだってイヴの味方ではなかった。けれど、けして敵にもならなかった。

 批判的ではあっても、イヴ以外の部下になることを拒み続けた。

 後に、レゼドル男爵としてレーヴ家を創設する。

 姓を決めた時、イヴは苦笑した。

 彼にこそふさわしい、と。


 反抗者(レーヴ)。

 それは古い魔法の言葉だった。





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