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すれ違う当然

 ザガディア王太子―――カインは対面に座る妹を見てまず不満を感じた。

 もう一人の妹であるイリアには何度もあっているため、双子ということで同等の美貌を期待した。異父弟であるアゼルも天使のようなと形容されてもおかしくない美貌だったからなおのこと。

 確かに、イヴの容貌は平凡だ。環境ゆえか表情が動くことが少なく、慇懃無礼に等しい言葉遣いなだけに、可愛らしいと思いにくいだろう。

 親しくしている村人やギル達は、大人びているが愛らしい少女だと評するだろう。一部は頑なに批判しそうだが。


 現在、最も大きな天幕の中で会議が行われている。

 総指揮官であるカイン、二人の将軍、四人の部隊長、そしてイヴの八人だ。実際には、彼らの副官が一人ずつ付いている(カインは警備も考えて二人)ので十七人だが。

 その中で十代、しかも十四という成長途中の子供はイヴだけ。彼らが軽んじてしまうのは当然だった。

 存在を認知せず、無視していた。だが、現在、彼らの視線はイヴへと集まっている。


 話は一時間ほど前にさかのぼる。











 軍議の開始とともに始まったのは、将軍達によるカインを讃える美辞麗句の嵐だった。

 それに唖然としつつ、副官として背後に立っているゼイルを振り返ったイヴは、ゼイルが肩をすくめるのを見て遠い目をした。本来はギルがいるべきなのだが、本人が拒絶して逃げ出した。考えてみれば、話し合いはともかく作戦会議とかは苦手だろう。

 この光景が虐げられていた奴隷にとってですら日常となっていたということを悟り、イヴは背もたれに体を預けた。

 ぶった切って空気を悪くするつもりも、いわれのない恨みを買うつもりもないからだ。

 内容的にはどうでもいいので、誰も関心を払っていないのをいいことに、ゼイルと食料について話し合う。

 暇つぶしなので、内容は薄い。なので、ゼイルはふと聞いてみる。


「そういえば、どうも思われないのですか?」

「何を?」


 一応、聞き咎められた時のことを考えて敬語を使う。普段はタメ口どころか見下したかのような言動すらあるのに。


「王太子ですよ。大抵、一目で惚れて熱を上げる女が多いんで」

「そんなバカだとでも?」

「思ってませんよ。ちっとも」

「だったら、良いでしょう」

「はぁ…。というか、嫌いですか?」

「…分かりやすい?」

「慣れた者には。意外と素直ですよね」

「…けなされてる?」

「いいえ、指揮官として感情が悟られにくいのは良いことかと。親しくなれば分かる、という程度なので」

「あっそ…。まぁ、嫌いね」

「理由を聞いても?」

「…普通、遅刻してきたら謝罪があってしかるべきでしょう?」

「身分によっては『普通』はたやすくひっくり返ると思いますが?」

「言いかえるわ。人としての礼義であり当然の対応よ」

「…確かに、そうですね」

「礼を失する人間に好感を抱くことはできないわ。体面というものがあるにしても、遠まわしに一言労うことくらいできるでしょう」

「…なるほど」


 一国の王太子にはかなり難しいが、王族という点ならイヴも同じだ。

 ちなみに、有力な魔導師であるということが発覚してから、イヴは王族として系譜に載せられるようになっている。本人は知らないが。

 イヴなら間違いなく行う礼義であり当然だ。だからこそ、ゼイルは頷いて引きさがった。

 人としての礼義、というのは確かだがそれを失しても許されるのが王侯貴族というものだ。それを嫌というほど知っているから、ゼイルは何も言わなかった。

 イヴの言うことは綺麗事だ。だが、王族でありながら当然として行っているイヴには、それを言うことができない。綺麗事を貫いて、自分達の信頼を得ているのだから自分が言っても説得力がないとゼイルは思った。

 暇つぶしの会話が終わった頃、ようやく軍議が始まった。

 それはイヴを完全に無視し、だが、イヴ達を最前線で犠牲にする策ばかりだった。


(無視するのなら、徹底的にすればいいのに…)


 敵撃破をイヴ達に押し付けて、自分達は後方から見計らって突撃する。

 イヴ達が負ければ撤退。十分な距離をとって後方に控えている気らしい。

 逆に敵を押しやってわずかでも押し勝てるようなら突撃。その十分な距離で戦況がひっくり返るかもしれないというのは考えていないらしい。

 ここまでは、イヴにも予想できていたので聞き流していた。

 カイン達はイヴの魔法を見たことがないため、端的な情報しか知らない。その為、戦況をひっくり返しかねない大技を使えることを知らないのだ。

 ここで潰れようとも構わない気なのだろうが、そう簡単に潰される気はイヴにはない。

 知らないなら必要になるまで言わない気でいる。バカに利用されるのは気に食わないからだ。

 全員をバカと断定しているイヴは、無表情を貫いている。だが、次に将軍が言った言葉でイヴの眉がつり上がる。


「では、魔法具を準備します」

「三百でしたか。貴重ですが、仕方ありませんな」

「……どういう意味でしょうか」


 魔法具、三百、という言葉の意味が分からず、イヴは質問を挟む。だが、聞こえないとばかりにカイン達は話を進める。結果的に、それが回答になったが。


「同時に無駄飯食いを三百も処分(・・)できるんだ。獣人どもには感謝せねばな」

「殿下、あまりそのようなことをおっしゃってはなりません」

「そうですぞ。それに、ただの無駄飯食いではありますまい。その命を持って獣人を駆逐する砲弾にございます」

(魔法具を持って突撃させるってこと? つまり、自爆…?)


 魔法具がどういうものか遅れて思いだしたイヴは、耳の奥で何かが切れる音を聞いた気がした。

 憎悪に似た感情を隠していなかったゼイルは、イヴがまとう空気に頬を引きつらせて固まった。


(…どうしてこの息苦しさに気付かないんだ、こいつらは)


 イヴの醸し出す物騒な雰囲気に気付かないのは、鈍感だからなのか気にしていないからなのか。多分両方だろうと思いながら、ゼイルは心持ち距離をとった。

 巻き込まれたくない、というのが本心だが逃げられないので心の準備をしておく。


「魔法具は不要。後方の控えも不要。この天幕で大人しくしていただきたい。私達だけで勝利して見せましょう」


 言い切った声は冷たく怒気を含み、聞いた者達をすくませる凄味があった。

 水を打ったように静まり返った中で、カインは不愉快気にイヴを見やる。


「…そこそこの魔法は使えるようだが、お前に何が出来る。にわか仕込みの戦術でどうこうできるほど甘くはない」


 小娘は黙ってろ、と吐き捨てるカインにイヴはあからさまな侮蔑の視線を向ける。


「戦力の詳細を知らないにも関わらず、戦力を削ぐような愚策しか思いつかない方は黙っていていただきたい。どうせ捨て駒としか考えていなかったのでしょう。なら、適当に放りだしても構わないでしょう。三百もの魔法具を消費することも防げるのですから、反対されるいわれはありません。…ご存知かと思いますが、四百弱の手勢で私は国境を何カ月も守ってきました。戦いが甘くないことは十分理解しています」


 言いたいことは言ったので、イヴは口を閉ざす。

 全員の視線が突き刺さるが、一向に気にしていない。

 イヴの魔法の威力をゼイルは知っているが、あまりにも無謀な手だということは理解している。

 カイン達の策を使えば確実に死に、使わずに突撃しても死ぬ確率は非常に高い。

 だが、どうせ死ぬのなら、後者でありたいとそう思う。前者の策で自爆させられてきた同胞たちを見てきたからこそ、対等に扱い、共に戦うイヴを支持したいと思う。

 どうせなら生き残れる可能性がある方にかけたいのは人として当然だ。


(その当然が、分からないんだろうな…)











 そして、冒頭のにらみ合いに戻る。

 だが、そう長くは続かなかった。

 これ以上は時間の無駄だと断じたイヴが立ちあがって天幕を出ようとしたからだ。


「どこに行く?!」

「仲間の所に。どうせ、前線投入は変わらないのでしょう? 魔法具を持たせたければ好きにすればいい。使わなければいいだけですし、置いて行ってもいい。策としてはあまり変わらないのですから、良いでしょう」


 確かにその通りなので、カイン達は黙るよりほかない。


「…私達が生きるか死ぬかは私達の実力次第です。貴方達は関係ありません。実行は明日ですよね? その為に準備がありますし、休息も必要ですから失礼させていただきます」


 正論を叩きつけて背を向ける。

 罵声も何もかもを無視して、天幕を出るイヴにゼイルは従って歩き出す。


「…ゼイル」

「なんだ」


 天幕を出たから、いつも通りの口調に戻る。

 それに安堵したようにイヴは一つ息をついて、振り返らないままに告げる。


「…生きるわよ」

「当然」









 捨て駒として扱い、それが許されると思っているカイン。

 部下でも駒でもなく仲間としてともに戦い生きると決めているイヴ。


 二人の考えと当然とする意志が、交わることはけしてありえなかった。





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