第十二話:聖女の後継 Ⅱ
飛ばしても平気です。
【大陸暦八七年四月一日(幽閉四日目)】
※・※・※
一日寝込んでようやく起き上がれるようになったジャネットは、エアルからもたらされた情報に目を丸くした。
その隣で、クラウジアも呆然として立ち尽くす。
「エアル様、それは、本当ですか?」
驚きが過ぎて考え込み始めたジャネットを見て、クラウジアが問い返す。
「本当だ。先月二八日、レゼドル男爵が帝国からの独立を宣言した」
真剣な表情のエアルに、クラウジアは戸惑ったようにしてジャネットを見た。
ダルヴィギアとレゼドルはかなりの距離がある。その為、情報が届くまで数日を要した。
魔法によって帝国中央部の皇帝直轄地に情報が届き、そこから早馬でもたらされたのだ。
これと同時にもたらされた情報に、ルワ侯爵夫妻は眉間にしわを刻み、エアルは何とも言えなかった。
「それと、魔導騎士団がモラリスを攻めることが決まった、と」
実際には既に行軍中だが、距離ゆえに情報が遅い。
ジャネットが弾かれたように顔をあげ、眉を吊り上げる。
「指揮官は…」
「魔導騎士団長アブラハム=ジルファーレン」
ジャネットの低い問いかけに、想定通りの返答が返る。
それにクラウジアは奥歯をかみしめて唸る。
「…愚かなっ」
皇帝の勅命に逆らえないのは承知している。だが、クラウジアは父が逆らう気さえないことを知っている。
ひたすら命令に従い続けることを理解している。
どれだけ理不尽な命令だったとしても。
それが、忠義だと信じて。
「モラリスを守るのは大戦期を知る偉大な魔導師、巫女長ロイス=レウネット様だ。そう簡単には落とせない。だが、老齢であり弱っていることも確かだ」
だから、落とせると思ったのか。
理不尽な理由をつけて、諸国から名君と認識される巫女長を手にかけることができると。
そんなことをすれば、諸国からどう思われるか、皇帝はともかく宰相が分からなかったとは思えなかった。
確かに現在の帝国や皇帝と距離をとってはいたが、モラリスは公正な中立的立場を守って来た。
攻める理由があまりにも弱い。
「今ならば落とせる、と思ったわけね。そして、他国が動かないことを想定しているから、動いた」
ふいにジャネットが落とすように呟く。
二人の視線が強くなるが、それを気にせずに言葉を続ける。
「コーラルとラグメダは帝国派。オークラインは傀儡。帝国に反発しようとするほどではないわ。ひとまず、隣接する他国が黙っているのなら特に問題はないから、強硬に出たのでしょう」
「だろうな」
「ですが、国内からは? 貴族の中にはその理不尽に憤る者が…」
「宰相の真の思惑はそこだと思うわ」
「「え?」」
納得して頷いていたエアルと問いかけたクラウジアは、同時に疑問の声を上げる。
ジャネットは怒りをたたえた瞳を細める。
「皇族派の貴族が、皇帝のすることに異を唱えることはない。では、反皇族派の貴族は? 必ず声を上げるでしょう。あからさまに非難はせずとも、異を唱え、諌めようとするんじゃないかしら」
「あぶりだしか。その為に一国を攻めると…」
国内の反乱分子を一掃するため、手を打つのは必要だ。
わざと混乱を起こすことも手法の一つだろう。だが、それはあくまで国内の問題だ。
他国を巻き込んで行うことでもなければ、それをすれば非難は免れない。
非難されないため、表向きの理由を用意しても分かる者はいるだろう。
「…他国が言わないのは内政干渉になるから。異を唱えたくても言えない国もあるでしょう。でも、国内貴族なら言える。自国の名誉にかかわることを進言しても、罪にはならない。ただ、それは真っ当な者が玉座にあった場合は、だけど」
「そうですね。異を唱える者を強制排除…殺すこともいとわないでしょう。皇帝は」
ジャネットとクラウジアの言葉に、エアルは天井を仰いでため息をついた。
心当たりがあったのだ。容易に排除できないほどの力を持った貴族の中に、異を唱えるだろう者がいると。
それを両親は知っているだろうから、何とも言えなかった。
「確実に、異を唱える貴族が二つ、ある」
疲れたようなエアルの呟きに、ジャネットとクラウジアは視線を向ける。
「チェスラス子爵家とメルディアル伯爵家だ」
以前ならばレゼドル男爵もだったが、独立することでそれを示したようなものなので除外。
チェスラス子爵家については二人も知っているため納得したが、メルディアル伯爵家についてはほとんど知らない。
メルディアル伯爵家は建国以前からある名門であり、大戦期に滅んだ北部王国の王家に連なる一族だ。
ヴォダラに近い領地を有し、ルワ侯爵家と交流が深い。そのため、メルディアル伯爵家は『聖女帝』に関する知識や認識が公とは少々違う。
現在では『聖女帝』の出身は血筋の全てが滅んだ東部王国であるとされている。だが、実際は今のヴォダラを含む北部王国だ。つまり、メルディアル伯爵家は『聖女帝』と血筋を同じくしている。
それを表に出したことはなく、目立つことを避け、平凡を装ってきた。内実は違うと分かっているのは、メルディアル伯爵家とつながりのある貴族や領民ぐらいだ。
「…平凡地味を装い、目立つことを徹底的に避けているが、交流のある貴族の中では有名だ。北狐、と」
だまし狙う、狡猾な狐。
そう評されるメルディアル伯爵は今年二九歳の男性だ。ちなみに魔導師。
唯一の後継者である為、領地に戻って爵位を継ぐことを許された稀な存在。
姿をほとんど表さないことで有名だった。
「ちなみに、先輩だからな」
魔導師なのだから当然だが、ジャネットとクラウジアは言われて気付いたように驚愕を露わにした。
エアルの父クリストバルもそうなのだが、この分では二人は思いいたっていないだろう。
そう思って、エアルは少し微笑ましくなった。
(いくら腕がたっても、頭が良くても、まだ十代だもんなぁ…)
エアルも十代の少年だが、両親の厳しい教育ゆえに少々達観している。
冷静に分析しているように見えて、二人が動揺していることが手に取るように分かる。
当然思い至る情報を言われて驚いているのがその証拠だ。
微笑ましくなりながら、話題を切り替える。
これ以上の情報はまだ来ていない。今日明日中にはチェスラス子爵家から鳩が飛ぶかもしれないが。
メルディアル伯爵家に関しても今は言うべき時ではない。おそらく、いずれは当人と会うことになる。その時まで、余計な情報は入れるべきではない。
そう思い、エアルは二人に笑みを向ける。
来る時、二人がどう反応するのか楽しみに思いながら。
※※※
ジャネットとクラウジアはクラーラ手製(言われた時二人は驚愕した)の服に身を包み、フレーゼの案内で城下街を歩いていた。
朝に聞いた情報で混乱した頭は少し落ち着いたものの、あまり余裕はない。
そこに、フレーゼの無感情な言葉がトゲとなって突き刺さる。
「集中できないのならとっととお戻りください。邪魔です」
はっきりとした言いようにいらつくが、ジャネットが口を開くよりもフレーゼが言葉を続ける方が早かった。
「僕とて暇ではありません。真剣ではない相手のために時間を割くなど言語道断です」
言われて、我に返ったようにジャネットが目を丸くし、クラウジアが申し訳なさそうに瞳を伏せる。
数秒、無言でフレーゼと見つめあっていたジャネットは、すぅと短く息を吸い両手を上げる。
パンッ!
唐突に響いた打音に、フレーゼはいつもの無表情を崩して瞳を小さく見張る。
クラウジアは苦笑をこぼす。
両手を頬にあてた姿勢のままのジャネットは、深呼吸を一回。
そっと手を放した頬はうっすらと赤く染まっている。
自分の頬を叩いたジャネットは、勢いよくフレーゼに頭を下げる。
「ごめんなさい。貴方の言う通りだわ」
侯爵家にいる以上、フレーゼは侯爵家に仕えているということだ。つまり、仕事がある。
その内容をジャネット達は知らないが、昼間が暇だということはあり得ない。夜だけ行動する者もいるが、そういった者は他人の前に姿を現すこと自体少ないのでフレーゼがそれであるとは考えにくい。
仕事の時間を割いて、鍛錬に費やす時間を削って、付き合ってもらっている事実にジャネットは思い当たる。
他人への配慮に欠けた自らの行動に喝を入れる。
クラウジアも、ジャネット同様に頭を下げる。
諌めなくてはならなかったのに、混乱して配慮に欠けたのはクラウジアも同様だった。
素直に謝られて、一瞬驚いたように表情を崩したフレーゼは、一つため息をついていつもの無表情に戻る。
「…分かっていただけたのなら、問題はありません。また府抜けた態度をとった場合は容赦しませんから」
「分かったわ」
「分かりました」
二人の了承に、フレーゼは前に向き直って歩き始める。
ここは街の往来の片隅。
フレーゼもジャネット達も気付いていなかったが、行きかう人々は三人に注目していた。そうとは分からない程度に。
フレーゼの人を寄せ付けない性格も知っている者も多く、一緒にいる二人の少女に疑問を持って見ていた者が多かった。
そんな中、フレーゼがわずかといえども表情を崩したことに皆驚いた。
ある者は商品を取り落とし、ある者は注いでいた酒をあふれさせ、ある者は支払おうとしていた代金をばらまいて…。
各所で細々とした惨事が起こっていることを、三人は知らずに通り過ぎて行った。
【大陸暦八七年四月二日(幽閉五日目)】
※・※・※
年若いフレーゼは、領軍の独立部隊に所属している。
内偵や情報収集、暗部に関わる仕事をするため腕がたち頭の良い者しか配属されない。その中で、フレーゼははっきり言って別格だった。
メルディアルの奴隷商から買われて侯爵家に来た時、フレーゼは推定で六歳。奴隷身分から脱却した後の努力は、まさに血のにじむような過酷な物だった。
戦闘も学問もあらゆることを学び吸収し、独立部隊に入ったのは十歳の時。
それから二年で単独の仕事を任されるまでになった。隊内最年少でありながら、隊長からの信頼も厚く先輩達も文句を言わない。妬みはあるが。
そういった経緯を過ごしてきたフレーゼにとって、ジャネットやクラウジアは腹立たしい存在だった。 二人の歩んできた過去を知らないからこそ、余計に。
今でも二人の過去を知らないが、眼前の光景はフレーゼの認識を覆すものだった。
(…皇女と騎士団長の娘が、木彫りを見て目を輝かせるものでしょうか)
生まれも血筋も環境も恵まれているだろう少女達が、ありふれたものに当たり前のように感動を示す姿にフレーゼはわずかに天を仰いだ。
ありふれたもの、当たり前、それらをそれこそ当然のように与えられてこなかった二人のことを、フレーゼは何も知らないと思いいたった。
「それは何の木を使っているんですか?」
「樫だ。丈夫だからな。食器として重宝されてんだ」
「ダルヴィギアは樫林があるんですか?」
「南の方にな。だが、規模は小せぇから半分以上はオークラインから輸入してる」
「国境に川が流れてますからね。運搬は楽ですもんね」
「良く知ってんじゃねぇか」
椀型にくりぬいた木の形を丁寧に整えている鬚面の男―――木工細工師が嬉しそうに笑う。
五十を超えた屈強な姿は軍人とも思えるほどだが、太い指先は器用に動いて精緻な細工を施していく。
積極的に質問していくジャネットが、好奇心旺盛な子供(実際その通りだが)に見えるためか相好を崩している。
少し離れたところでやすりがけをしている年配の女性と話をしているクラウジアも、背が高いものの表情はジャネットとあまり変わりないため、微笑ましそうに女性は質問などの応じていた。
本来、技術者は部外者が作業場に入ることを嫌う。
代々技を伝えてきた家ならなおのこと。
木工細工師も最初は渋い顔をしていたが、フレーゼが領軍に属し、次期侯爵であるエアルと親しいことを知っていたから受け入れはした。
多くのことを知りたい、という世間知らずのお嬢様のような(事実だが)理由を聞いたからなおのこと良い感情はなかった。
フレーゼの説明もどうかとは思うが。
だが、ジャネットもクラウジアも立場を十分わきまえていた。
どこまでなら入ってもいいか、近づいても良いか、質問はどの程度良いか、邪魔なようならはっきり言ってほしい、と事前に注意点を自ら聞いて線引きを行った。そして、その通りに行動した。
木工所で働く誰もがそれにわずかながら認識を改めた。
さらに、事前に叩き込まれた知識と頭の回転が速く理解力に長けた二人の空気は、木工細工師にとって不快ではなかった。
それらを遠目に見ていたフレーゼが近寄ってくるのに気付いて、しゃがんでいたジャネットが立ち上がる。
「少し話があるので下がっていてもらえますか」
「…じゃぁ、向かいのお店に行っててもいいかしら? 装飾品のお店」
「かまいません」
「ありがとう。お話ありがとうございました。また、機会があったら来てもいいですか?」
「おぅ。かまわねぇよ」
朗らかに応答する木工細工師に笑って、ジャネットはクラウジアと一緒に表通りに戻るため作業場を後にする。
表通りに面しているのは店舗部分で作業場はその裏にある。
ダルヴィギアでも随一の木工所である為、一般的な店舗兼作業場の二倍近い広さがある。必然、向かいの店は二軒ある。
ジャネットが断ったのはそれが理由だった。
二人を見送った後、木工細工師は手を休めて隅の休憩場に場所を移す。
「近々、何かあると思っていいと思うぜ?」
さっきまでの快活な雰囲気を一変させ、声が一気に低くなる。
簡単な給湯設備があり、いつでも喉を潤せるようにお茶が作り置きされている。それを注いで、フレーゼに差し出す。
軽く頭を下げてそれを受け取ったフレーゼは、木工細工師の言葉に眉を寄せる。
無表情が崩れるのは、基本的に仕事の時だけ。昨日の一瞬がどれほど貴重だったかを木工細工師はよく知っていた。
「何か、ですか…。それは、オークラインで? それとも、ホルグスですか?」
「オークラインだ。ホルグスが揺らぐなんざ、ほとんどの奴が思ってねぇさ」
「そうですね」
七大国に並ぶとされるホルグスが揺らぐとなれば、隣接するオークラインとカダレイドはかなりの余波を食らうだろう。
もちろん、ダルヴィギアも。
ホルグスを治めるのは大戦期から生存する八人の賢者。
帝国や諸国では真偽のほどが定かではない情報だが、ダルヴィギアでは当然とされる知識だった。
『聖女帝』とともに東で讃えられる八賢者の存在によって守られたホルグスで、混乱はこの約九十年間なかった。
今更に、揺らぐとは思えなかった。
老いたからこそ揺らいでもおかしくなかったが、それを思い浮かべる者はいない。それこそが不自然だとどこかで思っていたから。
「材木商が言うには、地方貴族領で変化が起こり始めていると」
「変化、ですか」
「それも王派の貴族領が、だ」
「…なるほど」
五年前、八歳で即位したオークラインの王ギルバート=ヴィア=オークラインはその幼さゆえ、実権を宰相と大臣達に握られ傀儡とされている。
ありがちなことだし、幼い王が采配をふるうことなど無理と考えるのは当然なので、誰もそれを不忠や反逆とは思わなかった。
傀儡と化した王を支持する、つまりは宰相に与した貴族は外聞を気にして王派と名乗っている。逆に、反王派は正当な主に正当な権利と力をと訴えている者達で、王を傀儡とする宰相達を非難する一派だ。
双方のにらみ合いが続いているのが現在のオークラインだ。
反王派は、現王を慕っているのではない。王家への忠義ゆえに主張しているのに過ぎない。
だが、けして直接的な行動は起こしていなかった。水面下での争いはあったにしても、表面化するほどの大きなものは仕掛けなかった。
それが、ここに来て変化が起こり始めている。
「具体的に、どんな変化か分かりますか?」
「そこまでは、な」
「そうですか…」
一介の商人では貴族領とはいえ内政の奥まで知ることはできない。
情報収集には誰か向かわせるしかない。
それを思って、フレーゼはため息をつく。
(…面倒なのは、宰相の監視がある中で動く、ということですね)
反皇族派として敵対されるのは別にかまわない。とうにそうなのだから、良く騙せてこれたものだと宰相達の鈍さを逆に感心するほどだ。ちなみに、宰相が鈍いわけではない。クリストバル達が巧みだっただけだ。
ジャネット達が来たことで監視が強まっているのは誰もが知っている。
その中で、他国に密偵を放って情報収集をするのはかなり危険だ。納得させられる適当な言い訳がないこともふくめて。
(下手すれば、オークラインと手を組んで帝国を滅ぼそうとしている、ととられかねません)
オークラインに攻め込む理由を与えることになる。
フレーゼにとってオークラインはどうでもいいが、確実にルワ侯爵家と領地が蹂躙されることになる。それは看過できなかった。
(ただでさえ、帝国は今魔工師の存在に飢えていますし…)
ロナ侯爵がグローツェ家を根絶やしにしてしまったのが要因なので、それは自業自得だ。
多くの、しかも有能な魔工師を抱えているオークラインは帝国にとって妬ましい国なのだ。国内の魔工師のおよそ七割がグローツェ家に属していただけに、なおのこと。
そのせいか、皇后の立場は少しずつ悪くなっているらしい。
フレーゼにとってはオークラインの内情以上にどうでもいいことだが。
考え込んだフレーゼを放って、木工細工師はお湯を沸かし始める。紅茶を入れるためだ。
いつものことなのか、木工細工師は微動だにしないフレーゼの背後にある棚から紅茶の葉を取り出す。
その時、常より少しばかり騒がしかった表通りが急に静まり返った。
数秒後聞こえてきた声に、うつむいていたフレーゼは弾かれたように顔を上げた。
※※※
フレーゼ達が話し始めた頃、ジャネットは手作りらしい色石の装飾品を見ていた。
「確か、エルヴィアが色石のブレスレットを大切にしていましたね」
そっと小声で呟くクラウジアに、ジャネットは小さく頷く。
故郷の子供達が暮れた贈り物を大切にしていた友人を思い出す。
思わず微笑みを浮かべたジャネットに、店員らしい女性が声をかける。
「それ、気に入った?」
「え?」
何とはなしに見ていたので、視線の先に何があるのかも理解していなかったジャネットは慌てて見やる。
そこにあるのは、紅い色石のピアスだった。
小指の爪ほどの大きさで、綺麗な丸に削られ磨かれたそれは飾り気がないと言える。
すっと視線をずらせば、同じようなピアスが色違いで並んでいた。
「飾り気がないからね、あたしはあんまりおすすめじゃないんだけど、これが結構売れてるのよ」
質素にすぎる感じだが、何でも合いそうなそれは日常的につけている分にも問題がない形でもある。だから売れるのかもしれない。普段使いが可能というのは結構重要だ。
「綺麗ですね…」
色石とは思えないほど綺麗な光沢をもっている。それだけで、作り手がかなりの腕だと知れる。
(…似てるわ)
思い浮かぶのは、手元にはない母の形見。
それは正真正銘の宝石である紅玉髄だが、非常に質素な装飾品だった。
似ていると思ったのはその形が最大要因かもしれない。
すでに穴がふさがってしまった耳に無意識に触れるジャネットに、クラウジアはそっと微笑んでそのピアスを手に取る。
「お会計、お願いします」
「ありがとうございます」
「クラウジア…?」
「これぐらい、いいのではありませんか? 同じ物ではなくても」
かつてを思い出すきっかけになる物として。
言葉にされなかった部分を察して、ジャネットは笑う。
「そうね」
紙に包んで差し出す女性に感謝を述べて、受け取る。そして青い色石のピアスを手に取って女性に渡す。
「お嬢様?」
クラウジアは外ではジャネットを名ではなくお嬢様と呼ぶようにしている。別にいつも通りでも良かったのだが、宰相の監視が強くなっていることは知らされていたので、それらを警戒してのことだ。
呼びかけで怪しまれないとも限らない。些細なことでも気をつけておくにこしたことはないとの考えだ。
表向きの立場として、最近両親を亡くした地主の娘と乳母の娘で、色々と問題があったので土地を離れて交流のあった侯爵家に奉公に来たのだ、とされている。二人が一般市民に扮するには無理があると判断された為だ。
土地の名前や問題の内容など詳しいことは何も言っていないが、簡潔でありがちな内容のため誰も疑問に思っていない。
「クラウジアも、ね。お揃いよ」
にっこりと笑うジャネットに、クラウジアは嬉しそうに笑う。
ほのぼのした美少女二人のやり取りに、女性は微笑ましげな視線を向ける。
ちなみに、ジャネットもクラウジアもありふれているわけではないが珍しくもない名前なので、特に気に留める者はいない。
幽閉中の皇女とその側近がのんきに街中を歩いているとは誰も思わないからかもしれないが。
女性と雑談をしていた二人は、ふいに外が騒がしくなってきたのに気付く。
表に出てみれば、隣の雑貨屋で一人の男がわめいていた。
男を見た瞬間、女性は呆れたように瞳を細めてため息をつく。
「また…」
「誰かご存じなんですか?」
「隣の長男よ。放蕩者で、売り上げに無断で手を出したから家から追い出されたの。たまに金をせびりに来るのよ」
「…働けばよろしいのでは」
「昔からだからね、雇う店もないのよ」
放蕩者なのは誰もが知っており、雇っても店の金に手を出されたりしたものだから、男を雇う店はない、と。
女性の説明に、二人はそろって渋い顔をする。
絵にかいたような放蕩者だ。そして、道楽息子の行く末だ。
すでに追い出されているが。
「おれはこの家の息子だぞ?!」
「存じ上げません。お引き取り下さい!」
かたくなな初老の番頭と言い合う男が、顔を真っ赤にして腕を振り上げる。
中肉中背だが荒事もこなしてきたのか屈強な男に対して、番頭は背が曲がり始めた痩躯だ。
打ちすえられて吹っ飛ぶと誰もが思い、番頭も覚悟したように瞳を閉じた。
だが…。
「お借りいたします」
静かな声が番頭の耳に滑り込んだ瞬間。
「がっ!」
獣の唸り声に似た声をあげて、男が地面に倒れ伏した。
そろそろと番頭が瞳を開けた先で、クラウジアが棒を構えていた。
一部始終を見ていた装飾店の女性は呆然としたように口を開けたまま固まっている。
クラウジアが構えているのは農具の柄に使われる木の棒だ。頑丈な樫の木で造られているため、人を吹き飛ばしても簡単に折れはしない。だが、本来の用途とは違うため、ゆがんだり使い物にならなくなる可能性はある。雑貨店の商品の一つなので、一応一言断りを入れた。了承を得る暇はなかったが。
武器を与えられていない(与えられるわけがない)クラウジアはとっさにそれを握って男を迎撃した。ほぼ反射的な行動だったので、了承がないことにクラウジアは少し不安だったが。
「てめぇっ」
起き上がって詰めよる男は、クラウジアよりも頭半分背が高い程度だ。筋肉質で屈強な体つきとはいえ、見た目に反する力を秘めた存在の威圧感を知っているジャネットとクラウジアが怯むことはない。
「ガキが出しゃばんじゃねぇ!」
「この方に命の危険があると判断したから動いたまでです。貴方が話し合いをするというのなら、出てくる必要はありませんでした」
「それが出しゃばってるってんだよ! ひっこんでろ!」
「引っ込むのはそっちでしょう」
悪意と陰湿が同居する魔窟で暮らしてきた二人にとって、男は小物でしかない。
冷ややかに言い切ったのはジャネットだ。
小柄なジャネットが割って入ったことに、集まっていた野次馬達が動揺してざわめく。
見た目からも武芸に通じているらしいクラウジアならともかく、一見して可憐で小柄と思われるジャネットが割って入るのは危険だと思っているのかもしれない。
現に、装飾店の女性は危ないとか早くこっちへとか言っている。
「老人に対して理不尽な暴力は看過できないわ。まして、すでにこの店とは無関係になっているのだから、関係者を主張しても見苦しいだけよ。下がりなさい」
反論の余地なくきっぱりと突き放された男は、怒気にどす黒い感情を混ぜてジャネットを睨む。
それは、殺意に似た感情。
「…とっとと消えろ。さもねぇと…」
懐から短剣を取り出してジャネットに向けた男に、野次馬達が距離を取る。
脅し文句を言おうとしたのか口を開きかけた男よりも先に、ジャネットが吐き捨てた。
「愚か者が」
静かで低い呟き。
だが、野次馬の後方にまで不思議と響いた。
「自分が何を手にしているのか分かっているの? 自分が何をしようとしているのか分かっているの?」
同じようで違う問いを繰り返すジャネットに、男は無意識に半歩後ずさった。
「…簡単に命を奪える凶器を手にして、それをお前がまとも扱えるとでも言うつもり? お前が持てば真実、凶器にしかならないわ。さっさと捨てなさい」
「う、うるせぇっ! 意味のわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! おれは自分の物を取りに来ただけだ!」
「自分の物? 家を追い出されたお前に、何が残っているというの?」
「おれはここの息子だ。親の物はガキに継がれるものだろうが! つまりはおれのだ!」
子供の論理、筋の通らないわがまま。
そうとしか思えない言葉に、ジャネットとクラウジアの瞳が鋭い光を帯びた。
「…戯けた考えを正すには、どうすべきかしら? ねぇ、クラウジア」
「叩きのめすしかないと思いますよ。自分よりも上が、言い分さえも封じる理不尽があるのだと、その身に知らせるしかないかと」
「そうね…」
二人の静かな会話に、野次馬達は威圧されて言葉を失っている。
年若い容貌整った少女達が口にする言葉に、男は何故か恐怖を感じた。
静寂の場に、ジャネットの宣言は張り上げるまでもなく隅々まで響き渡った。
「お前の愚かさを踏みにじってあげましょう。その後で、存分に懺悔なさい」
次の瞬間、男は意識を闇に沈めた。
※※※
響いたジャネットの声を聞いて、表通りに出てきたフレーゼは野次馬の人垣を割り、見えた光景に額を抑えてため息をついた。
それを見たジャネットは曖昧に笑い、クラウジアは商品を勝手に使ったことを番頭に謝罪していた。
ちなみに、クラウジアは逆に感謝された。命の危険を阻んで助けてもらったから当然だろうが。
ジャネットとフレーゼの間には、頭から地面に落とされて気絶している男が転がっている。
作業場を出ると同時に響いた鈍い音と現在の状況に、フレーゼは大体を察した。
「貴方は、ご自分の立場をご理解なさっておいででしょうか」
立場、にかかる語気が強くなったのを察して、ジャネットは視線を泳がせる。
それは表向きと本来、両方を指している。
表向きは、侯爵家に仕えているという立場。面倒なことに首を突っ込んでそれに関わることは、下手すれば主家に災いを招きかねない。
本来は、幽閉されているはずの立場。下手なことをして怪しまれたり、宰相が放った密偵に正体を知られたりすれば侯爵家は反逆者として征伐されかねない。
どちらにしても侯爵家に多大な迷惑がかかる可能性があるだけに、フレーゼの語気は冷たく強くなる。
「何があったのかは存じません。ですが、貴方方が理不尽に暴力をふるったわけではないことはこの状況と貴方方の性格を鑑みればわかります。しかしながら、正義がどちらにあるにせよ、お立場を熟慮した上で、慎重に行動していただきたい。少なくともバカではないのですから、そのぐらいはお分かりいただけますね?」
バカにしているのか、と言いたくなるような言葉だが眼差しの鋭さにジャネットは息をのむ。
フレーゼの言い分が間違っていないだけに、反論することなどできない。
クラウジアも眼差しを向けられて、居心地悪そうに肩をすくめる。
「…侯爵夫妻には全てご報告させていただきます。よろしいですね?」
「「はい…」」
肩を落として頷く二人に、かばわれた番頭が口を開きかけるがフレーゼの視線に沈黙する。
「ご迷惑をおかけしました」
頭を下げるフレーゼに、ジャネットとクラウジアも頭を下げる。
番頭は困ったように眉尻を下げる。
少女達を引きずるようにして去っていくフレーゼを見送って、番頭は店員二人に指示を出す。
一人は男を引き渡すために領軍の詰め所に走る。
もう一人は最高級の紙とペンを用意する。番頭がしたためた手紙を受け取って、侯爵家の城に走った。
ちなみに、店主は商取引で街を離れていた。
サムエルからの手紙を受け取り、話し合っていた侯爵親子三人はフレーゼの報告に笑みと苦笑を浮かべた。誰が苦笑したかは言わずもがな。
フレーゼがきつく言い含めたので、侯爵夫妻からおとがめはなく、エアルからは労いの言葉がかけられてジャネット達はほっと胸をなでおろした。
時間差で届いた番頭からの手紙には、勇敢な少女達への感謝とお咎めがないようにという内容が記されていた。
【大陸暦八七年四月十日(幽閉十一日目)】
※・※・※
まずは足元から、と言わんばかりに城下街を隅々まで見させられたジャネット達は精神的疲労により突っ伏していた。
どれだけ公正で有能な領主を戴こうとも、不正はなくならないし浮浪児や犯罪者は出る。
歓楽街は取り締まろうとすれば犯罪者の巣窟になるので、法律で規制することで秩序を保った。存在の容認と商売の保証がされれば、妓楼の店主などはある程度の不満は飲み込む。
それらを熟慮した結果、整備が行き届いた歓楽街などがダルヴィギアには存在している。奴隷市場は二ヶ月に一回行われているらしいが、ルワ侯爵が認可を出した商人しか参加できず、基準が高いのでかなり良質な奴隷がそろう。
後ろ暗い部分、領地の経営、ひいては国家の運営に必要な淀みを見たというのが最大の要因だ。
それらを知らなかったわけではないが、正しく理解できていなかったのだ。
知識と実体験は違う、と自分で言ったが想定以上の衝撃にジャネットはくじけそうになっていた。
それはクラウジアも同様だが、父アブラハムの教育方針によって嫌々ながらそれなりの体験をしてきたので復活は早かった。ちなみに、黒歴史扱いの過去なのでジャネットに語ったことはない。
一週間ほどを城下街の把握と散策に費やして、ジャネットが知ったのは自分の無知さと無力さだった。
他の皇族より市井に近いと思っていただけに、衝撃だった。
例に挙げるのなら、木工細工だ。人の手によって削られた木が形作られたものだ。だが、その材木や使用される理由などは知らなかった。その木が輸入されていることも。
ジャネットは自分の知識が書物の上のものであることを実感させられた。
結果しか知らないで『知識』などとは呼べない。聞きかじった情報でしかないことを知った。
だからと言って、全てを知っている余裕はないし、時間もない。さらに言えば、そんな必要性はかけらもない。
頂点にいる者が全てを行うことはできない。出来たとしても、独裁を招きかねないので忌避される。
それぞれに優れた者をそばに置けばいい。というより、そばに置くべきだ。
重々承知しているが、割りきれなかった。
そして、自分がいかに恵まれていたかを痛感した。
昨日上げた報告書の書き損じが散らばる机に頬をつけたまま、ノック音に気の抜けた返事を返した。
「…旦那様と若様がお呼びです」
姿を見せたのはフレーゼだ。
いつも通りの無表情がいささか強張っているように見えて、ジャネットは顔をあげながら首を傾げる。
フレーゼの様子に不審に思ったのはジャネットだけではないようで、廊下にいたクラウジアも戸惑ったように眉を寄せている。
案内された部屋に行けば、フレーゼの言うとおりクリストバルとエアルがいた。クラーラの姿はない。
ジャネットがクリストバルと会うのは実は初めてだった。
来た当初も応対に出たクラーラには会ったが、何故かクリストバルとは顔を合せなかった。
十日も会わないでいれば、クリストバルがあえて会わないようにしているのだろうとは分かったので、ジャネットもクラウジアもそれを話題にしづらかった。
「お初にお目にかかります、ルワ侯爵クリストバル=アール=リロイ閣下」
ゆっくりと一礼した二人に、クリストバルは険しい表情のまま頷き着席を勧める。本来なら不敬罪ものの態度だが、それを咎められる立場でも主張できる立場でもないことを二人はよく知っていた。
それに怖々と座る二人に、エアルが心配いらないと言いたげに顔の前で手を振る。
先輩後輩のやり取りを無視しているそぶりのクリストバルは、おもむろに口を開いた。
「チェスラス子爵から届いた手紙です」
一応の体裁のためか、口調は敬語だ。ただ、声音はひたすら冷淡だったが。
ローテーブルの上に広げられた紙の束をそっと手にとって、ジャネットとクラウジアは文面を読んでいく。
しだいに見開かれていく二人の瞳を、親子はただ黙って見ていた。
サムエルは、手紙にエルヴィアと手を組んだことやレゼドルのこと、コーラルの狂公のこと、モラリスの内情などを記していた。
情報源は当然エルヴィア達である。
実は、魔法で情報を届けていた。声を届ける鳥をかたどった魔法で、風属性なので練習も兼ねてフローラが担当した。ちなみに、この魔法は行使者が一度行ったところにしか声を届けられない。
「…殿下」
すべてに目を通した頃を見計らってかけられたクリストバルの声に、驚愕に固まっていたジャネットは弾かれたように顔をあげて背筋を伸ばした。
射抜かれるような視線を受けて、震えそうになるのを必死に抑えた。
「妻からも息子からも話は聞いております。私は二人を信頼している。だが、最後はやはり自分の目で確かめたいのです」
「…はい」
「殿下はいずれ玉座に就かれることを望まれておられます。その片鱗はあるように思われます。しかしながら、殿下は今の帝国を壊すと申されました。どのように壊すかはともかく、壊した後、殿下はどのように国を治められるおつもりですか?」
間違えることを許さない問いだった。
引きつる呼気を吐き出して、ジャネットは全身に力をこめてクリストバルの藤色の瞳を見返した。
「帝国は広大すぎると思っております」
無言が返る。
「主君としての才覚がない皇帝というのは事実ではありますが、管理できないほどの国土は内に腐敗と反乱の種を抱え込むだけで何の益もございません」
大陸の内陸で肥沃な国土であるからこそ帝国は潤っているが、これが環境の厳しい北部だったならとうに皇帝は反乱によって倒れいくつもの国家が乱立していただろう。そして、起こるのは戦乱だ。
反乱によって乱立した国家が連携を組めるのは最初だけ。いつかは利益の取り合いを始め、民と国土を蹂躙することになる。
それは、帝国の近い未来だ。
レゼドル男爵のように、離反を考える者が出てくるのは当然。反乱を起こさなかったのは、男爵の英断だ。反乱を起こせる兵力がないことと表向きは帝国派のコーラルに接しているからだろうが、民をいたずらに死なせなかった。
「一つの国家にまとまること自体が、その国家を率いること自体が皇族には不可能です。かといって、わたくしにそれが出来るとは思っておりません」
分をわきまえていることが重要なのだとジャネットは思った。
今以上を望まず、君主としての責務を貫き国土と国民を守るために手段を問わないコーラルの狂公のように。
引き合いに出すことさえ失礼だと思いつつ、自分の力のなさをかみしめる。
「ならば、自分に出来る範囲まで縮小すればいいのです」
愛する故郷を守るため、あえて反逆者となった少年。
大切な故郷を守るため、覚悟を持って歩むと決めた少女。
最期の瞬間まで責務を果たした、盲目の女傑。
モラリスという大国の首都ほどの規模が、彼らの守るべき全てだった。
それ以上を望むことはあり得なかったのか、それでいいと思っていたのかは定かではない。だが、その心の全てを傾けられる故郷を持つことに、羨望を抱いた。
愛着のない国土に、どうして心と人生をかけられるだろう。
責務を果たそうとすることはできても、情の伴わない行動に民が付いてくるだろうか。
薄っぺらい慈悲でどれほどの民が騙されるだろうか。
貴族達は民は愚かですぐだまされると思っているが、そんなに民は単純ではない。
確かに学はなく、文字を知らない者も多い。だが、民にも考える力がある。
中身のない慈悲に、気付かずとも疑問と違和感を持つだろう。
そうなれば、民の心は君主から離れる。忠義も畏敬もあったものではない。
ジャネットは自分の考えを巡らせて、組み上げた新たな国家体制を口にする。
それは未熟で、少しつつけば崩れてしまうような不安定な内容だった。
だが、中身を詰めていくのは別にジャネットでなくとも良い。
領地経営に長けた者や土地管理に長けた者が助言をし、推敲を繰り返せば物になるだろう。
全てを聞いたクリストバルの口元に浮かんだ笑みが、何を含んでいるのかを知っているのはこの場ではエアルだけだった。
ジャネットとクラウジアが退出した部屋で、クリストバルは楽しげに笑う。
「…そんなに、殿下の発想は面白かったですか?」
「それもある」
即答した父に、エアルは首を傾げる。
面白い、以外の感想があるとは思わなかった。
「私は祖母を知らん」
ふいに、重みを含んだ声で呟いた父を見やって、エアルは黙って先を促した。
「だが、父から嫌というほど聞かされたものだ。祖母の武勇伝、そして、祖母の友人の話を…」
その友人が『誰』を指すのか、この家で知らない者はいない。
「祖母の友人は、帝国を造る気などなかったそうだ」
「では、どのような国を…」
友人の歴史が作り上げられた偽りであると知っている。だから、帝国を造る気がなかったと聞いても驚かない。だが、国を造ったのは事実だ。
帝国を造る気がなかったのならば、どのような国にするつもりだったのか。
エアルの純粋な疑問に、クリストバルは瞳を細めて視線を向ける。
さっきまで、ジャネットが座っていた場所だ。
それで察したエアルは、瞳を丸くした後、苦笑した。
『聖女帝イヴ』が考えていた本来の国家体制と未来予想。
そして、『聖女帝イヴ』の血統であるジャネットが考えた国家体制。
およそ九十年の時を経て、過去と現在がようやく重なった。
そのことを知っているのは、今はまだ、侯爵一家だけだった。




