第五話:モラリスの巫女長 Ⅰ
【大陸暦八七年三月三十日(逃亡から九一日)】
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モラリスに入って二日目。
銀山都市モラリスは、行政を担う中央区と東西南北の区画で成り立っている。
軍事の中枢でもある中央区は、元首であるロイス=レウネットを守るために厳重な警備が敷かれている。
現在、いつも以上に警備が厳重になっており、街中でも魔導兵が見られた。
エルヴィア達はいつもを知らないが、通常ではありえないということは分かる。
「…五人組のうち、一人は必ず魔導兵なのね」
「警備状況でただ事じゃねぇって分かるだろうに、住民が普通に生活してるのが逆に怖いな…」
「一つ気になってるんですが、この街って…」
「魔法陣の形をしてるわね」
住民と巡回する兵達の空気の違いに視線が遠くなるエルヴィア達は、ふいに足元を見る。
綺麗に整地された石畳が見えるだけだが、エルヴィア達の視線はゆっくりと道をたどり、背後を振り返る。
区画を分ける壁と整えられた道が、魔法陣を構築していることにラウルが気付いた。それをエルヴィアが即座に肯定し、フローラとアレンは確かめるように見渡す。
エルヴィアがモラリスに来たのはこれが初めてだ。
『イヴ』の活動範囲はかなり狭く、時期が時期だけに遠出することができなかった。現在の帝国領土西部と激戦区だった現在のエディオノスくらいだ。
南北と東部には行ったことがない。
その為、以前の記憶と照合することができない。
だが、それほど古くなさそうな壁を見て、大戦以前からの物ではないことが分かる。
「この形、知らないんですが、エルは知ってますか?」
「…古式魔法の一つ、『祈りの世界』よ」
「? そんな魔法あったか?」
「これは正式名称。今だと、『祈跡結界』だったかしら」
「それなら知ってます」
「名前が変わったの?」
「経緯は分からないけど、現在の古式魔法に分類されているのは神職者が使う加護の魔法ばかりよ。祈祷などによって持続する魔法だから、普通の魔導師には使いにくいのよ」
職業柄、一室にこもることがある神職者には持続することはたやすいが、魔導師には少々難しい。
元首が巫女であるモラリスならば、問題はないだろう。
それに納得した三人は、いつまでも突っ立っているわけにはいかないと歩き出す。
遅れてエルヴィアも動き出し、小さく息を吐いた。
※※※
ゆっくりと、体を起こした女性が、天井を見つめて固まった。
「…巫女長様?」
寝台の傍らに控えた少女が、心配そうに声をかける。
真っ白になった長い髪を揺らして、女性―――ロイスは柔らかい笑みを浮かべる。
深いしわが刻まれ、やせ細ったロイスは少女の手を取って、窓の外に視線を向ける。
「イロナ」
「はい」
「お迎えに行って頂戴」
「…どなたを、ですか?」
「全ての始まり。そして、次の始まりを告げる方。…ようやく、偽りが終わるのですよ。愚かしい日々が、ようやく…」
ロイスの浮かされたような呟きを、イロナは理解できなかった。
だが、イロナにとってロイスは絶対的な存在。その言葉を、はねのける理由はなかった。
モラリスの巫女長ロイス=レウネットの後継者、イロナ=アニヤ。
弱冠十五歳の少女は、モラリス内において最大の攻撃力を有する魔導師として知られていた。




