第七話:洞察と忠義
皇宮編
【大陸暦八七年三月十六日(逃亡から七七日)】
※・※・※
エルヴィア達がチェスラス子爵領の外に出た頃、皇宮で宰相と部下数名が動き出していた。
「二ヶ月半…これだけ経って、足取りもつかめんとは…」
宰相の執務室で唸るドレヴィク公爵フェレンツに、部下達は無表情のまま命令を待っている。
(すでに国外に出ていてもおかしくはない。大した装備もないとはいえ、反逆者の中にはソギラ公爵の息子がいる。警戒すべきは、法具を持つアレン=オルセン=ソーレのみのはず。だからこそ、国境に魔導師を配したというのに…。関所を通らなかった? いや、国境通過認可が記された身分証がなければ、他国の街には入れない…)
国外逃亡の犯罪者の流入を避けるため、外国人と思しき者には街の関所で厳しい検査がある。
入国した国の民を装えば、その場しのぎは可能だが、いつかぼろが出る。そうすれば認可がない場合は不法入国者として強制送還になる。
(いくら優秀であっても、しょせんは子供。張り巡らせていれば、いずれは引っかかる。そう思っていたのに…!)
「ガウル」
「はっ」
絞り出すような声で呼ばれた鼻の半ばに一文字の大きな傷がある男が、敬礼をしながら答える。
フェレンツは、執務机の上に広げた二枚の地図から視線を外さない。
「報告は上がっているか」
「はい。ですが、目撃情報はございません。ただ…」
「なんだ」
「昨日、チェスラス子爵家の城を、一台の真新しい馬車が出たと」
「…何?」
「報告では、チェスラス子爵家が融資し、ランド家―――現ラストル家が提携している新しい行商隊のようです。人員は四名。ラストル家当主ゼイルと同年代の少年少女達です。その内、一人の少女が子爵家の後継者ヴァルテル様と特に親しいとか。名前も挙がっております。一人の少女がエルと呼ばれ、他三名は反逆者どもと一致します」
ガウルからの報告に、フェレンツは瞳を見開く。
エル、はエルヴィアの略だ。愛称としても呼ばれるだろう、最も安直な呼び名だ。
「人数も名前も一致しているではないか! 何故すぐに調べなかった!」
「申し訳ございません。その姿勢からは帝国に対して叛意を持っている様子はうかがえず、何より、チェスラス子爵は反乱鎮圧などで功績があります」
あからさまに疑うことはできなかった。
反乱の犠牲者や規模を最小・最速で鎮めたことが幾度かあるサムエルは、ドレクセルの民以外からも支持されている。豪快でありながら高潔清廉な人柄を広く知られ、信頼が厚い。
それを指摘されて、フェレンツは歯噛みする。
領民の支持厚く、帝国十指に入る騎士であるサムエルとフェレンツは、親子ほどの年の差がある。そのため、個人的な怒りなどはない。だが、フェレンツの父シャンドルは同年代(正確にはサムエルが年下)であったため、色々と比較されていたらしく子供のころから愚痴を聞かされていた。
(父上のことなどどうでもいいが、面倒な奴だ)
シャンドルは魔導騎士であったが、それほど腕がいいわけでも明晰であったわけでもなく、ずっとくすぶっていた。公爵という身分ゆえに、周りはもてはやしたし取り巻きも大勢いた。
ある時、取り巻きの一人がサムエル(当時十代の少年)とちょっとしたいさかいを起こした。なにがどうなったのかはフェレンツは知らないが、シャンドルとサムエルの決闘が行われることになったらしい。
騎士として名が売れる前のサムエルと魔導騎士としてそれなりの経験を積んだシャンドル。
どちらが勝つのか、貴族達は楽しんだ。今から五十年ほど前なので、娯楽が少なかったのだろう。
持ちうる力を存分に出して、というルールがあったため、シャンドルは容赦なく魔法を使った。
決闘で命を落とすのは珍しいことではないから、殺す気で行ったのだろう。だが、そのことごとくをサムエルはよけ、耐え、シャンドルの至近に迫った。
立て続けに攻撃されれば、詠唱している余裕はなく、剣の腕は底辺だったシャンドルに勝ち目はなかった。
負傷していたのはサムエルだったのに、息が上がって敗北したのはシャンドルだった。
しかも、サムエルは喉元まで迫りながら剣を引いた。
とどめも大した傷も負わせず、生かしたサムエルは無用な殺生を厭ったとして讃えられたが、年下に無様に負けて情けをかけられたとシャンドルは嘲笑された。
その出来事は、フェレンツが官吏として宮廷に上がってからも持ち上げられた。正確には、陰口を言われたり影で笑われたりと、ひそやかにだったが。
敗北し、家で酒を飲んで愚痴をこぼしているだけだったシャンドルに、子供としてフェレンツが愛情を抱いたことはなかった。
シャンドルに対して蔑みがあり、時に非道となりうる情けをかけたサムエルに怒りを抱いた。
直接のかかわりはなくとも、自分が嘲笑される要因の一つと考えれば、腹立たしい感情を抱くのは致し方なかった。フェレンツ自身、有能であっただけに。
サムエルとしては、取り巻きとはいえ他人の不祥事の責任を取らされる羽目になったシャンドルに同情していたから、という理由があった。それを知っても憤慨したかもしれないが、ひとまず、サムエルは一言も何も言わなかったので、シャンドルや取り巻き達がそれを知ることはなかった。
「その行商隊の容姿は、分かっているのか?」
「はい。エルという少女は北の出身者らしく銀髪碧眼、フローラという少女は南の出身者らしく黒髪黄眼に褐色の肌、アレンという少年は茶髪碧眼、ラウルという少年は金髪紅眼に小麦色の肌、と」
「…全く違う容姿か」
四人の名前は、けして珍しいものではない。十人中一人はいる。
銀髪はユグノルド、黄色の瞳はコーラルで多くみられるが、移民がいないわけではない。移民の血筋だと言われてしまえば、それ以上の追及はできない。
北と南、帝国出身の少年少女が集まって行商隊を作り、チェスラス子爵家が後見になる。時期と状況が少々不自然だ。
しかも、四人がドレクセルに入って十日ほどの間のことだからなおのこと。
それ以前、フェレンツ達が目を向ける前から交流があり、今回、たまたま事を動かしただけだと言われてしまえばそれまでだが。
(姿は認識阻害の魔法で違う物に変えることはできるという…。だが、それは水か風の属性。ソギラの息子は炎と雷だった。では、行商隊は違うのか…?)
宰相という立場ゆえ、フェレンツは魔法に関する知識をある程度は有していた。
魔導師でなければ理解できない範囲もあるため、基本でしかないが。
(しかし、なんだ? 何か…)
情報としては、行商隊は偶然の一致と考えて片づけられる。だが、フェレンツは何かが引っ掛かっていた。
(…そうだ。首謀者の髪飾りとペンダント! ガラス細工とみられたが、それをジャネット皇女は手に入れている。持ち物や部屋を調べたが、それらは出てこなかった。何故? 渡したのか? 誰に? 当然元の持ち主にだろう。では、どうしてガラス細工なんかをわざわざ…)
深く深く思考に潜って、一つのことに思い当り、フェレンツは顔を上げる。
首謀者=エルヴィアのことだ。
「テリオ、お前には首謀者の故郷を任せていたな。どうだった」
「はい。それが、入れなかったのです」
「…入れない?」
テリオと呼ばれた細身の男は、はいと頷いた。
エルヴィアの故郷ヴォダラは、十一月半ばから深い雪に覆われていた。道中も雪に覆われていたため、魔導師が二人同行して雪を溶かしつつ、一部隊を率いてテリオは向かった。
だが、ヴォダラと呼ばれる村の区域に差し掛かり、誰もが目の前の光景を疑った。
雪に覆われた大地が広がっている。獣の足跡すらない雪原が、振り返ればどこまでも続いている。
なのに、ヴォダラはうっすらと雪が積もっているものの、冬の終わりに近い様子を見せていた。
今の時期、まだ雪が降り続き、積もり続けているはずなのに、雪解けの始まった春が訪れているような、そんな光景が広がっていた。
驚きながらも、不可思議な現象の原因を知ろうと、そして、エルヴィアへの一手とすべく進んだ。
だが、真っ直ぐ歩いて村に入ったはずなのに、いつの間にか来た道を戻っている。魔導師が魔法を村に向けても、それは村に届く前に霧散して消える。
魔導師達は結界魔法だと判断した。だが、辺境の村に魔導師が、しかも村一つを覆える結界を維持するほど腕の良い魔導師が、いるはずがない。
護玉を利用した高位結界魔法は存在するが、それは聖魔法に位置づけられ、今や使える者はほとんどいない。
結局、誰一人として村に入れず、魔導師達も原因を特定することが出来ず、帝都まで帰ってくるしかなかった。
「それに、村人達が誰も我々に気付きませんでした。魔法を向け、大声を懸けても、です」
「つまり、結界内部には届かないのか」
「はい。ですが、商人などは村に出入りできています」
「どういうことだ?」
「魔導師の推測では、聖魔法の一つ、四聖結界ではないかとのことです」
東西南北に神聖守護結界(高位聖魔法の一つ)を宿した護玉を埋め、もしくは祀り、その護玉を核として自然の力を高め、その土地の守護をする魔法。
厳しい季節の土地ならば、魔導師の腕にもよるが気候さえ緩和させる。聖魔法であるため、悪意や害意を弾き、侵入や攻撃を受けつけない。
状況を把握すれば、それが何より現実的だった。だが、現在の魔導師の力量と辺境事情が、現実的ではないと告げていた。
(…まさか、ガラス細工と思っていたのは法具? だが、捕縛したのは魔導騎士だ。魔法を知る者は、法具を見抜く。何故気付かなかった? …捕縛された時に、認識阻害魔法を? あんな状況で? バカな、出来るはずがない。魔法を学んで一年足らずの小娘が? いや、だが、もし、魔法をそれ以前から使えたら? なら、分かるが…。どうして使える?)
疑問が渦巻きながら、エルヴィアが魔法を使えれば全ては解決する。
だが、ありえないはずだ。どうして使えるのか、という疑問が残る。
「ヴォダラの監視を続けろ。首謀者が四聖結界を張ったのなら、何かしらの要因があるはずだ。それに、万が一戻ってくるかもしれん」
「はっ」
内心では戻ってくることはないだろうと思っているが。
四聖結界は、核が護玉で自然の力を利用しているため、半永久的に持続する。しかも、それを突破できる魔導師が今いない。危険を冒して戻ってくる必要がない。
だが、辺境の村ごときに、高位結界魔法を行使する理由がない。
もしかしたら、何か隠しているか、あの土地そのものに理由があるのかもしれない。
フェレンツはそう考えて、テリオに警戒を命じる。
「カイクレス伯爵領にも部隊を派遣しろ。国境の警備もより厳重に。もし、四聖結界を張るほどの腕ならば、首謀者が認識阻害の魔法を使っているかもしれん」
「はい」
「あと、ルワ侯爵家の方も監視を強めろ。ジャネット皇女は反逆者に関わりのある者だ。何らかの形で接触してくるかもしれん」
「かしこまりました」
ガウルとテリオ以外の部下二人が頷く。
無言で一礼して、ガウル達は執務室を出て行く。
部下達の方を見ず、フェレンツは再び地図を見つめる。
広げられているのは、帝国と大陸の地図。
貴族領を示す黒枠のそばに、領主である貴族の名前が書かれている。その下、赤の線が引かれていたり青の線が引かれていたりする。
ソギラ公爵、ドレヴィク公爵、ロナ侯爵、カイクレス伯爵、ラジェ伯爵、ゴルバノス伯爵などの下に赤の線。
ルワ侯爵、チェスラス子爵などの下には青の線。だが、二つの名前には三角も書かれている。
赤は皇族派、青は反皇族派を示している。三角は、はっきりとしていないことを意味していた。
だが、そのうちの一つ、チェスラス子爵の三角を、青のインクでバツを記す。
「…これより、チェスラス子爵は反逆者の一人だ。陛下にご報告せねば…」
地図をそのままに、フェレンツは皇帝の私室に向かった
大陸地図の国名、コーラルの下には赤の線、ホルグスとモラリスは丸で囲われていた。
それが何を意味するのか、知っているのはフェレンツだけだった。
【大陸暦八七年三月十七日(逃亡から七八日)】
※・※・※
魔導騎士団専用の訓練場で、多対一の対戦が行われていた。
一人で十数人を迎え撃つのは、大柄な男。
二メートル近い長身と盛り上がった筋肉。騎士よりも軍人や戦士と呼ぶにふさわしいが、その太刀筋は宮廷剣術のごとく美しい。
「団長!」
最後の一人を沈め終えた男に、中年の魔導騎士が駆け寄る。
魔導騎士団長アブラハム=ジルファーレンは、いかつい顔をしかめて振り返る。
若い騎士はその表情に強張るが、慣れた中年騎士は平然として敬礼する。
「陛下がお呼びです! 執務室の方に来るように、と」
「わかった。ミゲルッ!」
「はいっ」
「来い」
「はっ」
呼んだ二十代の騎士を伴い訓練場を去って行くアブラハムを、敬礼姿勢で見送る。
残された騎士達は、アブラハムに尊敬と憧憬の眼差しを向け、随従できるミゲルをうらやましそうに見ていた。
地位がある者は、従者を伴って行動するのは当然で、その従者に選ばれるのは名誉だった。
※※※
執務室の前、警備に当たっている兵に剣と法具を渡し、アブラハムとミゲルは室内に入る。
扉を背にしてミゲルが立ち、アブラハムが膝を折って一礼する。続いて、ミゲルも一礼する。
室内には、椅子にかけたケネスとその傍に立つフェレンツの二人だけがいた。
ケネスが鷹揚に頷くのに、二人は姿勢を正す。
右手を拳にして左胸につけ、直立したアブラハムが口を開く。
「お呼びと伺いました。陛下」
「うむ。アブラハムよ、お前に動いてもらわなくてはならないことができた」
「ご命令とあらば」
「モラリスを落とせ」
「…銀山都市モラリスですか」
「あぁ、老い先短い老婆とはいえ、あれほどの魔導師相手だ。魔導騎士団の半数を率いて向かえ」
「かしこまりました」
「あと、一部隊をチェスラス子爵家に向かわせろ。そうだな、時期は二ヶ月後だ」
「…その意図、お聞きしても?」
アブラハムの問いに、ケネスは傍らに立つフェレンツを見る。
視線を受けてフェレンツが頷く。
「魔導騎士団長、チェスラス子爵は陛下に対して叛意ありと判断された。それゆえ、粛清する」
「なるほど。それで、何故二ヶ月後に…」
「油断させるためだ。おそらく、チェスラス子爵は反逆者達と接触している。そうと思われる者達が、子爵家の後見を得て南へ向かったことが判明している。現在は警戒しているだろう。それが緩むまで待つ」
「ですが、チェスラス子爵家に魔法を扱える者はいません。そこまで慎重になる必要は…」
「サムエル=シード=チェザレの勇名は知っているだろう。子爵は魔法を向けられても怯まず突き進む。その配下がそうではないと言えるか? そうだった場合、魔導騎士団にも損害が出るだろう。反逆者達に備え、陛下の安全に隙を作るわけにはいかない。それゆえ、魔導騎士団の戦力をわずかでも削るのは避けたいのだ」
過去、父との逸話を知っているからこそのフェレンツの発言に、アブラハムは無言でうなずいた。
フェレンツとアブラハムは同年代。だが、その背景は真逆だった。
魔導騎士の父を持つフェレンツと法務官僚の父を持つアブラハム。
そのためか、互いの立ち位置に理解を示しつつも仲は良くなかった。
ただ、ケネスに忠義を尽くしている、という点は一緒だったので目立ついさかいはなかった。
今回も、フェレンツの言葉は納得できたので、アブラハムは受け入れた。
「おぉ、そうだ。アブラハムよ」
「はい」
「お前の娘、帝立学院にいる…」
「次女のカルメーラですか?」
「それだ。腕が良いそうだな」
「ありがとうございます。ですが、まだまだ未熟ですので…」
「よい、余は期待している。それより、中々に美しいと聞くぞ」
「お褒めいただき、光栄に存じます。娘も喜びましょう」
何を示唆されているのか十分に理解しながら、アブラハムはかけらも動揺せずに頷いた。
とたんに上機嫌で笑顔を浮かべたケネスといくつかの話をして、アブラハムはミゲルを伴い退室する。同じく、フェレンツも一礼して退室する。
何となく、フェレンツとアブラハムが隣に並び、ミゲルは二人の後ろを二歩遅れてついてくる。
「後宮の一室を開けて整理せねばならないな」
口火を切ったフェレンツを横目で見ながら、アブラハムは無感情に呟く。
「卒業まであと一年あるんだがな」
「では、断れば良い」
「まさか、陛下直々のお召だ。お断りするなどありえん」
「そうだろうな。では、陛下のおそばに部屋を置こう」
「…自分の娘のために空けておいたのではないのか」
「私の娘はまだ十にもなっていないからな」
ふん、と気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らす。
ランド家を引き入れる時に約束した娘は、ゼイルの予想通り、農民上がりの女中に産ませた娘だった。そのため、フェレンツはそれを娘とは認めておらず、正妻と財のある妾の子供だけを自分の子供と認めていた。
いずれは側室に娘を、とフェレンツが考えていたのは事実だが、年齢が年齢だけに後宮に入れられない。
いたしかたなく、空けていた部屋にカルメーラを入れることにした。それには、理由がちゃんとあるが。
「それに、学年代表を務めるほどの腕を持っているのなら、陛下の護衛としても役立つだろう」
「なるほどな。それならば納得がいく」
納得したアブラハムは、フェレンツに向けていた視線と空気をわずかに和らげる。
官僚とはいえ、狐狸妖怪が跋扈する宮廷を生き抜いてきたフェレンツは、それを平然と受け止めていたが。
二人の寒々しい会話を聞き、従っていたミゲルは冷や汗をかいていた。
(団長と宰相の仲が良くないのは知っていたが、ここまでとは…)
はたから見れば、普通に会話していた。空気も、敏感な者でなければ気付かなかっただろう。
魔導騎士として鍛錬し、経験を積んでいるミゲルには空気が分かり、それに焦燥感を抱いていた。和らいでホッとしている。
それぞれの仕事場への分かれ道、ミゲルはアブラハムと二人きりになった。
「…ミゲル」
「はい」
「チェスラス子爵粛清の指揮を任せる」
「え?! ふ、副団長は!?」
「モラリス攻略に連れて行く。最小の都市国家といえど、大戦期から名をはせる魔導師がいるからな、精鋭で向かう必要がある」
「で、ですが…」
「団内で、魔法と戦略に長けているのは俺達を除けばお前だ。ラジェ伯爵の息子も入れる。あれは突撃に優れている。良い戦力になるだろう」
「良いんですか?」
「構わん。だが、失敗は許さん。陛下の勅命だ。しっかりやれ」
「は、はいっ!!」
高い評価と信頼を向けられて、ミゲルは頬を紅潮させて勢い良く頷く。
アブラハムは、ケネスの命令を忠実にこなしてきた。
その命令の背景に、フェレンツの策略があるとは分かっていたが、ケネスの決定ならば否を唱えない。
モラリス攻略もチェスラス子爵家粛清も、帝国にとって良いことなのだ。
帝国の頂点にいる皇帝の決定が、悪いことのはずない。
そう思っていたから、アブラハムはただ受け入れる。
外から見れば悪評ばかりのケネスだが、努力と成果を上げた人間には鷹揚で重用する性格だった。
フェレンツは父とサムエルのことで、アブラハムは騎士家系でありながら官僚になった気弱な父のことで、周囲から陰口をたたかれ、見下されていた。
そこから引き立て、認め、立場と力を与えてくれた。
認めてもらえた、というのが嘲笑されてきた二人には嬉しかった。
親族ですら笑っていたから、信頼できる者は少なく、二人はケネスの言葉を受け入れてきた。
アブラハムは、ケネスが色を好み、贅を好むこと知っているが、支配者というのはえてしてそう言う物だから気にしてこなかった。
権威を示し、他国に国力を見せつけるのに必要だとも思っていた。
だから、今まで、一度も諫言したことはなかった。
主君の言葉に否を唱えるのは忠義を尽くす騎士としてあるまじきこと、と考えていたから。
アブラハムにとって、忠義、とは主君の命令を完遂することだった。
期待を、信頼を裏切らないようにするために、全力で答える、ということだった。
だから、今回も答えるために、アブラハムは万全を期するため、騎士団の宿舎と詰め所にて装備と馬の点検を命じた。
モラリス攻略のため、魔導騎士団長アブラハム=ジルファーレンが団員半数を率いて帝都を出発するのは、この一週間後。
魔導騎士団後援部隊隊長ミゲル=ロノスがチェスラス子爵領を攻めるのは二ヶ月後。
この二つの行動が、国外でどういう波紋を呼ぶのか、今は誰も分からなかった。




