第三話:チェスラス子爵家 Ⅱ
【大陸暦八七年三月四日(逃亡から六五日目)】
※・※・※
サムエルから息子の護衛を依頼されたエルヴィア達だが、その期限や詳細を聞く暇がなかったことに気がついたのは、翌日、客間で目覚めてからしばらくたった頃だった。
「というか、話してたのは私とアレンだけよね」
「主軸はお前だ」
エルヴィアのかすれた呟きを、アレンが一刀両断にする。
四人がいるのは、客間のリビングだ。
リビングから寝室に行ける扉が二つ。それぞれ二人部屋だったので、男女で分かれて使用した。
起きてから一時間後、現在、朝食後の紅茶を飲んでいた。
「実際、どうなんでしょうね。はっきり言って、護衛は必要ないんじゃないですか?」
「そうよね。瞳の色は独特だけど、祖父から受け継いだ貴色、て言えるもの」
「肉体的成長はどうしようもねぇだろ」
「「あぁ」」
それがあった、と言わんばかりに二人は頷いた。衝撃を受けた事実を、忘れていたらしい。
実際、その後にエルヴィアがやらかしたことと語ったことが、衝撃を忘れさせるほどに重大だった。
なんせ、伝説の一部を伝説本人が語るのだから。
「隔世遺伝、という奴ですか」
「だろうな。だが、どうもできねぇわけじゃねぇだろうに…」
「? どうにかできるの?」
「認識阻害の魔法、活用できんじゃね?」
「無理よ」
なるほど、と再び頷きかけたフローラとラウルを止めたのは、きっぱりとしたエルヴィアの一言だった。
「無理って。あ、魔法の才能がないの?」
「そういえば、今年で二十歳だと言っていましたね」
「魔法の才がある場合、入学を拒否することはできねぇからな」
「あるわよ。魔力自体は」
納得できる理由を見つけた三人を、再びエルヴィアの一言が止める。
「魔力自体は? どういうことだ?」
「それは、あとで話すわ。どうせなら、子爵達にも聞いてもらいたいから」
確かに、当事者が聞くべき内容だ、と三人は今度こそ納得して頷いた。
それとは対照的に、エルヴィアは難しい表情で残り少ない紅茶を睨んでいた。
※※※
エルヴィア達が、サムエル達親子と会えたのは昼を過ぎた頃だった。
老体に鞭打って徹夜したサムエルが起きるのを待っていたのだ。
通常の六十代と比べてかなり頑健だが、さすがに徹夜は堪えたらしい。
丁寧に育てられた芝生と整地されたむき出しの地面。植えられた樹木は、全て実が成るものらしく、用途が明らかだ。
実用性を追求しながら、癒しを与えるのどかな風景の庭を見回しながら、サムエルがエルヴィアを振り返る。
「聖女殿、何をなさる?」
「まず、その呼び名と敬語をどうにかしてください」
「無理ですな。親父殿の恩人に対して、無礼はできませぬ」
「なら、私はこれから子爵のことをサムエル様とお呼びいたします。よろしいですか?」
「ぅぐっ」
それは許容できないようで、サムエルはうめく。
サムエルの真面目でありながら大雑把なところがある性格は、父親似なのだろうとエルヴィアは懐かしさを感じた。
だが、過去を合わせてもはるかに年上であるサムエルに、尊称で呼ばれる上に敬語を使われるのは耐えられない。
何より、エルヴィアは恩人であるということを、全力で否定したかった。幾度も命を救われて恩を受けたのは自分だと、本気で思っている。
たとえ、ギラルダインにとっては恩返しゆえの行動だったとしても。
「父上、エルヴィア様がこうおっしゃっているのですから、ご厚意に甘えてしまいましょう」
「ヴァルテル様」
「はい」
「様付けはやめてください。あと、今外ではエルで通しています。敬語もやめてください」
「私の敬語は誰にでもなので、ご容赦を。お名前に関しては、気をつけますが、様はつけさせていただきます。どうしてもお嫌でしたら、エル様もおやめください。父上にはいたしかたなかったとしても」
若いからか、ヴァルテルの方がサムエルよりも柔軟だ。
だが、その優しげな微笑みと声、話し方とは違って、性格は強からしい。
対等な交換条件を提示され、エルヴィアは思わず天を仰いだ。
サムエル以上に大雑把で豪快なところがあったかつての同胞から、どうやってヴァルテルが生まれたのか。本気で思案しそうになった。
ひとまず、提示された条件をのまない限りは話を進められそうにない、と思いなおしてため息をつきながら頷く。
「分かったわ。これからはヴァルテルと呼ばせてもらう。申し訳ありませんが、子爵。貴方がどれだけ言い募っても、体裁というものがありますので…」
名領主として名高いサムエルが、誰にでも分け隔てなく声をかけるのは領民にとって当然のことだ。だが、息子よりも年若い少女に膝を折って服従する姿は、領民は受け入れがたいだろう。
それを指摘したエルヴィアに、サムエルは残念そうにため息をつきつつ、渋々頷いた。
聖女に対して対等どころか普通に暴言を吐く自分達はどうだろう、と思っていた三人は、思考を打ち切った。
考えてもしょうがないことだ。当の聖女が気にしていないのだし。
ようやく話を進められる、とため息をつきながら思い、エルヴィアはヴァルテルに手を差し出す。
「握って。少し、試したいことがあるの」
「? はぁ」
言われるがまま、手を握ったヴァルテルは首を傾げる。
きつく、ヴァルテルの手をエルヴィアが握りしめたと同時に、二人を中心にして地面に魔法陣が浮かび上がった。
光とともに発生した微風に、髪と服の裾があおられる。
思わず瞳を細めたヴァルテルは、次の瞬間、瞳を大きく見開いた。
一瞬、エルヴィアの瞳が違う色に見えたのだ。だが、瞬きの間にエルヴィアの瞳は元の青色に戻る。
そのため、それを立ち上る光が反射しただけだ、とヴァルテルは思い込んだ。
勝手に納得したと同時に、光と風がおさまり、魔法陣が消える。
「やっぱり」
「? 何が、ですか?」
「魔法の素質について、調べた?」
「はい。ですが、才能はない、と…」
「そう出るだろうね。魔法については」
意味ありげな言葉を呟いて、手を離す。
軽くうつむいて考え込んだエルヴィアに、誰も声をかけられなかった。
眉をよせて厳しい表情で黙りこんでいるため、少々威圧されていた。本人にその意図はないと分かっているが。
「子爵」
「何だ」
「ヴァルテルは『先祖返り』です」
「それは、分かっているが…」
「おそらく、子爵は祖父から孫への隔世遺伝、と認識していますよね?」
「? 違うのか?」
「はい。ヴァルテルのは、祖父であるギルからではなくそのさらに前、純血の獣人からのものです」
「それは…」
「ご安心を。寿命も成長も人と大差ありません」
獣人の寿命は平均五百年。
純血の先祖に似た、ということは寿命もとサムエルは不安になった。ただ成長が遅いだけながら、人の世でも何とか生きていける。子爵であり英雄の子孫という肩書が、ヴァルテルを守るだろう。だが、五百年ともなればそれは不可能だ。
思わず、この未来を案じた父の不安を察して、エルヴィアが即座に否定する。
それに安堵するが、すぐに疑問が浮かぶ。
「でも、成長は停滞してるんだろ? だったら、混血と同じ状態ってことじゃねぇのか?」
アレンの指摘に、エルヴィアは首を振る。
「種族、というのはどう決まると思う?」
いきなり違う話になり、全員が眉を寄せるがエルヴィアの真剣な眼差しに、何も言えない。
ラウルが、ふと気付いたように声を上げる。
「なるほど」
「何がよ」
「つまり、ヴァルテル様は人間なんですね。けど、獣人でもある、ということでしょう?」
意味が分からない、という顔をする皆と違い、エルヴィアだけは微笑む。正解、というように。
「種族というのは、母方によって変わるの。私は、それほど多くの混血を知っているわけではないけど、あってきた者は皆、一定の法則があったわ。獣人を父に持つ者は、人間。獣人を母に持つ者は、獣人。双方ともに魔力を持つけど、獣人を母に持つ場合、魔法は使えないの」
「魔力はあるのに?」
「そう。魔力というのは魔法にしか使えない力ではないの」
「文献にありました。獣人は独自の魔法を使う、と。人間とは違う魔法陣と詠唱をする、と。獣人には獣人の魔法があり、獣人が持つ魔力はそれにしか使えない、ということですね?」
「そういうこと」
ラウルの説明に、満足げにうなずく。それに、ほっと胸を撫で下ろすラウルを見て、ヴァルテルはゆっくりとエルヴィアに視線を向ける。
「私は、魔法が使えるんですか?」
「正確には、魔法ではないわ。私達が使う物を魔法というのに対して、獣人達は自分達の魔法を精霊術と呼ぶの」
「精霊術…」
「そう。獣人は、自然と密接した生活を送り、自然の中でしか生きられない。だからこそ、魔法というよりも精霊と契約を交わす、という方法を選んだんでしょうね」
実際、精霊というのはちょっと違う。
そこらへんは魔法と同じだが、獣人達は本来の意味を知っていて、便宜上使っているだけなので、エルヴィアは細かく訂正しない。
「ひとまず話を戻すけど、貴方は獣人。だけど、肉体は人間なの。意味、わかる?」
「いまいち…」
「貴方の母親は、人間でしょう?」
「はい」
「だから、貴方の種族は人間。これは良い?」
「はい」
「けど、貴方の祖父は混血だから、貴方には獣人の血も流れている。だけど、貴方にとって問題なのは、貴方の祖父の母、つまり貴方の曾祖母がどちらであったか、なの」
「もしかして、獣人なんですか?」
「そう。ギルは母親が獣人だった。でも、まれに魔力をもたない者もいる。ギルの場合は、その少数派だったの」
「父上は…」
「魔力がないわ。だから、遺伝でも隔世遺伝でもないの」
祖父からでも父からでもない魔力の継承。
遺伝で現れる確率は五割以下であることを考えれば当然だが、人間基準で考えてはいけない。これは、獣人としての魔力だから。
「多分、ここにいる誰も知らないだろうけど、魔法を使える者には魔力回路が存在するの。血管や神経とは別に、魔力のタンクとそれを巡らせるための回路が。目に見える物質じゃないわ。分かりやすく言っているだけ」
魔導師の構造に触れる知識に、全員が固唾をのんで聞き入る。
「目に見えない心臓と血管がもう一つあるのだと思ってくれればいいわ。それを、私達のような魔導師は詠唱と魔法陣で制御して使用する。その原理は同じだけど、獣人は魔力を獣化に使うの」
獣人は、種族名の通り、獣と人の姿を持つ。
基本的には人の姿で過ごし、戦時や危急時には獣化する。それに必要不可欠なため、獣人は必ず魔力を持つ。
だが、魔力の強弱によっては、獣化するだけで精一杯の者もいて、そういった場合は精霊術が使えない。
「人の体に、人の魔力。これが普通で、最も安定した状態。だけど、人の体に、獣人の魔力。これは、不安定でちぐはぐなの」
「人の魔力は人の体に、獣人の魔力は獣人の体にしかなじまない、と?」
「絶対、とは言わないわ。それだけの例を見ていないから。だけど、そう言うのが近いでしょうね。おそらく、貴方の成長が停滞しているのもそこに起因していると思うわ。体と精神が一致していない者が、なんらかの異常を起こす、というのはよくあるでしょう?」
「私の場合、人の体にあるべきではない回路と力が存在しているから、ですか」
「多分、それが一番適した説明だと思うわ」
エルヴィアとヴァルテルの会話に、フローラはこめかみをもみ、ラウルは額を抑え、アレンは空中を睨み、サムエルは訳が分からないと首を傾げる。
器が違うのだ。
水しか入れてはいけない器に、酒を入れてしまった。
だから、違和感が生まれ、不安定になる。
それが表に現れる。誰が見ても分かる、成長速度という形で。
理解の追いつかない三人と魔導師でないために全く理解できないサムエルの為、エルヴィアが簡潔にまとめた。
色々と省いたが、おおむね間違っていない。
ようやく納得できた面々を見て、エルヴィアは苦笑する。
「では、この瞳は…」
「それは、先祖がえりによる弊害の一種、でしょうね。どちらでもあるからこそ、つまり、混血である証でしょうね」
「遺伝、ではなく?」
「瞳の色だけなら、隔世遺伝と言えるでしょうね」
つまり、瞳の色自体は遺伝で、肉体的には受け継いだ血による弊害が表れただけ。
簡単にまとめてしまえる事態に、勉強が苦手なフローラは内心で荒れ狂っていた。
(あの長い説明、いらないんじゃないの?!)
簡潔にまとめれば楽だが、それでは本当に理解できない。だからこそ、長く噛み砕いた説明をしたのだ。
それが分かるし必要なのも理解できたので、フローラは口にはしない。
アレンとラウルも同じだったが、こちらはため息をつくだけにとどめた。
この後、仕事内容が護衛からエルヴィアだけ教師になった。
知る限りの精霊術と獣人の知識を教えるために。
フローラ達三人は、ヴァルテルの学友、という立場になり、護衛も兼ねることにはなった。
ちなみに、報酬は子爵家が後見について発行した身分証と装備の提供だった。
非常にありがたかった。
【大陸暦八七年三月五日(逃亡から六六日)・依頼一日目】
※・※・※
チェスラス子爵領ドレクセルでは、一昨日の祝いの喧騒がわずかに残っている。それとは違う意味合いで、城の内部(というか一部)はそこそこ大変だった。
エルヴィアはヴァルテルの教師役だが、これが難航した。
獣人に関する知識ならともかく、精霊術に関する知識はあまりない。全く、ではないところが何とも言えないが。
かつて知り合った『彼』から聞いた精霊術の基礎しか知らなかった。その上、エルヴィアは人間だから、精霊術が使えない。指導するのはとても難しい。
「魔法陣構成が他と違うし、詠唱が違うからなぁ」
試しに、魔法を使わせてみたが、やはり発動しない。
「精霊術にも属性はあるんでしょうか?」
「魔法とは少し異なるけどね。基本は同じよ。地・水・風・火・雷・氷に木が含まれるわ。補助魔法の概念はないわね。というか、獣化がそれに相当するかも」
「属性だけでも、判別することはできますか?」
「出来るわね。そうね、先にしましょうか」
言いながら、エルヴィアは足元に魔法陣を展開する。
各属性を表す紋章が中央の空白に、次々と映し出されていく。
最後、一つの紋章が確定し、瞬間魔法陣が砕け散る。
確定した紋章に、エルヴィアは口元を引きつらせた。
「あの?」
「ヴァルテル」
「はい」
「魔法と同じように、精霊術も属性によって難易度が変わるの。炎が容易で、風が難しい」
「はい」
「けど、それは魔法の中での話。精霊術の中で最も難しいのは、木なの」
「はぁ」
二人の間に沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、ヴァルテルだった。
「私は、木なんですか」
「うん」
微妙に気まずい空気が流れた。
少し離れたところで、それを見ていたフローラが、ふと疑問をこぼす。
実は護衛を兼ねてずっといたが、話についていけないので自主休憩に入っていた。
「ねぇ、エルにとって問題なのは、魔法にない属性ってことなの? 扱いが難しいってことなの?」
「どっちらかと言えば、前かな。魔法にないってことは、私には扱えないわけだし」
「ま、確かに自分が使えないのに教えるのは難しいわね」
「そうなのよ」
「でも、どういう魔法陣で、どういう詠唱かは知ってるんでしょ?」
「まぁ」
「なら、知識として教えて、自主練にすれば? 使う時の注意点はほとんど同じだろうし、一緒の時に試すってことで」
「「…なるほど」」
フローラの提案に、エルヴィアとヴァルテルが同時に頷く。
「じゃぁ、子爵の了承が必要になるわね」
「? 何で?」
「訓練というより実験だもの。下手すれば暴走しかねないわ。周囲に被害が出ないように結界は張るつもりだけどね」
「ああ、なるほど」
じゃ、と早速行動に移したエルヴィアを見送って、ヴァルテルはフローラの隣に腰かける。
「フローラさんは、魔法は何の属性ですか?」
「雷と風です。さんはやめてください、ヴァルテル様」
「フローラさんもやめてくだされば」
「エルみたいに論破できないですよ。ヴァルテル様の方が年上ですし」
「…困りました」
「何か?」
微妙に聞こえない声量で呟かれ、フローラは首を傾げて聞き返す。
それに首を振って、ヴァルテルは微笑む。
「いいえ。仕方無いですね。せめて、話しやすいように話してください。私は敬語が話しやすいので」
「…分かった」
結局、ヴァルテルに押し切られて譲歩せざるをえなくなったフローラは、苦いため息を落としてうつむく。
その横で、ヴァルテルが満足げににこにこと笑っていることに気付かなかった。
※※※
子爵家が後見となる以上、下手なことはできない。さらに、傭兵をせずとも良いだけの信用があるため、危険を避けて行商人としても活動できる。
長い時間を依頼にとられかねない傭兵よりも、一定期間で街から街へ渡り歩く行商人の方が得だ。
その結論に至ったため、アレンとラウルはサムエルから商業の授業を受けている。
四人組の行商なら、馬車を持っていてもおかしくない。馬車の操縦なども学ぶ。
行商なら、商人の娘であるフローラが適任と思われるが、人当たりの良さと交渉術の点でアレンとラウルが適任と判断された。
フローラは裏方、エルヴィアは魔法で護衛となった。
男女の役割は普通なら逆だが。
「未成年が扱う物なら、通常の物でそろえた方がいいだろう」
「ですが、カムフラージュとはいっても全く売れないのは困りますよね。まず、荷物になりますし」
荷が重ければ重いほど、馬車は遅くなる。
逃亡している側としては、機動力が損なわれるのは困るのだ。
「それは売る側の努力だ。だが、何か目玉商品を入れておかねば客も寄りにくいか」
「護玉の装飾品は?」
ノックをしても返事がなかったため、そっと扉を開けて覗きこんでいたエルヴィアが、ふいに声をかける。
誰も気配に気付いていなかったのか、全員がビクッと肩を揺らした。
「エル、驚かすな」
「ノックしたけど気付かなかったんでしょ。で、護玉の装飾品は?」
「あの、護玉ってなんですか?」
当然のように繰り返すエルヴィアに、ラウルが手をあげておずおずと問いかける。
エルヴィアは何とも言い難い表情で沈黙し、サムエルを見る。
サムエルは苦笑し、アレンはその様子に首を傾げる。
「現在、護玉は法具に次いで貴重な魔導装飾品とされている」
「は?」
「? 元からそうだろ?」
「えぇ…」
サムエルとアレンの言葉に、エルヴィアは呆然とした。
護玉というのは魔法陣を刻み込んだ宝石で、魔導師でなくとも魔法が使える武器のこと。基本的に、装飾品の形で造られている。
大戦期、いつどこが戦場になるか分からないため、町などの警備をする者に護玉を持たせて戦力を増強していた。
エルヴィアにとっては、誰でも持っているという認識だった。
ちなみに、魔法具と違い、前方にしか使用できない。さらに、刻まれる魔法はほとんどが光や炎を発したり、防御系だった。危険性はほとんどないと言っていい。
それらのことを聞いたラウルは、へぇ、と呟いた。
実感がわかないらしい。
「質の良い宝石にしか刻めないためでもあるが」
「んなバカな! 普通のガラス玉や色石でも作れるのに!」
「マジで?!」
驚愕の声が響く。実際に声を上げたのはアレンだが、サムエルも瞳を見開いて固まっている。
「こういうのでも十分作れるのよ? 質の良い宝石じゃないといけないなんて、よっぽど腕が悪い証拠だわ!」
左手首につけている色石のブレスレットを見せる。
宝石の質によって、刻める魔法の強さは変わる。だが、元々魔導師ではない人が扱うことを前提にして開発されたため、初級下位魔法を刻むのが普通だ。質の良さは問題にはならない。
それでも、質が良い宝石でないと作れないのは、魔法が下手だからだ。魔力制御がうまくいかないため、宝石が負荷に耐えられない。
単純に、質が悪いと負荷に耐えられないと言われていたため、エルヴィアの語ることにサムエルとアレンは驚愕する。
ラウルは首を傾げっぱなしだ。
「その、護玉は、どう作るんですか?」
「地の属性に硬化魔法があるから、それを応用して作るの。さほど魔力を消費しないから、材料さえあれば量産も可能よ」
「じゃ、僕でも作れますね」
「そうね。私が護玉を作るから、ラウルが細工をしてくれてもいいし」
「なるほど」
作り方と材料の問題が片付けば、後は早い。
中心的な商品として護玉の装飾品で決まった。
材料は、綺麗に研磨したガラス玉を主体にする。その材料費は、ちゃんと自腹を切る。
サムエルが提供しようと言ってくれたが、丁寧に謝絶して。
大したものではないのだが、馬車や他の商品を用意したり、商業ギルドと傭兵ギルドに口利きをしてもらったりする予定なので、これ以上は甘えにくい。
「ところで、エルはどうして来たんですか?」
庭で精霊術の練習では? と聞くラウルに、エルヴィアは本来の目的を思い出した。忘れていたらしい。
「そうそう。練習のために、庭に結界を張りたいの。それなりの強度の結界を張るつもりだけど、何か被害が出るかもしれないから」
「分かった。城壁や建物に被害がない限りは好きにしてもらって構わん。厩舎や畑も出来れば避けてもらいたい」
「了解」
認可を得て、エルヴィアは笑顔で頷く。
エルヴィアが去った執務室では、三人が行商の相談を再開する。
思わぬ特産品を得ることができた。そこからは、話の進みが早かった。
逃亡中でありながら、かなり平穏な日々を過ごしている。




