1 おいでやすVR
退屈。
今の鷺沢朔弥を表す言葉はそれだけで充分だった。
ベッドの上で仰向けになった朔弥はスマートフォンから流れる音楽に耳を傾けつつ、ボーっと天井を見つめる。
まだ昼過ぎということもあり、電気が消えたままの照明。窓の外から部屋に差し込む光。いつもと変わらない自分の部屋。時折流している音楽より鮮明に聞こえる蝉の声。
何もかもが、いつもと変わらない。
普段なら変わらないということに対して、別になんとも思わなかったが、今の朔弥からするとどこか空虚な感覚。
「暇だ……」
視線を退屈の原因である左腕に移す。
手首から指先にかけて巻かれた包帯は、小指と薬指を巻き込んで中指で固定されている。
夏休み初日。
朔弥は剣道部の朝練に向かう途中、交通事故に遭った。幸いなことに命に関わるほどの怪我はしなかったが、変な受け身をとったせいで、利き手の手首と小指、それに薬指を複雑骨折。
手術は無事に済んだが、医者からは禁止を言い渡されたのと、「包帯を取った後のリハビリの結果によっては引退も考えた方がいい」という説明に朔弥の頭は真っ白になった。
引退。
漢字にするとたった2文字。医者が言ったそのたった2文字の言葉はとにかく鮮明に残った。
小学校高学年から今の高校二年生になるまでのあいだ、ずっと続けていた剣道ができなくなる可能性がある。
練習をしないと周りに追い抜かれてしまう。
けれど練習は出来ない。
素振りや竹刀を握るなんてもってのほか。
足腰の筋力トレーニングにも限界がある。
なら休むしかない。
医者がそう言っていたのだから。今はちゃんと休み、その後にリハビリをして剣道には復帰すればいい。
でもリハビリの結果によっては引退をした方がいいということはそうなる可能性がある。
別に全国大会を目指すほどに強いわけでもない。けれども適当にやっているわけでもない。
あの時間が。
相手の距離を測り、竹刀を持つ手が強張るのを抑え、相手の肩が動くのを見極め、打つ。
そんな時間が好きだった。
色々と考えていた朔弥の心には、いつしか大きな穴が開いたような感覚だけが残り、なにもやる気が出なくなってしまったまま、無気力に夏休みを過ごすようになった。
昔から集めていた漫画を読み直したり、スマホで観たかった映画を観ても時間は余る。
気は乗らなかったが、やる事もないので夏休みの宿題を早々に終わらせても、時間はまだ余っていた。
高校卒業時に買ってもらったゲーム機は特にやりたいゲームもないためにそのまま放置。
最終的に朔弥はゴロゴロすることで時間が過ぎるのを待っている毎日だった。
「ふぁ……あぁ」
大きな欠伸を一つし、上体を起こしてベッドに座る。
そのままスマホを手に取り、音楽を止めると特に見たいものもないが、動画アプリを開いてショート動画を見始める。
唯一の時が経つのが早いと感じるのが、この意味もなくショート動画を見続けることだと気づいた朔弥はとにかくボーっとそれを見る。
多分有名な芸人の三十秒ほどのショートコントや、○○をした時に○○しちゃう三選。そう言ったものをただ見続けて、ある広告に目が止まった。
「……今一番自由な和風VRMMO?」
ひたすらショート動画を下から上にスワイプする指の動きが止まる。
刀や銃と言った武器を手に、江戸時代や幕末を思わせるような世界で妖怪を倒したり、プレイヤーと戦ったり。妖怪から手に入れた素材で新たな武器を作ったり。
広告の映像には2人の侍が刀で斬り合っていた。
そうしているうちにあたりに霧が立ち込め、妖怪が現れ、さっきまで斬り合っていた2人の侍は協力するように妖怪と戦う。
決められた物語や主人公もいない。
それぞれプレイヤーが自由に生きる世界。とキャッチコピーが大きく表示されて終わる。
そんな広告だった。
「タイトルは……妖刀奇譚? なんかちょっとダサいというか、厨二病ってやつ?」
すぐに動画検索欄に妖刀奇譚と入力し、適当な動画を見始める。
『少し前にゲームの時代を変えたと言われるジャンルであるフルダイブ型VRMMOの話題作……妖刀奇譚を実況していきます!』
朔弥は動画を流しながら視線を唯一持っているゲーム機に移す。
(あのゲーム機は確かフルダイブのやついけたよな……)
高校入学時に周りが持っていた為に両親にねだって買ってもらったはいいもの、特に今まで日の目を浴びる事がなかったゲーム機。
追加で専用のものを買ったりする必要がある。だが朔弥はそんな事より、VRMMOなら竹刀ではないにしろ、この手でも刀を思いっきり振れるではないか? と思った朔弥の時間は、いつもより早く動き始めることになる。
***
朔弥が妖刀奇譚の存在を知って、色々と調べてから四日後。
「買っちまった……」
ベッドの上には妖刀奇譚のパッケージ。それにフルダイブ型のゲームをする用のサングラスのような見た目のヘッドギアが置いてある。
このコントローラーを装着し、ゲームを起動することで、VRMMOの世界に行けるらしい。
今では珍しい紙タイプの説明書を読み込み、軽く水分補給をした朔弥は、若干緊張しつつゲームを起動させる。
「暇潰しになればいいんだけどな……」
視界が暗くなり、音が消えた次の瞬間。
頬を撫でるような風が吹いた気がした。




