1 俺が入った会社はなぜか全部潰れる
なにをやっているのだろう。
とある田舎の一軒家。
その2階で、俺は録画したテレビ番組をぼんやりと眺めていた。
今年で50歳。
気づけば、もう半世紀だ。
真面目に生きてきた――つもりだった。
だが現実は、入社する会社が次々と倒産。
そのたびに転職を繰り返してきた。
入る前はどこも黒字。業績も悪くない。
俺自身もそれなりに努力して、課長まで昇進したこともある。
それでも――潰れる。
必ずだ。
……もしかして、自分は疫病神なんじゃないか。
そんなくだらないことを、本気で考えたこともある。
そして今。
無職。
年齢という壁は、想像以上に高かった。
不採用理由は「縁がなかった」。
連絡すら来ないことの方が多い。
一度だけ、本音を聞けたことがある。
「本当は言っちゃダメなんですけどねぇ。○○さん、50でしょう?
能力より若さ優先なんですよ、上の方針で」
――知ってる。
俺も昔、人事をやったことがある。
その年齢は“切る対象”だと、はっきり決まっていた。
……ああ、バチが当たったのかもしれないな。
そう思いながら、テレビを消す。
布団に入り、目を閉じる。
生活リズムだけは崩していない。
いつでも社会復帰できるように――なんて、未練がましい。
外では雨が降っていた。
その音を聞きながら、意識が沈んでいく。
『起きてください』
……声?
『もしもーし、起きてくださーい』
女性の声だ。
昨日、テレビつけっぱなしだったか?
そう思いながら、重たいまぶたをこすって起き上がる。
『あ、やっと起きましたね。○○さん、おはようございます』
視線を向けた瞬間――
思考が止まった。
光る玉が、浮いていた。
しかも、ふわふわと俺の目の前で。
柔らかく、暖かい光を放ちながら。
『○○さん、状況わかります?』
……いや、わかるわけないだろ。
周囲を見渡す。
真っ白な空間。
壁も、床も、天井もない。
ただ“白い”。
――あ、これ。
死んだやつだ。
よくあるやつ。
転生ものとかの。
『うーん、半分正解ですねぇ』
光の玉が答えた。
……え、今の思考、読まれた?
『ぶっぶー。私は神様じゃありませんよ。ただのお使いです。
これから○○さんを女神様のところへ案内します。』
ああ、終わったな俺。
『だから決めつけるの早いですって。ほら、行きますよー』
軽いな。
状況に対して軽すぎる。
だが他にどうしようもなく、俺はその光の玉についていく。
足取りは重い。
……いや、正直に言えば。
こういう展開、少しは望んでいた。
無職、先の見えない人生。
親のすねをかじる日々。
最低だ。
だからこそ――逃げ道として。
だが。
いざ本当にこうなると、話は別だ。
やりたいことだって、まだあった。
もう少し、足掻くつもりだった。
そんなことを考えているうちに、気づけば目の前に大きな扉があった。
植物のようなものが絡みつき、土の匂いがする。
どこか神秘的な雰囲気だ。
『ここから女神様の執務室です。準備はいいですか?』
「……よくなくても行くしかないんでしょ」
思わずぶっきらぼうに返してしまう。
「あ、すみません。ちょっと混乱してて……」
『大丈夫ですよ。普通の反応です』
優しい声に、少しだけ救われた。
やがて、扉がゆっくりと開く。
――そして俺は、目を疑った。
「……会社?」
そこにあったのは、どう見ても“事務所”だった。
机が並び、書類が整理され、
光る玉みたいな存在が忙しそうに飛び回っている。
……めちゃくちゃホワイトそう。
机も綺麗だし、無駄な書類もない。
ああいう山積みのやつな。
「決裁待ちです!」みたいな。
あれ、現実でやってたら組織終わってるからな。
そんなことを考えていると――
奥にいた。
ひときわ大きな机。
そこに座る、一人の女性。
その瞬間、理解した。
ああ、これが“格の違い”か。
威圧感はない。
むしろ優しい。
なのに、自然とひざまずきたくなる。
『ようこそ、○○さん』
柔らかく微笑む。
『ここはニューワールド神界、私の執務室です。』
――この人が、女神か。
『どうぞ。疑問があれば遠慮なく質問してくださいね。』
……やっぱり、心読まれてるよなこれ。
女神はにこりと笑う。
「ええと……ここは“新世界”なんですか?
俺がいた世界とは違うんでしょうか」
『そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。楽に話してください。
――ああ、太陽神(あの頑固バカ)とは違いますから』
……今、聞いちゃいけない単語が混ざらなかったか?
女神の笑顔が、一瞬だけ“違うもの”に見えた気がする。
『では簡単に説明しますね。』
何事もなかったかのように続ける。
『ここは“ニューワールド”。正式には長い名前がありますが、面倒なので省略します。』
絶対適当だろ。
『この世界は、創造神――いわば管理責任者が作り、
私たち神が管理している新しい世界です。だいたい三千年くらいですね。』
三千年で“新しい”扱いかよ。
スケールがおかしい。
『まだ発展途中で、いろいろ問題も多いんですよ。』
「その問題を……俺に解決しろ、と?」
思わず聞く。
女神は、即答した。
『無理ですね。』
即答かよ。
『そもそも才能がないあなたにそんなブラックな要求しません。
安心してください。』
安心していいのか、それ。
微妙に傷つくんだが。
『問題については後で説明します。
まずは、あなたがここにいる理由から。』
女神は軽く指を動かす。
すると、空間に波紋のようなものが広がった。
『あなたがいた場所、あそこはたまたま“時空の裂け目”が発生していました。』
……出たよ、お約束。
『そこに落ちた結果、こちらに来てしまった。
シンプルに言えば事故です。』
事故で異世界とか、保険効かないだろこれ。
「元の世界に戻すことは?」
『無理ですね。』
また即答。
『一応やろうと思えばできますが、どの時空か特定するのに数百年。
その間、待ちます?』
無理です。
即答したのは俺だった。
『ですよね。なので別の対応を取ります。』
女神は、ほんの少しだけ表情を柔らかくした。
『あなたには、この世界で生きてもらいます。』
……やっぱりそうなるか。
『その代わり、最低限のサポートはします。』
女神は指を軽く鳴らす。
『まずは言語。読み書きと会話能力を付与します。
あなたの年齢だと一から覚えるのは厳しいでしょうし。』
ぐうの音も出ない。
『次に、身体の不調を改善します。』
きた。
これはデカい。
『腰痛、歯の問題、睡眠時無呼吸症候群……そのあたりは全部治します。』
神か。
いや神だった。
「あと、できれば……」
気づけば、前のめりになっていた。
「ハゲもお願いします」
『はい?』
「家系的に危ないんです。というかもう危ないんです。
フサフサにしてください」
女神、数秒沈黙。
そして――
『……対応可能です。』
よっしゃあああああ!!
『ほかに希望は?』
きた。
チャンスだ。
だが――
剣とか魔法とか。
いや、無理だろ。
50歳のおっさんだぞ。
身体能力で無双とか、無理に決まってる。
なら――
「健康な体をください。
あと、好きなものを好きなだけ食べても平気な体」
女神が頷く。
『ほう』
「それと……料理です」
『料理?』
「美味いもの作れる能力ください。
どうせ生きるなら、飯くらいは楽しみたい」
言い切った。
これは本音だ。
女神は少し考え込み――
ふっと、口元を緩めた。
……なんか嫌な予感がする笑い方だな。
『いいでしょう。』
あ、通った。
『病気に強い体と、料理スキルを付与します。
ただし料理スキルは最低レベルからですよ。』
十分だ。
『あと、こちらでいくつか調整しておきます。』
調整ってなんだ。
怖いんだが。
『最後に』
女神の声のトーンが、ほんの少し変わった。
『あなたに“名前”を与えます。』
「名前?」
『今の名前は使えません。
この世界では“真名”として扱われ、干渉される可能性があります。』
ああ、ファンタジーでよくあるやつか。
『なので、新しい名を与えます。』
その瞬間――
空気が変わった。
さっきまでの軽さが、消える。
『ヴァルナ』
静かに、だがはっきりと。
『ヴァルナ・ヴァーミルスト』
光が満ちる。
体の中に何かが流れ込んでくる感覚。
『我が名において命じます。
あなたは今、この名を持つ者となる。』
――その瞬間。
自分の“元の名前”が、消えた。
思い出せない。
ついさっきまで覚えていたはずなのに。
だが、不思議と焦りはない。
「ああ……これが」
納得してしまう。
「これが、俺の名前か」
『ええ、そうです。』
女神は、また柔らかく笑った。
「意味はあるんですか?」
一応聞いてみる。
『特にありません。』
ないのかよ。
『適当に響きで決めました。』
雑すぎるだろ神。
『意味のある名前にすると、その性質に引っ張られるので。
その方が自由でしょう?』
……まあ、それは一理ある。
『では行きなさい、ヴァルナ・ヴァーミルスト』
女神が手を軽く振る。
『あなたの新しい人生に、祝福を!』
気づけば、俺はまた白い空間に戻っていた。
隣には、あの光の玉。
『では、こちらへ。』
再び案内される。
しばらく歩くと――
新しい扉が現れた。
『この先が、あなたの新しい世界です。』
「いわゆる異世界?」
『そうですね。剣と魔術と、あと少し科学もある便利な世界です。』
便利って言い方よ。
『ちなみに若返りはありません。そのまま行きます。』
マジか。
『でも安心してください。髪はフサフサです。』
それだけで戦える気がしてきた。
『では、細かい説明は現地で、』
扉が開く。
中は――真っ暗。
あ、これ。
嫌な予感しかしないやつだ。
『それでは、』
ドンッ。
背中を押された。
「落下かよおおおおおお!!」




