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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
アフター編

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24/25

Fly me to the Moon

 たまに涼しい日もあったが、ほとんどは蒸し暑い日が続いた。

 俺は朝から車に乗せられ、あちこち連れ回された。

 彼らは「特務班」とだけ名乗った。

 メンバーは、課長、松田、沢下の三名。どいつも無口で、事務的な会話しかしなかった。

 日給はない。

 前金はすでに受け取っている。残りを受け取るのは間宮フユが死んでからだ。


 どこへ行っても空振りだった。

 のみならず、ついに先手を打たれた。


 ある政治家の私邸が、忽然と姿を消したのだ。

 セミの養殖場のときのように。

 俺たちも跡地へ駆けつけたが、収穫は得られなかった。

 特務班の連中も、まさかこいつ使い物にならないのでは、という目で俺を見るようになった。


 帰宅してビールを飲んだ。

 姫子は仕事を辞めてくれない。

「あんちゃん、そんなにビール好きなの? ビールと結婚すれば?」

「好きじゃねぇよ。しいて言えば、世界が俺にビールを飲ませるんだよ」

 これも父親が言っていた気がする。

 だいたい、ビールと結婚ってどうやるんだよ。教えてくれたら明日にでも役所行くぞ。


 情報屋はノートパソコンでニュースを観ていた。

「また事件だって。テロじゃなきゃいいけど……」

「テロってなに? エロいの?」

 姫子には、いまだ最低限の知能さえ備わっていなかった。冗談抜きで、そこらの小学生よりバカかもしれない。

 やはり俺が守護まもらねば……。

「テロってのは、テロルの略だ。つまり恐怖によって現状を変更しようとする行為のことだな」

「なにが『つまり』なんだよ。意味不明だよ」

「……」

 せっかく教えてやったのにコレだよ。

 もういい。

 ビールと結婚する。

 もし俺がビールと結婚したら、ビールが姫子の義理の姉になるんだからな。こいつはそんなことさえ分かっていない。


「なあ、姫子。お前、苗字なんてんだ?」

「えっ? 黒木だけど……」

 責められているとでも思ったのか、しゅんとした顔でそう応じた。

 本当にかわいいガキだ。

 ちょっとからかってやろうと思ったが、やめることにした。

「お前は俺の自慢の妹だよ」

「そうだよ。なんなの急に?」

「いや、なんでもない。お前が妹でよかったと思ってな」

「変なの。キモキモあんちゃんだ」

「そうだな」

 俺の金を姫子が相続できるよう、いまのうちに手続きしておかなくては。

 なにせ二千万ある。口座を確認したから間違いない。

 俺は何度か死んだが、書類上は生存したままになっている。死亡届が出されていないからだ。口座も生きていた。

 いっそカードや通帳類も情報屋に預けておこうか。俺がいついなくなっても、ふたりが金を使えるように。


 *


 また黒服との楽しいドライブが始まった。

 各地の施設で月の観測がおこなわれているらしく、しばしば無線で行き先を指定された。

 その日も朝から暑かった。

 エアコンは入っているのだが、それでも強烈な日差しのせいでじわりと汗をかいた。左右の窓にはスモークがあるが、フロントガラスにはそれがない。

「アイス食いてぇなぁ」

 無視されるのが分かっていて、俺はそんなことをつぶやいた。

 ふと、無線が入った。

『幽霊団地で月を観測。現場へ急行せよ』

 運転手は「了解」とだけ応じ、ハンドルを切った。

 じつに荒い運転だ。

 スピード違反も平気でやらかす。

 きっと逮捕されない人たちなのだろう。


 幽霊団地――。

 聞いたことはないが、それがどこにあるかは分かった。


 *


 女は公園の中央で、両手を広げて日を浴びていた。

 どこからか調達したらしい、まっしろなワンピースを着ていた。艶のある長い黒髪とよく似合っている。神々しくもあり、亡霊のようでもある。

「黒木さん、お願いします」

「了解」

 課長に促され、俺は車を降りた。

 女は俺のことなど気にせず、ずっと太陽に身をさらしていた。


 まだ昼過ぎだからか、この団地にもあまり不気味さはなかった。

 緑に囲まれた団地だ。

 南から日が差している。

 子供たちの無邪気に遊ぶ声が聞こえてきそうだ。


「ここでたくさんの人が死んだ……」

 間宮フユはそんなことをつぶやいた。

「組織が処刑場に使ってたらしいな」

「いいえ。その前から……」

「前って?」

「戦後、この団地には、素養のある家族が集められたみたい……。能力が発覚すると、ひとりずつ試験場へ送られた……。そして……誰も帰っては来なかった……」

 じつに感傷的なヒストリーだな。

 しかしこの最中も、黒服たちは車のかげに隠れて銃を構えていた。いきなり撃って来ないとは思うが。人の話は最後まで聞くもんだ。

「なぜあの施設を消したんだ?」

「もういらないから……」

「政治家の家は?」

「あれもいらないの……」

 いるものといらないものを簡単に選別する。まるで神のように。

 いや、非難してるわけじゃない。

 いま目の前にいる相手がそういうヤツだということを、実感しているだけだ。

「あんたを殺すよう命じられた」

「知ってる……」

「正直、気が進まない。いや、仮に気分の問題をクリアできたとして、あんたを殺せるとは思えない。それでもやるしかない」

「知ってる……」

 そうだ。

 この女はすべてを知っている。

 俺が金に困っていて、そのためならなんでもやるということも。


 すると彼女は、すっと俺を指差した。

 いや、俺じゃない。俺の後ろの黒服たち。

 振り返ったときには、車が光に飲まれていた。かと思うと、ダァンと破裂し、信じられないほど派手にバラけた。木っ端微塵だ。外れたドアがかなり上空を舞っている。巻き込まれた黒服たちもどこへ飛ばされたやら。


 俺は唾を飲み込んだ。

「どうも、あんたと組んだほうがよさそうな気がしてきたな」

 もちろんジョークだ。

 こんなヤバい女についていけるわけがない。

 彼女も哀しげな目を向けてきた。

「ダメよ……。あなたは……私を止めるの……」

「簡単に言うじゃないか。月を使っても相打ちに持ち込めるかどうか」

「月はダメ……。世界が壊れてしまう……」

「えっ?」

「世界が……壊れてしまう……」

 か細い声で、彼女は歌うようにつぶやいた。


 世界が壊れてしまう。


 もしかすると、人類が手を出すべきエネルギーではないのかもしれない。

 その深淵を覗いた彼女だけが、すべてを把握している。

「教えてくれ。あの光の正体はなんなんだ?」

「この世界を……膨らませているもの……」

「つまり?」

「力……」

 ダメだ。

 まったく理解できない。

 だが、もし本当にこの世界を膨らませている力なのだとしたら、使い続ければしぼんでしまうということだ。するとたぶんよくないことが起こる。

「分かった。いや微塵もだが……。俺には分からないってことが分かったよ。さ、始めようぜ。こんなところで立ち話してたら暑さでぶっ倒れちまう」

「ええ……」


 しかし月を使わずに戦うとなると、ベアナックル・ファイトということになる。

 あるいは麻痺、電気、快楽……。

 どれも通じそうにない。


 地面から、ザンとなにかが突き出してきた。タケノコ……ではない。ドリルだ。突破者ザ・ドリラーの武器であろう。

 彼女は言った。

「私の心臓を貫いて……」

「なぜ?」

「早く行きたいの……宇宙へ……この世界は嫌いよ……」

「知ってたのか……」


 明治時代とは違い、いまは宇宙の月へ行ける。

 まあたぶん、月なんかへは行けず、永遠に虚空をさまよい続けることになると思うが。


 *


 行為は一瞬で終わった。


 俺は血にまみれたドリルを捨て、どっと腰をおろした。

 一瞬だったが、意外と重労働だった。

 フラフラだ。

 地面には、華奢な体が、赤いドレスを着て横たわっていた。


 黒服の生き残りが近づいてきた。

 頭から血を流してはいるが、命に別状はなさそうだ。こいつは課長だったか、その部下だったか。

「終わったぜ」

「ええ」

 状況がよく分からないのだが、そいつは俺の頭部へ銃口を向けていた。まさか撃たないよな、と、思って目を細めるていると、弾丸が俺の頭部を貫いた。

「ご苦労さまでした。約束通り、残金は口座へ振り込ませていただきます」

「……」

 二発、三発と弾丸が撃ち込まれた。

 身体を硬化させていれば防げたはず。なのだが、まさか撃たれるとは思わなかった。

 簡単に人を信用するべきじゃなかったのだ。

 ま、それは今後の教訓としよう。


 *


 俺はカプセルの中で目をさました。

 病院だろうか。

 いや、そうでないことはすぐに分かった。

 俺の正面にもカプセルが見えたからだ。中に閉じ込められているのは間宮フユ。

 体が軽い。


『目が覚めましたか?』


 無線が入った。

 男の声だ。誰の声だかは分からない。


『おふたりはいま、宇宙空間にいます。ロケットの発射が成功して、私たちもほっとしているところです』


 こちらが返事できないのをいいことに、悠々と語りかけてくる。


『そのロケットは冥王星へ向かい、その後は太陽系を離れます。このことは、私たちにとっても苦渋の決断でした。しかしあなたたちの能力は、人類の手に余ります。生態系を著しく乱し、秩序へも深刻なダメージを与えることでしょう。よって地球に暮らす全生命のために、尊い犠牲となっていただきました。ご了承願いたい』


 間宮フユは微笑していた。

 このまま宇宙の果てまで飛ばされるつもりはない、という顔だ。


『それでは安らかに……ん? 軌道が変更されている? どういうことだ? データを確認しなさい』


 すると別の声が聞こえた。


『軌道修正できません! このままでは月へ激突します!』

『なん……だと……』


 せめて地球の見える場所で暮らしたい。

 それが俺と間宮フユの希望だった。

 ま、見えたところで、それがどうしたって話ではあるのだが……。


(アフター編、終わり)

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