セクレタリ
たぶん死んでいたんだと思う。
そして生き返ったんだと思う。
夜空には星々がまたたいていた。
季節は不明。
また五年近くの歳月が経過してしまったのだろうか。せっかくタコ焼きパーティーをしてくれたのに。今度という今度こそ嫌われてしまったに違いない。
「派手にやりましたね」
女が近づいてきた。
会ったことのない顔。
だが、記憶にある。
タイトなスーツに身を包んだ秘書風の女。いや、秘書だ。秘書そのものだ。
そう。
思想家に手を貸していた女。組織の裏切り者。
「あれから何年経った?」
「まだ二日ですね。服を用意してあります。着てください」
「……」
解体屋に殺されるかという瞬間もドキドキしたが、五年経っているかどうかはもっとドキドキした。
体は完全に治っている。そして全裸だ。
すぐそばで黒焦げになっている棒のようなものは、解体屋だろうか。ついでと言ってはなんだが、思想家も同じように黒焦げになっている。
俺だけが生き返った。
「あんたもこっち側の人間だったんだな」
服を着ながらそう尋ねた。
大手メーカーの服だ。都市部のステルス迷彩といってもいい。個性を消すならこれが一番だ。
「もともと、そのつもりで組織に入りましたから」
「今後はあんたがビジネスに協力してくれるのか?」
「そうなります」
あの会長とやらも人望がないな。
とはいえ、人望がないのは俺も同じらしい。能力を使って精神状態を読み取ろうと思ったのに、まったく取りつく島がなかった。完全に警戒されている。
この女は能力者ではない。潜入者のように気配を消せる能力者かもしれないが。仮にあったとしてもそれだけだ。
いや、俺と同じタイプZで、よそから気配を消す能力を手に入れた可能性もある。あまり隙を見せるわけにはいかない。
「今後の予定を聞かせてもらっていいか?」
これに対する彼女の回答はこうだ。
「あなたには、シュラウド部隊の殲滅をお願いします」
「は?」
「説明が必要ですか?」
「ぜひ頼む」
ゴミを見るような目だ。
こいつもクセで人を見下してしまうタイプのようだな。そこだけは俺と同じだ。
「組織はビジネスの邪魔になります。もちろん用済みとなった会長にも消えてもらう予定です。月のビジネスを始めるのはその後ですね」
「シュラウド部隊なら、ブレスレットの毒でなんとでもなるだろ」
「スイッチは会長が掌握していますので」
「それで俺が? 全部やるのか?」
「私にはビジネスのノウハウがありますが、汚れ仕事をする才能まではありません。あなたはその逆。お互いを補い合えば、ウィン・ウィンの関係になれる。そう思いませんか?」
一理ある。あるのだが、ウィン・ウィンとか言い出すヤツは基本的に信用ならない。
こういう輩は、自分の損得のためにしか行動しない。あまり得しないと分かった途端、自分だけ安全圏へ退避し、とっとと梯子を外す。ウィン・ウィンになりえるのは、「もしもすべてがうまくいったら」という条件が満たされた場合だけだ。
「先に取り分をハッキリさせておきたい」
「フィフティ・フィフティではどうです?」
ウィン・ウィンの次はフィフティ・フィフティと来た。
絵に描いたようなフェア・トレードだ。
ビジネスのノウハウがある、というのは、あながちウソではないらしい。もちろん皮肉だ。彼女のメッセージはどれも警戒しか生まない。
「ダメだな。七割よこせ」
「では六四にしましょう。あなたが六、こちらが四です」
最初の条件を渋くしておいた上で、譲歩したフリをしてこちらを納得させる。おそらくそんなところだろう。
「ダメだ。七三だ。最大限譲歩してコレなんだよ。ここから少しでも動かしたら交渉は決裂だ」
「ではそれで構いません」
「言っておくが、俺が七で、あんたが三だからな? 逆じゃないぞ?」
「ええ、もちろん」
女は眉ひとつ動かさない。
まあこんな口約束など、仮に法律上の拘束力があろうと、実際に守られる保証はないのだが。そもそも俺たちは非合法な行為に手を染めているのだ。法律なんか守るわけがない。
なぜかみんなすぐに忘れてしまうのだが、殺人は歴とした犯罪だ。
法を犯している人間に、法の順守を期待するのは矛盾している。
まあ人間は誰しもパラノイアだから、法律以外のルールだけは意外と律儀に守ったりするものだが。秘密を共有している場合は特に。
俺は空を見上げ、月の丸いのを確認し、ふと思い出した。
「なあ。組織をぶっ潰したら、あの水槽の女はどうなるんだ?」
「警察へ引き渡します」
「競合他社に企業秘密を譲り渡すってのか?」
「彼女は誰にも協力しませんよ。水槽から出た瞬間、警察を攻撃するはずですから。なにせ警察のせいで、生き返るたびに水死しているわけですし」
それもそうだ。
自分を追い詰めたヤツに協力するわけがない。きっと自由になったらフルパワーで月を発動させて、そこへ身を投じることになるだろう。そのとき彼女は初めて死ねるのだ。たぶん。
*
秘書の軽自動車に乗せてもらった。車種は知らない。座席が二つしかないやつだ。
「そういや、初対面だったな」
シートベルトを締めながらそう告げると、彼女は愛想笑いさえなくサイドブレーキを解除した。
「でも見ていたでしょう?」
「気づいてたのか……」
「カメラはあえて閲覧可能にしてありましたから。私たちが不完全であることをアピールするためにね。とはいえ、あのセキュリティホールはあくまで警察向けでして。あなたがハッカーを雇ってまでアクセスするのは想定外でした」
ハッカーじゃない。
人よりちょっとネットワークに詳しいだけの元情報屋だ。
俺はしかし反論しなかった。
「気を悪くしたなら謝る」
「いえ、構いませんよ。むしろ今後も、できる限りアクセスするよう心掛けてください。直接顔を合わせる手間が省けますから」
「オーケー」
すべてはお釈迦さまの手のひらの上だったというわけだ。
*
アパート前でおろされた。
夜も深い。みんな寝ているかもしれない。内鍵を閉められていなければいいが。
おそるおそる鍵を差し込むと、凄まじい勢いで足音が近づいてきた。ドアを開き、顔を出したのは姫子だ。風呂上りらしく、髪は結われていない。
「また勝手にいなくなった!」
「悪い。日帰りのはずだったんだが、想定外の事態が……」
「なんか新しい服着てるし!」
「だから想定外の事態で……」
「誰とデートしてたの? 白状しろ!」
「デートじゃねぇってば……」
こいつは、俺のことを、財布も持たずにデートに行くような男だと思っているのだろうか? まあ思ってるかもしれない。だが名誉のために言っておくが、俺はそういう人間じゃない。
すると姫子は胸にパンチを叩き込んできた。
「勝手にいなくなるなって言ったでしょ!」
股間に全力パンチをカマしてきたあのころよりは対応が優しい。
そういえば、あれから歯医者には行ったのだろうか。欠けていたはずの前歯が揃っている。まさか乳歯だったわけでもあるまい。
「分かった。隠さず説明する。敵に襲われて死んでたんだ。本当だぞ」
「またそれ? なんなの敵って? 正義のヒーローでもやってるの?」
「どっちかっていうと悪役だな」
「お金はあたしが稼ぐから、あんちゃんは家にいてよ」
「いや、そういうわけには……。ていうかお前、そんなに稼いでんのか?」
「……」
なぜ黙る?
すると奥から情報屋が出てきた。
「こ、声が大きいから。ねっ? 近所迷惑になっちゃう」
「うん……」
こんなボロアパートだ。少し大きな声を出せば、すべて隣に聞こえてしまう。
リビングに入ると、姫子が一万円札を放ってきた。
「ほら、餌代。どうせなにも食べてないんでしょ? これあげるからコンビニでも行ってきたら?」
「こんなに?」
「一回で全部使わないでよ? あたしが汗水たらして稼いだお金なんだから」
「わ、悪いな」
どうやってエネルギーを補給しているのかは自分でも分からないが、昔ほど腹が減らなくなっている。それでもメシが食えるのはありがたい。
ありがたいのだが、その反面、いったい姫子がどうやって稼いでいるのかという疑問が湧いてきた。情報屋は廃業しているから収入がない。となると稼いでいるのは姫子だけ。おそらくは中卒でさえなく、小学校だって通ったかどうか怪しいのに。
俺はこそこそとコンビニへ出かけ、二千円近くも買い物をしてきた。メシだけなら千円もかからない。しかしふたりにおやつでも買って帰ろうと思ったのだ。ついでに自分用のビールも。
まだ起きていたので、俺はカップアイスを与えた。
「あんちゃん、よく人のお金でビール飲む気になれるね……。かわいい妹が稼いだお金なのにさ」
木の匙をくわえながら、姫子は眉をひそめた。
「知らんのか? 他人の金で飲む酒ってのは、普通よりうまいんだよ。だがお前は飲むなよ。たぶん未成年だろうからな」
「飲まない。頭おかしくなっちゃうから」
もともとおかしいだろ、という反論はしないでおく。
俺も人のことは言えない。
すると情報屋が座ったまま近づいてきた。
「私も一口もらっていい?」
「ああ」
飲み口をティッシュで拭いて缶を渡してやった。
彼女はじつに人生に疲れたようなツラをしている。あらゆるものを失って、やる気をなくしているのだろう。生活も姫子に頼りっきりのようだし。
「うえぇ、苦っ……」
ビールを口にした途端、彼女は顔をしかめた。
味が分かっていて飲んだわけではないらしい。というより、前もこんなやり取りをしたような気がする。
缶が返却されたので、俺はそのまま飲んだ。
ビールはビールだ。誰が口をつけようが味は変わらない。他人の金で飲んだらうまくなるというのもウソだ。そんな魔法みたいなことあるわけがない。
いや、あるかもしれない。
どっちだか分からない。
*
翌日、姫子が短いスカートで家を出たので、俺は情報屋とふたりになった。とはいえ、特別なことはなにもない。情報屋はずっとパソコンを操作している。俺は自分の内面を探っている。
タイプXを吸収してからというもの、感覚が不安定になっていた。一部、思った通りの出力にならないのだ。なんというか、本棚の隙間に勝手に新しい本を突っ込まれている感覚。だから、たとえば「左から何冊目」という指定方法だと、過去の感覚と整合しないことがある。
俺は身を起こした。
「そうだ。情報屋。カメラ、監視できないか?」
彼女の対応はこうだ。
「もう廃業したって言ったでしょ?」
「いや、簡単に覗けるらしいんだ。ていうかわざわざオープンにしていたらしい。あんま技術はいらないみたいだ」
「技術がいらないなら自分でやってよ」
「そう言うなよ……」
俺には最低限の知識さえないのだ。
すると彼女は、ノートパソコンの画面をこちらへ向けてきた。
「アドレスは? 前と同じでいいの?」
「たぶん」
「ストレージがないから録画はできないけど、それでよければ」
「いいよ。頼む」
それでこそ情報屋だ。俺のビジネスがうまくいったら、情報屋に全額くれてやってもいい。
少し操作すると、リストが表示された。
「ちゃんとアーカイブまで用意されてる……。これ見よがしに文字が大きくなってるのあるけど、見てみる?」
「そうだな。それにしよう」
リンクがほかより大きくなっている。これを見ろという秘書からのメッセージだろう。
日付によれば、俺が解体屋と戦った翌日の記録だ。
壁にはシンボルの「月を征服する花」。
床にはダークブルーのカーペット。
会長の執務室だ。
『解体屋とはまだ連絡がつかんのか?』
溜め息混じりの会長の言葉に、秘書は無表情でうなずいた。
『はい。時間をおいて連絡を入れてはいるのですが、まったく応答がありません』
『まさかとは思うが、思想家とグルってことはないだろうな?』
『それは考えにくいかと。彼らの行動パターンは、先日調査し直したばかりですし』
『連中のランデブー・ポイント付近に月が観測されたという情報もあるが? ドクターはなんと言っている?』
『結論を出すには情報が少なすぎると』
『必要なら調査チームを派遣してくれ。もし本当に月が出たなら、俺たちの予想を上回る事態に発展している可能性がある』
『かしこまりました。ドクターへの対応を急がせます』
秘書はまったく表情を変えず対応している。
映像は以上だ。
もし月を使えば、組織の連中に勘付かれる可能性がある、というわけだ。なにか機械でも使って観測しているのかもしれない。
一方、俺は、能力の調子は悪いのに、月だけは出せる。かといって月にばかり頼っていたら、組織に居場所を特定されてしまうだろう。
少し策を練る必要がある。
(続く)




