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彩の国の異邦人  作者: あるちろ
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北鴻巣あたりの思い出

 木製の椅子に少女と目があった。

 訪問者が来るとは思ってなかったのだろう

 大きく肩を震わせて飛び上がった。

「うわっ!」

 女性の声を玉を転がすような声と形容する事があるが、これは埼玉県民ですら転がされるような美しさが由来となっている。

 しかし、この声はそこまではいかないまでも中々に可愛らしい声をしていた。

 年にして20歳ぐらいだろうか、

 作業着のように動きやすそうな飾り気のない服が見る人のフェチズムをそそる。

 垢抜けない化粧っ気のないその顔は、どこか懐かしさを感じさせるようだ。

 気が強そうなその双眸は今は驚愕の色を浮かべ、大きく見開かれていた。

 例えるならそう、さいたま市岩槻区のような立ち位置だ。政令指定都市に指定されているさいたま市の中でも最も陰が薄い岩槻区。一番最後に合併した岩槻区のような垢抜けなさの中に政令指定都市のプライドを持ったような少女だった。

 ちなみに岩槻の名産品は人形であるが、フランス人形のような華美な物ではないため、この少女を形容するに相応しいものだろう。


「すいません!」

 高崎線のトイレを開けた瞬間に見たくもないものを見てしまった時のように即座に部屋を飛び出した。

 嗚呼、不思議とフラッシュバックする。

 大宮駅から乗り換え、テレビで見る通勤ラッシュには及ばずともそれなりに混んでいる電車の中で便意を催した事をこれ幸いと扉を開けるボタンを押した先にあったのは紳士の姿だった。

 50中盤の凛とした相貌は庭に入った野良犬を窓から威圧するかのごとき眼差しであった。

 青いストライプの入ったワイシャツは糊付がなされていてシワの一つもなく、艶のある赤いネクタイが映え、意匠を凝らしたタイピンが艶かしさを演出しながらも上品かつ遊び心を感じさせる。

 局部は幸いにもタブレット端末で隠れていたため目に入れる事は無かった。


 一瞬の時が永遠に感じられる空間でただ一つ断言できるのはこの紳士はここ10年でもっとも無防備な油断をしていた事だろう。


 1秒だったか1分だったか覚えていないが慌てて扉を閉めた。

 嗚呼、麗しき緑とオレンジの高崎線の青い扉のオアシスがモノトーンに変わって行った。

 夏の朝の8時ぐらいの出来事だ。

 閉めた扉の前で膝から崩れそうになったがこの場から逃げることが先決と人並みを縫うように2つ隣の車両に移動した事を俺は忘れないだろう。

 この時ばかりはテレビの戦争特集で見た敗残兵の逃走を自己投影した。

 PTSDという言葉のTSの部分は高崎線の略だろうか。

 他の部分は知らないが。


「珍しいね、こんな所に人が来るとは」

 扉が内側から開き、落ち着いた声をかけられた。

 振り替えると先程の女が物珍しそうな顔でこちらを見ていた。


 女は続け様に俺を見ながら語りかけるように言った。

「最後に人が来たのはいつぐらいだったかな。覚えてないや」


 試されている。


 即座にそれを察した俺は背筋を正した。

 埼玉県民たるもの無礼を働いたら謝る。自分の非は認める度量を持ち合わせていなければ。

「失礼しました。人が居るとは思わずに申し訳ありません」

 埼玉県民のDNAに刻み込まれた謝罪だ。

 謝る事には慣れている。東京に行った時は東京都民に申し訳ないという気持ちを常に持ちながら用を済ませているじゃないか。

 上野駅を降りてお登りさんのようのキョロキョロしてたら人に弾かれて人に当たりを繰り返して5分ぐらい誤っていた。

「そんな事はいいんだよ。でもどうしてここに?」

「どうして、というかどうやって...というのは私にもわかりません。気がついたら山の上に居ました」

「そっか、わからない人か」

 自分でも支離滅裂な回答だとは思うが納得してくれている。

 話の速さに混乱をしていると女は告げた。

「私は華仙。四季の住民だったけど今は訳あってここに住んでいるの」

 その時、俺の頭の中に鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

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