バグ
その異変は、森全体で起きていた。
地面が割れ、そこから飛び出した触手が、周囲の魔物や木々をなぎ払っていく。
上空から見れば、その異変は、ある一点を中心に放射状に広がっているのが解る。
その中心地には、球体の何かが鎮座していた。
びくびくと表面が波打つその姿は、見るものに嫌悪感を抱かせるには十分なものだった。
そんな場所に、二つの影が立っていた。
一人は、40歳くらいの神経質そうな中年。
もう一人は、刀を腰に下げた飄々とした雰囲気の老人。
特に強そうに見えない二人だが、その二人の周囲には、東京軍の兵士達の遺体が散らばっている。
球体から飛び出した触手の餌食になった者達だ。
上半身を失った者、首や腰、足があらぬ方向に曲がった者。木に叩きつけられ肉片になった者さえいる。
しかし、中年と老人は、その触手を避け、或いは武器で捌きながら、球体へと近づいてく。
「全くなんだ!何故、邪樹の種が暴走している」
「暴走?さてさて、私には天敵が迫っていておびえる獣のようにみえますがなぁ」
「ふざけるな。この邪樹の種は私の最高傑作だ!怯えなどあるはずがないっ!」
「ははは、それは失敬。しかし、ダラス殿、これはこれで問題ですぞ。暴走にしろ、怯えているにしろ。元々の計画に大きく支障が出るのは必然。これは本国の追求は免れませんな」
その言葉に、青年は、ぐっと息をのむ。
邪樹の種は、東京の秘蔵ともいえる素材を使っている。
いくら、東京に多大な貢献をしているダラスとて、お咎め無しとはいかないだろう。
『警告:ダンジョン《帰らずの森》に異変が発生しました。システム■■■の干渉を確認。重大なエラーが発生。《帰らずの森》のプレイヤーは退避をお願いします』
響くアナウンス。スキルを使った時に響く中性的な音声が周囲に響く。
「ほほほ、システム介入がばれてしまいましたな。問題は、このアナウンスが私達の周辺だけなのか、森全体なのか、或いは神奈川全体に流れているか。それによってかなり変わってきますな」
他人事のように笑う老人に苛立ちながら、青年はほえる。
「ちぃっ、原因は私が調べる。おい、國武!さっさと道を開け!」
「ほほほ、人使いが荒いですな」
そういって、國武と呼ばれた老人が、ゆらりと体が揺れる。
いつの間にか、抜かれていた刀が迫る触手を斬り伏せる。
そして、僅かに出来た隙、そこに青年が駆け抜ける。
学者然としたダラスだが、荒事には慣れているらしい。
触手が正面から迫ってくるが、冷静に手を挙げる
「オーダー!『眷属召還・ストック2』」
彼の足下に魔法陣が浮かび上がる。浮かび上がるのは、肉片をつなぎ合わせて作った肉片人形だ。
図体がでかいだけの失敗作。当然、触手はそのゴーレムを食い破る。
このモンスターに触手を止められるとは思っていない。狙っていたのは、食い破る際に発生するわずかな隙だ。
その僅かな隙を掻い潜り、前へと進む。
触手が進行方向を変えて、ダラスを襲おうとするが、互いの体がぶつかり合いうまく方向転換出来ない。
その間にダラスは、邪樹の種の元へたどり着く。
そして、肉の塊の正面にある僅かな脹らみ、そこに手を伸ばす。
「さあ!落ち着け、オーダー『神秘を解き明かす者』」
彼のオーダーと共に、その手はずぶずぶと邪樹の種の中へと沈んでく。
それと同時に、邪樹の種の触手の動きがゆっくりとなり、地面へと戻っていく。
『神秘を解き明かす者』
それは、彼のみが使えるスペシャルスキルだ。
その力は、生物や、アイテム、或いはモンスターを融合させ、それを支配するといった能力だ。
色々と条件が必要だが、神への冒涜とも言える能力だ。
ダラスが腕を動かす度に、邪樹の種はビクン、ビクンと震える。
「あー、確かこいつの脳は、確かこの辺に。ああ、あった」
ビクビクビク、と邪樹の種の振動が、大きくなるがダラスは無視。
「さあ、お前に何があった。見させてくれ」
ダラスが目を瞑ると、視界に二つの光景が目に入る。
一つは、四人組の男女。
チャラそうな騎士に、真面目な雰囲気の挌闘家、ダラスにも通じる何処か危なげな知性を感じさせる僧侶の男。そして、本と剣を持った薄着な鎧の女。この四人は、森を歩きながら何かを話している。
もう一つは、森を駆ける一人の男の姿だ。
可でも不可でもない平凡な顔に、派手な赤い三角帽とマントを羽織っている。
あまり似合っていない出で立ち。しかし、この男をみた瞬間、ダラスの中に焦りが生まれる。
「こいつは・・・・・・朽野?」
「ほう、危険な相手ですかな?」
いつの間にか、真横に来ていた國武の暢気な声に苛立ちを隠さずに言う。
「危険?当たり前だろう?お前に解るように言ってやる。こいつは、朽野伸也!円卓の特殊部隊『深緑の騎士団』の団長だ」
その言葉に、國武は眉をぴくりとつり上げる。
「『深緑の騎士団』ですか。ああ、東京を出る時聞かされましたな。確か・・・・・・」
「ああ、『緑の騎士』が所属していた部隊の名だ」
◇◆◇◆
時間を遡る。
朽野は、森を駆けていた。
慣れた土地では無いが、攻略方法は知っている。
花を目印に、正しい道を駆け抜けていく。
モンスターは事前情報通り、極端に減っている。
たまに遭遇しても無視。横をすり抜け前へと進む。
「あいつ、どこまで潜りやがった」
すでにダンジョンも中盤。月歌も馬鹿ではない。流石に一人で最深部へ突入するとは思わない。
そろそろ合流出来るはずなのだが、しかし月歌の痕跡は未だ見つけることが出来ない。
苛立ちながら走る朽野が、突如足を止める。
「何だ?」
違和感を感じたのだ。
それは、何者かの気配。
怯えと怒りの混じった気配に朽野は、苛立ちを押さえ、心を落ち着かせる。
ゆっくりと目を瞑る。気配を探り、その発生元を辿る。
そして・・・・・
「オーダー!『チャージブリッド』」
銃口に光が集約する。
『チャージブリッド』
銃スキルの最大火力スキルだ。
チャージが終わるまで、攻撃が出来ないこと。
距離が離れる程、命中率が落ちるというデメリットはあるが銃剣士の銃スキルでは最大火力を誇るスキルだ。
チャージが終わり、目標に向けて引き金を引く。
狙うは、真下。朽野の足下だ。
地面が大きく抉れ、反動で朽野の体が浮く。
それと同時に、土を纏った触手が地面を割りながら飛び出す。
「っ!何だこれ!」
朽野の記憶には無いモンスター。
当然、『帰らずの森』にこんなモンスターが出るとは聞いたこともない。
つまり、これが・・・・・・
「異変の原因か!」
胴体をしならせて体当たりをしようとする触手に、朽野は剣を突き刺す。
ビクビク、と体を振るわせ、倒れる触手。
それと共に、異変が一気に広がる。
触手の群が、あちらこちらに地面を割って出現する。
「うおっ」
飛び跳ねながら、朽野は触手の攻撃を避ける。
どうやら、この触手は森全体で発生しているようだ。
ここらの触手の出現が止まっても地面の揺れは収まらない。
そして・・・・・・
『警告:ダンジョン《帰らずの森》に異変が発生しました。システム■■■の干渉を確認。重大なエラーが発生。《帰らずの森》のプレイヤーは退避をお願いします』
流れるアナウンス、そのアナウンスの内容に朽野は顔がひきつる。
「システムに、干渉?」
あり得ない事態。朽野が慌ててメニューバーを開く。
メニューバーを開けば、視界の右端に現在地が表示される。
通常であれば『帰らずの森』と表示されるそこには、
『■ら■■森』
と表記が書き換わっている。
「マジかよ」
ゆらり、と地面がたわみ、視界にノイズが走る。
それが収まると、目の前の風景は大きく変貌していた。
所々に生え触手。
そして、空に浮かんで、ぴくりとも動かない木々やモンスター達。
地面が大きく抉れ、その底には青空が広がっている箇所もある。
大小多くの変化があるが、解っているのは一つ。
「やばい、バグってやがる」
冷や汗を垂らしながら朽野はそう呟いた。




