依存、或いは忠誠
少し時間を遡る。
月歌は『帰らずの森』へと来ていた。
隙間無く生えた木々の間にある草木が生い茂った道がある。
自然では発生しないような森。ゲームと融合したからこそあり得る光景だ。
普段であれば、獣の息を殺す気配や、蛾を巨大化したようなモンスター、モスマンの甲高い鳴き声が響くが今は無い。
「本当、先輩のバカ」
異常事態であるのは解るが、しかし目下危険がない状況で、月歌は小さく呟く。
月歌の苛々はピークに達していた。
常に笑顔で、感情が表に出やすいと思われている月歌だが、実際のところ、感情を隠すのがとても上手い。
笑顔というのは便利だ。
苛々していようが、悲しかろうが笑顔という仮面を被れば、誰もその奥の感情に気づかれにくくしてくれる。
朽野に会えた喜びも、何も教えてくれない朽野への苛立ちも、上手く隠してこれた。
だが、その我慢も限界を迎えつつある。
戦後、何も言わずに姿を消した朽野伸也。
彼を『色んな意味で』慕っていた月歌は、当時、酷く取り乱した。
大崩壊後、彼と出会ってから常に一緒に行動してきた。
彼の腹心を自負してきた月歌にとって、彼に置いて行かれるというのは、あり得ないことであり、彼の隣に居られないというのは苦痛以外なにものでもなかった。
当初は彼の後を追いかけるつもりだった。
それを思いとどまったのは彼の置き手紙に『留守を頼む』と書かれていたからだ。
月歌にとって、彼の言葉は絶対であり、だからこそ、どんなに苦しくても、彼の命令を遵守し続けた。
軍部に入るよう要請があったが、結局、冒険者になった。
何かあった時、彼の元に駆けつけるには、身軽な立場のほうがいいと判断したからだ。
そういった事情で、横浜で冒険者をやり、気がつけばトップクラスの冒険者になった訳だがこの依頼があるまで、月歌は朽野が厚木にいるとは思ってもいなかった。
だから、突然、朽野の仕事を手伝え、と依頼があった時は、戻ってきても連絡一つ寄越さなかった朽野にも、そして、戻ってきたことを知りつつも自分に連絡を寄越さなかった『円卓』に憤ったものだ。
文句の一つでも言おうと思ったが、それをしなかったのは再び朽野に会えるという事実が月歌の怒りを上回ったのだ。
しかし、折角会えた朽野の態度は、少し変で。
そして、よくわからないことを理由に『帰れ』と言われる。
朽野の腹心を自称してきた月歌でも我慢の限界だった。
「そういえば、先輩の命令無視したのって今回が初めてだなぁ」
恐らく、朽野は、月歌が何も言わずに帰ったと思っているだろう。
ほんの少し、ざまあみろ、と心の中で笑う。
それだけで、少しだけ心の中がすっとする。
とはいえ、ここは敵地だ。
多少、浮ついた感情をゆっくりと沈める。
月歌もこの状況、気を抜くのは命取りになることは把握している。
よくわからない異変のせいで魔物の数は激減しているが、それでも警戒を怠る訳にはいかない。
その数は激減しているが完全にはゼロではないのだ。
「と、噂をすれば」
きぃきぃ、と声を上げながら現れたのはレッドキャップの群。
「いいところに現れてくれましたね!さあ、僕の憂さ晴らしの相手になってくださいよっ!」
月歌は、右手で剣を抜き、左手に分厚い本を持つ。
表紙には、青い石がはめられたその本を開き、その間に剣を挟む。
その動作を見て、レッドキャップ達が一斉に月歌に襲いかかる。
だが、もう遅い。
「オーダー、『異典焚書』」
《オーダー確認。『聖石法典』1ページ消費。『目には目を、歯には歯を』発動確認》
すっと、月歌が剣を引き抜く。
それと同時に、1ページが破け宙を舞い、青く燃え上がる。
月歌を覆うように青いバリアが浮かびあがる。
レッドキャップ達は、一斉にその壁をナイフで切りつけ、次の瞬間、彼らの体がまっふたつに裂ける。
過剰防衛。そんな言葉が脳裏によぎる。
所詮はモンスター、どんな殺し方をしようが文句を言われる筋合いはないが、こんな雑魚といえる敵に貴重な聖典を使ってしまったことは自己嫌悪するには十分だ。
聖典騎士。
それが彼女のついている職業だ。
ナイツオブラウンドオンラインにおいてハイエンドジョブの一つとされている。
本来、盾職である聖騎士の発展系の一つだが、重装備は装備出来ず、盾も装備は出来るがそのスタイルから装備することはまずないという聖騎士の発展系とは思えない職業だ。
しかし、この聖典騎士という職業。
ゲーム内において、操作方法を間違えなければ、高い攻撃力と高い防御力を持ち、しかも、軽装なので動きもそこそこ早いというナイツオブラウンド内でもトップクラスの戦闘能力を持つとされている。
それでも、この職業は正直人気がない。
剣銃士ほどではないが、職業使用者ランキングではかなり下位の部類に属している。
強いのは確かだ。それはナイツオブラウンドオンラインのプレイヤーならよく知っている。
『円卓』の国王。朝倉涼葉の率いる近衛部隊も、この職業が主な戦力とされており、神奈川の最強とも言える戦力の一端を聖典騎士が担っているといっても過言ではない。
では、何故人気がないか?
その理由が、この職業の最大の特徴である『異典焚書』のせいだ。
このスキルは、異教徒の聖典を消費することで、様々な効果を発揮し、時に攻撃、時に防御と様々なシーンで活躍することが出来る。
しかし、スキルを発動する度に、聖典のページを消費する。
その上、聖典は、通常販路で購入しようとするとかなりお高い代物だ。
正直、冒険者がこの職業につけば働けば働くほど赤字になることは間違いない。しかも、この職業は聖典を使うことを前提としたスキル構成なので聖典を使わないとしたら取る意義はほとんどなくなってしまう。
強いのは確かだが、お金がかかりすぎてしまう。
だから、この職業に就くのは潤沢な資産のある軍に属すような者か、元々金持ちか、あるいは彼女のような変わり者しかならない。
それが世間一般における聖典騎士の評価だ。
「まだ、十分ページはあるけど、あー、もう本当に勿体ないっ!」
彼女が使ったのは、ナイツオブラウンドオンライン内において、南部にある聖石を信仰する者達が書いた聖典だ。
それによって発動出来るスキルは『目には目を、歯には歯を』。
高い防御力を持つシールドを発生させると同時に、食らったダメージを跳ね返す効果を持っている。
ちなみに1ページあたりの掛かる費用はざっくりであるが5千円。最近、収入の少ない彼女からするとかなりの痛手だ。
「あー、もう、全部先輩が悪いっ!」
もやもやする感情を持て余しながらも、月歌は森の奥へと足を進めていく。




