Log.1 ネトゲとオフ会と記念艦
◆アイリス:ついに買ったよ、サターンⅤ
◆ルナ:まじか
チャットのやり取りは英語で打ってたんだけど、思わずローマ字をそのまま送ってしまった。
一瞬操作が止まった隙に、画面の中の戦艦大和が魚雷を被弾してしまう。
気を取り直してマウスホイールを素早く回し、速力通信機を両舷全速に切り替える。煙突からの排煙が勢いを増し、大和──私が操作している艦──は巨大な船体を震わせて加速を始めた。
Флотская Коллекция、通称「ФК」。現在、世界で最も人気のあるMMORPGタイトルのひとつだ。
日本語圏では入力のしやすさから「CF」の略称も用いられる。
最大の特徴は、RPGといえば一般的に連想されるファンタジー世界の剣士や魔法使いではなく、第二次世界大戦時代の軍艦を操作して戦うということだ。
現実の地球と同様に球体を再現した大海原のマップで、北極の氷河の下から現れる過去の軍艦の姿を模した謎の海棲怪獣である妖精の艦隊に立ち向かう。
これを鹵獲したものがプレイヤーが操作する自機になり、この手のゲームやアニメでおなじみのSF技術によって既存の人類艦では対抗できず、プレイヤーだけが頼りっていう導入だ。
妖精艦の外見は現実に存在した第二次世界大戦までの艦や史実では建造されなかった未成艦、計画のみに終わった艦などのデータが収録されており、それを元に改造することももちろん可能だ。
さっきの魚雷を撃ってきた敵のモブ駆逐艦を、油断なく副砲で捉える。
だが、私が砲撃するよりも早く敵艦は味方の魚雷を受けて轟沈した。
◆ダーニャ:へへっ、いただき! 悪いなルナ、経験値は俺がもらったぜ
画面の端の方で、前線から反転してきていたダーニャことダニラ・エフゲニーエヴィチ・ゼリョーノフの操作する駆逐艦ヴェールヌイが、全速旋回で白波を蹴立てているのが見えた。
続いて、巡洋戦艦シャルンホルストが大和の横を追い越していく。
自分で迷彩塗装を描くのが上手いのはレオン・ジルバーシュタイン、将来は美大志望なんだってさ。
◆レオン:なんだラグか? 先に行くぞ
◆ルナ:もう全速出してるからすぐ追いつくよ。アイリスも前進して
名前と自艦の国籍で分かる通り、CFは全世界のプレイヤーがひとつの巨大なマップにログイン可能だ。
ダーニャはヴォルゴグラード、レオンはデュッセルドルフに住んでいる。
アイリス・エンフィールドはフィラデルフィアの電気街がすぐ近所という、PCマニア兼ゲーマーとしてはなんとも羨ましい環境だ。
そして私、ルナこと有坂柳喃は東京。普段は時差のために週末のみクランを組んでの狩りをしているが、ありがたいことに今は夏休み。思う存分、戦闘と育成を楽しむことができる。
メニューから航法装置を呼び出して針路を入力、自動操舵に切り替え。
次の敵艦隊がいる海域に到達するまで、しばらく指をキーボードに移す。
◆レオン:しかしサターンⅤかよ、羨ましいな。こっちじゃ未だに抽選販売だぜ
◆ルナ:オフ会には持ってくるの?
◆アイリス:冗談。あんなデカブツでお値段びっくりな精密機器をウチの国の航空会社に預けるなんて、ぞっとしないよ
◆ダーニャ:そりゃ言えてるな
◆レオン:うまくすりゃ日本で買って持ち帰れねえかな
◆ルナ:リージョンフリーだから、持ち込めるんならアリかも
最大戦速に達した大和の上空を、アイリスの操作する空母サラトガから発進したSBDドーントレスとF6Fヘルキャットの戦爆連合編隊が優雅に通過していく。
まず戦闘機で空中哨戒を突破し、さらに急降下爆撃を加える。駆逐艦が突入して敵艦隊を撹乱したところを、戦艦の主砲でとどめを刺す。
今夜も私たちのコンビネーションは絶好調だ。
うちのクラン「KVF」のオフ会ももう夏休みの恒例行事になっている。
前回はアイリスが加入する前だったので、リアルの彼女との対面はダーニャやレオンも初めてになる。
ちなみにKVFとは「コムソモリスカヤ・ヴォストーチナヤ・ファンターズィヤ」の略で──おっと、コムソモールといってもそういう思想があるわけじゃなくて、ただの懐古ネタだからね。
ロシアのファンタジー創作界隈では、シベリアを越えた東の果てに魔法の国があるって題材が多いらしい。実際には太平洋と日本列島があったわけだけれども。
ニュアンスとしては「東方幻想列島同盟」ってところかな。
◆レオン:いつもどおりに品川駅でいいんだよな
◆ダーニャ:ああ、だが今回は姉貴も来るから、早朝到着にしたぜ
◆アイリス:そうなんだ、どうして? わたしもお母さんに頼んでチケットの時間を変えてもらったんだけど
チャットに表示される文字列の描画が少し止まる。
水平線の彼方に見えるヴェールヌイの動きからして、戦闘に集中しているわけではなさそうだ。
◆ダーニャ:祖母さんの墓が見つかったんだよ
私は事前に聞いてはいた。
冷戦時代に亡命先を突き止められて、ダーニャのお父さん、つまりお祖母さんの息子はソ連に連れ戻された。
どうしてお祖母さんだけが日本に残れたのかは定かではないが、ともかく、冷戦終結に伴って日露の往来制限が緩和されてから、ダーニャのお父さん──エフゲニーおじさんはいろいろ手を尽くして調べていたらしい。
私のお父さんの実家に遊びに行った時に、少し話したことがある。
実家は秋田なんだけど、あのあたりは昔からロシアとの交流が多かった。
◆ダーニャ:まあ、そっちの用事は姉貴がメインだ。それはそうとアイリス、今もうサターンⅤでやってんのか? 確か4Kでも120Hzいけるって話だったよな
◆アイリス:そうらしいけどまだテレビの方が追いついてないから、ケーブルは付属のでいいんだっけ
◆ルナ:チューナー無くてもいいんだったら今なら中国メーカーが安いでしょ、そっちでも売ってるよね
さて、明日はみんなは飛行機で空の上なので、ひと休みできる。
明後日は、私は東京住みなのですぐに行けるが、学生は夏休みでも社会人はいつも通り出勤しているはずだ。朝のラッシュを避けるために、始発で出て駅ナカで時間を潰そう。
それとメモ用のA6ノートは……、コンビニで買えばいいか。
デジタルネイティブ世代として恥ずかしながら、やっぱりフルスクリーンでゲームやりつつなんだかんだするには紙で書くのが簡単だ。
今回のオフ会を横須賀でやる目的のひとつには、私の夏休みの課題研究の取材ってのもあるからね。
† † †
オフ会当日、JR中央線から山手線に乗り換えて品川駅に着いた私は羽田空港への直通線がある京急の乗換通路へ向かった。
改札を抜けてくる人混みの中には他の外国人観光客やビジネスマンも多い。
まあ国際線の手続きには少し時間がかかるだろうなと思いながら電光掲示板の切り替わりを眺めていると、不意に背後から声がかけられた。
「あ、あの……ルナ、さん……ですか……?」
振り返ると、私より頭ひとつぶんくらいは小柄な少女が、胸の前で手を握りながらおずおずとこちらを見上げていた。
やわらかなウェーブのかかった、淡い金髪。お父さんの実家で見たことのある澄み渡った青空のような深い群青の瞳と、そばかすどころかシミのひとつもない肌をほんのり紅潮させたほっぺたは、美少女っていうよりはまんまインドア派な、早く言えばナードっぽい雰囲気を隠しようもないほどにはっきりと示していた。
背の低い彼女の向こうに、キャリーケースを提げたいかにも旅行者ですといった感じの夫婦が、顔を動かさなくても同時に見えた。
妻の方──おそらくこの少女の母親──が私の視線に気づき、サングラスの向こうに微笑みを作る。
「えっと……アイリス?」
間抜けっぽい英語を発してしまったが、少女はぱっと顔を明るくして、じゃれつく子猫のように歩み寄ってきた。
「は、はい! えっと、は、はじめまして、です……お母さんとお父さんから、一緒に出かける許可は、もらってます」
「あ、はあ、どうも……」
両親に会釈を送り、私はあらためて目の前の少女、アイリスの姿を見直した。
ネット上での彼女はとにかく元気が良く、私やレオンが教えるミリタリーマニア向けの情報サイトもよく読み込んで、性能談義に花を咲かせるアクティブなイメージだったが、これはまた、なんとも。
っていうか私も日本人の十代女子としては背が高い方ではあるが……
「ああっ、えっと、大丈夫ですわたしもみなさんと同い年です、CFの規約には違反してないです」
「ええそうよ、パスポートを見るかしら? 私も驚いたのよ、この子が日本に行きたいなんて。他のお友だちは、まだいらっしゃらない?」
お母さんの方が見せてくれたアイリスのパスポートには、確かに私と同じ生年が記載されていた。
いやまあ、どこの国にも老けてる人もいれば若く見える人がいるってだけの話ではあるのかな。
それから一緒に駅のカフェでダーニャたちを待った。一時間ほどで到着したが、やはり彼らもネットとリアルのアイリスのギャップには驚いていた。
あんまり大げさに騒ぐもんだから、ダーニャはさっそくダーシャお姉さんにしばかれてたけどね。この様子はチャットで聞いてたイメージそのまんまだった。
ゲームは宿題を終わらせてから! ってね。
荷物を預けるためにホテルまで同行し、品川駅から京急快特に乗って横須賀中央駅へ向かう。こっちはクロスシートがあるから四人で乗るにはちょうどいい。
「結局今回も迷ったじゃねえかダーニャ、日本は詳しいっつってたろ」
夏の日本の熱気に早くもあてられかけたレオンがため息をつきながら言う。
「仕方ねえよ、なにせ来るたびに工事で迂回路が変わってるんだ」
「まあ、ただでさえ今は新幹線作ってるとこだし」
私とダーニャは苦笑しながら応じる。
横浜駅はともかくとしても、新しい線路を敷くために東京側の起点となる品川ではここ数年間ずっと大掛かりな工事をやっている。
「そうかあついに日本もリニア手に入れるのか」
「いやそこまではいってないって、まずは普通の新幹線だよ」
ドイツは磁気浮上式鉄道をずいぶん前から導入してるからね。リニアは線路だけじゃなく電力網の容量増加も同時にやらないといけないからどうしても初期費用がかかる。
野郎どもの喧騒から視線をアイリスに移すと、彼女は駅の自販機で買ったスポーツドリンクにちびちびと口をつけながら、車窓からの景色に見入っていた。
「やっぱり東海岸と比べても建物びっしりかな?」
「う、うん、すごい広い。どこまでも街が続いてるように見えるよ」
「横須賀の記念公園はいっぱい展示があるよ、クインシーには負けるけどね。アイリスはそっちには行ったことあるんだったね」
そんなこんなで駅に着き、よこすか海岸通りを越えて埠頭の倉庫を横目に公園への道を歩く。
やがて街路樹の日陰を抜けると、私たちを待ち受けていた鋼鉄の城が、ついにその姿を太陽の下に現した。
海面からの高さが実に四十メートルに達する艦橋と、その上にさらにそびえるレーダーマストが、公園の入口に建つ東郷平八郎の像を見下ろしている。
「……わあ……おっきい……」
アイリスは圧倒されている。
現代の原子力空母を見ていても、やっぱりなんというか存在感が違うよね。
かくいう私も、オンライン地図サイトの投稿写真で見たことはあっても実際に実物を前にしたときのインパクトはすごかった。
記念艦としての飾り付けに包まれていても、四十六センチ三連装主砲塔の巨大さと迫力は隠しきれない。
戦艦信濃。
大和型戦艦3番艦、一九九二年の退役まで日本海軍最強を誇った殊勲艦だ。




