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侯爵家の「なくても困らない令嬢」が本当にいなくなったら、困った人たちがいたそうです  作者: ヲワ・おわり


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第四十八話 父からの手紙2

 数日後、父から手紙が届いた。


 定期的に来る手紙だった。アイリーンが「仕事が外に届いた」という話を書いた返事も兼ねているはずだった。


 封書を開いた。父の丁寧な字だった。


 最初の段落は体の具合と近況だった。「こちらは変わりなく静かです。先日のお手紙、届きました。仕事が他の領地に届いているとのこと、喜ばしいです」と書いてあった。父らしい、感情の少ない喜び方だった。


 中ほどに、侯爵家の話が出てきた。


「クロウリー侯爵家が財務の専門家を二名雇い入れたようですが、数字の整合に手間取っているという話が聞こえてきます。あなたが作成した引き継ぎ書が役に立っているはずなのですが、それでも難しいようです」


(そうでしょうね。)


 静かにそう思った。怒りは来なかった。


 引き継ぎ書の手順を実行すれば難しくないはずだった。しかし引き継ぎ書を読んで理解するためには、帳簿の基礎が読める必要があった。基礎から教えることは、引き継ぎ書には書いていなかった。「読める人間が前提」で書いたからだった。


 二名でも難しいとすれば——帳簿を読む前提が揃っていないのかもしれなかった。あるいは月次集計の遅れが既に深刻で、まず現状を把握するだけで精一杯なのかもしれなかった。


 どちらにしても、アイリーンの仕事ではなかった。


 引き継ぎ書は五枚書いた。できることを全部やって出た。その先は別の話だった。


 手紙の最後の段落に、父が珍しく長めの言葉を書いていた。


「いずれにしても、あなたは正しい判断をした。こちらは何も心配していない」


 アイリーンは少し止まった。


(父らしい。)


 「正しい判断をした」という確認。「何も心配していない」という結びの言葉。感情的な表現は一つもない。しかしその一言の中に、父がずっと心配していたことが透けて見えた。心配していたから「何も心配していない」と書いた。


 笑いたくなる気持ちが少しあった。笑わなかったが、内心では「父らしいな」という温かさがあった。


 手紙を折りたたんだ。机の引き出しにしまった。


 帳簿を開いた。今日の作業があった。来期予算書の最終確認の段階に入っていた。


(侯爵家のことは、もう遠い。)


 遠い場所のことだった。二名の専門家が手間取っている。引き継ぎ書があっても難しい。それがどういう形で続くかは、アイリーンには関係がなかった。


 今の場所に仕事があった。


 手紙の最後にもう一行あったのを思い出した。最後の段落の後に小さい字で添えてあった言葉だった。


「ロラン様が最近何か動きを見せているという話が耳に入っております。詳細は不明ですが、念のためお知らせしておきます」


 アイリーンは少し間を置いて、もう一度引き出しを開けた。手紙を取り出してその一行を再度読んだ。


(ロランが。)


 「動きを見せている」。どういう動きかは書いていない。父も知らないのだろう。「念のため」という書き方は、アイリーンに何かを知らせたいのではなく、「こういう話がある」という事実報告だった。


 引き出しにしまった。


 帳簿に向かった。手を動かした。


 「ロランが動いている」という事実が頭の端に来たが、仕事が前に来た。それでいいと思った。


   *


 夕方、リンデが茶を持ってきた。


「ご実家からのお手紙でしたか」


「はい。父から」


「何か変わったことはありましたか」


 アイリーンは少し考えてから答えた。


「以前の侯爵家のことが少し」


「……そうですか」


 リンデが静かに立っていた。「詳しく聞いてよいですか」という気配があったが、何も言わなかった。


「財務の専門家を二名雇い入れたそうですが、整合に手間取っているようです」


「……そうですか」


 今度のリンデの「そうですか」は少し間があった。


「アイリーン様が担っていたことを、二名でやっているのですね」


「そのようです」


「……なるほど」


 リンデがそれ以上は言わなかった。「なるほど」という言葉に何かが入っていたが、言葉にはしなかった。


 アイリーンは茶を飲んだ。


 「二名でも手間取っている」という事実を、リンデも静かに受け取った。アイリーンが一人でやっていたことを、今は二名がやっている。それでも追いつかない。侯爵家の財務がそういう状態になっている。


(自業自得という言葉を、今は使わない。)


 使う必要がなかった。事実がすでに語っていた。引き継ぎ書を書いた。五枚書いた。できることをして出た。その先は、自分の責任ではなかった。


 仕事に戻った。今日の帳簿の最終確認が残っていた。来期の予算書の数字が揃い始めていた。段階税率の試算も組み込まれていた。辺境の財務が、初めてきちんと整った形を持ちつつあった。


 侯爵家の二名が手間取っている間も、辺境の仕事は進んでいた。


 帳簿の確認を終えた。来期予算書の農産物と織物の欄が揃っていた。段階税率の試算が組み込まれた。越境商人への申告期限の前倒しも記載した。一年分の改革の成果が、一冊の予算書に収まりつつあった。


 父の「何も心配していない」という言葉を、もう一度思い出した。


 心配する必要がない。今日の仕事を見れば、それは明らかだった。仕事がある。仕事が動いている。外に届いている。それが父に「正しい判断をした」と言わせた。


 それが今日の場所だった。

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