第40話 鴻雁来たる ─苦肉の策─
議会場へ向かうなりすぐ戻ってきたアオに、ダンは驚きながらもすぐに漢方を煎じてくれた。
濃すぎる薬草の匂いが今は何故か心地いい。先ほどのことを考えなくて済むからだろうか。アオはいつの間にかできていたささくれに触れながら、静かに呼吸を整える。
茶器に何やら知らない茶が注がれて出てきたが、アオは到底何かに触れる気分でもなく、申し訳ないがそのままささくれを弄っていた。しかしダンも許してくれず、一口でいいからと言われた。湯気の立つそれに舌を伸ばしてみる。するとじんと痺れる感覚に驚いてしまって、茶器を戻した。
「……」
「それが一番効くんですよ」
「アオ、もう少しだけ飲んで」
サキにも言われたので、アオはもう一度熱い器に口をつけてみる。
しばらく耐えながら嚥下していると、痺れにも慣れてきた。アオはすっかり茶器を空にした。するとアオは厳格な席を立ってしまった重大さに気づき、顔を俯ける。
「……ごめんなさい。途中で退席なんて」
「いいのよ、気に病まなくて」
サキはそう言ってくれるが、好まれない態度だったに違いない。
慰めは必要ないと、アオは首を横に振った。
「わたしは強くならなくちゃいけないのに」
「充分強いわよ」
「そんなことないです。サキはいつも堂々としてかっこいいし、見習うべきところがたくさんあります」
アオは茶器に少量だけ注がれたおかわりを飲み干した。心が楽になってくる。さすが漢方だ。
「……でもね、アオ。あたしもまだ整理のついてないことがあるのよ」
椅子の前に跪くサキをアオは静かに見下ろした。茶器を抱えていた手にサキが重ねてくる。
「あたし、奉公に行ったら家族の皆が幸せになると思ってた」
「……」
「でも違ったのね。真実はルリも養子に出されて……オトは何をしているんだろう。とにかく好転はしなかったみたい」
「サキ……」
オト、という名はここで初めて聞いた。ルリよりも下の四女の名前だろうか。サキを慰めようと目の前にあるその頭に手を伸ばしたときだ。
アオは勢い良く開かれた扉に目を丸くした。ダンは医務室では静かにと叱るがその音の主は構わずアオに迫る。
「ユイ、審問は?」
「終わったよ。貴妃は冷宮送りに決まった。……それより!」
ユイは悲しそうに眉を下げると、アオの顔をじっと見つめた。そしてすぐにダンや、思わず立ち上がっていたサキを確認する。
「知りませんでした。わたし、紫姫の娘だったんですね」
ユイはぐっと眉根を寄せて、アオから目を逸らした。
「……信じたくなかった。紫姫はもう御子を望めないと言われていたから。僕はアオに、本当のことを話さなくちゃいけない」
「本当のこと?」
ユイは神妙な顔つきで頷くが、続けて口にしたのは全く予想外の言葉だった。
「宮廷を離れよう」
「どうしてそうなるのよ!」
真っ先に反応を見せたのはサキだ。アオはユイなりの考えがあると踏んで話を待つ。しかし動揺は隠せなさそうだ。
「貴妃が冷宮送りになった話はきっとすぐにでも、ムラ人たちに知らされる。その場合二つの行動が考えられる」
ユイが立てた二本指を見つめて、アオは口を開いた。
「貴妃に呆れて天子へ寝返るか、逆恨みをするか……ですか?」
アオはユイが頷くのを見て、口元を引き締める。怒りの矛先を届かない場所に移動させた方がいい、というわけだろう。でもこれは流刑のようだ。天子にはあまり似つかわしくない行為に見える。
「それからもう一つ、僕には考えがある」
ダンは深い息を吐いた。それはあまり善策とは言えない、と零すがユイは何かを確信しているようだった。
「アオには鶏内村の臨時監督者に名乗り出てもらう」
突拍子もないその案に驚きのあまり、アオは椅子の上で大きく仰け反った。




