第38話 鴻雁来たる ─秘匿─
力を失って、板間にへたり込む。
抗争のせいで戦死したと思っていた母親はミコトの手で首を斬られていた。
言い得ぬ黒い感情がせり上がろうとしていて、アオは思わず襟を掴んで胸を叩く。暴れ出してしまいそうで、奮い立とうとする足を掴んだ。
「う……うそ、うそですよね? 母が殺されていたなんて……」
ダンの下衣を掴んで詰め寄る。
アオを地上へ引き上げてくれたのはミコトだったが、地獄へ突き落としたのもまたミコトであったのだ。
「おそらく貴女の父君もです。紫姫の補佐をやっていた男性もまた、同じように首を落とされましたから。私は目の前でそれらを目に焼き付けさせられた。
きっと私への牽制でもあったのだと思います。男である私も……本来なら地方のムラへ飛ばされる予定でしたが、宮廷を離れたくなくて医務官になることを押し切った」
紫姫がアオに似ているわけだ。実の娘なのだから。
古琴が弾けるわけだ。紫姫に指南を受けていたのだから。
斑もあるわけだ。……紫姫にあったのだから。
ダンはきっとアオの斑を見て、早々に勘付いていたのだろう。来たばかりの時、詳しいことは言えないと濁したのは、この真実を告げるべきか迷っていたから。
ユイもきっとそうだ。出自の話をしない方がいいと言っていたのは、アオが紫姫の娘とは言わずとも血縁ではないかと察していたのだ。
アオは収まりの効かない感情に、思わず目から雫をこぼした。静かに涙を流し続けるアオに、サキは寄り添って背中を撫でさすってくれる。
ダンの言葉は言い訳に聞こえた。きっと心からそうではないのだろうが、アオにはどうしようもなく弁明にしか聞こえない。
「……紫姫に娘がいるとは知りませんでした。きっとミコトも知らないでしょう」
アオはぽろぽろと板間に模様を作りながら顔を上げた。
「きっといると知られたら、アオさまも命が危ない」
「……わ、わたしも殺されるのですか?」
「ミコト様がどこまで紫姫を恨んでいるかわかりません。娘ですら生き写しとして許さないかもしれない」
あまりの恐怖にアオは涙を止めた。そして側にいたサキにしがみつく。
「わ、わたし!」
「……きっと大丈夫。来たるその日まで、絶対に隠し通せばいいのよ」
サキは爛爛とした目つきで窓から覗く太極宮を見据えた。
「その日……?」
アオはサキの含みのある言い回しに聞き返す。ダンは気づいていたのか、と細く息を吐いた。
「説明してください、サキ」
「ミコト様は間もなく崩御されるわ」
「崩御……亡くなられるということですか?」
「どこかの誰か……おそらく宰相さまが書類に毒を染み込ませているの」
アオは先日見たミコトの顔色の悪さを思い出した。それでいて過重労働なのだ。悪化する一方に違いない。
「少量でも毎日触れていたら体に悪いわ。あたしは墨の滲み具合に違和感を覚えてすぐに調べたの。そうしたら宰相さまから渡って来る紙には必ずと言っていいほど毒が染み込んでいることが分かって……本当のことは伏せて手袋を勧めた」
「でもミコトは手袋をつけなかっただろう」
ダンの半ば呆れたような様子に、サキは頷いた。
「そのときはなんだか言い訳をしていたけれど、さっきの話を踏まえて考えるなら『斑を持つ人間と違われたくないから』ね」
「そんな……」
しかしアオが絶句している傍で、外から騒がしい声が聞こえて来た。
「なにごとですか」
ダンは顔をしかめやってきた者を嗜めたが、その慌てようは異様だった。女性はアオが目元を赤くしていることすら気づいていない。
「貴妃さまが、ヒノ貴妃が審問にかけられました!」
アオは怒涛の展開に息を止め、サキと顔を見合わせた。




