第24話 雷乃ち声を収む ─ユイの不在─
アオは朝起きると、そこそこ日が昇っていることに少し驚いた。ユイは起こしてくれなかったのだろうか、それとも彼もまだ寝ているのか。絶対にありえないとまで言い切れるようなことを想像しながら、アオは隣の部屋へ顔を出した。
ユイはいなかったが、そこではサキが自身の剣を布で磨いていた。剣身には仏頂面が反射していて、アオは恐る恐る話しかける。
「お……おはようございます」
サキは話しかけられてやっとアオの起床に気づいたようで、目を丸くしながら「おはよう」と返してくれた。
すると彼女は作業を中断して立ち上がる。続けてくれてもいい、と言いかけるとサキは半ば遮るように任務を口にした。
「ユイに言われてるの。朝餉の用意」
用意とはいえ、サキは作られたものを運ぶだけだが有り難いことこの上ない。アオは頷くと、先ほどまでサキが腰を下ろしていた場所のちょうど正面に足を曲げて座った。
ユイはどこに行ったのだろう。伝言を預かっているところを見ると、サキが行く先を知っていてもおかしくはない。アオはサキが膳を持ってやってくるまでの間、刃がむき出しの剣を眺めた。
歪みは少なく、まるで鏡のようにアオの顔を映す。寝起きのせいで目はあまり開いていない。
「持って来たわ」
サキは膳を二人分持ってやってきた。サキも朝餉がまだだったのだ。
「ありがとうございます」
アオは目の前に置かれた膳に手を付けようとすると、サキが制した。
「あたしが毒見をしてから」
毒見、と言われてアオははっとした。アオは箸を手に持ったまま、サキが一品ずつ手を付けるのを見守る。異常はなかったようで、彼女はすぐに食べてもいいと許可をくれた。
食事一つに気を付けなくてはいけないのは、少し山を思い出す。おいしい果実に似た猛毒を孕むものを思わず齧りそうになったとき、死の感覚を如実に感じたのを覚えている。アオは小さな口へ食事を慎重に運んだ。ユイのおかげで箸の持ち方を思い出し作法も身についてきた。それを認めたのか、サキはアオの所作を見て頷く。
「ユイには敵わないわね」
「何の話ですか?」
「ユイは人にものを教えるのが上手いのよ」
サキもまたきれいな手つきで汁物に口をつけた。
「あたしもユイに教わったの。九つの時に」
アオは顔を上げる。サキは口を動かしながらも、そのころを思い出しているのか定まらない視線でどこかを見ていた。
「奉公に出て、もう八年になるのね」
しみじみそういうので、アオは慌てていい話題を探した。
そう、ユイはどこに行ったのだ。朝からいないことは今までなかった。
「ユイはどこですか?」
「ユイなら、人に呼ばれて門の方に行ったわ」
尋ね人だろうか。
アオは漬物を咀嚼しながら、門の方へと首を捻った。もちろん部屋は閉じているので見えるはずはないが、騒動の声が聞こえるような気がする。アオは口の中のものを嚥下するとサキの方へ向き直った。
「見に行きませんか?」
サキは眉をひそめて駄目だと言いかけた。しかしどんな心境の変化か知らないが、口をしばらく開閉させて一つ頷く。
「いいんですか?」
「散歩がてらなら」
サキの表情は思いつめているように見える。後宮内を少し歩いて気分転換になるならいい。
アオは外に出るためにも着替えなくてはいけないな、と思いながら米を口に運んだ。




