第23話 雷乃ち声を収む ─ルリ─
隅の席で酒を断っていると、少女は瑠璃の冷酒器に果実を絞ったものを持ってきてくれた。店の中に人は少ないが、それなりに話し声で賑わっている。一人寂しそうに見えるのか、少女は茶器を持ってサキの隣に腰掛けた。サキは外套で顔を隠して冷酒器を掲げる。
かつん、と冷え冷えとした器同士がぶつかる音が鳴る。彼女の茶器には水出しの煎茶が入っていた。
「私ね、まだ十五なの。だから、お父さんが飲んじゃ駄目だって」
「娘思いな父親なんだ」
サキは慣れない口調で少女の言葉に反応した。
「本当いいお父さんよ。……実は親が二人いるの」
少女は思いがけない告白をする。サキは顔を上げて店の亭主を見た。似ていないので母親似なのかと思っていたが。
「養子?」
「そう。鶏内村の生まれで……でも食い扶持を減らすために都に連れてこられた。今のお父さんが通りがかってなかったら妓楼行きだったわ」
肩を揺らして笑うが、サキは笑えなかった。返事の代わりに、静かに器に口をつける。
彼女は自分と同じ被害者だ。サキが後宮にやってきたのは、九つの時。ちょうど鶏内村と蜂須賀村の抗争のために、もともと貧しかった鶏内村は更に困窮し、サキは後宮に奉公へ出されたのだ。そのとき、一番年上だった次女のサキが。
「よくわかる」
サキは一言呟いた。
「本当? 私、今まで田舎者だってからかわれることしかなかったから」
彼女は表情を花のように咲かせると、サキの手を取ってぎゅっと握り締める。
突然の行動にサキは反応に惑った。少女もまた自分のしたことに気づいたようで、すぐに手を離してくれた。サキもはだけかけた外套を寄せて顔を隠す。
しかし後宮ではからかわれる、ということはなかった。やって来た時、周りは年上ばかりで同じ年頃の人も似た境遇なのだろう。傷をなめ合って、憐れみ合っていたのだ。
「この辺りでは見ない人ね。どこの人?」
少女は火照った頬を撫でながら話題を変える。詮索されることを嫌ってサキは席を立とうとしたが、少女は無垢にもただ見上げていた。仕方なく座り直して、親指で宮廷の方を指す。
「……お役人様?」
サキは首を振った。そんな大層なものではない。
「あまり言えない方なのね。……ねえ、また来て頂戴」
彼女は甘い目線でサキの目を見つめていた。それはこの少女にされて嬉しいものじゃない。
昼まで仕えていた主人の顔を思い出して、サキは下唇を噛んだ。
「お勘定はいいわ。私、ルリって言うの」
指先が外套を小さく抓んでいる。サキは少し振り払うように外套を翻すと、懐を探った。取り出した巾着には充分な金額があった。
「主人に見放されて、少し嫌になっただけ」
「主人……後宮の方なの?」
ルリの手に金子を握らせると、次は来ないと言い放つ。
どうして、と聞いてくるかと思ったが彼女は聞いて来なかった。ただ少しだけ悲しい顔をして、頭を下げる。
「また、来てね」
サキは外套で顔を隠すと、鳥籠へと戻ることにした。




