第22話 雷乃ち声を収む ─夜の後宮を抜け出して─
雷乃収声
──鳴り響いていた雷が聞こえなくなるころ。
サキは燈籠の火が消えた後宮を歩く。後宮の出口にやってくると身を隠す外套を握り締め、いつもの通りにひっそりと漬けていた梅酒で満たされた瓶をその人に差し出した。
門番の男性はサキの姿を見るなり、少しだけびっくりしたような表情を見せる。
「久しぶりじゃないか」
「まあ、しばらく調子が良かったの」
最近までミコトの側で働けていたので、サキはなにも文句はなかった。せっかく漬けていた梅酒も飲み干してしまおうかと思っていたところに入用になるとは。
門番は苦笑すると、瓶を開けて舐めた。気に入ったようで、彼は背を向けると手をひらひらとやった。通ってよいということだ。
サキは小さく会釈すると、夜の鳥籠を抜け出した。
サキが何をしているのか。知る者はいない。おそらく門番すらもよくわかっていない。
見慣れた通りまでやってくると、サキは足を止めた。都は夜になるとひどく静まり返る。ただ一軒光の漏れている飲み屋を見つけて、サキはその軒先にしゃがみこんだ。匂いだけでよかった。またいつとも知れずミコトの元に戻ることになるかもしれない。彼女は酒を嫌っていたしきっとアオも得意ではないだろう。それに何せあのやけにいい鼻でユイにかぎ分けられてしまっては、数年ぶりに拳が飛ぶかもしれない。
梅酒を舐めていた門番を思い返して、サキは少しだけ眉根を寄せた。取引とは時に不利に働くものだ。
思わずため息がこぼれた。
「お兄さん、入らないの?」
いつの間に戸口が開いていたのか、飲み屋の娘らしい少女が顔を出す。ちょうどアオと同じ頃に見える。
サキは外套の襟を見下ろして、彼女の勘違いを受け入れることにした。そもそもその勘違いを引き起こせたら幸運だとこの格好を選んでいたのだ。
「主人があまり、酒を好まないから」
「なら、果物を切ってあげるわ」
サキはしばらく逡巡して、それから立ち上がった。少女はアオと比べて年相応の背丈だが、サキにとってはどちらも小柄であった。
意外だと周りの女官たちは言うが、サキはこの長身を気に入っている。しかしユイの背丈だけはあまり越したくはなかった。彼は母親の身長からあまり伸びないだろうと言われていたので仕方がない話だが。
「背が高いのね。素敵」
「ありがとう」
サキは人のいない飲み屋に身を沈めた。




