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第9話 草の露白し ─波乱─

 ミコトの言った通り、夕餉《ゆうげ》にはやはりあの真っ白な穀物《こくもつ》、コメが出た。

 視線を感じながらアオは慎重に箸《はし》をとる。アオの目の前では、膳《ぜん》に手をつけずじっとアオの手元だけを見るユイが座っていた。


「⋯⋯あの、食べてください」

「僕のことはいいから早く」


 アオは仕方なく箸を持つと、先日注意されたことを思い出しながら左手に茶碗を抱《かか》えた。衣食住に困らないとはいえ、息の詰《つ》まる生活だ。だが仕方ない。

 口を小さく開けて食べ物を運び咀嚼《そしゃく》する。一つ一つ丁寧に、そして反応を伺《うかが》いながら飲み込んだ。

 すぐにでも指摘《してき》が飛ぶかと思われたが、そうでもなかった。ユイはそれを見届けた後に、手を合わせて箸を持った。


 しかし静かな夕餉も外部の手によって崩《くず》される。


 障子《しょうじ》の奥の足音にアオもユイも手を止めた。回廊《かいろう》の人物は「夕餉《ゆうめし》時(どき)に失礼します」と断りを入れる。


「こんな時間になんだ?」


 ユイは茶碗を膳に置いて帯に手をかけた。その隙間から隠された小刀が顔を出す。いつもより鋭い口調で、表情は殺気《さっき》を帯《お》びていた。

 

「尚宮《しょうぐう》局《きょく》の者です。ミコト様の意向《いこう》により緊急会議が開かれることになりました。時刻は戌《いぬ》二《ふた》つ時、場所は太極《たいきょく》宮《きゅう》でございます」


 淡々と事務的な声色だが、ユイの棘《とげ》のある雰囲気は途切れることがない。


「名乗れ」

「……尚宮局の者です」


 冷《ひ》え冷《び》えとした声音が響く。障子の奥では少しためらったのちに同じ言葉を返してきた。

 ユイは音もなく立ち上がると、アオに耳打ちをする。


「後ろの押し入れに隠れていて。通達も名乗りも無しにこれはおかしい。それに部屋の外には三人以上いる」


 アオの口は驚きの声を上げる前にユイの手で塞《ふさ》がれると、そのまま押し入れに突っ込まれた。アオは狭い押し入れの中で膝《ひざ》を曲げて息を潜《ひそ》める。

 少しして、障子が開放されたのがわかった。


「誰だ、お前たち。誰の差し金だ」

「天子《てんし》はどこだ!」


 女性の金《かな》切《き》り声の直後に鋭《するど》い金属音が弾《はじ》ける。それから耳に入ってきたのは細かな水しぶきが畳《たたみ》に跳《は》ねる音と、甲高《かんだか》い悲鳴。続けて何かを裂くような鋭くも鈍《にぶ》い音が鼓膜を穢《けが》す。


 アオは自身の手で口を塞《ふさ》いだ。到底見ようとは思えなかった。カタカタと身体が震え始める。上がる息も押し殺して、自身の心音だけを聞いた。


 視界に赤い灯が差して、押し入れの扉が開いたことに気づいた。アオは驚いて顔を上げると、頬《ほお》に赤い液体が飛んでいるユイが覗《のぞ》き込んでいた。


「な……なんでですか……?」

「なんでって?」


 ユイは頬の液体を手の甲で拭《ぬぐ》うと、アオの手を引いて押し入れから連れ出した。

 アオは混乱からか、思ったことだけを口にしてしまう。


「今の、わたしを狙ってたってことですよね……?」

「そうだね。狭い後宮は話が回るのも早い」


 アオは足元に血のようなものが跳ねているのを視界の端で捉《とら》えてしまって、ユイの腕にしがみついたまま目を閉じた。

 ユイは特段それを嫌がることなく、回廊へと連れ出してくれた。


「別の部屋に移動しようか」

「……はい」


 回廊のひんやりとした木の感触にアオはゆっくりを目を開く。

 しかし前触れもなくユイは足を止めた。ユイを見上げると、先ほどとは打って変わって顔をしかめて植え込みに目を向けている。


「どうかしたんですか?」


「サキ」


 ユイは植え込みに向かって、昼間の護衛少女の名を呼んだ。そしてその通り、視線の先から想像した通りの人物が暗闇から顔を出す。アオは彼女の腰に佩いた剣を見て、ユイの腕を強く掴《つか》んだ。

 怯えているアオを見るのが楽しいのか、サキは目を細めて笑いながらユイだけに挨拶をする。


「こんばんは、ユイ」

「今度は本物の通達?」

「『今度は』?」

「……はあ、もういい。何の要件か、簡潔に伝えて」


 ユイの言葉にわざとらしく首を傾げて、サキは胸を合わせから一通の文を取り出した。


「戌《いぬ》《《三つ》》時に太極《たいきょく》宮《きょく》で緊急会議よ」

「あいつらは四半時《しはんとき》で僕をどうにかできると思ったわけだ」

「何の話?」

「こっちの話。会議内容は?」


 ユイの質問にサキは及《およ》び腰になっているアオを指さす。


「そこの天子さまが後宮にやってきたから、それに伴った異動《いどう》に関する会議と、貴妃《きひ》さまや妃嬪《ひひん》方との顔合わせのための打ち合わせ」

「アオは?」

「もちろん、当の本人なんだから来ないと意味ないでしょ?」


 アオはユイに視線を寄こされて思わず目を逸《そ》らした。この宮を出て今から会議に行かなくてはいけないというのは、正直怖い。外も燈籠《とうろう》に火が灯っているとはいえ、暗くてどこに悪いやつが潜《ひそ》んでいるかわからない。

 けれどアオは頭《かぶり》を振った。


「い、行きます」

「当たり前よ」


 サキは腕を組んで呆《あき》れたように言うと、用件はそれだけだと言ってまた植え込みの方へ消えていった。

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