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裏切り者の死


 もう、終わりだ――。あぶら汗とともに滲み出る恐怖を抑えつけるように、ギルバート=バードンは口元の猿轡を一層強く噛みしめた。


 十七年という短い人生の中で、怖いと思う瞬間は何度もあった。それは父が大切にしていた彫刻品を壊してしまった時や、傷一つなく大切に育てられた自身の二の腕に初めてタトゥーを入れた時にも感じた。うっかり階段の上階から足を踏み外した時にも恐怖を感じたが、それらすべてはギルバートの命を直接脅かすものではなかった。終わってしまえば、「ああ、怖かった……」と、それだけで済んだ話だった。しかし、今のギルバートを苛むものは、かつて感じたどの恐怖とも違う。


 ギルバートは動けない。息が苦しく感じるほど、首に隙間なく纏わりつく麻縄が、天井の梁を通って重厚な金庫の脚に固定されている。解こうにも、後ろにある両手を同じ麻縄で縛られているため、それが叶わない。また、全身であがこうにも、不安定な足場のせいで両足が言うことを聞かない。僅かでも動けばその時点で、巻きつく麻縄が彼の首をたちまち締め上げてしまうだろう。


 ギルバートはまさに、命の危機に瀕していた。


「ふうっ……ふうっ……」


 死を意識した途端、気道が窄み、呼吸が浅く、短くなる。


(嫌だ。嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない……!)


 次第に、ギルバートの脳内が死を拒絶する言葉で埋め尽くされていった。もはや体を濡らしていくものが汗なのか、別の体液なのかもわからない。


 一方、そんな彼を悠々と見上げる人間がいた。


「ああ。いいツラになってきたじゃないか」


 人間らしくて――。そう言った相手は、うねる赤い前髪が額にべったりと貼りつくギルバートに向かって、邪悪に微笑んだ。人が苦しむ様を前にして、なぜ、この者は微笑むことができるのか。ギルバートは理解ができなかった。


 同時に納得する。なぜなら、この人物こそ、ギルバートをこの地獄のような窮地に追いやった犯人だったからだ。


「腹の方からじわじわと込み上げてくるだろう? それが恐怖だ」


 相手は淡々と語った。


 ギルバートはただただ恐ろしかった。この者は本当に、血の通った人間なのだろうか? と。そう思うだけで、彼の呼吸が一層荒くなった。


「じっくりと味わえ。この裏切り者」



 ・・・・・



 後に、ギルバートの両脚が宙に浮いた。彼の体が揺れるたび、梁にかかる麻縄が呻くように擦れた。その不気味な音も、次第に激しく燃え上がる暖炉の炎によって掻き消され、ギルバートはその生涯を終えた。


 金に困ることもなければ、将来も安泰した地位を約束されていたはずのこの貴族の少年が、なぜ死ななければならなかったのか。その謎を解き明かすには、時間を少し……そう、この国の未来の王妃になるはずだった侯爵令嬢・マリオン=エーブルが、婚約者から衝撃の宣告を受けたところまで戻さなければならない。




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