やっと会えたね、王室貴族
王妃になる前に、わたしにはどうしても会いたい人たちがいた。
まずは、王室貴族。次に国民。そして貴族魔法使いと王室魔法使いたちだ。
シュライスは彼らと会うことを承諾してくれたが、表情は硬かった。
とくに王室貴族たちに対しては、国の一大事、ましてや戦争で敗北した国に住んでいるのにも関わらず、文の一通もよこさないことをよく思う人はいないだろう。
けれど、彼らの生き方を否定することはしたくない。
わたしよりも長く、強く、独りで生き、この国を護ってきた人たちだから。
シュライスの話によると、王室貴族はそれぞれの家に滞在しており、国民は母上の持ち家である別邸に軟禁状態、貴族魔法使い、王室魔法使いたち、その臣下たちは全員同じ場所に隔離していると言っていた。
王室貴族はわたし以外に三人いる。
彼らはハーネストという称号を持っていて、ローズリー国内では「大魔法使い」の次に魔力・実力とともに最上位に近い魔法使いでもある。
何代も前の王からルルーシュ家とローズリー国に与し、国の一大事を護ってきた。
その功労を称え、王室貴族として迎え入れられた彼らは国内に領地を与えられている。
地権者でもある彼らと会うのは最優先事項だった。
しかし、相手は何百年も生き永らえた魔法使いたち。
ゆえに、クセも強い。
彼らに会うには相応のマナーと「手引き」がある。
豪華なシャンデリア。
生演奏を奏でるため楽器の調整に入る演奏家たち。
手前には各種お酒が冷やされ、豪華な料理を並べた。
見た目は美しく、華美すぎず、地味ではない程度に。
花は香りの少ないものを濃淡で品よくまとめる。
室内は明るすぎず暗すぎない、けれど静謐な蝋燭の光は忘れずに。
昼間から桜色のカクテルドレスに身を包むのは案外疲労がたまるもので、気を抜くとため息が漏れる。
「王室貴族の方々が到着されました」
その声に立ち上がり、わたしは直立不動でドアの前に身構える。
それほど彼らは緊張する存在だ。
最初に入ってきたのは、色白の麗男子。
腰まである金髪を赤いリボンで束ねている。
彼から漂う品の良いセージの香りがふわりと鼻を掠めた。
「おれの秘密を教えてやる」
わたしが二〇歳になった誕生日の夜。
部屋のテラスに来た彼が、リボンの色が赤い日は機嫌がよくて、緑の日はねむくて、青の日は話しかけるなという暗黙の合図だと教えてくれた。
今日のリボンは赤。
それなのに、眉間に皺が寄っているのはなぜだろう。
「おはよう。リリア」
黒軍服の上着を肩から流しシャツの胸元を大きく開けた姿には、毎度目のやり場に困る。
「ごきげんよう。シドニー・エグバーチ様」
深めにお辞儀をしてから彼を窺う。
綺麗な顔の上明らかに「不機嫌」と太字で書かれた張り紙が見えている。
「ぼくが夜行性なの知ってるよね?」
「・・・・存じております」
「この招聘が昼間じゃなきゃならない理由を三つ述べよ」
「・・・・一、公務のスケジュール都合、ニ、公務のスケジュール都合、三、陛下の命令です」
わたしが陛下と言葉を口にすると、彼の綺麗な顔がどんどん歪み、軽蔑の目線に変わった。
「もうあいつの犬に成り下がったのか」
吐き捨てるようにそう言うと、大きなため息をつく。
そのままソファに座りこみ鎮めるように目を閉じてしまう。
明日は就任式。
今更あがいてもしょうがないだろうと言い返したかった。
でも、シドニーの言うことは尤もだ。
彼への留飲を下げ黙っていると、耳元に「気にしないで。リリア」と囁きが近づく。
「意地悪するなよシドニー。フォースタスからリリアの頑張りは聞いているだろう?」
柔和でやさしい声が場を包み込む。
深緑の髪と同色の大きな瞳。
鶯色の軍服を首元迄きっちりと纏う姿は眩しくなるほど凛々しい。
シドニーのはだけた姿とは大違いで彼に悟られないように見比べてしまう。
「おひさしぶりでございます。ルチア・エデンさま」
目を伏せお辞儀すると、ルチアはわたしをふわりと抱き寄せた。
彼から漂う森の木々や花の香りを彷彿とさせる自然香が鼻をくすぐる。
「‥‥これだけは言わせて?今日まで決断してきたリリアの判断すべてがぼくたちの誇りだ」
おもわず胸が軋み、涙点が潤む。
振り切るように腕の中で見上げると、ルチアが穏やかな笑顔を返してくれる。
彼は争いを好まない穏やかな性格。
感覚や精神がずば抜けて鋭く、繊細な人だ。
繊細な彼の生み出す魔法は独創的で強力なものが多い。
彼もハーネストクラスの魔法で、本気を出せば大魔法使いも手を焼く実力の持ち主。
ゆえに、その力を利用したがる者が彼に近づくことが多かった。
わたしが知っているだけでも、王の暗殺、媚薬の製造、王女の拉致策謀など不穏なものばかりだった。
嫌気がさしたルチアは城を出て森の深い場所に屋敷を構え、以来城に来ることはなくなった。
わたしが寄宿舎に向かう日の朝のことだった。
ルチアが城内に現れたとメイドが話すのを聞いて、彼がいたという庭園に向かう。
バラの花の中で佇む彼の姿は、純白の軍服に身を包んだ正装姿だった。
この国では、祝い事があると必ず白の軍服を着る。
清廉された佇まいに息をのみながら、彼なりのわたしへの門出の祝いなのだと悟った瞬間、胸がいっぱいになったのを覚えている。
ルチアの登場に眉間に皺を寄せたシドニーが、無造作にグラスを掴み、その足で給仕からシャンパンのボトルを取り上げ豪快にお酒を注ぎ込む。
怪獣みたいに大股で歩きながらわたしとルチアの元までくると、なみなみ入ったグラスを差し出してきた。
「リシュア様が来ていませんよ」
受け取るか迷っているわたしにグラスを突きつけたままシドニーは不機嫌そうに口を尖らせる。
「酒でも入れないと気が滅入りそうなんだよ」
ばつの悪そうな顔色でそういうので、受け取らないわけにはいかず、おとなしくグラスを受け取った。
その様子を微笑ましい動物を愛でるように眺めていたルチアがお道化るように話しを切り出す。
「リーガルに攻め入れられたとき、王と王妃の心配よりも、リリアは無事か?!生きているのかぁ!?って。フォースタスに一時間おきに聞きに行っていたシドニーが懐かしいですねぇ」
シドニーを見ると顔が真っ赤になっていた。
慌てるその様子にそれが真実なのだとわかって胸が熱くなる。
シドニーは王室の政策に反対していた。
父上の考える独立国家ではなく、ローズリー特有の魔法の知見を世界中に広げ、知識の乏しい人たちともローズリーの魔法を共有できるようにするべきだと訴えていた。
しかし、王や王妃は、ローズリー固有の財産を他国に流出させることで自国が衰退すると視ていた為、ルチアの提案は却下され続けた。
その主張が災いし、郊外に自分の城を構えて生活することを余儀なくされて以来、彼は城に帰ってこない。
でも、彼は孤城に移って治癒魔法の研究を始めたと聞いた。
万病に効く治癒魔法を魔法を使えない人間でも扱いやすいように「水晶石」に閉じ込め、恵まれない国で病に苦しむ人々に無償で提供する慈善事業に力を注いでいる。
そうフォースタスから報告されたことを思い出す。
今回の戦争にシドニーは参加はしなかったのは知っている。
その理由もなんとなくわかる。
だけど、普段から当たりが強い彼シドニーが、わたしの身を案じてくれていたことに顔がにやける。
「百面相するな。きもちわるい」
「ありがとうございます。うれしいです」
シドニーはツンと顔を横に向けたまま視線だけでわたしを見定めた。
「感謝される覚えはない。戦争に参加しなかったぼくたちは裏切り者だと断絶されても文句が言えない立場だからな。それを謝りたくてきただけだ。国の有事に参加することができなくて、申し訳なかった」
シドニーはまっすぐにこちらを見定めてから頭を下げた。
その曇りのない瞳で、わたしは彼の処遇を決めた。
「シドニー様のご判断は、この先何があっても咎めさせません。それが陛下であってもです」
シドニーが驚いたような顔をしたが、わたしの意志を宿した瞳に打ち返すように炎を宿した瞳に変わる。




