軍に遊びに来ないかと誘われたので、剣持っていきました
シュライスは食事を終えると、行く場所があるとメイドにわたしを託して消えてしまった。
この国の王の命令とは気まぐれなのだろうか。
わたしは、お酒で気持ちがよくなった体をベッドに横たわらせた瞬間、寝てしまった。
次の朝、何の前触れもなく陛下が王妃即位の日どりを決めたと書簡が届く。
昨夜の彼は何も言っていなかったし、そんな素振りもなかったのに。
不思議に思いつつ封蝋を開けると、十二月二十五日。
つまり明日、リーガル国の王妃となると記されている。
わたしの心情としては最悪だった。
なぜって、この日はローズリー建国記念日だから。
ここまで状況が動いていても、未だ味方を捕虜とされている中では策を練ることもできない。
書簡を読みながら、唇をかみしめる。
来るべき日のため静観に努めよう。
そう自分に言い聞かせながら、日々、制定される新しい行事やしきたりに文句も言わずに従ってきた。
もうすこし。あともう少し。そう言い聞かせて。
簡単に妃になってたまるか。
何か考えなければ。
湯だちそうな頭を冷やしたくて、テラスの窓を開け放つ。
緑の匂いと、バラの花の香りを吸い込み、深呼吸してから着替えを始める。
昨夜の約束どおりシュライスは軍の視察に入ったらしい。
なんだか考えることが多くて、自室にこもっているわたしに気を利かせて食事を運んでくれたステファニーが教えてくれた。
食器を片付け部屋を後にする彼女と入れ替わるように、書記官が訪れる。
わたしが首肯し視線だけで応えると、細身の燕尾服を着た書記官が、胸元からメモを取り出して読み上げる。
「陛下からのご伝言をお伝えます。「リーガル軍に遊びにこない?」」
短文且つ端的。
王らしからぬ軽い文言で誘われたことに危うく紅茶を吹き出しそうになったが、静かに飲み下し、咳払いで整えた。
「軍用地は城内のものをつかっているの?」
「さようでございます」
「着替えてからむかいますと陛下に伝えてください」
「承りました!」
書記官が出て行ったあと、わたしは自室のクローゼットを開き中から訓練用の服を取り出す。
上はタフタ生地の黒のワイシャツ。
下はゆとりのある生地の黒のロングパンツ。
紋章の入っていない黒の手袋に手を通し、堅い皮のロングブーツをはいた瞬間。
転生してきて初めて剣の訓練をした日。
父と手合わせをしたことを思い出す。
初めて持つ練習用のブロードソードは幼い体には重すぎた。
けれどこの体自体は剣を持つ筋肉が出来上がっていることがわかったとき、戦に出たことがある体だということを理解した。
幼いころから戦いには慣れているのだ。
この体に恥じないよう試行錯誤しながら鍛錬を積んだ。
けれど、実戦の前では無力だと思い知った。
黒い馬に乗り、金糸の髪を揺らし、甲冑も装備もつけずに戦うシュライスに気圧され足が張り付いたように地面から剥がれない。
体が氷のように硬直し、呪いでもかかったかのように微動だにしない。
散らばる人や馬の屍の中。
返り血に染まる顔で砂糖菓子のように甘く微笑みながらわたしを見つめている。
その狂気じみた姿を見て思い知った。
彼に挑んだら死ぬ。そう体中が叫んでいた。
今回の戦は様子が違う。
軍部の噂を聞いたわたしは、魔法が使えることを理由に王に進言し参戦志願した。
「シュライス陛下は本気でローズリー国を獲る気らしい」
一度流れた噂は瞬く前に世界中に流布した。
城内はおろか国中に暗い影を落とす中でわたしは作戦を練り上げていた。
姉たちには、ローズリーの種を絶やしてはいけないという宿命がある。
彼女たちさえ死ななければ国は何とかなるとおもった。
一回死んだ身だ。転生して死ぬのならじぶんで死に場所くらいは選びたい。
そうおもって覚悟を決めていた。
開戦し、戦場に降り立つと、王であるシュライスを探す。
襲ってくる兵士たちには気絶の魔法をかけできるだけ血が流れないように戦った。
しかし、止む負えず剣を振るうこときもある。
そのたびにおもった。
この命を奪うことに意味はあるのかと。
奪われた命は本望なのかと。
だけど、そんな気遣いや配慮は何の意味もなさないことは、戦禍の波をかき分けた先で思い知ることになる。
戦の前線で立ち尽くすシュライスの目の前にある、息のない二体の亡骸が纏っているのは、ルルーシュ王家の人間しか使うことを許されないバラの紋章が入ったドレスと記章。
それに笑いかけるシュライスの姿こそ、わたしへのこの戦争の答えだった。
あの日以来、袖を通すことがなかった軍服に身を通し、わたしは一人で軍用地に向かった。
軍用地は広大で、馬術、魔術、矢、デュエル、メーデー。
どんな戦闘訓練にも耐えられる特殊素材「鋼心」を先代の魔法使いたちが創り上げ、それを編み込んで建てられた訓練施設だ。
心で錬金するものに対しては比例して精神消費が激しい。
物体の大きなものを創るためには強大な魔力と精神力が必要なのだ。
現在の自分たちでここまでの構造物を創り出せるか。
はっきり言って自信がない。
昔の人たちはすごいのだ。
薄いガラスでできたドーム状の屋根。
外観は白亜に金で装飾された荘厳な雰囲気の施設の中に入ると、覇気のある掛け声が耳を貫く。
声のする方に目を向けると、鬼気迫る顔で剣を振りかざしている。
その後ろには、剣を携えた騎士たちが並んでいる。
彼らの並ぶ先頭には、ブランデンブルク飾りが施された黒軍服を纏ったシュライスがいた。
ブロードソードを構え、彼らの練習相手になっているようだった。
その傍らでは、ファウスト先生が、ひとりひとりの構えを直しながら指導していた。
二人の背後に佇んでいるフェレスは、鋭い眼光を向けながら全員を見渡している。
汗だくで向かう騎士の顔を見定めながら、彼らの太刀筋を優雅に交わす。
そのシュライスの姿は、代名詞のように形容される「貴公子」そのもので、納得してしまうほど優美だ。
「動きにムダが多い。重心を真ん中に。切っ先ではなく視線を見ろ」
「はい!ありがとうございました!」
「つぎ!」
剣を振り下ろすと、シュライスがこちらに視線を向ける。
すると、花が咲いたような表情に変わった。
おもわず胸がはねる。
・・・・なんだか恥ずかしい。
「来てくださったのですね、リリア王女。ご機嫌いかがですか?」
彼の言葉にその場にいた人たちが一斉に拳を胸に置き敬礼する。
彼が白といえば白で、黒と言えば黒なのか。
にこやかなシュライスとは正反対に、漂うこの違和感。
その正体は、「捕虜がきた」としか思われていないという明白な意志だ。
敬礼しつつも、薄く開かれた訝しむ目がそう語っている。
「終わったらそちらに行くよ」
「陛下」
一歩前に出でたわたしにシュライスの声音が変わる。
「如何いたしましたか?わが姫君」
「皆の最後に、わたしの剣のお相手を願えますか?」
室内にいた騎士たちがどよめき、ひそひそと話し始める。
奇怪、悪意、善意、嘲笑。
女風情が。敗戦国の身で。
にやりと厭らしく笑う者。
吹き出して笑う者。
蔑まれたのは明白だ。
それらが膨らみだし、針の雨となってわたしに注がれるのを覚悟した瞬間、「静まれ」と、一喝する声が響く。
「おまえたちは何に勝ったつもりだ」
聞いたことがないくらい低く、威圧する声で述べたシュライスを前に、室内が凪をうったように静まり返った。
「そこにおられるリリア・ルルーシュ王女は、この広大な国を数百年に渡って守られてきた一族の末裔。三王女の中で唯一戦場に赴き、戦火の中で自国の為に命を賭して勇敢に戦った。リリア王女はまもなくハイム家の威光となる。おまえたちの中にある騎士魂と同種の気高さをもつ彼女を否定することは、ソレイユ軍の騎士であるという誇りを放棄することであり、ハイム家を愚弄することと同義。なによりも、騎士である前に女性の内証を慮れない輩などわたしの軍には不要だ。異論があるならば名乗り出るがいい。わたし自ら沙汰を申し渡そう」
騎士たちは物音ひとつ立てずに王の言葉を聞いていた。
その反応にシュライスはにっこりとほほ笑み、軍服の袖で剣を撫でつける。
フェレスが近づき、彼の前にひざまずくと、その姿を見やりながら平淡な視線を彼に注ぎため息交じりに言葉を零す。
「ずいぶん士気が乱れているようだな」
「不徳の致すところでございます」
「アーサーはこの状態を看過しているのか?」
「報告は上げております」
「帰ったらお仕置きだな」
小声でのやり取りを聞いていると、ファウスト先生がわたしの肩を優しく撫でながら心配そうに声をかけてくれた。
「だいじょうぶですか?」
「はい。なんとか」
大丈夫、とは言えなかった。
嘲笑われ、罵声を浴びせられる経験値が少ないだけ。
そう言い聞かせても、心臓の早鐘の音は治まらない。
彼から発せられる言葉の数々を反芻すると胸が苦しくなった。
彼が擁護してくれたうれしさからなのか、悔しさからなのか。
僅かにこみあげる涙をこらえながら、わたしは三十一人目として列に並んだ。
前に並ぶ見る騎士たちの姿に新鮮味を感じた。
いつもは面と向かって戦うものなのに、背後から彼らを見るのは不思議な感覚だ。
戦場で戦ったはずの敵国の戦士たちが背中を許し、わたしも彼らに背中を見せている。
傍からこの状況を見たら、ローズリー国の人はどう思うだろうか。
情けなく思われるだろうか、国の恥だと言われるだろうか。
そんなことを考えている間も、シュライスはアドレナリンが滾った兵士たちの茹るような熱気にひるむことなく、 彼ら一人一人の顔を見ながら丁寧に相手をしている。
「リリア王女さま・・・・」
かけられた声の元に振り向くと、数人の騎士が恭しく頭を下げていた。
その顔は申し訳なさそうな、不安そうな、そんな顔だ。
「さきほどの仲間の無礼、お許しください」
「戦後も我々は家族や身内に会えないまま城内待機を命じられております。それゆえ、ストレスで情緒が乱れている奴も多くて・・・・」
「我々ソレイユ軍は、リリア王女の護衛も仰せつかっております。誰一人としてあなたを蔑み、辱めるような騎士はいないことを断言いたします」
「仲間の愚行をお許しください」
口々にそう言う言葉と、心からの声色に、わたしは胸を打たれていた。
今日まで、リーガル国の騎士たちを人間ではないと思っていた。
戦場での彼らは、獣のように剣で突き立て、無慈悲に攻撃魔法を放ち、国中に咲いていたバラの花を踏みつけ、女性や子供の悲鳴に手を差し伸べる気概さえ持ち合わせていないのを見ているからだ。
でも、それはお互い様。
わたしも、確かに魔法を放ったし剣で刺した。
敵意をむき出しにし、自国を守るために命を張った。
彼らにも家族はいて、子供がいて、友達がいて、愛する人がいる。
それらを奪われた人もこの中にはきっといる。
こんな単純なことをいまのいままで忘れていた。
「だいじょうぶですよ」
そう答えると、彼らの顔に晴れやかな光が差し込んだのを見たら、わたしの心も「大丈夫」になった気がした。
三十人目の番目の騎士が目の前で剣を構えると、シュライスが剣を構える。
「お願いします!」
騎士はそう叫ぶと、シュライスに向かって走り出す。
剣は明らかにシュライスの首を狙っていた。
「はぁぁぁっ!」
自分を鼓舞するような大きな掛け声とともに剣を振りかざす。
しかし、早々にシュライスに跳ね返され、焦りの色を滲ませていた。
次の手を考えていなかったのか、剣の矛先に迷いが出始める。
その隙をつき、シュライスは男の体に体当たりし、互いの剣と剣をギリギリと音を立てながら交差させた。
「迷ったら相手の腹にはいって呼吸音を聞け。真の覚悟がないものは乱れている。そうなった者は、必ず殺せる」
シュライスの言葉にはっとした顔をした騎士は、一層剣に力を込めた。
しかし、騎士の目はシュライスを視てるようで、忙しなく黒目は動き逡巡しているように見える。
その迷いの不意を突き、シュライスが圧するように剣気をかけた。
気圧された騎士はしりもちをつく形で床に転がる。
一瞬の出来事で、わたしも周囲も唖然としていた。
本人も何が起きたかわからないと言った顔で瞠目していたが、態勢を切り替え立ちあがりおおきな声で叫んだ。
「ありがとうございましたぁ!」
弾む声で去る彼を見送った後、シュライスの瞳がわたしを見定めた。




