男の園の聖女様(1)
看視しろ、それは命令だった。雇い主の親友だかなんだか知らないが、顎ひとつで格下を御する才を持つ王子に逆らうほどの気概はロメオにはなかった。まず、体力がない。その理由は明白だ。
「おれ、何キロ歩いたんだ?てか、なんで歩いてるんだ?」
それは、途中で金が無くなったからだと思い返してがっくり肩を落す。
ミュゲ国を出立した後、リーガル国に戻ってロイド王子の命令通りに動いた。この時点で精魂尽き果てていたロメオだが、間髪入れずに主からの命令が下った。風呂にも入れず、ろくに栄養補給もさせてもらえず、リーガルの騎士に護衛されながらも、この国を前にして手のひらを返したように国境で放り捨てられた。そこから先は、馬車を捕まえて乗り込んだり、途中にいた馬に乗せてもらったり。紆余曲折の果て、やっとの思いで行けと命令された国にたどり着いたばかりだ。
「まぁ。仕方ないか」
リーガル国の騎士たちさえ畏怖させる力をもつ国。できれば理由を作ってでも来国したくはないのが他国の本音だろう。わからなくもない。おれだっていやだ。心の中で愚痴りながらも口が滑る。
「間者に流してまだ数日だろ?女の動向を見ろとか、聖女へ密勅を渡せとか。人使い荒いっすよ、アルド様ぁ」
ミュゲ国でロイドが飼った女をガルディア国に間者として流す。その看視を任されたことを報告するや否や、アルドからの命令がガルディア国に向かえと返されたことに、ロメオは根っからの正直気質な自分を恨んだ。だが、愛する主の頼みだ。断る義理はない。ポケットからくすんだ紙切れを取り出すとロメオは羅列された文字を読み始めた。
「聖なる水と聖なる土地で出来上がった国。外交や貿易すら開かず鎖国の中で発展し続けた。だがその実、不幸な顛末や天涯孤独な身の上の男の移民を主な聖職者として迎え入れるという奇特な集権方法で人を増やした。この国の権威は絶対的な既得権益とされ、サグラダの火の元で聖女の下したお告げに逆らうことはできず、そこに例外はない。聖なる帝国を築くガルディア国の女帝テレーズ・サントリアが治める国‥‥かぁ」
小さくちぎった紙に書かれた国記を読み上げながら辺りを見回すと、その国情に息を飲んだ。
浜砂のように滑らかな粒を足で蹴りながら進む。湿度はなく、底冷えた気候の中、大理石で作られた家が連なっている光景は圧倒的だった。等間隔で規則正しく並べられた石畳、温度も濁りもない純白な石が段々畑のように続いている。壮観な建物の先に鎮座するのは、聖女が住まう聖堂、そして、世界の命運を示しているという聖火サグラダが祀られているという大聖堂が聳え立っているのが見える。
「世界の灯が消えたとき、この世界も終わる‥‥か」
幼い頃に誰かが言っていた。ガルディア国に手を出せば必ず天罰が下ると。そして、未来永劫、子々孫々に至るまで不幸が続くことになると。ロメオは、それが迷信ではないことを大人になってから思い知らされていた。
「ガルディア国を他国の侵攻から護る国はサグラダの火によって選定され、それは神の声として通達される。通称聖騎士団は、戦の度に代替わりし列強国が担う事が多いが、ここ数年はリーガル国一強だった‥‥それも妙な話だったが」
敗戦した国はすべて滅んだ。それはリーガル国がやったのではない。その原因もまた摩訶不思議だった。疫病でもない。政治や権力闘争でもない。財政破綻、そうでもなかった。
「国に置いて男は柱。彼らがいなくなれば国は成り立たなくなる。未婚、既婚、若者、中年、老人関係なく男のみが国から消え、国が滅んだという奇妙な噂は本当なようだ」
ロメオの横を顔からつま先まですっぽり白いローブを身を包んだ聖職者たちが横切っていく。列を成して蠢くように進む様は、普段単独で動いているロメオには異質に映った。
「おまえたち、聖職者セミネールってやつか?」
揶揄るように告げると、ローブの中で彼らの意識が僅かに反応した。ロメオは親し気な笑みを浮かべながら近くに居た者の肩に腕を置く。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど。大聖堂はどっちにいけばいいんだ?」
ロメオの視線の先には清々しいほどの一本道しかない。そのまま進めば大聖堂に着くことは誰が見ても明らかだった。
「何者だ」
静かな怒りを滲ませた男の声が返ってきたことに、ロメオはシメたと言わんばかりにほくそ笑む。
「聖女様に会いたくてさ?」
「観光客か?」
「あー‥‥まぁ。そんな感じだ」
「聖女は祈祷で忙しい。謁見は月に一度。満月の日に行う」
「祈祷?なんだ、この国で疫病が流行ってるのか?」
冗談めいた口調が気にくわなかったのか。それとも外国からの客が気に入らないのか。男は目深にかぶっていたフードを僅かに上げながら半月のように黄色い瞳孔を細めながらロメオを睨みつけた。
「おまえたちが‥‥世界を汚しているからだろうが」
怨嗟を吐くように苦苦しく言う男の目を眺めるロメオの口端が「面白い」と言わんばかりにつり上がる。
「へぇ。世界が穢れると、聖女様が動くのか?」
「そうだ。リーガルの侵した戦争のすぐ後、サグラダの火が弱くなった。あの火が消えれば、世界は終わる。お前たちもタダでは済まされない」
「この国以外はみんな汚れてるって言い方だな?」
「当たり前だ。わがガルディア国は秘匿圏域。悪の繊毛一本すら入国させていない」
気が付くと、男背後から白装束を身にまとった人影が集まりだしていた。目深に被ったフードの奥から覗く眼光は、目の前にいる男と同じように半月状の瞳孔が弓のように撓りながらロメオを凝視していた。
「おまえたちが聖職者セミネールとかいう聖女様の従者か?」
「従者ではない。聖侍だ」
胸を張って言い切った彼らの眼光に光が宿る。その呼び名すらも聖女から与えられた矜持なのだろう。彼らの命運すらも支配下に置いているのが分かった。それは、盗賊団の頭を経た経験則だった。ロメオは、淀むことなくまっすぐな彼らの人ならざる目に挑むように見据えた。
「ガルディア国守護聖騎士団リーガル、ロイド・ハイム王子の命で来た。教祖様の元へ案内願いたい」
フードの中の顔色が騒めきだす。口々に何かをつぶやく有象無象の中から現れた男がフードを降ろした。黒曜石を彷彿とさせる瞳の奥からは見た目の線の細さと相反した精悍さが伝わってくる。艶やかな黒髪は人形のように切りそろえられ、抜きん出たオーラを漂わせている。
「ガルディア国の奉祀官を勤めております。他国の名で称するならば、宰相とでも言っておきましょうか。ユリスと申します。命状はお持ちですか?」
「いや。だが、これを見せろと言われた」
直接勅状を見せるな。ここに来るまでの間に騎士たちに昏々と諭されていたロメオは、窮地に場面に出せと渡された指輪を見せた。シュライス陛下の私物のシグネットリングらしい。刻まれた紋様を凝視し隈なく眺めながらロメオへと視線を移すと、漆黒の瞳を値踏みするように細めた。
「あなたは‥‥リーガルの?」
「見えない?」
「えぇ。素養が粗野に見えるもので」
「おーおー。言うねぇおかっぱ頭」
「‥‥」
冗談は通じないことを肝の銘じておこう。ロメオが固く誓いを立てる横でユリスは小さくため息をついた。
「まぁ。いいでしょう。顔は問題なさそうですし。言葉を慎んでいただければ」
「顔が問題ないって?どういうことだ?」
「聖女様は醜男がお嫌いなのです。見目麗しく、高貴で、端正な者しか視界に入れませんので」
「‥‥まじで?」
「まじです」
「それって‥‥老若関係なく?」
「はい。美男、美形しかこの国にはおりません」
言い切るおかっぱ男、もとい、端正な顔の黒髪の奉祀官は、ロメオを見切るなりついて来いと言わんばかりに道の先へと進んでいく。
「男がいなくなるって‥‥そういうこと?」
背中に嫌な汗をかきながらも、ロメオは彼の背中を追った。




