第56話 悪役アビロス、ハチを撃退する
「あ、アビロスさま……前方から魔物が接近してきます!」
「よし、全員戦闘準備だ! エリス! 数と魔物の種類はわかるか!」
「は、はい。えと、2……いえ3体です……おそらくはフォレストビーです」
フォレストビー、ハチ型の昆虫系魔物。魔物の森では低ランクのモンスター。いわゆるザコモンスターだ。
「みんな、低ランクモンスターとはいえ油断するなよ」
「アビロス! きます! ……っ! 大きい!?」
ステラが驚きの声をあげる。
上空から俺たちに接近しつつある3体の魔物。あれはフォレストビーじゃないな。
ジャイアントビーか……
フォレストビーの上位種。その体躯はフォレストビーの5倍以上、本来であれば奥地に行かなければ出現しない魔物だ。
「う、うそ……なにあれ? フォレストビーじゃない……」
エリスから震えた声が漏れる。
「アビロス、想定外の魔物です。【結界】を張りますか?」
ステラがエリスとブレイルに一度視線を向けてから、俺に確認を取る。
「いや、ここは全員で戦おう」
ステラの【結界】は強力だが、結界内部からはこちらも攻撃ができなくなる。それに発動に時間がかかるし、ステラ自身が動けなくなる。
ブレイルとエリスには荷が重いと感じたのだろう。
が、ここは全員で乗り切る場面と考える。
「エリス、後方に下がれ! ステラはエリスの傍に! ブレイルは俺と前衛だ! 気合入れろよ!」
「う、うん。アビロス君、僕頑張るよ!」
よし、いい顔だ。主人公らしさが少しづつ出てきたぞ。
ブブブ―――と、気味の悪い羽音を鳴らしながらこちらへ降下していくる3体のジャイアントビー。
なんだ? やけに動きがおかしい?
それによく見ると羽や胴体に無数の傷跡がある。
「手負いだ! みんな気をつけろ!」
手負いの魔物はより凶暴性が増している可能性が高い。
「あ……ああ……」
エリスの声?
なにをやっているんだ。まだ後方に下がってないのか。
「エリス―――!?」
俺がエリスの元に駆けつけた瞬間、ジャイアントビーが発光してなにかの魔法が発動した。
「錯乱の霧か―――!?」
周辺に立ち込める霧、俺たちの視界は完全に奪われた。
ジャイアントビーはその触覚がアンテナとなり、霧の中でも自由に動ける。
「ステラ―――! 大丈夫か!」
「アビロス、こちらは大丈夫です! ブレイルさんと共に周辺を警戒しています!」
とりあえず2人は無事らしい。
しかしこの霧……ジャイアントビーがどこにいるかまったくわからん。
「エリス、探知魔法で敵の位置をさぐれるか!」
「………」
「エリス?」
ブブブ―――
ブブブ―――
魔物の発する独特の羽音に、エリスの顔がどんどん青く染まっていく。
―――ひどく怯えている。まあ魔物自体をはじめて見たのならしょうがない。
こうなったら、ジャイアントビーから仕掛けてくるのを待つしかないか。
「エリス、絶対にそこを動くな―――」
俺はエリスの前に立ち、【ダークブレイド】を構える。
いや……待てよ。
「―――ブレイル! 聞こえるか! ライトスラッシュを叩き込め!」
「え? でも魔物がどこにいるかわからないよう! アビロス君!」
「当たらなくてもいい! ただし―――思いっきりいけ!」
強烈な光を放つライトスラッシュなら、一時的だが周辺の状況を確認することができるはず。
「う、うん……わかった!」
いつもの掛け声とともにライトスラッシュを放つブレイル。
光の斬撃が周辺の霧を散らして、周辺を照す。一時的に視界が開けたぞ。
「フシャァア……!」
魔物が苦痛の悲鳴を漏らした。
ブレイルの斬撃はジャイアントビーの腹部を切り裂いていた。
ちょうど攻撃しようと接近していたのか。それとも主人公チート補正が働いて命中したのか。
「―――えいっ!」
すかさずステラが聖杖で、ジャイアントビーの脳天を叩きつけてとどめを刺す。
残りの2匹は―――
――――――そこか!!
瞬間、俺は地を蹴り一気に間合いを詰める。
「―――重力付与剣!」
俺は重力を付与した【ダークブレイド】でジャイアントビーの首を斬り落とした。
最後の一匹が上空に退避しようと羽音を増したが。
飛ばさねぇよ―――
「漆黒の闇よ、その禍々しき黒で押しつぶせ。
―――重力増魔法!」
重力により飛び立てなくなったジャイアントビー。
俺は即座に【ダークブレイド】を投げつける。
「フシャァアアアア!!」
脳天に剣が命中して、断末魔の叫びをあげるジャイアントビー。
ズーンと言う音と共に地に崩れ落ちた。
「ふぅ……みんな大丈夫か?」
「あ、アビロス君~~ぼ、ぼくなんとかやれたよ~~」
「ああ、ブレイル。良くやった!」
ハハッ、主人公。今回は怯まなかったな……本当に良く頑張った。
不格好ながらもライトスラッシュを使用した攻撃。
それにまぐれかわからんが、魔物にダメージも与えた。
「えへへ~~アブロス君に褒められた~~」
いつもの能天気に戻りはじめているな……まあ今日は大目にみてやろう。
「エリスさま、大丈夫ですか」
ステラに介抱されるエリス。
ぐったりとしてるが、命に別状はないだろう。
俺はジャイアントビーの頭部から剣を引き抜きつつ、思考を巡らせる。
原作において1つ目のイベントはフォレストビーの来襲だ。
野営中に複数のフォレストビーが襲い掛かり、これを撃退するというもの。
しかし、来襲したのはジャイアントビーだ。来襲場所も微妙に違う。
「アビロス、なぜこのような魔物が野営地付近にいたのでしょう?」
「理由はわからないな……だが人を襲うために出てきたのではなさそうだな……」
「ジャイアントビーが出てきた方角は、魔物の森の奥です」
そう、ステラの言う通りだ。俺たちを襲うために飛来したというよりは……何かから逃げてきたような。
「アビロス、森の奥地で何か異変が起こっているのかもしれません」
「そうだな、ステラ。とにかく水を確保しよう。野営地に戻ったら先生に報告だ」
「ええ、なにも起こらなければいいのですが……」
なにも起こならければか……
原作2つ目のイベントが今回のメインイベントだ。
森の探索中に魔物が現れる。森といっても外周部で軽めの魔物討伐予定なのだが、そこへ奥地の魔物が出現する。
その奥地の魔物は「ジャイアントビー」
だがジャイアントビーはすでに現れて、俺たちに討伐された。
ってことは……
それ以上の魔物が出現するってことなのか?
まあいい。
ストーリー改変でイベント難易度が上がっていたとしても―――
悪役アビロスのレベルも上がっているからな。