第54話 悪役アビロス、大岩をぶった斬る
馬車が急停車したかと思うと、頭上から唸るような轟音が耳を貫く。
「あ、アビロス! あれは!」
「ああ、これはヤバいな」
大きな揺れと共に、アダマイトの大岩が谷底にいる俺たちに向かって落下してくる。
これはゲーム原作でも発生するイベント「大岩シューティング」だ。
原作ではシューティングゲームの画面に切り替わり、上から落ちてくる岩を斬撃を飛ばしてバシバシ打ち落とすという、ちょっとおふざけの入ったイベント。
が、ここは現実世界だ。
当然ながらお気楽なシューティング画面になど切り替わらない。
ってことは―――
ガチの大岩が落ちてくる――――――って。
――――――デケェ!!
なんだあの大きさは! 落石にしてもデカすぎないか!?
しかも、1つどころではない! ゴロゴロ落ちてきやがる!
ゲーム原作であれば、シューティング画面をクリアすれば、主人公であるブレイルが【ライトスラッシュ】で見事大岩を両断するというシーンに切り替わるのだが……
ハハッ、ちょうどいいじゃないか。ブレイル! 訓練の成果を見せるときだぞ!
……って!
おい、ブレイル……おまえ……
「ブレイル! 剣はどうした!!」
「ええ~~バックパックの中だよ~~」
―――バカ野郎ぉおお! 武器は常に携帯しておけよ!
ブレイルを待っている時間はない―――
俺は素早く【ダークブレイド】を抜いて、馬車から勢いよく飛び出した。
「アビロス―――支援します!」
「アビ―――わたしもやるぞ!」
俺と同じく初動の速いステラとマリーナ。
「よし―――絶対に防ぎきるぞ!!」
ここの大岩はアダマンタイトを多く含んでいる。つまり硬いってことだ。
なので生半可な攻撃は通用しない。
出し惜しみなしだ―――
「ぶっ壊れろ!―――上級重力付与剣!!」
眼前に迫る大岩に、超重力で加速された斬撃が叩き込まれる。
大岩は盛大な轟音を響かせて、バカっと真っ二つに割れた。
チッ―――粉々には出来なかったか!
が、すかさず両脇から追加の攻撃が飛んでくる。
ステラの放つ、聖属性魔力弾の束が―――左の破片に。
マリーナの打ち込む炎の突きが―――右の破片に。
大岩を完全に粉砕する。
ハハッ、やっぱこの2人は凄いな。頼もしい限りだ。
さて―――どんどんいくぜぇええ!!
俺とステラ、そしてマリーナは存分に己の力を振るった。
「ふぅ……あらかた防ぎ切ったか」
「ええ、アビロス。お疲れさまです」
「ハ~ハッハ、アビ。いい運動になったな」
馬車の隊列を見る限り、死者やけが人も出ていない様子だ。
他のチームからも何人かは外に出て対処していたようだが、それもわずかな人数だ。
生徒の中では、俺たち3人が抜きんでて対応していたのは間違いない。
ちなみにはるか上空にまで飛んでいたのはラビア先生だ。
1人でばっこばっこと大岩を叩き潰していた。
やべぇ……やっぱりとんでもない人だ……
俺たちは自分の馬車に戻り、みんなの安全を確認する。
ナリサとウルネラは、馬車がすぐに出発できるよう整備をしてくれていた。顔色は良くないが、恐怖に怯えながらも自分たちの出来ることを頑張ったのだろう。
そして馬車の片隅で震えている少女―――
「エリス、大丈夫か?」
「……はい」
「ケガしてないな?」
「は……はい……」
マリーナが駆け寄りギュッと抱きしめた。
完全に放心状態だ。まああんな常識外れの岩が落ちてきたんだ。仕方ないだろう。
あともう一人。
「ブレイル、武器は常に携帯しておけ」
「う、うん……ごめん……アビロス君」
ブレイルは抜刀して馬車の前に立っていた。
「ブレイル君は、ずっと剣を構えてましたよ」
ナリサが脇から口をはさむ。
ハハッ、馬車の外で構えてたのか。
まあ進歩はしたか。以前のブレイルならアワアワして、馬車に隠れていただろう。
「ブレイル!」
「な、なに? アビロス君」
「―――次は遅れるなよ」
「う、うん。わかった」
改めて感じたことだが。
ゲームの世界観をそのまま現実に持ってくるってのは、想像以上にハードだな。
今回のイベントは、ゲーム原作だとおふざけ要素の入った軽いイベントだ。
だが、そのおふさげは現実になった瞬間に恐怖の現場と化した。
もし俺がただのやられ悪役だったら。
ステラやマリーナが原作を超える成長をしていなかったら。
ラビア先生が学園に、いやこの隊列にいなかったら。
―――たぶん普通に全滅だ。
エリスやブレイルの反応は普通なんだろう。
だが、いつまでも普通じゃダメだ。
この演習で変わってもらうぞ。
とくにブレイル――――――主人公であるおまえは絶対だ。