第51話 悪役アビロス、主人公と第4王女を鍛える
「―――よし! ラスト1周!」
「は、はいっ! アビロスさま、はぁはぁ」
「も、もう無理だよ~~アビロス君~~はぁはぁはぁ」
「ブレイル! 泣き言を言うな! 気合入れろ!」
ぜーはー言いながら必死に校庭を走る、第4王女のエリスとゲーム主人公のブレイル。
野外演習イベントまであと1週間。俺はブレイルとエリスを鍛えることになった。
やる以上は王女だろうが手は抜かない。
というか、今のところエリスの方が根性をみせている。
今まで引きこもりの温室育ちだったろうに、可愛い顔を歪めて最後まで走り切った。
そして、遅れてブレイルもゴール。
「エリス、ブレイル! 良く頑張った!」
取り合えずは褒める。本当はあと100周ぐらいさせたくてウズウズしているのだが―――
そんぐらいしないとウォーミングアップにもならないと感じるあたり、ラビア先生の地獄鍛錬を受けすぎた影響だろうか。
体も温まったところで、俺たちは学園の訓練所に移動する。
ここなら万一の事があっても命の危険はない。
「よし、次は実戦形式で俺と戦ってもらう! といっても俺はここから動かない。さあこい!」
俺の言葉と共に、エリスが後ろに後退して魔法詠唱を開始する。
―――なるほど、遠距離型の魔法が得意か。
自分の間合いを取る、すぐに詠唱に入る。1つ1つの動きに雑な部分は多いが、心構えはよい。
正直慣れないランニングの直後で疲れ切っているのだろうが、それをおしても頑張っている。
「氷の精霊よ、その凍てつく槍で敵を突け
―――二連撃氷結槍魔法!」
連撃か!
エリスが放った2本の氷槍が俺めがけて飛んでくる。
ならば―――
「漆黒の闇よ、その黒き炎で焼き尽くせ!
―――黒炎球魔法」
俺の放った黒炎が1つ目の氷槍を砕き、その勢いが衰えぬまま2本目に激突する。
キラキラと氷の破片が周辺に飛び散った。
「そ、そんな~~」
黒炎一発で、2本のアイスランスを防がれたことにショックを受けるエリス。
魔力の練り方が俺に比べてまだまだ甘いので、当然の結果。だが、これに関しては訓練を積めばいい話で、それよりも連撃を使えるとはたいしたものだ。
そして―――
エリスの後方から迫りくる黒炎。
そう―――実はおれも密かに連続で黒炎を放っていた。
エリスはアイスランスが盛大に砕けたことに目を奪われ、もうひとつの黒炎が後方から回り込んでいることに気がついていない。
可哀そうだが、こいうことを学ぶのが今回の訓練の目的でもある。
野外演習では不測の事態がいつ起こるかわからんしな。
さて、あと少しで着弾―――!?
エリスが何かに気付いたそぶりを見せて、慌てて左に移動する。
避けただと―――!!
が―――
「―――ひゃん!」
避けたのはいいが、距離が足りない。黒炎が地面に着弾した衝撃余波で、吹っ飛ばされて尻もちをつくエリス。
いや、間違いなく黒炎の接近には気づいていなかったはず。
なら、なんだ?
「いたた……ちゃんとわかってたのに……」
わかっていただと?
よく見ると、エリスの周辺を複雑な魔法陣がグルグル周回している。
これは……もしかして……
「探知魔法か、エリス?」
「あ、はい、アビロスさま。わたくし地図を見るのが大好きで……毎日眺めていたら、いつの間にか頭の中にも周辺の地図が浮かぶようになって……ビックリして色々調べたら探知魔法ってことがわかったんです」
マジかよ、原作でも探知魔法の使い手はごくわずかだ。
エリスは本来、戦闘には参加しないキャラ。
もしかしたら俺の【闇魔法】と同じように、設定上のみ探知魔法が得意とか書かれていたのだろうか。
「そ、そうか……すごいぞ! エリス!」
「え……アビロスさま? でも結局は吹っ飛ばされちゃいました。やっぱり役立たずです……グスン」
「何を言ってるんだ! 探知魔法の使い手はほとんどいないんだぞ! 凄いことなんだ!」
これは思わぬ誤算だ。探知魔法は今度の野外演習でも間違いなく重宝される。
吹っ飛ばされたのは仕方がない。ろくに訓練も受けてないのだ。探知と現実的な回避はまた別物だ。
俺の言葉に目を白黒させているエリスに再度伝える。
「エリス、おまえの力は凄い――――――自信をもっていい」
「アビロスさま……そうなんですね……良かった。お役に立てるんですね」
よし、エリスは魔力制御と体力作りを中心に訓練すればいいだろう。
わずか1週間では大きな変化は期待できないだろうが、きっかけになればいい。
この力はエリスの支えになるだろうからな、在学中もその後の人生においても。
―――さて、となると、問題はこっちか。
「ブレイル! いつまでへばっているんだ!」
ふぇええ~と情けない声を出して、立ち上がるゲーム主人公。
主人公ムーブの欠片もない所作だ。
クソ、ストーリー改変で最も変更が入ったのは、このブレイルなんじゃないかと思うよ。
「さあ! ブレイルかかってこい! 早くしないと日が暮れるぞ!」
「わ、わかったよう~~」
意を決したのか、抜刀して一呼吸するブレイル。
「たたた~~~」
でた! なんだその走り方……
「とおっ!」
なんだその踏み込みと、大振りは……
「―――ふぎゃんっ!!」
俺はブレイルが剣を振る前に、パンチを腹部にお見舞いした。
ビックリするぐらい軽く吹っ飛んでいく。
【闇魔法】で重力を付与してもいない、ただのパンチで。
クソ……地下室での戦い通りなのかよ。おまえは本当にこんな程度のキャラなのか?
仕方ない。あまり気は進まないが……
「おい、ブレイル! さっきからなんだ! おまえ、ちゃんと母親のおっぱい飲んで成長したのか!」
「え……アビロス君……なに……」
「だから、おまえの母親からちゃんと栄養はもらったのかって聞いてんだ!」
「当たり前だよ! おかあさんは僕を必死に育ててくれたんだ!」
ブレイルの顔色が変わった。
ブレイルは母子家庭のはず。そして原作通りならば母親をとても大事にしている。
「ハンッ! どうだかな。おまえの母親が不甲斐ないから、おまえはチビなんだよ」
「いくら大親友のアビロス君でも……言っていい事と悪いことがあるよ……」
ブレイルが再度剣を構えなおした。
先程とは雰囲気が違う。
「うおぉおおお―――!」
先程同じような走りだが、今回は迫力が違う。がむしゃらだ。
そうだ――――――思いっきりこい!
「とぉおおおお!!」
同じ掛け声、素人同然の大振りだが―――剣が光ってやがる!
素手の対応はマズイ!
俺は【ダークブレイド】を抜いて、ブレイルの一刀を正面から受ける。
―――重いっ!
そして……
くっ……【ダークブレイド】の吸引が発動しない!?
相手の魔力・攻撃力を僅かではあるが吸収して俺にプラスする特殊効果が、無効化されている。
【栄光の斬撃】か―――!!
【光の終撃】が回復不可のダメージを与えるのに対して、【栄光の斬撃】は相手の特殊攻撃及び付加効果を全て無効化する、これまた主人公専用のチート攻撃だ。
チッ……だが、いくらでもやりようはある!
「―――わわっ!」
ブレイルが急に体勢を崩して、右側にスッ転んだ。
俺が右のローキックを叩き込んだからだ。
ふぅ……そう簡単にやられるかよ。
「ふわ~~やっぱり、アビロス君にはかなわないや……」
そんなセリフを吐くブレイルの声を聞きつつも、俺の視線は剣を握っていた手に。
手の痺れが抜けねぇ……
ハハッ、これが主人公の力か……
安心したぜ……能力値の改変なんかされてねぇ。
主人公スペックは健在だ。
「アビロス君~~なんか僕、一瞬だけど思ったように動けたよ~~」
無邪気に喜びやがって、それがおまえの本来の力なんだよ。
「ブレイル、悪かった。おまえの母親に対して失礼な事を言った」
「いいよ。謝ってくれたなら~~大親友のアビロス君だし」
こちらの気も知らずに、満面の笑みで答えるブレイル。
複雑な気分だ。将来最大の敵になるかもしれない奴を鍛えているんだからな。
だが、俺だって地獄の鍛錬を積んできたんだ。
ハハッ、久々にゾクゾクしてきやがった。




