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悪意の極意  作者: メイズ
11/13

Revealing Personal Anecdote8〈本音を見つめてみようか〉

 ───My mom used to have absolute power over me.




「遅い! もう6時を2分過ぎてる!」


 朝、自室から階段を下りるとお母さんが待ち構えていた。


「ごめんなさい。夕べは塾で帰りが9時過ぎてたし、宿題も学校のも塾のも多かったし、夜中の1時までかかったから眠くて‥‥‥」


「言い訳は無用なのよ? 遅れた分早くしなさいッ。それに、この間の英語のテストは89点だったわよね? 80点台なんて恥ずかしいこと。最近たるみすぎじゃないの? 中2は学力の差が一番開いてしまう時期だっていうのに。こんなんじゃお向かいの沙也加ちゃんに負けてしまうじゃないの」



 痛ッ! 私は脇腹をギュッとつねられた。この調子で私の体は小さなアザだらけ。


「サッサと顔を洗って朝ごはん食べなさい。シイタケも残したらダメよ。お母さんは真希のために栄養を考えて作っているんだから」


「‥‥はい」


 私は生活の全てを母親に管理されていた。


 ───お母さんは私のために頑張ってくれてるんだ。私に期待して。私の将来のために。私は辛いけど、お母さんだって大変なんだ。頑張らなきゃ。


 そう思って頑張っていた。



 けれど。



 ある日お母さんは、沙也加ちゃんからお誕生プレゼントで貰ったうっすら色付きリップクリームを私の制服のポケットから発見して、激怒した。 


「なんであんたはこんなモノを! ‥‥ガキのくせに色気づきやがってッ!」



 私はいきなりビンタされた。なんで? 友だちはこんなのみんな普通に持ってるし、使ってる。


「お前は何しに学校へ行ってるんだ? 男漁るためかッ? これは自分で買ったのッ?」



 何なの? 私がほんの少しだけおしゃれな物を持っただけでこの言われよう。男をって‥‥? これくらいは校則内だし、女子の間で流行ってるだけなのに。


 涙が溢れて来る。ジンジンする頬が熱い。


 沙也加ちゃんに貰ったって言ったら、お母さんは沙也加ちゃんちに文句言いに行くかもしれない。そんなことされたら私、友だちに嫌われてしまう。


「‥‥‥‥‥」


「罰として廊下で正座2時間しなさい」


「‥‥でも私‥‥今日も宿題がたくさんあるし、まだお風呂にも入ってないよ。お母さん‥‥」



 震える声で私は訴える。毎日毎日塾と習い事のスケジュールキチキチで、クタクタの私。


「なら、正座しながら宿題しなさいな。それにお風呂に入らなくても人は死にません」



 冷たく固い廊下で、正座しながら這いつくばって宿題をしている横で、お母さんは私のカバンの中、スマホの通信記録、ノートまで一冊ずつペラペラめくってチェックしてる。


 やりかけの宿題プリントの上に、私の涙がポトポト落ちる。濡れたところには書けなくなるから、止めたいけど止まらない。


 それを見たお母さんはいつものセリフ。



「誰が真希にご飯を食べさせてあげてるの? お洗濯だって。こうして生活している全ては親の、お母さんのお陰なのよ? 真希がお母さんの言う通りにするなんて当たり前のことなのよ。あなたはお母さんの子どもなんだから。私の方が真希なんかより毎日ずっと大変なのよ?」


 ため息混じりの、いかにも呆れた口調で。



 小さな頃から毎日の日課の如く聞かされてるこの呪文。



 ───これが私にかけられた呪いだなんて、思いもしなかった。あの日までは。



 朝、学校に、行く道すがら、沙也加ちゃんが追いついて来て並んだ。


「おはよ、真希ちゃん!」



 私、夕べはお風呂に入ってない。臭くないかな? 並ばれるとちょっと不安。


 今日の沙也加ちゃんのリップもツヤツヤ。私にくれたオソロのあのリップ使ってるんだ。二つ結びの髪もツヤツヤでいい香り。



「あのリップ、まだ使って無いんだ?」


「あ、うん。もったいなくて、まだ取ってあるの‥‥‥」



 お母さんに没収された私のリップ。せっかく沙也加ちゃんがくれたのに。


 悲しくなった。彼女との違いに。私は、おしゃれどころか清潔さえ怪しいレベル。


 沙也加ちゃんは中学に上がる直前にお向かいの家に引っ越して来た。クラスは違うけど、家も近いくて自然とお友だちになった。可愛くて優しい女の子。塾は行ってないけど勉強も出来る。



「‥‥真希ちゃん、大丈夫? あのさ、言っちゃ悪いけど‥‥真希ちゃんちのお母さん怖いよね。毎日怒鳴り声が近所に響いてる。昨夜もすごかったよね? みんな真希ちゃんのこと心配してるよ」


「え?」


 怒鳴り声‥‥。そう言えば沙也加ちゃん家からは怒鳴り声なんて響いてこない。たまに笑い声は聞こえるけれど。


 私は、髪を伸ばすことも禁じられているし、今までの人生、記憶のある限りでは、ずーっとトイレの花子さんみたいな髪型してる。シャンプーしかしてないせいなのか、髪ガサガサツヤ無し。コンディショナーや、トリートメントを使っていいのはお母さんだけ。子どもには不要だって。


 私は思い切って、沙也加ちゃんちではどうなのか聞いてみた。


 コンディショナーを使ったら怒られるなんて信じられないって言われた。女子がヘアケアしないなんてありえないって。


 絶句。うちと全然違う。その日は学校の休み時間に、クラスの友だちに放課後の過ごし方とか、おうちでのことを聞いてみた。ら。


 みんな、自由過ぎない? 私は自分のしたいことなんて何にも出来ないよ。お母さんが決めた習い事と勉強でいっぱいだもん。どうしたらやりたくない習い事をやめられるの? どうすれば友だちと秘密のメッセージ交換が出来るの? どうして好きにスマホが使えるの?



 お母さんが厳しいのはわかっていたけれど、うちの常識は他の家の常識とはかけ離れているって知った。



 その家の方針によって、子どもが許可される範囲は違うものだと知っていたけれど、私のお母さんは友だちからは引かれるレベルだった。周りに驚かれてしまった。


 私にはプライベートなんて全く無い。そんなの無い。丸裸にされてる。全て。


 いちいちチェックされるのは嫌だったけど、それはお母さんに見せなきゃいけないものなんだって思い込んでて、ずっとガマンしてた。



 私の心の底に、いつの間にか存在していたこの黒いドロドロ。時折私を押し潰しにやって来る、重苦しい正体不明の黒い渦。


 それはゆっくり渦を巻きながら胸の中に浮かび上がって来て、私を暗澹と苦しめていた。


 これは私の反感、憎しみ、哀しみ、苦しみ、痛み、抑えてきた慟哭がゴチャゴチャに混ざり合って融合して出来たものだったんだ。






 私はかつて知っていた。負わされる暗鬱を────


 誰よりも。



 それなのに、私は抑えられない。


 私は私の一人娘に毎日声を荒げる。




 ───I used to have absolute power over my daughter.




「遅い! もう6時を1分過ぎてるよ!」


「誰が春奈にご飯を食べさせてあげてるの?」


「こうして生活している全ては親の、ママのお陰なのよ?」


「ママの言う通りにするなんて当たり前のことなのよ。春奈はママの子どもなんだから!」


「ママはあなたのことを思って言ってるの!」


「罰として廊下で正座3時間しなさい」



 私がかつて母に言われたらこととまったく同じことを我が娘に毎日言っていた。




 そして潰える時が来た。春奈の擦り減っていた心が────

 


 私の目の前でクシャっと顔を歪めてうつむく娘。涙で腫れた瞼。


 ガマンしても溢れてしまう涙を手で拭うこの子はかつての『私』。私はかつての『お母さん』。


 思春期に入った娘。ふっくらした頬、みずみずしい肌が眩しい。私もかつてはそうだったのかもしれない。



「学校に行くのにリップもコームも必要はありませんよ。他の子が持ってるからって自分は自分、人は人なのよ!」


 私は母に15年前に言われたことをまんま、娘に返す。


「う‥‥ふぇっ‥‥どうしてそれだけ人と比べて言うの? 成績はミナちゃんと比べて怒って来るのに! ママはおかしいよ!! ミナちゃんのママはビンタしたり、つねったり、正座させたりしないって言ってたよ!! お休みの日だって、他の子は友だちとお出かけだってしてるし、1日中部屋に閉じ込められたりしてないよッ!!」




 初めて言い返して来た娘に逆上する私。


 私だって子ども時代はこの試練に耐えて来たの。だから春奈だって我慢するのが当然なのよ! それに私はお母さんに口答えなんてしなかった。



 「あんたは私の言う通りにしていればいいのッッッ!! 中学生になったんだから今までとは違うの。他の子と一緒になって遊んでたら後で後悔することになる。ママはあんたのためを思って言ってるのよ!」 



 母の立場になって分かったわ。これっていかにもな説教をたれながら、腹の中は女の妬みだったと。お母さんはあの時、娘の私に嫉妬していたの。



 若かった私に。


 未来のある私に。


 青春の入口に立つ私に。



 妨害しようとしていた。私の将来のためと、かこつけて。白いキャンパスをこれから描いてゆける娘を羨んで。


 お母さんは自分のキャンパスに理想の絵が描けていなかったんだよね?


 そして今の私も同様なのよ。



「‥‥‥ママ。もう、私、耐えられないよ。もうやめてよ! 私の人生はママの人生じゃないんだよ? 私の意思もほんの少しでいいから尊重してよ。過剰にコントロールしないでッ! 気が狂いそうだよ‥‥ふぇっ‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥‥」



 私は娘の髪を掴み、頬を思い切り叩く。生意気を言う娘が本当に憎たらしい。私より楽しい青春なんかおくらせてたまるか!! 私は楽しいことなんて何一つ無い、暗黒の子ども時代だったのに!!


 母親から逃げるように遠方の男と結婚した。なのに、お母さんの亡霊がいつまでも私につきまとう。


 私はこんなんじゃいけないってわかっているのに、同じ苦痛を我が娘に与えてる。


 

 「‥‥‥私ね‥‥‥ママのこと‥‥‥大好きなんだよ? 本当にさ‥‥‥」


 娘は、乱れた髪の隙間から、涙でグチャグチャの顔で微笑んだ。そして階段を駆け上り、自分の部屋に走って閉じこもった。




 ───それがあの子が遺した最期の言葉だったなんて。



 部屋で発見されたあの子は、まだほんのり温かかったわ‥‥‥



 私は私を唯一無条件で慕ってくれていた愛しい存在を失ってしまった。




 私には止められなかった呪いの連鎖────



 春奈?‥‥戻って来て‥‥‥ねぇ‥‥‥お願い。好きなことしていいから。気の乗らないピアノ教室はやめて、行きたがってたダンス教室に行かせてあげる。塾も減らして休日には友だちとの映画だって許可するわ。だから‥‥‥

 



 嫌ァァァーーーーーーーーー!!!!! 春奈ァァァーーーーーーー!!!!


 





 何十年経とうが、変わらず私の頭の中に こだまする呪いのコトダマ。



       誰がご飯を食べさせてあげてるの?


                      誰がお洗濯してあげてるの? 


   こうして生活している全ては親お陰なのよ。


                  お金を出してるのは誰だと思ってるの?


 お母さんの言う通りにするなんて当たり前のことなのよ。  我慢なさい。


       口答えは許しませんよ。     謝りなさい。


   情けない子ね。  いつまで泣いてるつもり?


 子どもは親の言うことを黙って聞いていなさい。 これは愛のムチですよ。

  

          全てはあなたのためを思って言っているの。


 これはあなたの将来のため、自分のためなのよ。 そう、あなたのため‥‥‥




 ────否、それは私の見栄と、娘を使った自己満足のためだった。






    

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