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09 魔導士、串刺しになる

「あの糞ウザい組織が同時に町へ入ってくるなんて驚いたけど。いや~ん、まさかこのプテリスちゃんが1番乗りなんて、今日の運勢マジベラドンナだわ~♪」


女は、雨に濡れることもまったく厭わない様子で川岸に立っていた。

 顔立ちは二十歳半ばほどか。

 極彩色の奇抜な衣装に身を包み、こちらを見下ろしながら群青色の髪の奥に気持ちの悪い笑みを浮かべている。


 武装はしていないようだが、纏っている雰囲気は明らかに異質だった。

 追手なのだろうが、よりによってこのタイミングで来るなんて。

 魔杖は川へ飛び込む際に置いてきてしまったから、少し離れた位置にある。

 無くても魔法は使えるが威力や精度はどうしても落ちる。どうにかして取りに向かわなければ。


「でも精霊まで動いているなんて、この子にどんな秘密があるのかしらん。ボスもよくわかってないみたいだしぃ。ねえ、アナタ。そこらへんの事情を聴きたいから大人しく付いて来てくれない? 悪いようにはしないからさぁ」

「え……? あの、誰……」


 得体の知れない相手からの声掛けに、レキは迷っていた。

 それに対して私は、何も言えなかった。


 自ら水の中へ入っていったレキ。

 そこまで追い詰めた原因は私だと、レキは殴り掛かってきた。

 怒りと憎しみと悲しみがまじったあんな顔、初めて見た。


 でも、わからない。

 どうしてレキが自死を選ぼうとしたのか、私にはわからないのだ。


 だって、死んだら強くなれないし夢も見れない。

 この世に生きる誰も、それは同じ。

 だから――



『実験は終了。生き残ったのは君だけだ』



 ああ。



『想像を超えていたよ。取るに足らないはずの君が』



 ……なんで、あの時のことが。


「ねぇ、どうなのよぅ。黙ってちゃわかんないわん」


 声はすぐ隣で聞こえた。

 気を取られていたのは一瞬のことだったのに、いつの間にか女は私達のすぐ傍まで移動していた。

 こちらなど気に留める様子もなく、レキに向けて声を放つ。


「なんだかよくわからないけど暗い顔してるわねん。わたしと来てくれたら楽しい思いができるわよぉ」

「…………ボク……」

「あら、遠くのほうでヤな感じがする。ゴメンネ、やっぱ力づくで連れてくわっ」


 次の瞬間、女の姿がいびつに変形する。


「ひっ……!」


 腰が抜けた様子で川底に尻もちをつくレキ。

 肌の色が植物のような緑に変わり、両腕が蔦を何十本も絡ませたような触手に変形する。顔立ちは原型こそ留めているものの、両眼は陥没したように落ちくぼみ、口内には歯の代わりに木の枝のような鋭い突起がびっしりと生え揃う。


「生まれたままの姿を見せたら酷い反応だわぁ。やっぱり人間はそうでなくっちゃ“魔族”に生まれた甲斐が無いわ♪」


 魔族。

 地上支配を目論む魔王の眷属であり、地上のあらゆる生命と敵対する存在。

 そこらの“魔物”と違い知性を持ち、もし王国内に姿を現すようなことがあれば、すぐさま騎士団が投入されるほど危険視されている。

 そんな奴らまでレキを狙っているなんて、本当にどうなっているのか。


「というわけで、えいっ」


 プテリスという名らしい魔族が腕を振るうと、レキを絡め取るように触手が伸びて襲い掛かる。


「《アイスバレット》」


 咄嗟に撃ち出した氷の礫で触手の進行を妨害すると、私はレキの前に立った。


「逃げなさい。捕まったらただじゃ済まないわ」

「ローザさん……!」

「早く! 私が時間を稼ぐから――」

「そういえばアンタもいたっけ。忘れてたわん」

「! なっ」


 瞬間。

 プテリスの触手が蠢いて、反応することもままならない速度で私の下腹部を打ち据えた。


「がっ!? ごほっ!」


 浅瀬を越えて河原まで転がされる私の体。

 まるで丸太の直撃でも受けたようだった。臓物が揺さぶられて口の中に酸味を含んだ液体がこみ上げる。


「うぇ……げほ……」

「ビンタ1発分は時間を稼げたみたいね~。で、どうするの??」


 うるさい。

 お前こそ吹き飛ばす方向を間違えた。

 吹き飛ばされた先にあったのは、私の【アルスノヴァ】。

 魔杖を握り締めた私は、すかさず魔力を込める。


「《グランドフラウ》!」


 飛沫をあげてせりあがった地面が魔族に襲い掛かるも、腕の一振りで薙ぎ払われた。

 中位魔法程度ではかすり傷すら与えられないのか、単純に属性攻撃への抵抗力が高いのか。

 最も適性の高い雷属性魔法が使えればダメージは与えられるかもしれないが、この雨では威力が拡散してしまって狙いが絞れない。だったら範囲攻撃は……駄目だ。ずぶ濡れのレキにまで拡散したらただではすまない。

 次に得意な火属性魔法も雨に加えて水場では発動するだけ魔力の無駄。

 結局、その他の魔法で何とかするしかなかった。


「来ないならコッチからいくわよん」

「……っ! 《バリアウォール》!」


 どれほどの伸縮性があるのか、身長の何倍もの長さに伸びて高速で迫る触手。

 今度は土属性の障壁でガードするものの、すぐに迂回してこちらを捉えようとしてくる。


「《エアブレイド》」


 スラストウィンドの上位魔法、風の斬撃を飛ばして触手を断とうとするも表面を切り裂くだけに留まる。

 突き抜けてきた触手の一撃を、私は浅瀬深くに杖を突き立て受け止めた。


「あれ、ぶっ壊せない。わたしの攻撃に耐えるなんてスゴイ杖ね」

「《コールドタッチ》」


 対象を触れた表面から凍らせる魔法を発動する。

 植物の特性を持っている通り、寒さを嫌ったか触手が条件反射的に一度後退した。

 すかさず追撃。


「《フローズンブラスト》!」


 凍てつく大気を暴風と共に撃ち出す氷属性と風属性の上位複合魔法。

 当然、触手で打ち払おうとする魔物だが。


「あらっ」


 雨と共に降り注いだ岩が触手の動きを阻害する。

 高速術式ですでに頭上へ魔法陣を展開していた《メテオシュート》によるものだ。

 無防備になった魔物の体に寒波が直撃。浅瀬が爆散すると凍りついた水しぶきが雹のように宙を舞い、周囲に降り注いだ。


「はぁ……はぁ……」


(仕留めたとは思えないけど、少しはダメージを与えられたんじゃないかしら)


 やがて川の流れが元に戻り、雨の緞帳の奥から姿を現したのは――


「ウフフ、今のはちょっとヒヤッとしたわん」


 駄目だ。

 正面からでは、発動優先でロクに術式も魔力も注いでいない上位魔法を撃ち込んでも、まともに傷すら付けられていない。

 どうにか魔力を溜める時間を作るか、意表を突いて近距離から火力を叩き込むかしなければ。

 どちらにしても隙がいる。


「う~ん“中の上”ってところね。アナタ」


 その時、魔族が腕の動きを止めて口を開く。


「……は?」

「魔導の才能よ。秀才以上、天才未満ってこと」


 何よ、急に。

 私は天才よ。


「魔力には恵まれてるし、別系統の魔法まで複数修得するなんてなかなかできることじゃない。高速で術式を組むのも相当修行したんでしょ? でもねぇ、どれもこれも本気で極めた連中には及ばないっていうか、中途半端なのよね~」


 中途半端……。


「なまじ才能がある分、自分のことも特別視しちゃってさ。それでいて超えられない壁が見えちゃって苦悩するタイプ。上の仲間にも下の仲間にも入れず諦めもつけられないから、ある意味1番カワイソウなのよね」


 ふざけるな。私の力はこんなものじゃない。


「“前線”に何人もいたわよぉ、アナタみたいなヒト。誰よりも活躍してやるって息巻いてさ。そういうのに限って正々堂々戦いたいとか言ってバカ正直に真っ向から挑んでくんのよ。そんなヤツを今までにン百人って串刺しにしてやったわ。……こんな風にネ♪」


 ――!?


 言葉が切れた刹那。

 ずぶり、という音が私の背中から聞こえて、体の中が熱を帯びた。

 視線を落とすと、水を吸って体に張り付くローブを突き破り、緑色の触手が腹部から生えていた。


「ごほっ!?」


 どうして。

 奴の腕は2本ともそのままだ。

 いつ攻撃されてもいいように障壁の術式も組んでいた。

 いったい、どこから。


「わたしったら脚のほうも伸ばせるのよね~。川底通ってたの気付かなかったでしょ? というわけで、後ろから内臓をぶち抜かせてもらったわ☆」


 体に力の入らなくなった私は、そのまま顔から浅瀬に倒れ込んだ。



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