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10 魔導士、また死ぬ

「ギリギリまで死なないように心臓は潰さないのがミソよん。最期まで悶え苦しみなさい☆」


 触手が引き抜かれると共に、つい最近知ったばかりの味が口の中に広がっていく。

 痛みらしい痛みは無くても、体から熱が逃げていく感覚は、自分が取り返しのつかない傷を負ったことを告げていた。

 顔のすぐそばを水が流れているが不思議と溺れるようなことはなかった。もしかしたら、体がもうそこまで呼吸を必要としていないのかもしれないが。


 ああ、()()死ぬのか。

 そんな感情しか湧かなかった。


 馬鹿ね。

 あんなに忠告されたじゃない。


 わかっていたのに、半信半疑で行動して、あっさり死んで。

 馬鹿丸出しだ、私は。


 リヒトに言われた通り、さっさと町を出るべきだった。

 あるいは、何もかも捨てて隠遁生活を送るのが正解だった。

 私は最善を尽くせなかった。

 だから死ぬ。

 結局、ここまでの人間だったのだ。


 なんだか不思議だ。

 前回より、命に執着が湧かない。

 頭の片隅で、もしかしてまた蘇るとでも思っているのだろうか。


 ……違う。


 他に、気にかかることがあるからだ。


(ちゃんと逃げたわよね、あの子)


 そのくらいの時間は稼いだ。

 いくら弱くても逃げ足くらい取り柄があったっていいはず。


 どうしてあの子を狙うのか。

 こいつらが何を考えているか知らないけど、せめて一矢報いないと気が済まない。

 だから、どこか遠くへ行って隠れて暮らしなさい。

 一生見つからなければ、こいつらは一生困り果てる。報復としてはそれで十分だ。


 その時、ぱしゃぱしゃと水を叩く音が聞こえた。


「ローザさん、大丈夫ですか!?」


 私の肩を誰かが支える。

 誰、あなた。どうして私の名前を知ってるのよ。


「ボクどうしたら……そうだ、ギルドに助けを……」


 ボク? ギルド? 助け?

 何を言ってるの。


「今度こそ捕まえたっと♪」

「あ……うわあああ! やめろ、離せっ!」


 ウソでしょう、まさか。

 どうしてまだここにいるのよ、このバカ。


 首を向けると、触手を巻きつけられて捕縛されるバカの姿。

 なんで逃げてないのよ。

 これじゃ私が犬死じゃない。

 こんな時まで私をいらつかせるなんて、もはや才能よ。


「怖がらなくても、わたし達の根城でじっくり可愛がってあげまちゅからね~♪」

「あああっ! 誰か助けてぇっ!」


 …………ああもう。

 最後まで手間をかけさせてくれるわね。


 腕を持ち上げると引き裂かれるような痛みが走った。

 膝を起こすと腹部からどす黒い血が流れた。

 鉛を背負ったみたいに体が重いが、どうやら後少しは動けるらしい。


 私はあのバカと、バカを連れて去っていく魔族の背中を追う。


「誰か、だれかぁ! このままだとローザさんが……!」


 ……来ないわよ、誰も。

 助けっていうのは、肝心な時には絶対に来ない。他人なんかいくら頼ったって無駄。

 自分の道は自分で切り開くしかないのよ。

 肝に銘じておくことね。


「そんな暴れるんじゃないわよ~。テキトーな骨をへし折っとこうかしら」


 左手の杖に意識を流す。


【アルスノヴァ】固有能力発動――《パワーシフト》。

 自身の魔力を物理攻撃力に変換。


 1回だけ、特別よ。

 この私がヒトのために動くなんて滅多にないのよ。


「ローザさんっ! ……え?」

「きいい、無視するなんて生意気! ってワケでまずは腕――へ?」


 気配を感じてこちらを振り返った魔族は、なんとも間抜けな顔をしていた。

 雨音のせいでここまで接近してきた私に気付かなかったためか、もう勝負付けのすんだ相手が立ち上がってくるとは思わなかったためか。


「ウソぉん、まだ立てるなんて」


 人間に似た外見を持っているなら、狙う場所は1つ。

 私は右の肘を肩の高さまで掲げると、こぶしを魔族の左胸部に目掛け突き出した。


 ――どじゅっ


「……え゛…………あ゛ら゛?」


 腕の筋力だけで無造作に繰り出した一撃は、魔族の外皮をたやすく突き破って肋骨を粉砕し、“それ”を圧し潰して破裂させる。

 何が起こったのかわからない様子で目を白黒させる魔族。

 けど理解したところで遅い。

 あなたと違って私は、真っ先に急所を潰すタイプ。


「《ヘルテンペスト》」


 そして、念も押すタイプ。

 上位風属性魔法を突き立てた腕の先から発動。陣旋風の暴嵐をその体内に召喚する。


「!? がぶっ!? ……う、うぞ……っ」


 体の内側をずたずたにされた魔族プテリスは、臓物の一部を吐き出しながら、最後まで自身に起こったことが受け止められない表情で倒れ伏した。


「…………ぅ」


 次いで、限界を迎えた私も反対方向に仰向けで倒れる。

 ざぱん、と水のはねる音がして、暗い空が目の前に映った。


「ローザさん、そんな……!」


 触手から解放された荷物持ちがこちらへ駆け寄り、顔を覗かせる。

 その表情は雨が滴っているせいか、まるで泣いているように見えた。


「なんで、どうして。ボクなんかのために」


 知らないわよ。

 あなたこそ、どうしてそんな顔をするの。

 このままだと私がなんだっていうのよ。


「…………いきなさい」


 私とあなた、どちらが強いかといえば、それはあなたのほうよ。

 だって、生き残っているものこそが強いのだから。

 あなたを追い詰めた私が死ねば、もう自分で死を選ぶ必要もないでしょう。

 だから逃げなさい。


「だ、ダメだよ……置いていけない! ローザさんは、あいつからボクを守ろうとしてくれたんだよね!? 無理やり連れ出したのも、記憶を思い出せって言ったのも全部ボクのためなんだよね!?」


 そんな風に見えたなら、もう病気ね。

 1回ぐらい融通を利かせなさい。


「お願い起きて! どうしよう、どうしたら……ああボクはどうして何もできないんだ!」


 そうやって弱さを嘆くこともできるのね。

 だったら努力しなさい。生きている限り人は無限に強くなれる。


 難しく考えることはない。


 強さだけを求めて、生きればいい。


 私はずっとそうしてきた。


 生まれ変わってもきっとそうする。


「死なせない、絶対に……! 誰かお願い、おねがい……!」


 最後まで言うことを聞いてくれないのね。

 そうね、それも強さかもしれない。


 もしかしたら、あなたなら。



 ――変えられるかもね。この世の中を。



 自分だけのために生きてきたのに、最後を締めくくるのは他者への思い。

 そうして私の意識はまた、底の無い暗がりへと落ちていった。



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