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03 魔導士たちは、遭難者に逢う

 砂漠の移動は熱気との戦い……とはならなかった。

 魔法で冷気の膜を張れば暑さはしのげるし、外套をまとえば肌が焼けるのもある程度は防げる。

 それよりも問題なのは、砂に足を取られることによる体力の消耗だ。

 馬は1頭しかいないため、私達は交代で休みを取ることにした。今はエリーゼが腰を下ろしている。

 鞍の上もゆっくりできるとは言い難いが、歩いているよりはマシだろう。

 後ろを振り返れば、私達が降りてきた岩場はすでに影も形も無くなっている。


「そういえば、砂漠を抜けるまでに掛かる日数はどれほどですか?」

「地図の尺度からすると、9日くらいかしらね」

「順調に行けば、ですわよね。手持ちの食糧は保ちますの?」

「節約すれば3、4日は平気よ。足りなくなったら現地調達するわ」

「現地? 売店なんかどこにもありませんわよ」

「この辺りに棲息している魔物を食べればいいのよ。砂漠ならヘビやサソリとか絶品よ」

「い、良い趣味してるんですのね……」


 変な顔をされたものの、火を通せば大体の魔物は食べられるのは事実。

 燻製にすれば保存食にもなるし、栄養価も高いから体力を回復するには十分。

 何より、()()()

 蟲なんて外殻のこりこりさと中身のもちもちさが病みつきになるほど美味しい。

 町で出回っていないのが悔やまれるほどだ。


「しかし、その魔物の襲撃が一向にありませんね。もっと魔境のようなところだと聞いていましたが」


 周囲への警戒を続けたまま、レスティが告げる。

 私も薄々感じてはいた。

 もう砂漠に踏み入ってかなりの時間が経っているが、魔物の姿が全く見えない。

 当然だが魔物側にとっても砂漠への侵入者は貴重な“エサ”。これだけ見晴らしがいいのだからいつ襲ってきてもおかしくないはず。

 砂の下に潜伏しているとしても、格好の獲物である私達の前に姿を現さないのは違和感がある。


「エサがなさ過ぎて砂漠から移動したのでしょうか」

「……いや。見て」


 私は足下に見つけた小動物と思われる死骸を指す。

 強引に引き裂かれたと思われる肋骨らしき部分が剥き出しになった体内は、まだ血が乾いておらず、こびりついた肉片も腐敗していない。

 要するに、つい最近まで捕食者はこの辺りにいたことになる。


「あれ、あそこに誰かいない?」


 レキが前方に視線を送りながら口を開く。

 目を移すと男性らしき人物がひとり、砂丘の上を歩いているのが見えた。

 かなり体力を消耗しているのか足元はふらふら、手にした木の棒に寄りかかって進むのがようやくといった様相だ。


「遭難者かな、どうしよう」


 進む方向こそ微妙に違うが、段々とこちらに近付いてくる。

 それにつれて男の容姿も明らかになった。

 歳は20代半ばほど。

 私よりも頭1つ半は背が高いだろう、かなりの大柄だ。

 巻毛が目立つ黒髪と切れ長の瞳、筋肉質な体つき。胸元の開いた漆黒の衣装に、ピアスやブレスレッドなど派手な銀細工のアクセサリーが体のいたるところで陽光を反射させている。

 やがて男が近くまで迫ると、枯れ枝の擦れるような声が耳に入ってきた。


「み…………水…………」


 どうやら本当に遭難しているらしい。

 そして、言葉を絞り出すのがやっとだったのか、男はその場に倒れ伏してしまう。


「大丈夫!?」


 真っ先にレキが駆け寄ると、男は仰向けになって再度「水」と口にした。


「待ってて。《アクア》!」


 レキが覚えたばかりの魔法を使って男の顔に水を掛ける。

 水流をコントロールして口の中に注がれるように誘導すると、男は喉を鳴らして水を飲み始めた。


「熱中症の可能性もありますわ。全身に水をかけて冷却すると良いかもしれません」

「わかった!」


 エリーゼに促され、男の体にかけ過ぎではないかというくらい魔法を連打するレキ。

 すると、赤らんでいた男の顔が見る見るうちに戻っていく。

 こんなに早く回復するものなのかと不思議ではあったが、やがて様子を見るため水の流れを止めると、男は上半身を起こして息を吐いた。


「はぁはぁ。……うひゃ~、死ぬかと思った!」


 ついさっきまで死にかけていたとは思えないほど軽快な声を上げる男。

 特に外傷も見当たらないため、どうやら本当に熱さで弱っていただけらしい。


「お兄さん、もう平気?」

「おう! オマエが助けてくれたのか! ありがとな!」

「どういたしまして! えへへ、ボクも初めて魔法が役に立ってうれしいな」

「おお、魔法が使えんのか! 小っこいのにスゴイなっ!」

「そ、そうかな? わっ」


 言うが早いか、男はレキの頭をよしよしと撫で始める。

 突然のことに驚いたようだが、レキは避けることなく伸ばされた手を受け入れた。


「いいな〜、うらやましいな〜、我も使えたらな〜っ」

「え、えへへ」

「あっさり懐柔されないでよ……」


 照れ笑いを浮かべるレキに不安を覚えていると、こちらの声に気付いたのか男が顔を移す。


「……ん? うおっ、何やら美女軍団に囲まれてんじゃん! もしかして天使!? 我やっぱ死んじゃってた!? 天国来ちゃってた!?」

「あいにく現世よ。調子はもう良いみたいね。どうしてこんなところをひとりでさ迷ってたの?」


 代表して私が尋ねると、男の顔に困惑の色が浮かぶ。


「いや〜、それが……ありゃ?」

「どうしたの」

「…………やべっ、思い出せない。我、どうしてここにいるんだっけ?」

「は……?」


 額に手をあてうなり始めるものの、男は首をかしげるばかり。


「う〜んう〜ん。ダメだ、わからん! ここはどこ? 我はだれ?」


 まさか、これは。


「……もしかして、お兄さんも“記憶喪失”なの?」


 レキが指摘すると、男はハッと顔を上げる。


「記憶喪失! そうかもしんない! だって、今まで何してたのか全然記憶に無いんだぜ! 熱にやられて記憶が飛んだのかなぁ~っ?」

「嘘でしょう……」


 記憶とはそんな簡単に飛ぶものなのかと疑いたくなるが、男の様子からは演技をしているようにはとても見えない。

 砂漠をひとりで横断していたことといい、一体この男は何者なのか。


「本当に何も思い出せないの? 自分の名前も?」

「名前……あっ、そういえば確か“ダンクレオス”って呼ばれてた気がする! うん、間違いない!」

「なっ、ダンクレオスですって!?」


 ぎょっとした様子でレスティが上擦った声を出す。


「知ってるの?」

「ああ、いえ……実は、魔王の側近である魔族の名前と同じもので」

「へえ……そうなの」


 事実なら確かに不吉な名前を付けられてしまったものだ。

 しかし魔王軍が現れたのは10年前。

 男はどう見ても成人しているから親が確信犯ということは無いだろう。


「アタクシも聞いたことがありますわね。――『魔軍総督』ダンクレオス。曰く“史上最強の魔族”らしいですわ。姿を見せれば国1つが消えるといわれ、実力だけなら魔王も凌駕するとか」

「魔王よりも? 何でそいつが魔王じゃないのよ」

「そりゃ、あちらさんも上に立つには器量が必要なんじゃありませんの? 人望が無さ過ぎて部下が2人くらいしかいないと聞きますし」

「ワハハ、なんだソイツ。人望が溢れてる我とは大違いだな! バーカバーカ!」

「記憶が無いのに何で人望があるかわかるのよ……」


 自分で自分を人望があると称する人間に人望があった試しがないのだが。

 まあいくら何でもそんな大物が砂漠でさ迷っているはずもないし、この男が同一人物である可能性はゼロだろう。


「それじゃダンさんでいい? あ、ボクはレキっていうんだけど」

「おういいぜ、レキ! 愛称なんて初めて呼ばれた気がするな~!」

「記憶失くしているとは思えないくらい気楽ね……」

「ダンさん、他に思い出したことは無い?」

「ん~、そうだなぁ……あ、名前繋がりで思い出した!」


 ポンと手を打った後で、ダンは。


「確か()()()って名前の奴を探してた気がする! うん、間違いない!」

「ぶふっ!?」


 まさかの名前を呼ばれ、私は思わず吹き出してしまう。


「ん? 赤い髪のネエちゃん、どうかした?」

「ああいや……私もローザっていうのよ」


 うまい理由も思いつかなったので、正直に告げる。


「へ、マジ? じゃあ我が探してたのってオマエ?」

「そんなわけないでしょう、私はあなたのこと知らないもの。間違いなく他の誰かよ」


 別にローザなんて珍しい名前ではない。

 それこそ小さな町にだって1人くらいはいるだろうし、そもそも私に身内はいない。

 追手以外で私を探す人間など心当たりがあるはずもなかった。


「そっか~他人か。残念だな~」

「だけど女性には違いないわよね。探して何するつもりだったかは思い出せないの?」

「う~ん……そうだ。確かゴアイサツ――お近づきになろとしてた気がする」

「ということは、そのローザという名の女性に告白しようとしていたと?」

「よく見たらイケメンですわよ。もちろんOKしますわよね」

「だから別人よ!」


 イケメンかどうかはともかく今は色恋沙汰なんてどうでもいい。

 結局、ダンが砂漠の真ん中をさ迷っていた理由とは結び付かなかった。

 となると他に考えられるのは……。


「ところでそっちのおネエちゃんズはなんて名前なんだ?」

「あ、失礼しました。わたしはレスティと言います」

「アタクシはエリーゼですわ」

「エリとレスか。記憶がスッカラカンな分、しっかり覚えたぜ!」

「短縮しなくてもいいのよ別に……」

「それで、他の奴らは?」

「は、他?」


 意味がわからずオウム返しに尋ねると。



「おう、一杯いるよな。我とネエちゃん達をぐるっと囲んでる奴らが」



 伝わってくる暑さの中、悪寒がして私は振り返る。

 それと同時。

 黄砂が隆起し、その下から私達を取り囲むように現れたのは。


「……イタ……“外敵”」


 原住民と思われる数十人近い槍と弓を手にした褐色の肌の戦士達だった。



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