04 魔導士、知り合う
「駄目だよぉ、ケンカしちゃ。2人とも傷だらけじゃないかい」
魔力と剣気がせめぎ合うなか、白髪の老婆は穏やかな笑みを浮かべて私達の間に立った。
「危険だから退がってて。これはケンカじゃなくて決闘よ」
「そうです。善と悪の頂上決戦です」
「うーん、どっちも悪い子には見えないけどねぇ。赤い髪の子なんてあたしを助けてくれたじゃないか」
言われて顔を見ると、彼女はさっき私が矢を防いであげた老婆だった。
「そ、そうなんですか? だとしても、誘拐魔である可能性が消えたわけでは……」
「あの、ジャスティさん」
老婆の後にやってきたレキも口を開く。
「ボクは誘拐されてないです。自分の意志で同行してます。現にこうして逃げ出してもいませんし」
「何ですって? いえ、ですが……」
「えと、実はボク、少し前に家族とはなればなれになってしまったんです。露頭に迷っていたところを冒険者の彼女が助けてくれて、乗りかかった船だって、家族を探してくれることになったんです」
「なんと!?」
前もって口裏合わせしていた事情を話すレキ。
実際レキの家族――いるのならだが――を見つけるというのも記憶を取り戻す1つの手段ではあるため、丸っきり嘘でもない。
不用意に名前を出さないところまで完璧な説明だった。
「そんな……顔全体に悪のオーラが染み渡っているのに。鬼の目にも涙……?」
「まだ言うか」
「わ、わたしだって闇雲に疑っているわけではありません! 心眼には自信があって、これまでだって多くの犯罪者を……!」
「見た目が少しくらい怖くても、心が優しい人ならあたしはいっぱい知ってるよぉ」
「…………」
「確かにロ――彼女はちょっと偏屈なところはありますけど、最近は少し軟化したんです。それに犯罪をしたことは……なかったかなぁ、と思います」
「うぐぐ」
女剣士は困惑した表情で私達の顔を順に見返していたが、やがて手にした剣から光が失われると、構えを解いた。
「……我が剣も貴女は悪人でないと判断したようです」
そしてこちらを待たず剣を鞘に収めた。
私も術式を解き杖を下げる。
というかその剣の能力、説明と違わないだろうか。
相手がどれだけ悪人かより“持ち主がどれだけ悪人と思い込んでるか”が正しいのでは。
ともあれ女剣士ジャスティとの戦闘はそこまでとなった。
「証人までいらっしゃるのでは認めざるを得ません。わたしが間違っていました。どうやら貴女――イイ人だったようですね」
「……ああ、そう」
腕を組んで一体何に納得しているのか何度もうなずく女剣士。
「そうですか、人助けですか。困っている者に手を差し伸べるその姿は地上にさす陽光の如し。わたしもお手本にしなければ。いや、人は見かけに寄らないとはこのこと……ごほんっ」
「今さら取り繕わなくていいわよ」
「志を同じくするものとして、貴女の善意が報われることを応援しております。いや、ほんと。人助け万歳です」
「それはどうも」
「では、道中お気をつけて。わたしは退治した盗賊達を縛って官憲が来るまで見張らねばいけませんので」
「待ちなさい、こら」
何食わぬ顔できびすを返した彼女を制止する。
「おや、なんですか?」
「……まだすることがあるでしょう」
そう言って私は右手を差し出す。
「ああっ、そうでした! はいっ」
女は差し出した私の手を握り返し、軽く上下に振った。
「いきなりヒトの手を触ってどうしたの」
「えっ、仲直りの握手じゃないんですか」
「思い込みで人に斬りかかる異常者と仲良くする必要があるかしら」
「……でしたらこの手は」
そんなもの決まってるでしょう。
「はやく怪我の治療費と慰謝料を寄こしなさい。有り金全部でいいわ」
◇◆◇◆
「はぁ……疲れた」
女剣士と別れた後。
逃げた御者に代わり手綱を握った私は、街道沿いに馬を動かしたところで盛大に溜め息を吐いた。
「ローザは馬車も動かせるんだね」
「どうとでもなるわよ、こんなの」
隣に座って足を伸ばすレキが口を開く。
誰に見つかるかわからないのだから馬車に入ればいいのに、御者台からの景色が見たいのだそうだ。
「ジャスティさん強かったね。ローザと互角に戦えるなんて」
「どこがよ。私の圧勝でしょう」
「負けず嫌いなところもいい勝負だった気がするけど」
「……好きに言いなさい。あの様子なら追手の可能性はないでしょうし」
「結局、どういう人だったんだろう。正義の味方ってお金になるのかな」
慰謝料として受け取った彼女の財布には、大量の銀貨のほかに金貨まで入っていた。
銀貨の100倍の価値がある金貨は、貴族以外では商人同士の高額取引くらいにしか用いられず町市場ではほとんど流通していない。
魔法剣なんてものを持っているところからしても、もしかしたら良い家の出身なのかもしれない。ただそうなると、どうしてそんな人間がセイギノミカタなんて酔狂な真似をしているのかという話になってしまうが。
「何でもいいけど、2度と関わりたくないわ。……やっと町が見えてきたわね」
丘を越えた平原の先には、ウォルド川の流れとともに山麓に広がる石造りの建物群が一望できた。
王国北方、コーエンの町だ。
ここまで来ればもう無法者に襲撃される可能性はないだろう。
私はさっさと町の門まで馬車を移動させると、乗客の老人達を降ろして同業者に馬を引き取らせた。
ついでに一応頼まれたので、衛兵に野盗一味が捕縛されている場所も伝えておく。
門をくぐると石畳みの通りに商店らしき建物がいくつも並んでいた。田舎とはいえ王家の領地。それなりに栄えてはいるらしい。
この分ならよそ者の私達が町を歩いても別段目立つことはないはずだ。
「これからどうするの?」
「まずは泊まる場所を探しましょう。領館に行くのはそれからね」
手続きさえすれば事件や事故の記録を見ることは誰でも可能だが、書類には自分達で目を通さなければならない。それに聞き込みまでするとなると2、3日は町に滞在することになる。
寝床の確保をしなければならないが、できれば町の宿は避けたいところ。
追手が行方を探しているとすれば宿泊施設をあたるのは当然だし、女ふたりの旅人というのはわかりやすい道標になる。
となると、どこか部屋の余っていそうな家に交渉してみるか。
思いがけず大金が手に入ったことだし、多めにつかませておけば口止めにも――
と、その時。
「もしもし、お嬢ちゃん達」
こちらへと向けられた声に振り返ると、立っていたのは、またさっきの老婆だった。
「何か用?」
「失礼と思ったけど、お話が耳に入ってきちゃってねぇ。宿を探してるのかい?」
「……ええ」
「それなら、さっきのお礼もかねてウチへ泊まらないかい? 宿屋じゃないけど、部屋はたくさん余っていてね。今はあたしと孫達しか住んでないんだよ」
まるで心を読まれたような申し出に、私は思わず眉をひそめた。
どうにもなれなれしい。まさか、ということもあるのだろうか。
「あたしはクラウディアっていうんだよ。お嬢ちゃん達、お名前は?」
内心の心配をよそに、クラウディアと名乗った老婆は無害そうな笑みを浮かべていた。




