03 魔導士、殴り合う
「ですが、一撃止めただけで図に乗られては困ります!」
「ぐっ……!」
女剣士ジャスティの猛攻は尚も続く。
最近はあまり役に立ってはいないものの、魔物の奇襲を想定して杖を用いた近接戦の修練くらいはしている。
だがさすがに本業相手では分が悪い。
迫りくる剣撃を杖で防御するたび、まるで鉛の固まりがぶつかったような衝撃が襲ってくる。しかも上中下段のあらゆる方向から変則的に撃ち出してくるのだからたまらない。
「その技量、ただの魔導士とは思えません。どうやら上位誘拐魔のようですね」
「あなただって見た目で人を排除するSランク差別主義者でしょう!」
人を魔物みたいに言うとか、どういう教育を受けてきたのか。
言いたいことはあれど、さっさと鎮圧しなければ。
「《カオスフィールド》!」
杖の先から一定範囲の視界と気配を遮断する闇の空間を伸ばす。
こちらも相手を見失うが、大体の位置がわかれば十分。
距離さえ取れれば術式を組む時間も稼げるはず――
「甘いですよ。正義の一振り!」
「なっ!?」
霧の奥で光が瞬いたかと思うと、横薙ぎの剣閃が漆黒の闇に煌めく。
(まさか、魔力を斬り払った!?)
カオスフィールドによる闇の空間は魔法で維持された結界の一種。霧や煙幕では無いために強風で散らすことも水で押し流すことも、ましてや物理的に斬るなど論外のはず。
考える間もなく長い金髪を翻して女剣士が斬りかかってくる。
「《ファイアボール》……!」
「効きません! 正義の両断!」
魔力で生み出した火球は、高速の突きであっさりと2つに割られてしまう。
肉迫された私は、勢いそのままに繰り出された剣撃を止めるので精一杯だった。
「その剣、やはりただの武器じゃないわね……!」
「察しの通り、この剣は我が家の家宝にして魔を断つ剣。その名を【ソング・オブ・アレクサンドリア】と言います。“相手が悪に染まっているほど持ち主の能力を向上させる”まさに正義を象徴する剣なんですよ」
「言いがかりを付けて私を悪人認定したのはそのため!? どう見てもあなたのほうが悪質じゃない!」
「うーん、でも妙ですよね。貴女を相手にしてると能力が急に伸びたり縮んだり落ち着かない……剣が混乱してるみたいなんです」
「だから冤罪だって言ってるでしょうがっ!」
碧い瞳に困惑の色を浮かべながらも、しっかりこちらに剣を叩き込んでくる。
そのたびに私の体力は削られ、追い詰められていく。
「くっ……まずい……!」
ただの斬撃に自分の名前を付けるようなアホに苦戦するなんて。
パワーシフトを使えば。……いや、あれは攻撃力は上がっても速度は上がらない。
この女の身軽さからして正面からの攻撃では避けられてしまう可能性が高い。
だがその時。
意識を取り戻した野盗の1人が上体を弓を手にし、背後から女剣士を狙っているのが窺えた。
文字通り一矢報いようとしている。
願ってもない好機だった。
しっかり急所を狙えと心の中で激励する。
やがて振り絞った弓が、ちょうど剣を振りかぶった彼女に放たれた。
矢尻が狙うは、鎧に守られていない頭部。
「ふっ!」
しかし女剣士は突如として外套を翻し、あろうことか向かい来る矢を払い落とした。
「一瞬目線が背後にズレましたね。何か姑息な手を考えているとは思いましたが――っ!?」
当然、この程度で倒せるとは思っていない。
その場しのぎだろうと、一瞬でもまともに術式を組む時間があれば十分。
「《スラストウインド》」
風魔法で地面を穿つと、女剣士へ大量の土煙が巻き上がる。
本人がべらべら喋ったことだ、その剣は魔を断ち切ると。
裏を返せば普通の目潰しは通じる。
「……くっ! 逃がしません!」
砂塵のカーテンの中を強引に突撃をしてくる女剣士。
追いすがってくるのは当然。魔法職に距離を取られては近接職に不利しか生まれない。
「逃げる? ハナからそんな気ないわ」
「――っ!?」
魔法だけに頼る3流と一緒にしてもらっちゃ困るわ。
視界不良の中を突き抜けてきた彼女の鼻っぱしに、同じように前へ踏み込んだ私は掌底を叩き込む。
さすがに予想外だったのだろう。
彼女の鼻梁に喰らいつかんとする手の平はその顔に呆気なく吸い込まれた。
「ぶふっ!?」
勢いを殺すことも出来ず、顔面に衝撃を受けて大きく仰け反る女剣士。
そのまま足を払うと顔をつかんだまま地面に叩きつける。手から放れた“正義の剣”が近くの地面に突き刺さった。
「勝負あったわね」
鼻血が出ているものの、まだ完全に意識は失っていないようだ。
杖を向けた私は、念のためにと彼女を昏倒させるべく魔力を込める。
力量はあるようだが、だからこそゴリ押しに頼りすぎたのが敗因といったところか。
「さようなら、差別女。《サンダー……」
「お……どりゃあああっ!」
――なっ!?
その瞬間。
倒れたままの彼女から突如として繰り出された脚の一撃で、杖が反れる。
それどころか一瞬で跳ね起きた女剣士が、私の懐深く潜り込んできた。
(まだそんなに動けるの!?)
彼女はそのまま、焦点の定まらない双眸を急接近させてくる。
「正義の石頭!!」
「!?」
ゴチンッ
まさかの頭突きが私の顔面に吸い込まれた。
鈍い音と共に目の前を火花が飛び交う。
杖を取り落してしまうほどの衝撃に、私は顔を抑えて身悶える。
「~っ! い……ぐう……あが……っ!」
「ど、どうですかっ……! ぐうっ、痛ぁっ!」
頭を揺さぶられ、踏みとどまるのがやっとだ。
この状態でさらに追撃が来たら窮地だったが、相手も予想以上にダメージを受けてしまったようで、足をふらつかせている。
その時、口の中に塩辛いものが入り込んでくる。手の平を見ると血がべっとり付着していた。
誰のものでもない、私の鼻血だ。
「もうキレたわ……! どいつもこいつもヒトの顔を何だと思ってるの!」
「貴女が最初に顔を狙ってきたんじゃないですか!」
「鎧着てるからそこ以外攻撃できないのよ!」
「そっちは魔法があるんだから五分です!」
真っ向から対峙した私達は、真正面から意地をぶつけあった。
戦略を立てる時間も惜しい。
こぶしを振り上げ、取っ組み合い、蹴りを喰らわせる。
ドロまみれになりながらも互いに膝だけは折らない。
「タダじゃ済まさない!」
「悪は滅びなさい!」
やがて渾身の一撃が互いの体を大きく弾き飛ばす。
「ぐっ! ――っ!?」
「痛っ!? ――!」
近くの地面に転がっていたのは私の【アルスノヴァ】。
咄嗟に拾い上げて構えるものの、相手も自身の剣に手を掛けるところだった。
「…………決着をつけるわ」
「…………望むところです」
負けられない、こいつにだけは。
正面から打ち破らねば気が済まない。
それは、相手も同じ。
――最高の技を繰り出す。
お互い、結論は同じ。
必然、構える。
杖に宿すは、最上位雷魔法。
「……《雷女神ノ――」
対するは、自称正義の剣から放たれる最大の剣技。
「……《善ナル王ノ――」
己の存在意義をかけた一撃が放たれようとしたその時。
「あのぅ、少しいいですかいのう」
横からのんびりとした声が響く。
そこには乗員の1人である老婆が立っていた。




