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12 魔導士、手を組む

 ――いつまでそうしているつもりだ。


 かつて知った男の低い声が聞こえてくる。


 なによ、うるさいわね。

 見てわからないの。

 死んだのよ、私。いい気味でしょう。


 ――夢はどうした。富と権力さえまだ手に入れていない。


 知らないわよ。

 死んじゃったのならもう終わり。

 まあ、こんなものよ。

 家族も友人も何もかも踏みにじった私には当然の帰結。

 ざまぁないわね。


 ――俺の作った【アルスノヴァ】は持ち主を死ぬまで成長させる。お前に相応しい武器だ。


 もういい。

 大それた夢だった。それだけのこと。


 ――半端に終わってくれるな。我が身以外の何もかも捨てて駆け上がるんだ。早々できることじゃない。


 勝手に定義しないで。

 全部、私が決めた道よ。

 往くも止めるも自由でしょう。


 ――寝ぼけている余裕はないぞ。俺達の手を離れた怪物がどこまでやれるのか見せてくれ。


 勝手に期待して発破をかけないで。

 死んでも意外と考える時間って残されてるのね。

 心底面倒だわ。

 こんな時、どんな風に振る舞えばいいのかしら。



 ◇◆◇◆



「う……」


 目覚めると、私は狭い小屋の中にいた。

 近くでは薪の燃える音と共に、かすかに水の流れる音が聞こえる。

 視線を落とすと、毛布を巻かれた自身の体と、同じく毛布を体に巻いて寝息を立てるレキの姿が映った。

 

 私は生きていた。

 だけどこの状況はどういうことなのか。

 どうやって逃げ切ったのか。


 確か体に穴が空いたはずだと、傷口を確認しようとしてゆっくりと半身を起こすと、あの子が掛けてくれたのか、毛布がするりと落ちて体が露わになる。

 目に映ったのは健康的で透き通るような肌の色。

 傷はきれいさっぱり消えていた。

 そして同時に衣服と下着も消えていた。


「き……きゃあああああああああああああああああ!?」


 吹き出す悲鳴。

 そう、私は、全裸だった。


「あ、起きたんですね、ローザさん」


 私の声で目を覚ましたか、レキがこちらに顔を向けた。


「ちょっと! これどういうことよ!」


 私は毛布で体を隠しながら声を張り上げる。

 裸ということはつまり、誰かに脱がされたということ。

 すなわち犯人はレキ。

 大人しそうな顔して油断も隙も無いとはこのことだった。


「えっ、何のことでしょう」

「何で裸なのよ私!? 見たの、見たのね!?」


 状況的にそうとしか考えられない。

 そうすると年頃の男子に、上も下も見られたことになるわけで。


「だって濡れたままじゃ風邪引いちゃいますよ。装備も下着もちゃんと干してありますから」

「うぐ……いや、なんでそんな冷静なのよ!?」


 こっちはどんどん顔が熱くなってるのに、大してなんとも思ってないみたいで傷付くわね!


「あなた、抵抗無いってことは女性の体に触るのとか慣れてるの?」

「へ? そんな記憶……あ、そっか」


 何かに気付いたのか、レキははっとした表情になる。


「安心してください。ボクも、その、一緒です」

「は? えっ」


 毛布の隙間からはだけさせたレキの胸にはまだ成長途中といった形の2つの膨らみがあり、そして下半身には男性としてあるはずのものがなかった。

 私の反応を見たレキはさっと隠してまた元の位置に腰を下ろす。


 まさか同性だったの……!?

 いや、確かにどっちつかずの声だったし、言われなければどっちかわからなかったけど!


「ど、どうして嘘ついていたのよ」

「その……ガルムさんがそういうことにしておけって。もし女だってわかったら、ローザさんはパーティーに加えるのを反対するだろうからって」


 それはそうでしょう、だって適材適所ってものがあるじゃない。

 だからいつまで経っても力仕事ができなかったなんて。


 ……失態だった、完全に。

 もちろん見抜けなかった私のだ。


「……部屋にいる時、あいつに変なことされなかったでしょうね」

「暴力の他にですか?」

「いやだから……必要以上に体を触られたりとか、そういうのよ」

「うーん、そういうのは特に。もう少し成長したら他のことも相手してもらうって言われたことはありますけど……」


 一線を超える手前だったか、あのクズ。

 でもこれではっきりした。

 全部ガルムが悪い。

 あいつが騙してまでレキをパーティーに引き入れなかったら、こんな目には遭わなかったのだ。


「……ありがとうございます、ローザさん」

「? 急に何」

「ボクのことを魔族からかばってくれたこと、です。嬉しかった。狙われてのを知って、駆けつけてくれたんですよね」


 そう言ってレキは口元を緩めた。

 さっきは敵意むき出しで殴りかかってきたくせに、調子のいいものだ。


「私の傷はどうしたの。こんなきれいに治すなんて並の治療魔法じゃ不可能よ」

「えと、実はボクもよくわからないんですけど」


 レキから経緯を訊いた私は、ますます混乱した。


 この子の中にもうひとり誰かがいて、そいつが私を治した?

 そんな真似ができるほど実力があるなら、どうして今まで出て来なかったのか。それもレキが狙われているのと何か関係があるのだろうか。


「言っておくけど、別にあなたを守ったわけじゃない。私も狙われていたのよ」

「えっ……どういうことですか」


 今度は私が順を追って説明する。

 死に戻ったことなどさすがに信じてもらえるかわからなかったが、レキは私の口から告げられた言葉に聞き入り、そして最後に顔を曇らせた。


「……でも、最後はボクを助けてくれました」

「もう死ぬと思ったから一矢報いてやりたかっただけよ。そうでもなければ、誰があなたなんか」

「……嫌いです。大嫌い、ローザさん」


 抱えた膝に顔を埋めるレキ。

 今度こそ大が付くほど嫌われてしまった。


「……リヒトさんって人に会うことはできないんですか」

「できないとは言わないけど、私は方法を知らない」

「……さびしいなあ。誰もボクを見てくれない」


 レキはあの時のように項垂れて、呟く。


「強くなるしかないのよ」

「……」

「強くなれば、あなたを見てくれる人が増える。あなたを必要としてくれる人が現れる。あなたを見下さなくなる。自分の手で生きていける」


 人はそのために生まれてくる。

 何もできない人間は愛されない。

 世の中に負けたくなかったら、強くなるしかない。


「……強くなんかなりたくない。ボクはきっと、ローザさん達みたいになれない」


 それでも、とレキは続ける。


「倒れたローザさんを見て、虚しさと悔しさが溢れたんです。もしかしてボクが何もできないのは、何もしてこなかったからなんじゃないかって。過去を思い出せないのも、思い出すほどの価値が無いからなんじゃなかって」

「そんなことは……」

「強さなんていらない、でも、弱いままでもいたくない」


 誰も傷つかないように。

 誰かを傷つけないように。



「ボクは普通になりたい」



 レキは願いを口にする。


 そう。

 普通が、あなたの夢なのね。


 強さと弱さの中間なんて、誰彼かまわず傷つけて生き永らえた私には思いも寄らない道だわ。

 そんなの私は無理だと思うけど。

 でも、そうね。なれるといいわね。


 同時に私の心も決まる。


「協力しましょう」

「え……?」


 私が生き延びるためにはレキの協力が必要不可欠。

 だけど、これまで通りの一方的な気持ちの押し付けではまたいつかレキを追い詰めてしまうだろう。

 だから取引だ。


「お互い1人じゃどうにもならない。だから手を組みましょう。問題が解決して、2人とも無事が保障されるまで。その間、私は全力でレキを守る。その代わり、あなたは私に記憶を提供して」


 共感なんて有り得ないなら力関係に上も下もない。

 別世界の住人なのだから、だからこそ手を取り合えば対等だ。

 こじつけかもしれないが。


「力を得るのに過去は関係ない。大切なのは現在と未来。昔のことなんて気にしなくていい。でも私にはあなたの“過去”が要るのよ」

「……」

「辛いなら思い出さなくてもいい。私が勝手に探すから。だから、一緒に戦いましょう」


 生きるためには戦わなければならない。レキを守らないといけない。

 現在と、未来のために。


「ローザさん」

「敬語も使わなくていいわよ、対等なんだから」

「……でも信用できないよ。用が済んだ途端、見捨てるんじゃないの」


 レキからすれば当然の意見が出る。


 そうね。無理もないわ。

 私は、あなたを……いじめていたのだものね。


「少しくらいボクに有利な条件を追加させて」

「……いいわよ。言ってみて」

「じゃあ、協力している間はボクの言うことをできる限り聞くこと」

「いきなり調子に乗ってきたわね……まあいいわ。常識的な範囲にしてよ」

「あまり拒否するようなら突然いなくなるからね。それともう1つ、ボクに魔法を教えて」


 当たり前のように追加の要求をしてくる。


「いいけど、魔法に興味があったの?」

「それもあるけど、せっかくだから自称天才魔導士のローザに教わってみたいって」


 自称というのが余計だが、確かに魔法なら力を得るのに1番の早道だ。

 もちろん才能あってのものだが、今なら、なんとなくレキには魔力や術式構築の適正が備わっている気がした。


「ちゃんと教えてね。魔法を覚えられなかったらローザの教え方が悪いせいだよ」

「わかったわよ。ちゃんと相手をするわ」


 なんだか一気に図々しくなった気がする。

 まあ、威勢がいいのは悪いことではない。


「じゃあ、ほら」

「……? なに、これ」


 これ以上変なことを言われないうちにと、私が毛布の間から差し出した右手を不思議そうに見るレキ。


「握手よ。言った通り、手を組んだっていう証」


 もちろん形式的なもので、制約も減ったくれもない。

 だけどまあ、一応でも約束を交わすというのは大事だろう。


「証……そうだね……うん。ふふっ、よろしくね、ローザ!」

「……ええ、よろしく」


 最初は呆気に取られた表情のレキだったが、なんだか嬉しそうに私の手を取ってきた。

 よくわからない子だった。


「でもローザ。町を離れてアテはあるの? 闇雲に逃げ回ったって意味がないよ」

「方向だけなら見当はついてるわ」


 私は窓の先を指す。


「まずはあなたがやってきた上流に向かう。そこで、少しでも手がかりを探すのよ」



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