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03.

 私は目の前の少年を呆然と見つめた。


 ルーク・ストラッフォード。


 それは前世でプレイしていた乙女ゲームに攻略対象として登場する人物キャラクターである。

 主人公おねえちゃんとの関係は幼なじみ。乙女ゲームの舞台である学園では騎士科に所属し、キラキラな容姿と気さくな性格で女の子の噂の絶えない軟派な男、いわゆるチャラ男だ。

 ただし、女の子の噂が絶えないのには理由があったりする。ただのチャラ男でなく、『影のある』チャラ男なのである。


 前世の私が一番好きな攻略対象で、ルークに関する情報はお姉ちゃんと幼なじみということも含めて、全て覚えていた。そして、シエラがルークルートの当て馬であることも。それなのに、幼少期に出会うことを忘れていたとは迂闊だった。

 フラグを折るための何の対策も心構えもしていない。


……まぁ、乙女ゲームのシエラが惚れていて、前世の私が一番好きなキャラだったからといって、今世のシエラもそう(・・)だとは限らないのだが。

 むしろ、今の私の軸となっているのは『前世の私』でも『乙女ゲームのシエラ』でもなく、『今世の私』である。『前世の私』は、あくまで『私』を形成するものの一部でしかない。

 さらに、この世界が乙女ゲームと酷似している|(もしくは乙女ゲームそのものの世界かもしれない)とはいえ、『私』に前世の記憶がある以上、私が『乙女ゲームのシエラ』になることは有り得ない。


 なので心構えの方はあまり必要ないだろう。いくら私がルークルートの当て馬だとはいえ、私が惚れなければ良い話である。そして、ルークが主人公おねえちゃんの攻略対象である限り私が惚れることは無い。

 よって、必要なのはお姉ちゃんを攻略対象ヤツらから守るための対策の方だ。今回は対策を忘れ、出遅れてしまったけれど、次は無い。必ずやお姉ちゃんを守ってみせる。

 私は目の前の攻略対象を睨みつけた。



 少年は挨拶もせずにガン見する私を、貼り付けたような笑みを浮かべて眺めていた。

 先ほど女の人――ソフィーナ様は同い年と言っていたし、乙女ゲームでは主人公の一つ下だった。つまり、ルークは私と同じ5歳なのだろう。

 しかし、幼児にしては大人びている、というか。これもゲーム補正とかそういうヤツなのだろうか。5歳でこんな胡散臭い笑みを浮かべるなんて末恐ろしい。さすが攻略対象……!!


「アリア、シエラ、挨拶なさい」

 お母さまの声に我に返った。

 厳しい顔をしたお母さまと心配そうなお姉ちゃんが視界に入る。

 挨拶を返さないなんて、相手に非常識だと思われても仕方がない、というか普通は非常識だと思われる行為だ。

 しかも敵の目の前で考えに没頭して、さらには私のせいでお姉ちゃんまで叱られてしまうなんて、私はいったい何をしているのか。


「……シエラ・ローゼンベルクです」

「アリア・ローゼンベルクです! シエラのお姉ちゃんです!」

 私が慌てて挨拶をすれば、ホッとしたように息をついて、元気良くお姉ちゃんも挨拶をした。二人で一緒にドレスをつまんで腰をかがめる。いわゆる淑女の礼という奴だ。


「ごめんなさいね。いつもより緊張しているみたい」

「いいのよ。知らない人間が家にいるのだもの。びっくりして警戒するのは当然のことだわ」

 申し訳なさそうなお母さまに、気にした様子もなく朗らかにソフィーナ様が答えた。

 お母さまのお友達というだけあって、度量の広い、良い人なのだろう。私は少しだけ警戒を解くことにした。

……ただし、警戒を解くのはソフィーナ様に対してだけだ。隣で相変わらず嘘臭い笑みを浮かべているルークには当てはまらない。


 今、どれだけ可愛らしい天使のような姿をしていようとも、所詮は攻略対象ルーク。未来の姿はお姉ちゃんや他の女の子達をたぶらかすチャラ男である。

 絶対に気を許す訳にはいかなかった。


 クキュルキュルゥゥゥ


 突然、隣から不思議な音がして、私は思わずルークを警戒するのも忘れて真横を見た。

 お姉ちゃんが顔を真っ赤にしてお腹を押さえている。どうやら今の音は、お姉ちゃんのお腹の虫らしい。恥ずかしそうに俯いていた。


 遅い朝食を摂るためにダイニングにやってきたのに、予想外のお客様|(主にルーク)のせいでさらに遅れているのだ。お腹が鳴るのは当然といえば当然だった。

……ちなみに私のお腹はもう鳴らない。さっきまでは鳴っていたし、当然お腹は空いているのだが、空きすぎて限界を突破したらしい。ダイニングに着いたあたりから鳴らなくなってしまった。


 恥ずかしそうにするお姉ちゃんに、ソフィーナ様が優しく微笑みかける。

「あなたたちが、まだ朝食前だってことを、すっかり忘れていたわ。ずっと話していたのだもの。お腹が空くのも当然よね」

「すぐ朝食にしましょう」

お母さまもクスリと笑って、後ろに控えていたメイドさん達にてきぱきと指示を出した。


 お姉ちゃんには悪いけれど、もの凄く可愛い。特に顔を赤らめているのが可憐さを引き出している。

 無表情な私の顔が緩むのがわかった。笑みがこぼれる。

 お姉ちゃんは笑われたことに気づいたようで、さらに顔を赤らめて頬を膨らませた。

「もう、シエラ! 笑わないで!!」

「ふふ……うん、わかった。もう笑わない。……ふふふ」

「笑ってるよ!?」

 必死になって抗議するお姉ちゃんに笑みを止めることが出来ない。そんな私にますますお姉ちゃんは頬を膨らませた。なんだかハムスターみたいだ。


「……かわいい」

 ぽつりと聞こえた声に、勢い良く振り返った。

 私の視線の先では、ルークが思わずこぼしてしまったというように口元を押さえている。貼り付けたような笑みは消えていて、そのかわりに驚きに染まっていた。


 確かに、お姉ちゃんのあまりの可愛らしさに驚くのは分かる。私なんて毎日が驚きの連続だ。お姉ちゃんはそれぐらい可愛い。すごくよく分かる。


 しかし。


「……お姉ちゃんをたぶらかすチャラ男め。ついに、ほんしょうをあらわしたな……!」


 理解することと納得することは別問題なのである。




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