053_予定の確認は大切です
「さて、今日は博覧会の予定を確認しようか」
手を叩く音がして視線を向けると、ジーク先輩がいた。
窓の外は真っ暗だ。
テンプ作成に集中しすぎて、時間が経つのを忘れていたらしい。
時計職人が時間に無頓着なのは良くないだろう。
でも、日本人は始まる時間にはうるさいのに、終わる時間には驚くほどに寛容だったりする。
私の日本人魂がそうさせるのかも知れない。
「まずはこの紙を見て欲しい」
そこには、開場時間から逆算した設営準備の予定に加え、商品説明や防水ケースの実演など、分単位のスケジュールが書かれていた。
いかにも、几帳面なジーク先輩らしい。
が、私はそれを見て驚愕の事実を見つけてしまう。
「ジーク先輩! この予定表に問題があります!」
「……えっ! なんだい!?」
「ご飯の時間がありません!」
ジーク先輩は膝を折った。
「なんだ……そんなことか」
そんなことではありません。
お腹が空いては、戦はできません!
「ご飯は空いてる時間に各自、適当に食べる感じかな。会場のすぐ外にも屋台が出るらしいから、そこで買うのがいいんじゃないかな」
「それはいい情報を聞きました! 当日の楽しみが増えました!」
「エルナは本当に分かりやすいね」
「女性の心は複雑怪奇のはずなのですが」
「でも、顔に出てるよ」
「……解せません」
両手で頬を触ってみるが、特に変化はないように思う。
ジーク先輩は咳払いをしてから話を続けた。
「そういえばだけど、テンプ開発の方はどうだい?」
「いい感じです。あとは精度を上げるための微調整なのですが、そこが一番難しいです……」
精度が悪いのには色々な原因があったが、一番はヒゲゼンマイの長さだった。
長くなると、バネは柔らかくなり時計の針はゆっくり進む。
逆に短いとバネが硬くなり、針は速く進むようになるのだ。
例えば、定規を机の端から突き出して、指で弾くところを想像してみると分かりやすい。
長く出すと柔らかく遅く振動し、短いと硬くて速く振動する。
ヒゲゼンマイも、これと同じように長さで振動の速さが変わるのだ。
でも、一度作ったヒゲゼンマイの長さは、そう簡単には調整できない……
そこで、テンプの振動の速さを調整する部品を作る必要があったのだ。
「ヒゲゼンマイを切らずに、振動する部分の長さを調整できる緩急針を取り付けました。これでかなり精度は上がるはずです!」
「そっか、いい感じだね。それは良かった」
ジーク先輩が頭を撫でてくる。
私のことを犬か何かだと思っているのだろうか。
「この二日間寝ないで作業しました!」
「二日間!? ……だからカレンが息をしてないのか」
「……してるわよ」
作業台に突っ伏していたカレン先輩が、片手を上げて振った。
「……コーヒーが……欲しいわ」
「カレン先輩、ありがとうございます。今日は帰ってゆっくり寝ましょう」
「そうだよ、今からコーヒーなんて飲んだらまた目が覚めて寝れなくなるぞ」
「お腹も空いてるのよ〜 夕食を食わずに寝たら間違いなく死ぬ〜」
流石に無理をさせてしまったかもしれない。
「それにしてもカレンはあんな風だけど、エルナは元気そうだね」
徹夜は体力というよりも、慣れだ。
だから年齢は意外と関係なかったりする。
おすすめは絶対にしませんが。
「眠いですよ。ですがそれ以上に楽しいので、まだまだ大丈夫です!」
「そうかい? じゃあ博覧会の続きを話すけど……」
ジーク先輩がカレン先輩に目を向ける。
「大丈夫よ……聞いてるから、目は閉じてても耳は問題なしよ」
そう言って、重そうに顔を上げるカレン先輩。
「まぁ、重要なことは紙に書いてあるから、聞き逃したらそっちを見てくれ」
親指を立てるカレン先輩。
ジーク先輩はそれを見て、少し笑ってから話を続けた。
「博覧会はの開催期間は三日間だ。最初の二日間は、一般参加の人たちがメインだ」
「入場料はかからないのですか?」
「一般入場は、だいたい屋台の軽食一食分くらいかな。出展者は関係者証を見せれば中に入れるよ」
「無くしたら大変そうですね」
「入場料を払えば入れるけどね」
「軽食か時計か……これはすぐには答えが出そうにありません」
お腹が空いていたら、屋台に向かってしまうかもしれない。
「エルナが主役なんだから、ちゃんと会場には来て欲しいな」
「いえ、出展者全員が主役です!」
いいことを言ってしまったかも知れません。
ちょっと決め顔で言ってしまった。
「でも、関係者証は僕が管理してるから、心配はしなくても大丈夫だよ」
なんかちょっとスルーされてしまったかも知れない。
恥ずかしいので、なんでもないことのように前を向いて誤魔化すことにする。
「……はい」
「それで三日目は、一般公開されないんだ。職人や商人、それに貴族や教会関係者が中心になる。商談とか取引をする日だと思って欲しい。入場者の数は少ないけど、一番重要な日だ。時計職人同士の会議もこの日に行われる」
前世で言うビジネスデイといったところだろうか。
「どうして最終日なのですか?」
「鋭いね、最初の二日間で来場者の反応を見るためだよ。評判が良ければ、商談を有利に進められるし、逆もあるって感じだね」
「なるほど」
「まぁ、あまり緊張せずにリラックスして参加するといいよ。お祭りみたいなもんなんだから楽しまなくっちゃ」
「お硬いジークにしては、気の利いたこと言うじゃない!」
目が覚めてきたのか、いつもの調子で反応するカレン先輩。
「カレンはリラックスし過ぎだ。緊張感をもってくれ」
「うわ、差別だ〜 私にも優しくしろ〜」
「これは区別だよ。まったく、エルナも何か言ってやってくれ」
「いつものカレン先輩のおかげで、私はリラックスできます。ですのでそのままでいてください」
「ジーク、聞いたかしら! 私の勝利よ」
胸を反らすカレン先輩。
なんだか楽しそうだ。
けれど、まだ婚約者の件は解決していない。
空元気で無ければ良いのですが。
「とにかく、適度な緊張感と心の余裕を持つこと。いいね?」
「はい! 承知しました!」
「あと、寝ること!」
「……」
「なんでそこは返事をしないのかな?」
「時計に触れる時間が減るので……」
「睡眠時間も大切だからね、エルナ」
「……はい」
先程とは違って、私は小さく返事をした。




