第31話 ウロボロス
視界が白く、薄くなっていく。
止まらない血の海。
傷ついた心臓が再生しようとしている。
だがシオンの氷柱がそれを阻害する。
全身の体温も奪われていく。
それでも俺は死なない、死ねない、死にたくない。
「我が主人様よ、最後のチャンスじゃ。お前様も人を食え。一度食えば、何も抵抗がなくなる」
シュウッ……
シオンが氷柱を消して俺の体の傷が息を吹き返すように再生した。
これも多分シオンの力のせいだ。
どんどん再生の質が上がっていく。俺は何一つ変わってないのに。
「そうじゃ、思い出した。わしも、元は『人の子』じゃったな」
「選べ、最後のチャンスじゃ。わしに殺されるかあの女のどちらかを喰え。喰うんじゃ」
俺が人間を食うなんてそんなこと。
ボワッ!!
「うぎゃあああああ」
熱い、熱い。
グシャアッ!!!
「どうじゃ? 腑を裂かれる気分は? 生きたいか? 痛いのは嫌か? 1000年も生きれば痛みを忘れれるぞ」
「次は脳みそを抉る」
グチュッ グチャリ
シオンが俺の身体を拷問のように弄ぶ。
「ほれ、再生できるじゃろ。 炎は消してやったんじゃ。もう死ぬか?」
「ねえ、佳紬由さん! 凪人くんを、凪人くんを助けてあげてよ」
「ごめんなさい、静香ちゃん」
「まだ、私は助けれない。凪人くんが死ぬ寸前まで私は助けない。でないと凪人くんは……」
シオンが俺の首を持ち上げた。
「ほれ、再生が追いついてないぞ。わしの攻撃が速すぎるのかのう?」
「がっ……あ……!」
「さあ、お前様。選択するのじゃ」
「わしを受け入れ、人を食う導魔として生きるか……それとも、人間としての誇りとやらを守り、 このまま、永遠に、苦しみ続けるか」
「……そうでなければ、この地獄は、終わらんぞ」
なぜだ、少しだけシオンの声が悲しげに聞こえる。
「こ……ろしてみろよ。俺も不死だ殺せないんだろ?」
「ふはははは、いいじゃろう! 女王を愚弄するな。導魔にも人間にも共通して簡単な殺し方があるんじゃぞ。こうするだけでいいんじゃ」
ガブッ!
シオンが俺の再生した右肩に歯を立てた。
“不死の導魔を唯一殺す方法、捕食”
「お前様も美味じゃな。あの時喰えば良かったと思うぐらいに。久方ぶりに味を感じたな」
こいつ、俺を食って殺す気か……!
「まずい、凪人くん!!」
後ろで刀を鳴らす音が聞こえる。
シオンは一つ一つを噛み締めるように俺の体を食っていく。
「ああ、あぎゃあああ」
誰かに食われるという痛み。何にも言い難い痛み。
「褒めて使うぞ我が主人様。わしをここまで成長させたことを」
シオンが俺の首に歯を立てた。
ダメだ、もう死んじまうよ。
助けて佳紬由さん。
***
2ヶ月前。
宮家の訓練場にて。
「佳紬由さん、俺って生きてていいのかな?」
「どうしたの急に?」
「いえ、みんな学校行ってるし俺はこんなとこで。大会も勝てるかわからないし。宮家のみんなも俺を邪険に思ってるよね?」
「うーんどうだろうね。でも凪人くん、生きるのがいいかどうかを決める必要なんてないわよ。私からすれば、生きてていい人間も生きてて駄目な人間もいないわよ」
「そうですか。俺はずっと迷ってます。この力は本当に手に入れてよかったのかどうか」
俺の言葉に、佳紬由さんの表情が少し怖ばった。
「凪人くん、自分の信じた道は突き進みなさい。迷うことは当然。それでも進んできた道を否定するのは良くないわ」
佳紬由さんは、俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「凪人くんいい? 力というのはね強さの証明じゃない。敵を倒すためのものでもないし、自らの魂に嘘をつかないため、魂にある、大切なものを護るためのものが力なのよ」
***
絶対に死んじゃだめだ。俺の力をそんなことに使わせない。シオン、お前の力は俺の力だ。俺が責任を取る。あいつらを護るために。
まだ残っている左手で!!!
バッ!
俺は殴らなかった。シオンの頬に左手を置く。
答えはシオンが教えてくれた。
「シオン、俺がお前のために責任をとってやる。だからもう終わりだ」
ガシュッ!
俺はシオンを終わらせるために、シオンの胸に牙を立てた。
ガシュッ! ガシッ! ガブッ!
「何をお前様ッ!」
「こうすればいいんだろシオン? そうだな、俺も同じように罪を被るよ。人間が導魔を喰ってやるよ。お前を否定したことも俺が罪を被る。お前の罪も俺が喰ってやるよ。そのあと佳紬由さんに殺してもらえばいいだろう」
俺は無我夢中に喰った。むさぼりつくして、俺はもう人間も捨てる。
冷たいな。本当に人間じゃないんだな。
胸から、心臓を喰っても再生が止まらない。
だから全身を喰っていく。
シオンの身体を喰えば喰うほど再生が、波導が回復していく。
「やめろ、やめてくれ我が主人様!!!」
「ここで終われるかよ」
後一口食べればこいつを。
もうこれですべてを終わらすことができる。
「もうやめて! 凪人くん」
背中から。
俺の腰に、温かい、ひどく震える腕が回された。
「……っ」
静香だった。
氷のように冷たかった俺の背中に、彼女の涙の熱さが、じんわりと染み込んでくる。
俺の狂気に満ちた顎が、シオンの首筋の、ほんの数ミリ手前で、ピタリと止まった。




