第11話 天才
(ダメだ、このままじゃ、俺の波導が持たない!)
凪人は、重力に押し潰されそうになりながら、必死に思考する。
(この戦いの中で、成長しなきゃ! 杞憂の時みたいに!)
視界が霞む。
黒い波導の出力が落ちていく。
すももの勝ち誇ったような、しかしどこか悲しげな切っ先が迫る。
(どうする!? どうすれば、この「術式」を……!)
(ここで終わるのか……!?)
その時、極限の圧力の中で、凪人の脳裏に閃光が走った。
(――待てよ?)
(重力は、上から押さえつけているんじゃない。俺を「引っ張って」いるんだ)
凪人は、自分の足元を見た。
そして、ニヤリと血に濡れた歯を見せて笑った。
(なら、引かれるがままに……堕ちてやるよ!)
凪人は抵波導での身体強化をやめた。
すももはそのすきを逃さまいと走る。
カムイも当然多くの波導を消費する。ここで、すももが決めないと泥沼に行く可能性がある。
だが、そのまま凪人は高速に下へと落ちて行った。重力に逆らわずにそのまま下へ加速した。
武舞台は先ほどの凪人の戦いで不安定になっている。その勢いのまま、舞台のがれきが四方へ舞う。
すももは、防御に気を取られカムイが解除される。
円城寺が観客席で目を光らせる。
そして、凪人がここで波導をさらに爆発させる。舞台全体を黒い波導が充満する。
すべての裏の裏。今まで、波導で全体を感じとっていたすもも。それが裏目にでる。辺りは凪人の波導で埋め尽くされる。これでは凪人の動きが目視でしか確認できない。
「まだまだ、これからだぜ、すももちゃん」
凪人の波導も尽きかけている。
(まだ一つ、警戒すべきはイザナミだ。これ以上の遅延は俺の波導が無くなって負けちまう。次の一発が限界か)
***
(やっぱり凪人くんはすごいや。私にはそんな作戦思いつかなかったよ)
『すももは女だからねぇ…….真化と逆なら良かったのにねぇ』
すももの脳内にそんな昔言われた言葉が浮かび上がる。
(女だから妹だからとかじゃない。私が私であるために)
(ここで私が決めるんだ)
すももが刀に波導を込める。
(凪人くんにはまだイザナミを打てると思い込ませる。私の波導も少ない。打てても一度。確実に当てる)
***
(私は負けない!)
(俺が勝つ!)
二人の脳裏に、この三ヶ月の記憶が駆け巡る。
早朝の走り込み。泥だらけの組み手。
閉鎖された宮家の中で唯一日常を感じさせてくれた。
あの日々は、嘘じゃない。
だからこそ――今、ここで全力をぶつけ合うことが佳紬由さんに見せれる、俺たちが今できる最大限の力だ。
二人が駆け出し始める。
凪人、すももが波導を刀に込め、一瞬攻撃を躊躇してしまう。
「カマイタチ」
まだ距離がある。そのため、最大の波導を使ったカマイタチが放たれる。
イザナミに使う分の波導が尽きた。
すももその場から動けない。
迫りくる巨大な真空の刃。
カマイタチ。それは鉄骨すら容易く切断する、宮家の絶技。
(まずい、ここでよけてしまうとスピードがもうあげれない)
凪人は、走る速度を緩めなかった。 右腕に、残った全ての「黒い波導」を過剰なまでに圧縮させる。
(イザナミだろうが、カマイタチだろうが……全部まとめて、ぶち破る!!)
「う、ぉぉぉぉぉぉっ!!」
ドガアアアァァァァッ!!!
凪人は、暴風の刃に真正面から突っ込んだ。
鎌が凪人の頬を切り裂き、鮮血が舞う。服がズタズタに裂ける。
だが、凪人の「黒い右腕」は、その暴風の核を、無理やり殴りつけて粉砕していた。
「なっ……!?」
すももの目が点になる。
あり得ない。術式を、身体能力と波導の「量」だけで強引に突破してくるなんて。
それに最大限の波導を込めた。
走ってくる。まだ波導を初めて3か月余りの鬼神が。
すももは動けない。 今の『カマイタチ』に全てを込めた。もう、指一本動かす波導も残っていない。
凪人の拳が、すももの顔面へと迫る。
すももは覚悟を決めて目を閉じた。
――ポン。
衝撃は、来なかった。
凪人の拳は、インパクトの瞬間に力を抜いていた。
握り込んだ拳が、すももの頬に優しく触れる。
「……へ?」
すももが呆気にとられ、バランスを崩して尻餅をつく。
凪人は、その場に立ち尽くしていた。 もう、追撃する力も残っていない。
「……へへっ。……俺の、勝ちだろ?」
凪人はニカっと笑うと、そのまま糸が切れたように前方へ倒れ込んだ。
「……凪人、くん?」
遠くで、試合終了のブザーが鳴り響くのが聞こえた。
『しょ、勝者、木場 凪人ォォォォッ!!!』
そのコールを聞いた瞬間、凪人の意識は遠くへ行ってしまった。




