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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第三章 学園へ

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守る為に

 朝、皆の前で啖呵を切ってからというもの、クラリスは貴族派の令嬢達から猛烈なラブコールを受けていた。

 公爵令嬢が我々側に立ってくれた。それだけで彼女達は大義名分を以て第一王子を骨抜きにした平民の女狐を狩る事が出来る。


 それ故に、クラリスへのご機嫌取りは露骨なまでに行われていた。

 少しでも休憩時間があれば、次々に令嬢が彼女の元へ集い、噂話に花を咲かせる。

 昼食の時間になれば、リネットと二人で座る席の周りを囲まれる。


 飛び交うのは自らの覚えを良くする為、爪痕を残す為の自慢話と、いかに自分が身分制度を重視しているかのプレゼンであった。


 

 

 「クラリス様……お労しゅうございます。婚約者であるアレクシス殿下が、あんな女狐……いえ、魔女に誑かされてしまって……心中お察し致しますわ」


 「え、ええ……ありがとう。ヴィルヘルムさん」

 

 「嫌ですわ、クラリス様……私の事はヘレナとお呼びくださいまし!」


 急増した取り巻きの令嬢達へ、クラリスはニコリと貼り付けたような微笑みを返す。

 しかし例え仮面の笑みであっても、誰が見ても完璧な公爵令嬢の浮かべる気品と慈愛の入り混じるものであった。


 それから口々に飛び交うミリアへの侮蔑の言葉に、クラリスは微笑んだままの口元の端が思わずピクピクと痙攣しそうになるのを必死に耐え、手にするスプーンを強く握り締めた。


 「く、クラリス様……」


 クラリスを気遣い、心配そうな視線を向けるリネットへ、私は大丈夫と笑みを深め、視線で応える。

 ――だが、いい加減気分がげんなりしていた。


 「……皆さん、ここは食堂ですわ。あまり過激な言葉は控えなさい」


 やんわりと諫める声音で、ヒートアップしかけている令嬢達を宥める。


 「先輩方から睨まれていますわ。時と場合を選び、品位を保つのも貴族の務めでしょう?」


 その一言で、周囲の令嬢達ははっと息を呑み、周囲へ視線を巡らせ、上級生からの視線にようやく気付き、次々に大人しくなっていく。


 「も、申し訳ございません……!」


 「つい、感情的に……」


 令嬢達は、おしゃべりに夢中ですっかり冷めてしまった手元の料理へ視線を落とした。


 (……それでいいのよ)


 クラリスは微笑みを張り付けたまま、内心で静かに呟く。


 (感情のままに動いてもらっては困るの)


 ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。

 少し冷めたそれは、火傷する事無く――それでいてぬる過ぎるわけでもない温度で、胸につかえていた留飲を下げていった。

 


 「殿下の御立場を守るのは……私の役目ですもの。皆も賛同して手伝ってくれて嬉しいわ」



 「クラリス様……!」


 「なんとお優しい……!」


 感嘆の声が広がる。


 (……簡単だわ)


 心の奥で、冷静な自分が囁く。

 代わりに……胸が痛む。 


 「噂や感情に任せて私達が動いてしまえば、同じ貴族の先輩方、そして殿下の評判を落とすだけよ」


 「……っ」


 誰も、反論しない。


 「動くなら、きちんと形を整えてから……ね」


 とどめとばかりに、皆へ微笑む。


 「――そうでしょう?」


 その問いに、令嬢達は一斉に頷いた。

 今は完全に、クラリスの掌の上で事が進んでいるのである。


 (……ごめんね、ミリアちゃん)


 

 ふと視線の端に、静かに食事を取る少女の姿が映る。

 あえて、しっかりと視線は向けない。


 (もう少しだけ、待っていて)


 クラリスは自身を囲む令嬢達へと再び微笑んだ。


 誰にも気付かれぬまま。

 この場の全てを、操る者として。




*   *   *




 放課後。

 広いサロン内は、歓談の声が飛び交う普段と異なり、世界から切り離されたかのような静けさに包まれていた。


 第一王子たるアレクシスを始め、第二王子のルイス。騎士団長子息のレオン、宰相子息セオドール、宮廷魔術師子息セイラン、錬金術界の天才フィール。

 

 そして公爵令嬢クラリスという、王城でしか見る事が叶わぬような、あまりにも高貴な男女がこの一部屋に集っているのだ。


 七人がサロンへ現れると、誰が命じたわけでもなく上級生も含めた皆が席を立ち、サロンを後にした。


 一番最後に入室したクラリスは好奇の目を背に受けながらも、場所を開けて頂いた先客の生徒達へ華麗に一礼しながら、サロンの重厚な扉を閉めた。



 「セイラン、防音魔法を頼む」


 「は、殿下」


 アレクシスの一言でセイランが魔法を発動し、いよいよサロン内は如何なる視線や聞き耳から隔離された密室となった。


 アレクシスを中心に、上座に置かれた大きなソファーに着席していく親ミリア派の面々。

 王子以外からの視線は鋭く、敵意を隠そうともしていなかった。


 (大丈夫……。視線や敵意ぐらいで負ける私じゃないもの) 


 クラリスは目を閉じて深呼吸をする。

 これからする事、進めていく事。茨の道を進む覚悟を今一度噛み締め、ゆっくりと瞼を開けた。

 

 


 さぁこれからこの公爵令嬢はどんな言い訳を口にするのか、どんな貴族至上主義な言葉を吐くのか。

 何を言われても言い負かしてやろう。そう言いたげにセオドールがモノクルを光らせ、レオンが鍛え抜かれた太い両腕を組む。


 逆に目を閉じて興味なさそうにすまし顔をするセイランと、ぼんやりと欠伸をするフィール。

 ——そして、目が合うとウィンクをして微笑むルイス。



 最後にクラリスが視線を向けたのはアレクシスの青い瞳だった。

 まだ敵意も好意もない、しかし確とクラリスの言葉を聞こうとする真摯な表情に、クラリスは感謝を心の中で述べて、迷いなく一歩前へ進み出た。


 


 「――申し訳ございませんでした」




 深く、深く。

 直角にならんばかりに頭を下げた。


 アレクは息を呑み、ルイスはわずかに目を細め、浮かべたままの笑みを深める。

 

 一方、レオン達は僅かに身動ぎするも、敵意は消えていなかった。


 「……謝罪だぁ?」


 レオンの低く、疑念を含んだ声。それに続きセオドールも口を開いた。


 「その相手は、我々ではないのでは? 謝るべきは――ミリア嬢に対して、でしょう」


 正論。

 当然の指摘だ。


 クラリスはゆっくりと顔を上げた。

 

 その顔には教室内で啖呵を切った時の冷たい公爵令嬢の色は無く、ただ悲しみの色だけが浮かんでいた。



 「ええ、全くその通りです。私は、彼女を傷付けました」


 拳をぎゅっと握り締め、続けた。


 「ですが……それでも、あの場ではああするしかなかった」



 レオンの視線が更に鋭くなり、セオドールの眉がわずかに動く。


 「そんなもの言い訳だろう! ミリアを傷付けておいて、ああするしかないだ? 何の権利があって」



 「まぁ、待ってくれレオン、セオ」

 

 ルイスが二人を諫めると、まだ物言いたげな表情を浮かべながらも口を噤んだ。

 

 再び静寂がサロンを満たした後、アレクがようやく口を開いた。



 「クラリス……説明してくれ」


 

 その声には、責める色はなかった。

 むしろ彼女を信じようとする響きが込められている。



 クラリスはもう一度深呼吸をして、しっかりとアレクシスと目を合わせた。

 


 「ミリアを……ミリアちゃんを守るには……正面から庇ってはいけないのです」


 「あの子は、貴族派にとって何よりも許せない存在なのです。誰よりも優秀で、潔白な心を持つ。……そして身分を弁えず、王子や貴公子に媚びを売って囲われた平民。――自分がその立場になる為に、排除すべき存在なのです」


 「……そこに、公爵令嬢の私まで加われば、どうなるか」



 彼女はそのまま静かに言い切った。


 

 「平民を執拗に擁護する、貴族を蔑ろにする王家とその配下。……何よりミリアちゃんが貴族全員の倒すべき敵となる物語が完成してしまうのです」


 

 沈黙が満ちていく。

 不満気ながらも、誰も言葉を返さない。



 「だから私は――逆を選びました。貴族側に立つと、周囲にそう見せることを」


 「……ッ」

 


 セオドールが息を呑む。


 

 「そうすれば、嫉妬に燃える令嬢達は安心します。婚約者を奪われた公爵令嬢様は我々の味方だと」


 「なら、その中心に私が立てば……。貴族側の動きを、ある程度は制御できるはずです」

 


 再び、沈黙。

 完全に、場の空気が変わっていた。



 「……つまり、君は」


 重々しくアレクシスが声を漏らす。


 「ええ」


 クラリスは微笑んだ。


 「……私は、最後に殿下やミリアちゃんから断罪されるべき悪役を演じます」


 ――たとえ、私が何を失う事になっても。


 「誰よりも大切な、親友を守るために」




 その言葉を飲み込み、理解し――最初に笑ったのはルイスだった。


 

 「はは……いや、ほんと」


 笑顔を浮かべながらも、少し呆れたように肩をすくめる。



 「良くも悪くも、クラリスらしいね」

 


 アレクシスも額に手を当て、深く息を吐いた。



 「何かおかしいと思っていたが……そういう事なら最初からそう言え」


 少し怒りが混ざる声。だがその顔はどこか安堵していた。


 

 王子二人の反応を見てレオンは腕を組み、眉間に皺を寄せながらもしばらく考え――


 「……クラリス嬢が一人重荷を背負うという点が気に入らんが、理には適っている」

 


 セオドールもまた、小さく頷きモノクルをキラリと光らせた。


 「確かに、正面から守るよりは合理的だ」


 セイランとフィールは無言のまま同調するように頷く。




 「……お願いです」 


 クラリスは再び、静かに頭を下げた。


 「どうか、私にこの役を演じさせてください。ミリアちゃんを……守らせて下さい」



 

 その言葉は、共犯への誘いだった。

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