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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第三章 学園へ

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悪役令嬢への第一歩

 翌朝。

 春の陽光が差し込む教室は、まだ穏やかな空気を保っていた。


 だが――扉が開いた瞬間、その空気は変わる。


 「ごきげんよう」


 静かに入室したクラリスへ、視線が集まる。


 既に席についていたミリアの周囲には、当然のようにアレクシスと数名の男子生徒が彼女を挟むようにして着席していた。

 騎士団長の子息、レオン・ハルバートを始め、錚々たるメンバーで固めた護衛のような布陣。


 ……実に分かりやすい。


 クラリスは迷いなく、その輪へと歩み寄った。

 教室内がざわつくが、あえて全てを無視する。


 「アレクシス殿下」


 わざと、少しだけ甘い声音で呼ぶ。


 「クラリス? どうかしたか」


 怪訝そうな顔で振り向いたアレクシスへ微笑んだまま、彼女は彼の机へ手を添えた。


 「少し、お話がありますの」


 周囲で様子見を決め込んでいた令嬢達が息を呑む。

 もしかしてと黒い笑みを扇の影に隠し、固唾を飲んでこれからの公爵令嬢の動向を一挙一動見逃さぬよう、視線を向ける。

 そのピリリとした空気を感じたまま、クラリスはハッキリと口火を切った。



 「殿下の隣は、本来誰の為の場所か――お忘れではありませんわよね?」



 教室内の空気が、氷点下まで落ちたかのような錯覚を覚えるほど静まり返る。

 

 その中でアレクは目を見開き、信じられない言葉を聞いたとばかりに驚愕に満ちた表情で彼女を見た。

 

 「……クラリス? 今、なんと……?」


 レオンが、明確に眉をひそめた。


 「何のつもりですか、クラリス嬢」


 「何のつもり、とは?」


 クラリスは鋭く冷たい視線だけで、物言いたげな彼を制する。


 「婚約はまだ正式ではありませんが、周知の事実でしょう?」


 敢えてミリアを見ない。見たら――仮面が剝がれてしまうから。


 「平民の方と過度に親密な姿は、殿下の御立場に相応しくありませんわ」


 ざわ……と、女子達の間に波紋が走る。

 その騒めきは決して否定的な物ではなく、ようやく物申せる人が現れたという感嘆の声であった。



 クラリスの言葉を聞いて、未だに本当に彼女がこの言葉を放ったのか信じられない様子のアレクシス。

 だが、しっかりと意味を噛み砕き、口を開く。


 「待て、待ってくれクラリス。彼女は――」


 「首席合格者であることと、今の立場は別問題ですわ」


 自身でも驚くくらい冷たい声が出ていた。

 昨日の夜、ミリアと語り合った温度は、一片も感じさせない。



 ミリアの震える指先が机の端でわずかに握られる。


 それでも彼女は何も言わない。

 ――約束したから。


 レオンが音を立てて椅子から立ち上がり、ツカツカとクラリスの目の前まで詰め寄る。

 


 「クラリス嬢、それは校則にも反する! あまりに酷い差別だ!」


 「いいえ」


 クラリスは物怖じせずに、キッとレオンを威圧するように目を細め、即答する。


 「これは守られるべき秩序です。この箱庭を出れば、甘言に満ちた校則は存在しないの」


 ミリア側に立つ男子からの視線に敵意が籠もる。

 彼らがアレクシスから何を聞いていたか分からないが、きっとその話に出て来る優しいお姫様像は砕け散った事だろう。

 ズキリと痛む胸に顔を顰めるも、その表情も今は彼らの敵意を煽るだけのものになる。

 

 

 「お言葉ですが――!」


 セオドールが棘のある声で一歩前へ進み出た――その時だった。


 「おいおい、ちょーっと待った」


 軽い口調と共にクラリスとセオドールの間に割って入る男子——ルイスだ。


 彼は困ったように笑いながら、クラリスへと向き直る。


 「クラリス、君がそんな単純な事を言う人じゃないのは知ってる」


 顔はへらへらと笑いながらも、その目は鋭い。


 「何か理由があるんだよね?」


 数秒。無言のまま視線が交錯する。

 クラリスは沈黙を破るように、ふっと微笑んだ。


 「ええ。もちろん」


 そして、静かに歩き出してアレクシスの座る席のすぐ目の前まで歩み寄り、深くカーテシーをしながら僅かにアレクシスへ顔を寄せた。


 「数分だけでいいから、私に時間を頂戴」


 小声で早口に告げられた言葉にアレクが目を見開く。

 それを悟られぬように、身体を起こしたクラリスはあえて教室内に聞こえるように声を張って続けた。


 「殿下と、皆様に……今後の私達が背負わねばならぬ未来を、改めて見据えて頂かねばなりませんわ」


 周囲の令嬢達へも視線を巡らせる。


 「きちんとあるべき形に整え、お支えするのが私……殿下の婚約者の勤めですの」


 その言葉は、令嬢達には甘美に響く。

 公爵令嬢が動く――それはつまり生意気な平民の女を叩く大義名分が出来たという事。




 ミリアは黙って俯いていた。

 それでも涙は決して流さない。何故なら……クラリスを信じているから。




 ルイスはそれだけで何かを察し、演技掛かった動作で髪をかき上げ、笑い声をあげた。


 「はは、これは参ったな。クラリス嬢の言葉は俺にも刺さってしまいそうだ。……兄上、後でサロンでクラリス嬢に説教されるとしましょう」

 

 「……あ、ああ。……すまないクラリス、世話をかける」


 「いいえ。美味しいお茶を飲みながらお話致しましょう? あぁそうだわ、レオン様もセオドール様も、セイラン様も……フィール様もご一緒にいかがでしょうか? ぜひ色々とお話お伺いしてみたいですもの」


 視線をそれぞれ向ける際に、わざとミリアだけをいないものとして扱う。眼中にないと、暗に示す為に。


 「……ッ!」


 レオン達は露骨に敵意を向ける。

 でも構わない。


 ……これは必要な敵。

 必要な……痛みだから。


 「それでは、今日の午後……楽しみにしていますわ」

 

 クラリスはゆっくりと踵を返し、見守る令嬢達の集う席へと戻っていく。

 迎える視線は、好意的で――醜く粘ついた悪意に満ちていた。




 クラリスは悪役令嬢としての第一歩を、この日確かに踏み出したのだった。

 ――その選択が、自分自身をどう壊すかも分かった上で。

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