38. お茶会をしよう2
いよいよクラウディア様とお茶会をする時間。
ドレスに着替えも終わったし、リリムちゃんには、さっき作ったカステラを厨房から取ってきて貰っている。
準備がギリギリになっちゃったけど、マリーさんを連れて庭へと向かう。
庭園に出て、東屋に向かって歩く。そう、この家の庭園には東屋があるんですよ。さすが貴族……。
東屋に着くと、クラウディア様が迎えてくれた。
「よく来てくれました、二人共。そのドレス、とっても可愛いですね。選んでよかったです」
「ありがとうございます。クラウディア様。今日はよろしくお願いします」
「ありがとうクラウディアママ! 今日はお誘いありがとうございます」
二人でカーテシーをして挨拶をする。
席について、クラウディア様の侍女のジェニファーさんが紅茶の準備をしてくれる。
「気楽に過ごして貰っていいですからね。普段あまり時間が取れないから、今日は二人とゆっくりお話ししたいの」
「はい」
「雫も、楽しみ!」
紅茶とクッキーがジェニファーさんの手で私たちの前に置かれる。まず最初にクラウディア様が紅茶とクッキーに口を付ける。毒は入ってないですよ、という形式張ったやり取りだ。
それを見て、私たちも紅茶を手に取る。いただきます。
今日の紅茶は、少しの渋み、コクのある味わいがする。アールグレイみたいに香り付けをしてないのに、フルーティーな香りがする。多分、ダージリンだ。
「ダージリンですか? 渋みが少なめでおいしい」
「ファーストフラッシュかしら。このダージリン、爽やかな香りがするわぁ」
「二人共正解よ。今日もウォーカー商会から、アンナにお薦めされたダージリンのファーストフラッシュよ。まだ若い商会だけど、紅茶に関しては老舗よりいいかもしれないわね」
「紅茶って、ここまで渋みが少なくなるものなんですか?」
「茶葉もあるけど、ジェニファーの淹れ方ね。私は彼女が入れる紅茶が好きなのよ」
「奥様、ありがとうございます」
「マリーさんも上手だと思ったけど、またちょっと違うね?」
マリーさんを見て言うと、悔しそうな顔をしながら教えてくれる。
「ジェニファーにはまだ及びません」
「シズクちゃんもアオイちゃんも紅茶の味が分かるようだから、よく勉強するといいわね」
「はい」
クラウディア様からマリーさんにコメントが入る。
「クッキーもおいしいわぁ」
「二人がビルを連れて行っちゃったから、今日はトムに作らせたわ。悪くないでしょう?」
「はい。入っている果物はイチジクですか?」
「そうよ、ドライフルーツを使って貰ったの」
そこへリリムちゃんがカゴを持ってやって来た。
「クラウディア様。お待たせしました。リリムちゃんが、私が作ったお菓子を持って来てくれたようです」
「まぁ、楽しみだわ」
「リリムちゃん、お願い」
「はい! アオイ様」
リリムちゃんがジェニファーさんからお皿を貰って、カステラを三人分お皿に載せる。それをマリーさんが受け取って、テーブルに配膳してくれる。
まず毒味っと……。私がフォークを手に取るより早く。お姉ちゃんがカステラを口に運んでいる。早くない?
お姉ちゃんの顔が笑顔になる。それを見たクラウディア様が、早速お皿とフォークを手に取る。
「パウンドケーキやスポンジに似てるわね。でもそれより色が黄色いわ」
「卵の色ですね。どうぞ、食べてみてください」
「じゃぁ、いただくわね」
クラウディア様がカステラを口にする。
「しっとりふわふわしてるわね。それにザラザラした食感があるわ。砂糖かしら?」
「そうです。砂糖を底面に塗しています」
「おいしいわ。これなら、異国のお菓子として紹介出来るわね」
「ホッとしました。よかったです」
「蒼ちゃんが作ったんだからおいしいのは間違いないわ!」
「その通りね。そうだわ、二人を義娘として紹介したいの。明日のお茶会、一緒に出てくれないかしら?」
「雫出たいわ!」
「お姉ちゃん! まだマナーがちゃんと出来てないでしょ……」
「大丈夫よ。明日来るコリーナ様は、子爵夫人だけど元は商人の出身だから、そこまで気にしなくていいわ。私がサポートするし、ちゃんと説明するから、どうかしら?」
「蒼ちゃん、一緒に出よう? おいしいお菓子よぅ!」
「お姉ちゃん。私たち、もてなす側だからね……。分かりました、それなら頑張ってみます」
「嬉しいわ。明日が楽しみね」
こうして、昼間ゲルハルト様が言った通り、お茶会の勉強をする前にお茶会に出る事になってしまった。大丈夫かな。
お茶会はゆったりと会話をしながら進む。
「もうこの家には慣れたかしら?」
「まだ細かい間取りが覚えられていないのよぅ」
「ふふ、大丈夫よ。私もジェニファー無しじゃ全部の部屋に行けないわ」
それは、大丈夫なのかな……。ジェニファーさんを見ると顔をそむけている。
まぁ、移動出来ているのならいいのかな……。
「東屋も初めて来ましたけど、綺麗ですね」
「ハインリヒちゃんと模擬戦するだけのお庭じゃないのよ。旦那様と庭師と三人で庭を作ってるの。今度もっと見てくれると嬉しいわ」
お庭を褒めたらお返しにドレスを褒められた。
「二人共、ドレスとっても似合っているわ。選んだ甲斐があったわね」
「ありがとうクラウディアママ! 雫、蒼ちゃんと同じドレスが着れてとっても嬉しいわぁ」
「恥ずかしいですが……。私も嫌じゃないです。でも、お姉ちゃん程綺麗に見えなくて」
「あら、アオイちゃんもシズクちゃんも可愛いわよ」
「蒼ちゃんは可愛い妹なんだから、もっと自信持っていいのに」
「今度また、違うデザインのドレスを作りましょうね。楽しみだわ。リエラちゃんにもこうして着せてたの」
「もしかしてリエラのロリータファッション好きはそれが影響ですか?」
「リエラちゃん、まだドレスを着ているかしら?」
「ドレスより気楽に着られる。こういう服を着ているわねぇ」
お姉ちゃんが『ストレージ』からロリータ服を取り出してクラウディア様に見せる。
「あら、可愛いわね。庶民の間ではこういうのが流行っているの?」
「流行ってはいないですが、好きで着ている人が一定層います。リエラとお姉ちゃんもそうです」
「蒼ちゃんもねぇ!」
「どんなデザインの服をアオイちゃんは着るのかしら?」
笑顔で聞いてくるクラウディア様。あ、逃げられないやつだ。私は諦めて、一着取り出してクラウディア様に見せる。
「シズクちゃんのより色もデザインも可愛いわね。私も着てみたいわ」
「今度一緒に買いに行きましょう!」
お姉ちゃんとクラウディア様が通じ合っている。
「リリムも服を作っているわよね? 気になるんじゃないかしら?」
「はい! 実は自由時間には着たりしています!」
「なら一緒に買いに行くわよ。マリーとジェニファーはどうかしら?」
「私はあまり……」
「奥様、私もこのままで」
「クラウディアママ、着せるのが楽しいのよぅ」
「お姉ちゃ……!」
「そうね! じゃぁ二人も行くわよ。勿論、アオイちゃんもね」
「「「はい……」」」
服屋さんに行ったら驚かれるんじゃないでしょうか。とは言えず、頷くしか無かった。
他にも地球の話とか、私たちの好みの話とかをして、いい時間になった。
「今日は楽しかったわ。またお話ししましょう」
「はい、楽しかったです」
「楽しかったわぁ! ありがとうクラウディアママ!」
席を立ち上がろうとすると、朝から狩りに出掛けていたタルトが帰ってきて、テーブルの上に止まる。
おかえりと言おうとしたらタルトが鬼気迫る勢いで言い放つ。
『蒼。僕の分は?』
「え? カステラの事?」
『そう、多分それ。嗅いだ事のない甘い香りがしたから急いで帰ってきた。僕の分は?!』
タルトが普段ならまず使わない声量で聞いてくる。
いやそれより、犬みたいな嗅覚だね……。
「リリムちゃん、残ってる?」
「もう無いですぅ。シズク様のお代わりで最後でした。私の分もありません……」
リリムちゃんも食べる気だったんだ……。よく見るとマリーさんもジェニファーさんもしょんぼりしてる。
『蒼、雫。人間には、食い物の恨みは恐ろしい、という言葉があるらしいね?』
「どこで知ったのそんな言葉」
「タルトちゃん、おいしかったわよぅ」
「ちょ、お姉ちゃん火に油!」
『もう僕、雫加護するのやめようかな……』
「えぇ?! 雫は感想を言っただけなのに……ごめんねタルトちゃん!」
「アオイちゃん、明日は多めに作るしか無いわね」
「そうですね……。タルト明日! 明日タルトの分もちゃんと作るから!」
『絶対だよ! 一切れじゃ納得しないよ! 僕専用のをお願いね!』
「分かった、分かったから……」
「タルトちゃん、そんなにテンション高くなるのねぇ」
もう一度、明日作ると説明してやっとタルトが落ち着きを取り戻す。
「ところでタルト、狩りはどうだったの?」
『ここで出していい?』
「……そこの庭で」
なんか、嫌な予感がしたんだよね。東屋の中じゃなくて庭に出すように指示する。
私たちも庭に降りてタルトの背後に行く。
そして、タルトの体が水色に光って、その正面に狩られた魔物が出てくる。
魔物が出てくる。
……。
魔物が出てくる。
「タルト……」
『何? 今ストレージから出してて忙しいんだけど』
「一体、どれだけ狩ったのぉ?」
『これで三割くらい。近くの森の魔物はほとんどいなくなったと思うよ』
「まぁ、それは安全になったわね。ありがとうタルトちゃん」
「クラウディア様……そうですが、そうじゃないです」
あらあら、と言って微笑んでるクラウディア様を尻目に、私は再度タルトの方を見る。
「血抜きした?」
『途中から面倒になった』
「蒼ちゃん、それも的外れよぅ……」
「タルトそこまでにして……。今出したのは血抜きするから。後は傷まないようにしまっておいて……」
『分かった。今日はごちそうだね』
「そうだねぇ」
「どうするの、この量……」
「アオイちゃん、シズクちゃん、またお庭で宴にしましょうか」
クラウディア様が指示を出す。ジェニファーさんにゲルハルト様とジョセフさんを呼びに行って貰って、リリムちゃんにビルさんとトムさんを呼びに行って貰う。その間に私とお姉ちゃんはせっせと血抜きだ。
少しして、ビルさんとトムさんがやって来て、うず高く積まれた魔物の塊にとても驚いている。
それからゲルハルト様とジョセフさん、一緒に執務室にいたハインリヒ様もやって来た。
「これは……アオイ、どう言う状況だ?」
「私ですか?! タルトが、狩って来てくれたみたいですよ。森の魔物ほとんど……。今夜はパーティー出来るなぁ。わぁい……」
それからハインリヒ様が問い掛ける。
「おいタルト、奥の方は強い魔物の縄張りがあったはずだが……」
『たいして強くなかったよ』
タルトがばっさりと魔物の評価をする。その後、更に質問を続ける。
「どこまで狩ったんだ?」
『森は全部かな。縄張りを張ってた魔物は、間引きだけにしてある』
とりあえず会話しながらも血抜きを続ける。まだ山の半分も終わってない……。しかもこの量で、全体の三割って……。
「タルトちゃん……」
『何? 雫。頑張ったでしょ。僕』
「頑張ったけど、狩り過ぎよぅ」
『僕としては、カステラで労って貰いたい』
「そうだね! 明日まで我慢してね!」
そして、状況を聞いてから黙っていたゲルハルト様が決断を下す。
「まず、アオイ、シズク、タルトは血抜きと枝肉加工。料理の出来るメイドはその手伝いと今夜の調理だな。使用人全員分まとめてでいい。宴にするしかないだろう。この量は。街の人も食べられるように多めにな。調理はアオイも手伝ってくれ。それから手の空いている使用人たちは、街に行って肉が食べたい人や、肉塊が欲しい人は領主邸にて無料で配ると周知して来てくれ。量があるし、明日でも構わないから慌てるなともな。後誰か肉屋を連れて来てくれ。来たらビルとトムが音頭を執って加工だ。肉屋には安く卸す事にする。しばらく肉の価格が下がるだろうしな。ただし販売価格は利益が同程度となるようにさせよう。加工費は私も出す」
それじゃあ各自動いてくれ、と手を叩いて動きを促す。
一斉に使用人たちが動き出す。リリムちゃんは中級風属性魔術と短剣が使えるので枝肉加工手伝いだ。マリーさんは中級水属性魔術が使えるので、『ウォーターフロウ』の血抜きを教える。小さい魔物程度なら出来るはずだ。ジェニファーさんは料理の出来るメイド陣の指揮を執って、会場準備と調理を始めている。
「アオイちゃん、私にも血抜きを教えてください」
「え、クラウディア様は座ってていいですよ」
「総力戦ですもの、楽しそうですし、私も手伝います」
と言う訳でマリーさんとクラウディア様に教える。
後、手持ち無沙汰にしているハインリヒ様を見つけた。お姉ちゃんが近づいて聞く。
「お義兄ちゃんは何するのぉ?」
「俺か? 俺は出来た料理の毒味だな」
「ハインリヒちゃん、そんな子に育てた覚えはありませんよ」
「ハインリヒ、お前は学校の職員と仲がいいだろう。肉渡してこい。食わせんぞ」
「すぐに行って来よう。それこそ俺の仕事!」
ゲルハルト様から檄が飛ぶ。ゲルハルト様も会場設営を手伝うみたいだし、本当に総力戦だね。
……。
……『ウォーターフロウ』。
……『ウォーターフロウ』……『エアカッター』……。
やっと終わった……。血抜きと枝肉加工。何体やったかなんて数えたくない。血と頭部や臓物の量が大変な事になったので、ゲルハルト様に土属性魔術で庭の隅に穴を掘って貰ったよ。
この後は調理手伝いか。ずっと魔物を浮かばせてたお姉ちゃんから『ヒール』を貰う。それからクラウディア様とお姉ちゃんを休ませるようにマリーさんに頼んで、私はメイドさんたちの集団にリリムちゃんと向かう。
『蒼、僕も休んでていい?』
「しょうがないなぁ……お姉ちゃんに付いてて」
『分かった』
タルトを送り返して調理が進んでいる庭のバーベキュー区画に向かう。すると、早速ジェニファーさんに頼まれた。
「アオイ様、ここは大丈夫です。大変申し訳ないのですが、枝肉の運搬をお願い出来ますか? ビルのところと門へ。リリム、あなたは門で枝肉をブロックに切って、貰いに来た街の人に渡してください」
「分かりました。リリムちゃん、行こう」
「はい!」
まず門に向かう。もう街の人が何人か来ていた。
私は『ストレージ』から枝肉を山と取り出して置いていく。先頭集団から、おぉ、といった声が聞こえる。
「一旦これだけ置いてくね、足りなかったら、まだあるから待ってて貰って、その間に誰か厨房に寄越して」
「承知しました」
枝肉とリリムちゃんを置いて、私は厨房に向かう。
厨房に入ると、ビルさんとトムさんが困っていた。
「どうしたの?」
「アオイ様……。下拵えで肉屋と意見の食い違いが」
「えぇ……。どう言う事?」
「燻製に加工する肉の下処理を漬け込み液に漬けるか、塩漬けにするかで揉めていて」
「うちは長年塩漬けでやってるんだ! 漬け込み液なんぞ知らん!」
と、言うのは肉屋の主人。ビルさんとトムさんは漬け込み液みたい。忙しいのに、困ったものである。仕方ない……。
「なるほど、分かりました。じゃあこのお肉だけ持ってお帰りください。ご自宅で塩漬けにどうぞ」
私は枝肉を一つ調理テーブルに置く。
「な! わしは肉の加工で領主様に請われてここに来たんだ! 使用人の小娘じゃ話にならん! 領主様を呼べ!」
「お前……!」
叫ぼうとしたビルさんを手で抑えて、私はお肉屋さんの方を向く。
エプロンしてたから見間違えちゃったのかな。とは言っても小娘と侮られたままでは、リインフォース家の威厳に関わる。
「ご挨拶が遅れました。リインフォース家の三女、蒼・リインフォースです。このお肉は私の従魔が取って来た物で、誰に渡すか、渡さないかの権限は義父のゲルハルトではなく、私にあります。今は大量のお肉があって加工に忙しいのです。余計な面倒を起こすのでしたら、それをお持ちになってお引取りください」
「へ? ……おじょう、さま……?」
お肉屋さんの表情が段々蒼白になって行く。そして後ろに控えるビルさんとトムさんを見て、首肯されのを、プルプルとお肉屋さんが震え出した事から分かった。
私は再度、笑顔でカーテシーをして告げる。
「お引き取りくださいませ」
トムさんに連れられて出て行くお肉屋さん。その間に次の指示を出す。
「枝肉はまだあるからね! ビルさん、炊き出し用の大鍋全部持ってきて! それに漬け込み液とブロック肉入れて行くよ! 私もスパイス出すから、どんどん作るよ!」
「はい!」
私は知っている。タルトが狩って来たお肉に、何かと便利でおいしいタイラントバッファローが各色揃っていた事を。
私は危惧していた。手持ちのタイラントバッファローの燻製が少なくなっていた事を。
あ、ついでにこの前狩ったクルーエルグリズリーも燻製にしちゃおう。
保存が効くだけじゃないんだよ。燻製は脂が落ちて味が凝縮して最高なんだよ。塩漬けも悪くないけど、漬け込み液だとスパイスのおいしさも染み込むしね。
戻ってきたトムさんに枝肉加工をお願いして、私とビルさんで漬け込み液を作っていく。
ひたすら鍋に詰めてひと段落した所で、二人に任せて門の様子を見に行く。
門ではお肉を貰いに来る人より食べに来た人の方が多いらしく、まだ余っていた。
「お肉は、まだ余ってるみたいだね」
「中で食べてから、お土産で欲しいって人が何人かいました!」
「なら他にもいそうだなぁ。ここで配るのやめて中に誘導しようか。欲しいだけの人にも中で渡せばいいよ」
「はい」
そう指示を出して、私は庭に戻る。
庭では料理が出来始めていて、人も集まって来ていた。
椅子に座っているゲルハルト様を見つけて確認する。
「そろそろ始められそうですか? 門組と加工組を呼んでこないと」
「あぁ、ジェニファーに頼んだから大丈夫だ。アオイとは入れ違いになったか。まぁいい。その者たちが集まったら始めよう」
それからお肉屋さんの件と、門に出した指示を伝えておく。
「分かった。肉屋は今度行っておく。あいつ、今頃泣いてるな」
お肉屋さんとも知り合いなのか。ゲルハルト様の街歩きは筋金入りである。
それから門にいた人たちと厨房組が庭に来たので、ゲルハルト様が立ち上がって前に出る。クラウディア様も一緒だ。
「今日はうちの義娘とその従魔が肉を大量に狩って来てくれた。普段、世話になっている我が家からの礼だと思って存分に食べて行って欲しい。金は取らんから安心してくれ!」
そこで笑いが起きる。ゲルハルト様、領主として敬われてはいるけど、親しみがあって人気なんだよね。
ゲルハルト様がグラスを掲げるのに合わせて、みんながジョッキやグラスを掲げる。
「「乾杯!!」」
それからはもう、大変な騒ぎだった。
街の人たちからは、うまい、おいしいの叫び声。みんな笑顔になっていて大変いい。
場を盛り上げるためにと唆されたマリーさんとジェニファーさんが、大食い対決を始めたり。
なんとゲルハルト様とジョセフさんが一気飲み対決を始めたり。それをクラウディア様がたしなめたり。
ビルさんが肉塊乱れ焼きとか言って、すごい量の肉を同時に焼いて魅せたと思ったら、トムさんがそのお肉を盛り付けて輝き盛り! とか叫んでたり。
ただ当然、騒ぎが大きいなら一悶着もある。
「酒が足りねぇよ! メイドさんよぅ!」
「きゃあ!」
メイドさんの叫び声が聞こえた。あのぴょこぴょこと跳ねる可愛い黄色いツインテールは、いつも掃除や洗濯をしてくれているリンちゃんだ。
どうやら冒険者が、酒が足りずにちょっかいを出したらしい。あの顔、初日でリタイアした脱落組だね。
助けに行こうとそっちに足を向けたけど、近くにお姉ちゃんの姿が見えたので、私はお肉に戻る。
「リンちゃん、どうしたのかしら?」
「シズク様! こちらの方が、お酒が足りないと……」
リンちゃんが泣きそうな顔になって雫を見てくる。可哀想に、酷い悪戯をされたのね。待ってて、雫が今助けるわ。雫は冒険者二人に向き直って思いっきり睨む。
「今日はお肉を食べる日よぅ。お酒はそんなに無いの。持ち込みならいいけど」
「領主様はいい酒たんまり持ってるんだろう? 日頃のお礼だよ、お礼。さぁ、お前でもいいから注いでくれ」
「お、おい……」
たしなめた方は雫に気付いたみたい。顔が引き攣り始めた。
「酔い過ぎねぇ」
「あぁ? 酔ってねぇよ。酒が全然足りねぇんだよ。ほら、持ってこい。それとも違う事してくれんのかぁ?」
「おい……本当に、もうやめろ……帰るぞ」
「うっせえよ! そこまで言うならお前だけ帰れ! 俺は冒険者で強えんだ、ここでたんまり肉食っ……」
『こいつ、殺す?』
雫の肩に乗ったタルトちゃんが、魔力を男にだけ広げて威圧したわね。男が動けなくなっている。余波がまだ良識のあった男の方にも行ったみたい。引き攣った顔が、今度は蒼白になっている。
タルトちゃんは雫にだけ伝わる言葉で処置を伝えて来たわぁ。周りに配慮したのは感心ね。
「ダメよぅ、タルトちゃん。今日は楽しい楽しい宴なの」
『雫が言うなら、分かった』
雫は男たちに向き直って言う。
「リンちゃんに謝って、その態度とお酒を生涯辞めるなら許すわ。このまま居座るならタルトちゃんの言う通りに」
『なら動けないように止めないと』
タルトちゃんが脅して魔力を込めるフリをする。
それを見たまだ良識ある男が、酔った男の後頭部を持っていたメイスで打ち付けて、頭を地面になすり付けさせる。それからその男も頭を地面にこすり付ける。
「申し訳ありませんでした! 後でこいつにはキツく言って聞かせます! 目の届く範囲で酒は飲ませません! そちらのメイドにも二度と近づけさせません!」
「リンちゃん、許してあげる?」
「は、はい……」
それから良識ある男が、酔った男を引きずって去って行く。
「大丈夫だった?」
「ありがとうございました。シズク様……」
雫はリンちゃんの頭を撫でて慰める。役得ね!
お姉ちゃんが騒ぎを鎮めたみたい。私はお肉食べてただけだけど、よかったよかった。
更にお肉をお皿に載せている時、ハインリヒ様がやってきた。
「アオイ、今日の肉は一体何種類あるんだ?」
「私も数えてません。とりあえず、思いつく限りの魔物を言ってみてください。あったか無かったかだけなら答えられます」
「いや、やめておく……」
「それよりこのお肉食べました? 上質な赤身でおいしいですよ」
「これは何の肉だ?」
「アジルシープですよ。私も初めて食べます」
「敏捷過ぎて見る前に殺されるっていう危険種の魔物じゃないか……」
「タルト、魔物の動きを止められますからね」
「王族でも滅多に食えないんじゃないか?」
「街の人たち、値段を聞いたら驚きそうですね」
「絶対に言うなよ……」
「言いませんよ、そもそも値段なんて私は分かりませんし」
「そうだな……俺も分からん」
そこで、件のアジルシープを取りに来たリリムちゃんのお皿に、山盛りに載せていたら、今度はお姉ちゃんもやって来た。
「蒼ちゃん、お肉おいしい?」
「おいしい! あれ、タルトは?」
「先に寝るって部屋に戻ったわぁ。カステラ忘れないでねって」
「はいはい。明日ちゃんと作るよ」
「そうだわ蒼ちゃん、今日もあのお酒飲みたいんだけど、一緒にどう?」
「一緒じゃないと飲めないんでしょ、私もお腹一杯になったし、いいよ。テーブルに行こう」
「何の酒だ? 一緒じゃないと飲めないとは、気になるな」
「お義兄ちゃんも飲む? リエラちゃんに貰った秘密のお酒よぅ」
「ならいただこう」
私たちは三人で、人気の少ないテーブル席に着く。
お姉ちゃんが『ストレージ』からショットグラスを三つとアップルブランデーを取り出してテーブルに置く。
「これがリエラちゃんに貰ったお酒よぅ、お義兄ちゃん。楽しい日に、蒼ちゃんと一杯ずつだけ飲んでいいって貰ったのよぅ」
「そんな貴重な酒をいいのか?」
「お義兄ちゃんだからねぇ」
「お義兄ちゃんだからいいんです」
慣れない呼び方をしたから顔が赤い。
お姉ちゃんが、お義兄ちゃんのグラスにお酒を注いでから、私のグラスにも注いでくれる。その後、お酒を受け取ってお姉ちゃんのグラスに注ぐ。
「それじゃ」
「「「乾杯」」」
三人で軽くグラスを合わせる。きついお酒なのは分かっているので、私はグラスを傾けて舐める。前に飲んだのはディオン領の村でだっけ。その事を思い出させてくれる、あの時と同じリンゴの芳醇な香りと甘さ。それから、まだそんなに経ってないはずだけど、結構旅をしてきたと感じる。
「うまいな。あいつこんないい酒飲んでるのか」
お義兄ちゃんが素直な感想を言う。
「リエラちゃん、いいお酒一杯隠してたわよぅ。これはその内の一本」
「あぁ……リエラとも飲みたいな」
「今は雫たちで許してねぇ、お義兄ちゃん」
「さっき、アオイもそう呼んでくれたな。これからもずっとそれでいいぞ」
「……せめて、お義兄様で」
「そうだな。俺が義兄だ。だから、お前たちを守るからな」
リエラのようにはさせない。そう続けるお義兄ちゃん。
「リエラに何があったんですか?」
「お義兄ちゃん、知ってたら教えて欲しいわぁ」
「……」
黙ったお義兄ちゃんが、ゆっくりと数度グラスを傾けてお酒を舐めて、それから話し出す。
「恐らくその内、父上から話があるだろう。俺からはそれしか言えない」
夜が更けて行く。
聞こえるのは街の人たちと使用人の喧騒。
少し離れたテーブルで、グラスを傾ける私たちには不安が残った。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
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2022/05/17 表記ゆれ訂正




