36. リインフォース家と冒険者4
今日は闇の日。金曜日みたいなものだね。
そう、一昨日の水の日に初めてリインフォース領の冒険者を鍛えて、二回目の勉強会の日。何人残ってるかの確認の日でもある。
誰もいなかったら私たちは教師クビである。エミリーさんとラルフさんがいるから、そうはならないけどね。
そんな訳で領都の北の広場に向かう。待ち合わせはお昼を食べたらって決めたけど、私たちは時間が掛かるからちょっと急がないと。
北の門で、門番さんに挨拶した。
「なぁ、君たち、この前もマリーさんとリリムちゃんを連れてただろう? 何者なんだ? あぁ、疑ってる訳じゃないんだ、ただ気になってな」
「こちらのお二人はリインフォース家のご令嬢です」
「お嬢様ですよ! 失礼の無いように!」
「通っていいかしら?」
「そ、そうですか、領主様の娘様……。失礼しました。ど、どうぞお通りください」
と言われたので門を通って広場に向かう。背後から叫び声が聞こえたけど、気にしない事にした。
てくてく歩いて数分、広場についてびっくりした。
思った以上に人数がいたからだ。
エミリーさんとラルフさんがこっちを見て挨拶してくれる。私たちも挨拶する。
「何かざわついてるね」
「エミリーさんがギルドマスターと知って驚いているんです」
「誰も気付いてなかったの。傑作よね」
「可愛いのはみんな知ってるから大丈夫よぅ」
何が大丈夫かよく分からないお姉ちゃんの発言を無視して、私は二人に話し掛ける。
「結構残りましたね」
「えぇ、先日話した十名と、反省した十五名、それに僕とエミリーさんを合わせた合計二十七名です」
「元々のパーティ単位で残ったわ。七パーティよ」
「分かりました。最初に言った通り、基本は模擬戦しかしません。最終的には前より強くしますが」
「助かるわ。よろしくお願いします」
「蒼ちゃん、どうやってく?」
お姉ちゃんに聞かれたので、まずは情報収集をする。
「残った人たちの強さはどうですか?」
「Cランクがニパーティ、七名。後はDランクが五パーティ、二十名ね。あたしとラルフは役職上Aランクだけど、Bランク相当と思ってちょうだい。ペアで扱って貰っていいわ」
「じゃ、お姉ちゃんが二人の相手。私が残りかな。マリーさんとリリムちゃんは動きたい?」
「私は待ってるよりは動きたいです」
「一緒に戦いたいです!」
「いいお返事ね! じゃあマリーちゃんはこっち。リリムちゃんは蒼ちゃんと一緒ね」
「タルトは……」
『寝る。魔力は張っておくから安心していいよ』
「はいはい、ありがとね」
私はタルトを、丁度そこにあった切り株の上に乗せる。お菓子も添えておく。
それから冒険者たちの前に行く。
「「よろしくお願いします!!」」
一斉に頭を下げられた。ちょっとびっくりした。
「改めて、みんなを教える雫よぅ。こっちは可愛い可愛い妹の蒼ちゃん。可愛いからっていやらしい目で見たらタルトちゃんが食べちゃうからね」
一斉に顔が引き攣る冒険者のみなさん。もはや一昨日のアレはトラウマになっているのかもしれない。
気を持ち直させるように、ラルフさんが話し出して今日の組み合わせを教える。
早速分かれて開始だ。
「先に魔術師の人、使える属性とランクだけ聞いていい? こっちも魔術に制限を付けるから。勿論、隠しててもいいよ。ちなみに、私は四属性全部、上級までね」
一度ざわっとして、四属性、といった声が聞こえてくる。一般的なのは一かニ属性だもんね。四は相当珍しいと思う。私も使えるのをリエラ以外知らないし。
結果全員が教えてくれた。Cランクは二名、それぞれ土属性の人と火属性の人、中級まで。火属性の人は闇属性も使える。Dランクは四名、丁度四属性、下級まで。後Dランクで一人、聖属性。
「じゃあ私は四属性下級までしか使わないから。ルールは魔術でも武器でも飛び道具でも、私かリリムちゃんに一撃当てたらみんなの勝ちね。負けはそっち全員が倒れるまで。全員同時に攻撃しても、順番でもいいよ。それから、お姉ちゃんがヒール使えるから、欠損させなければケガさせる位の威力でいいよ。出来たらだけどね」
私はそれだけ告げて、リリムちゃんと集団から少し離れる。これくらいでいいかな。
「それじゃあ、始め」
まず始めに、聖属性を使える子が、前衛数名に『パワーアップ』を掛けている。この子、Dランクだけど優秀だな。
強化された前衛がこっちに突っ込んででくる。同時に、奥から魔術師たちが詠唱を始める。魔術陣を見ると……『ウォーターボール』と『ウィンドボール』だね。
私は打ち消し用に『アースボール』と『ファイアボール』を詠唱しながら、前衛を抑えるために『アイスグラスブ』を二つ詠唱する。まだ詠唱破棄は見せる段階じゃないし、隠さず詠唱する。
そこで、私の魔術陣に気付いたCランクの人が叫ぶ。
「複数の詠唱だ! 魔術がいくつも飛んでくるぞ! 気を付けて!」
いいね、リエラ風に言うと、相手の魔術発動を確認するのが取っ掛かり。内容を見破って及第点かな。
『アイスグラスブ』
私に向かって突っ込んできた前衛二人の足を凍らせて転ばせる。
それから飛んでくるウォーターボールとウィンドボールに、それぞれアースボールとファイアボールをぶつけて相殺する。魔力ほとんど込めなかったから、消えちゃった。一応貫いて向こうまで飛ばすつもりだったんだけど。魔術師陣は魔力量が思ったより多いね。
「ファイアボールとかで溶かすんだよ。早くしないと攻撃しちゃうよー」
「くっ……『ファイアボール!』」
火属性が使えるDランク魔術師がファイアボールを撃って、前衛の足を凍らせてた氷が溶けていく。熱い、って叫びが聞こえるけど、コントロールの問題だね。
「ほら、魔術師は暇な時なんて無いよ!」
私は四属性それぞれのボールを、魔術師たち目掛けて放つ。魔術師たちの有利属性になるように狙った属性選択は、初日の優しさだ。
みんながそれぞれ自分の使える属性のボールを詠唱して、私が放ったボールにぶつけて打ち消していく。
当然、私は手は緩めずに第二陣、第三陣と発動して撃って行く。まだ序盤だから打ち消せてるね。
勿論、前衛への攻撃も継続する。それを避けて行く前衛。直線的な攻撃なら避けられるみたいだね。
「そうそう、どんどん発動するからね! 打ち消さないと当たるよ! ほら前衛! 今が攻撃のチャンスじゃないの? 何で止まってるの?!」
前衛に発破を掛けると、慌てて武器を構えて突っ込んでくる。先頭はショートソードと短剣を振りかぶる二人だ。その二人の攻撃が私に迫り来る。
しかし、そこで攻撃を防ぐのは、短剣を両手それぞれに持ったリリムちゃんだ。
ずっと私の背後に隠れていたから、突然目の前に現れて二人はびっくりしている。
短剣で相手の武器を弾いて、連撃で相手を少しずつ離れさせる。リリムちゃんと間合いが広がったら、私が『ウィンドブラスト』を詠唱して風の勢いで前衛を吹き飛ばす。
「ナイス、リリムちゃん!」
「これくらいなら私でも役に立てます!」
「十分だよ。この調子で、相手を引き離して消耗させて行こう」
「はい!」
私は相変わらず各属性ボールを打ち出して、魔術師を足止めにしている。
迫ってくる前衛はリリムちゃんが対応してくれる。
あ、Dランクの魔術師が一人ボールに当たって倒れた。魔術師はそろそろ魔力と体力が切れてくる頃かな。
私はボールの発動量を調整して、その子の分減らす。一方で、バレないように背後に魔術陣を展開して行く。
「リリムちゃん、そろそろ決めるから距離取ってくれる?」
「分かりました!」
魔術師たちも、前衛たちも大分肩で息をし始めてきたね。
「魔術師から魔術の援護が全くこねぇぞ!」
「お前、後ろ見てみろよ! あの状況でこっちに魔術を撃てる奴なんていねぇよ!」
「俺たちがあの魔術を止めないと……」
「だがリリムちゃんが立ちはだかって近づけねぇ!」
「くそっ、手詰まりじゃねえか」
なんて会話が聞こえてくる。会話する余裕があるなら突っ込んで欲しいけど、そろそろ終わりかな。
「そろそろ終わりにするよ? このままだと負けちゃうよ!」
その声に前衛が一斉に突っ込んでくる。
しかし、ここまで私のそばにいたリリムちゃんが前に突っ込んで、前衛が振りかぶった状態の武器を次々に弾き飛ばして行く。
そこで立ち止まってしまう前衛。止まっちゃダメなんだよ。
「はい、こっちの攻撃のお時間です。頑張って耐えたらまだチャンスはあるからね」
私は用意していた背後の魔術陣から、各属性のボールを一斉に発動して魔術師と前衛に飛ばしていく。
魔術師たちは当然、複数個のボールが同時に来るという物量には対応出来ず、一人、また一人と当たって倒れて行く。
前衛は、一個、二個……。おぉ、案外弾いてく人がいるね。優秀優秀。しかしボールは尽きる事はない。なぜなら、今も私の背後から次々に撃ち出しているから。
一人、また一人と前衛もボールに当たって倒れて行く。前衛にはアースボールだけだったけど。あぁ、武器破壊されちゃった人もいるか。それは武器が脆過ぎるね。
こうして最後の一人も凶弾に倒れ、立っているのは私とリリムちゃんだけになった。
「ここまでー! お疲れ様。感想を聞こうか」
気絶する程強く撃ったつもりは無いから、全員動いている。勿論、かろうじてだけど。
起き上がって地面に座り込んだ魔術師の一人が言う。
「中級魔術を使う暇がありませんでした。アオイさんが下級しか使わないなら勝てると思ったのに」
「あなたの中級魔術じゃ、私の下級魔術に勝てないよ。あなたに撃ったウィンドボール、本気の一割も出してないからね」
別の声も上がる。
「複数の魔術を使えるなんて、聞いてない……です」
「並列詠唱って知らない? 魔術って、一度に何個も出せるんだよ」
「どうやるんですか……?」
「魔力操作を鍛えるのみだね。魔力操作が出来れば、初級魔術だけでこれくらいは簡単にこなせるよ」
魔術師は魔力操作を鍛えるのみ! と伝えていると、前衛たちからも声が聞こえた。
「あんなにリリムちゃんが強いなんて……」
「リリムちゃんはBランク相当の実力があるからね」
「魔術師なら詠唱させなければ勝てると……」
「それ嘘だから。本当に速い人は、詠唱しないで発動出来るよ。今日は使わなかったけど、私も一応出来る」
「近接戦闘なら負けないのに……」
「アオイ様の剣術は私以上ですよ」
「何者なんですか……」
「私? ただのBランク冒険者だったんだけど、今はリインフォース家の養女だよ」
全員が肩を落とした瞬間だった。
雫とマリーちゃんは、エミリーちゃんとラルフさんから距離を取ってルールを説明する。
「それじゃ始めるわよぅ。雫かマリーちゃんに一撃入れたら二人の勝ちねぇ」
「分かったわ」
「分かりました」
「じゃぁ、始め!」
雫はまず『アンチフィジカルフィールド』と『アンチスペルフィールド』を雫とマリーちゃんに発動する。
それからマリーちゃんに補助魔術を掛けて行く。前衛だし、『パワーアップ』『デクステリティアップ』『アジリティ』『ヘイスト』でいいかしら。
「シズク様。これは……」
「貰った事無い? 補助魔術よぅ」
「体が軽いです」
「よかったわぁ、これでエミリーちゃんの攻撃を防いでね。後ちょっとでも疲れたら言ってちょうだい。ヒールするわ」
「分かりました。しかし、ヒールは怪我を治すものでは……」
「当たったら負けだし、体力回復に使うのよぅ」
「……分かりました」
ペアで戦ってきたのか、打ち合わせ無しにも関わらず慣れた様子でエミリーちゃんが突っ込んで来て、後ろでラルフさんが魔術を詠唱している。
足元で光る魔術陣は青。『氷 塊』、蒼ちゃんと魔術言語が違うけど、多分アイスブロックね。
一方、エミリーちゃんは自身の体と同じくらいに大きいモーニングスターを構えている。小柄なのに力持ちなのね。
エミリーちゃんの一撃を、バスタードソードを両手に構えて受けるマリーちゃん。激しい金属の衝突音がして、両者が拮抗する。
「あたしの一撃を受け止めるなんてね!」
「重い一撃ですが、止められない程ではありません」
そこへ、ラルフさんの『アイスブロック』が発動してマリーちゃんの足元を凍らせ始める。しかし光の輝きと共に、その魔術が打ち消される。雫のアンチスペルフィールドが、今みたいに中級程度の魔術を無効化するわ。
「えぇ……僕の魔術が消されるって、どうすれば……」
「ラルフ! ちゃんと撃ちなさい! もっと強いのあるでしょ!」
「分かりました。シズクさん、怪我に気を付けてください!」
「無用な心配よぅ」
ラルフさんの足元に黄緑色の魔術陣が現れる。『突風 切断』、今度はウィンドスラッシュね。雫も魔術を詠唱する。『聖 魔力 障壁 瓦』。ウィンドスラッシュは複数の刃が出てくるのよね。並列詠唱で魔術陣を複数個出しておく。
『ウィンドスラッシュ!』
ラルフさんの魔術発動と共に、いくつもの風の刃がマリーちゃんと雫目掛けて飛んでくる。複数出しておいて正解ね。
『プリザヴェイション!』
マリーちゃんの両側面と、雫の正面に発動する。風の刃は瓦のような強度のプリザヴェイションの障壁を砕く事無く、消えて行った。狙いはいいけど、このプリザヴェイションを破れないんだとちょっと心配ねぇ。
「ラルフさん、今の全力?」
「いえ、まだです!」
ラルフさんが次の魔術を準備する間も、エミリーちゃんとマリーちゃんの撃ち合いは続いている。
「……っ! シズク様!」
「はぁい、『ハイヒール』」
マリーちゃんの体が乳白色に光って、体力を回復させる。
「何なのよそれぇ!」
「ただの回復です」
補助魔術とヒールのサポートで、少し押し始めたかしら。あの二人、実力は丁度いい感じね。武器と力で、エミリーちゃんの方が近接すると有利みたいだけど。
さてと、ラルフさんは……『水 塊 圧縮 噴出』。上級も使えるのね。ラルフさんの体が青く輝き出す。
「エミリーさん、避けてください! 『ウォーターインジェクション!!』」
その声と共に右に飛び退くエミリーちゃん。
そしてその瞬間、発動と同時に多量の水の噴射がマリーちゃんと雫に迫って来た。
慌てたら負けよぅ。雫は落ち着いて魔術を詠唱する。『聖 暴力 魔力 障壁 身辺』。雫の体が強く乳白色に輝き出す。念のため、多重詠唱で二重にしておく。
大丈夫、リエラちゃんの攻撃に比べたら全然遅い。間に合うわ。
『アイギス』
マリーちゃんの前に、大きな光り輝く障壁が現れる。プロテクションとプリザヴェイションを併せた防壁よ。水の激流でも耐えるわ。
水の塊はアイギスの障壁に防がれ、左右に分かれて押し進んで行き、その先の木を飲み込む。激流の中央のマリーちゃんと雫には、一滴も水が掛からない。
「シズク様、すごいです」
「雫の本領は守りだからねぇ」
「くっ、どうすれば……とにかく、もう一度攻めるわ! ラルフ! 援護して!」
「エミリーさん、もうダメです」
「何でよ?! あたしはまだ倒れてないわ!」
「魔力切れです……」
「はぁ?!」
その隙にマリーちゃんがエミリーちゃんに近づいて、バスタードソードを片手に持って連撃を加えて行く。雫は瓦プロテクションを、エミリーちゃんの背後と左右に逆向きに張って、マリーちゃんに追い詰めさせる。
身動きが十分取れず、連撃を受け切れなくなってきたエミリーちゃんは、マリーちゃんのバスタードソードを両手持ちにした渾身の唐竹割りを最後に抑えて、降参を宣言した。
「もぅ! 負けよ! あたしたちの負け!」
「じゃあここまで! 感想を聞こうかしら」
「結界が強過ぎよ……」
「それねぇ。プロテクションとプリザヴェイションだけど、劣化型を壊せないんじゃちょっと心配になるわ」
「劣化……?」
「ラルフさんのウィンドスラッシュを防いだプリザヴェイションと、最後にエミリーちゃんを囲ったプロテクションね」
雫は瓦プロテクションと普通のプロテクションを発動して、マリーちゃんに両方攻撃するように指示する。すると、片方は割れて、片方はヒビすら入る事無く攻撃を防ぐ。
「この割れた方が劣化型ねぇ。一撃を相殺する位の魔力しか込めたつもりが無いんだけど、十分過ぎたわね……」
「ウォーターインジェクションが防がれるとは思いませんでした」
「水だったし、追撃を想定して魔力と物理の防壁にして正解だったわね。それと、上級魔術だったから念のため二重にしたわ」
「二重とは何ですか?」
「多重詠唱って言うんだけど、知らないかしら? 魔術効果が倍々になるのよぅ」
二人の目の前でヒールの魔術陣を二つ展開し、それぞれに言葉を追記してエミリーちゃんとラルフさんに掛ける。
「威力が……これ、ただのヒールですよね? こんな事が……。一体どうすれば」
「魔力制御を頑張るしか無いわねぇ」
それから、とどめになっちゃうけど大事な事だから言っておく。
「負けたのはね、雫に最初に魔術を使わせたからよ」
「「は?」」
「あの隙で、雫とマリーちゃんに自動発動の防御障壁、それにマリーちゃんに補助魔術を四つ掛けたわ。それでまず攻撃が通らないのよ」
それに、あの時間が無かったら、力でエミリーちゃんはマリーちゃんに押し勝ってたわねぇ。と追加しておく。
聞いた途端、肩を落とす二人だったわ。
と言う訳で終了。お姉ちゃんの方も終わったみたいなので全員で集合する。
背を向けて四人で一旦相談する。
「お姉ちゃん、どうだった?」
「昨日のも併せてだけど、魔術師は魔力制御。前衛は瞬発力ね。全く無いわ」
「私もそう思った。とりあえず何もかもが遅い」
私とお姉ちゃんは二人で頷いて、マリーさんとリリムちゃんにも感想を聞いてみる。
「力比べではシズク様の言う通り私はエミリー様に負けます。しかし、動きが直線的過ぎますね」
「あ、私も思いました! 単調だったので、あれなら魔術も怖くないです!」
「なるほどね」
「概ね課題が見えたわねぇ」
相談終了。冒険者たちに向き直って私は説明する。
「お疲れ様。今日の反省は各自であると思うけど、私たちからの課題は、魔術師は魔力制御と発動の速さが課題。特に魔力制御を頑張って。これを鍛えれば、初級魔術でも威力は上がるし、発動も速くなる。中級はそのうち覚えるから今は考えないでいいよ。後、魔力量はそのうち上がってくから、とにかく魔力を使って、としか言えないかな」
「次に前衛ねぇ。動きが遅いわ。魔術師に魔術を発動させる隙を与えちゃダメなの。雫も蒼ちゃんも、中級までなら一瞬で発動出来るわ。それでも、咄嗟に来たら驚くものよ。相手の思考を止めるか、余計な事を考えさせるかね。後、動き方ね。後衛にも言える事だけど、相手が簡単に読める攻撃ばかりじゃ、ほぼ無駄よ。裏をかいて攻撃しないと。今回みんなは全方向から攻撃した? 時間差では? 飛び道具は使ったかしら? 攻撃に緩急は付けてみた? 力加減は変えてみた? これくらい出来ないと、弱いままよ」
全員が、エミリーさんもラルフさんも含めて肩を大きく落として行く。中には崩れ落ちる人もいる。
でも、それくらいを目指して貰わないと、強くはなれない。
それから、落胆から立ち直ったエミリーさんが前に出てきて説明する。
「幸いな事に、リインフォース領主様は私たちを見捨てず育てると、この二人を派遣してくださったわ。挫けず、次回も頑張りましょう!」
歓声が聞こえる。めげずに頑張る気になったみたい。
気力が出たところで今日は解散。私たちも家路に着く。
帰り道は珍しくマリーさんのテンションが高い。
お姉ちゃんに貰った補助魔術で、動きが軽くて自分じゃないみたいで感動したんだって。
「いいなぁ、私も今度掛けてください!」
「じゃあ次回はペアを変えましょうか」
「はい」
「私たちの組み合わせも色々変えたいよね」
「そうねぇ、雫たちもレベルアップしたいわぁ」
まだ強くなるんですか、というマリーさんとリリムちゃんのコメントを無視して、広場を通る。
ずっと寝てたタルトが、お菓子をおねだりしてきたので露店で買って行く。今日はチュロスだ。
おばさんにお菓子を包んで貰っている間、右を見ると、隣の串焼きの露店に、まさかまさかの人物がいた。
「ゲルハルト様?! 何してるんですか?」
「おぉアオイ、シズク、おかえり。何って、領地視察だよ」
「買い食いしてるだけじゃないんですか……?」
「ゲルハルトパパ! 雫にもちょうだい!」
「いいぞ。店主、もう一本くれ」
「分かりました領主様。え……お父さん?」
「君の父になった覚えは無いぞ」
「い、いや、そちらの娘さんがパパって……」
「あぁ、義娘だ。可愛いだろう? こっちもだ」
そう言ってゲルハルト様が、お姉ちゃんと私を露店のおじさんに見せびらかす。
お菓子を包んでいたおばさんが話に加わる。
「領主様! ご息女様が戻ってらしたんですか?!」
「いや、リエラはまだ戻ってこない。この二人は、事情があって養女にしたんだ。よろしく頼む」
すると串焼きの反対側の隣の露店、道の反対の露店、通り掛かった人たちがあれよあれよと私たちを取り囲んでやいのやいの言い出す。
「可愛いお嬢さん? お嬢様? だなぁ。いくつだい」
「あんた、歳なんて聞くもんじゃないよ! だけど綺麗なのはその通りだ! 今度うちの店に寄っとくれ、服作ってるんだ」
「アクセサリーも似合いそうな物がうちにありますわ。服屋の隣にあるからついでに寄ってくださいな」
「マリーさんとリリムちゃんを連れて歩いてたのはそう言う事かぁ! もっと早く言ってくださいよ!」
そんなのは知らない!
そこでお姉ちゃんがおじさんに串焼きを渡されて、早速かぶりついていた。
「おいしいわねぇ。蒼ちゃんも食べる?」
「お嬢様! 串焼きよりこっちお食べよ! 今持ってくるから、味は保証するよ!」
「串焼きよりとは何だ! 俺はこれに誇り持ってるんだ!」
「うちのが絶対おいしい! そっちのお嬢様は持ってないじゃないか、ほら、どうぞ」
私の手にも串焼きが渡される。小腹空いてるし、いただいちゃおう。いただきます。
「おいしい。このソース、醤油使ってるんですか?」
「お嬢様……醤油が分かるんですか? 通ですね! うちの店にも今度来てくださいよ! 夜はレストランやってるんで!」
「醤油料理なら負けませんよ、私は」
「それなら是非!」
「うちも醤油使ってるんだ!」
「お前んとこは一滴使ってるだけだろ!」
まぁ、醤油を使った料理は気になるから、今度行ってみよう。
「領主様! こちらのお嬢様を俺の嫁にくれ!!」
「絶対に!! やらん!!!」
「あげないわ! 蒼ちゃんは私のよ!」
お姉ちゃんが私に抱きついてガードする。
「ならそちらのお嬢様でも!」
めげないこの男性、次はお姉ちゃんに求婚してきた。逞しいな。
「あげません。私のです」
私だって、お姉ちゃんをあげる気はない。お姉ちゃんの裾をギュッと掴む。
「仲がいいのねぇ」
「うちの娘たちも見習って欲しいものですよ」
人が次から次へと集まってきて話し掛けてくる。これ、キリが無い……。
「お嬢様方、そろそろお戻りになりませんと。ご夕食に遅れます」
いつの間に近づいたのか、この人だかりの中、マリーさんがそばに来て話し掛けてくる。
「出たいんだけど、この人だかりで動けなくて……」
「それに、無下にするのも悪い気がしてねぇ……」
「では、私が何とかします」
マリーさんが私たちを背中に隠して声を張り上げる。
「みなさま! 申し訳ありませんがお嬢様方はご帰宅の時間です。お話はまた次回、もしくは領主邸にて伺いますので、今後共よろしくお願いいたします! そこ、通していただけますか?」
「あ、あぁ……申し訳ないです……」
「ごめんなさい、私ったら、はしゃいでしまって……」
私たちの正面の人たちが避けて、道を作ってくれる。
こう言う時って、貴族っぽく振る舞って動いた方がいのかな。ちょっとやってみよう。
「それでは失礼します。またお話しましょう。ごきげんよう」
「今日はごめんなさい。ここで失礼するわぁ。またお話しましょうねぇ」
「失礼します」
「帰りますよ、お嬢様!」
人だかりの出口で、リリムちゃんも迎えてくれた。いつの間に飛び移ったのか、肩にはタルトもいる。
「あれ、タルトそこにいたの?」
『騒がしいのは嫌なんだよ』
「タルト様が突然来てびっくりしました! でも、キリッとなりますね!」
タルトを肩に乗せた人ってみんなそんな反応するよね、どうなっているのか。
それから、タルトがリリムちゃんの肩から私の肩へ飛び移ってくる。
私たちは領主邸に向けて歩き出す。何か忘れている気がするけど、何だっけ。
「おーい。私は……」
置いていかれた男は、ここの領主である。
領主邸に帰ってジョセフさんがゲルハルト様を探しているのを見て、私たちは置いてきてしまったのを思い出した。
「露店で一緒になったんですけど、置いてきちゃいました」
「人だかりを抜けるのに必死で、うっかりしてたわねぇ」
「またですか、あの方は……。ご夕食は抜きですね」
「それって、ジョセフさんからゲルハルト様にする罰なんですか?」
「いえ、いつも通り街の人と食べてくるはずですので」
「街のレストランで食べるのもいいわねぇ」
「お嬢様方が行ったら騒ぎになるかと」
「今日、露店にいただけでなりました……」
でも私もたまにはレストランで食べてみたい。何かいい方法はないかなぁ。
すぐに思いつくはずも無く、リリムちゃんに促されて食堂に向かう。
食堂に入ると、クラウディア様とハインリヒ様がもう座っていた。
「おかえり義妹たちよ。勉強会はどうだった?」
「反省が多いですね」
「正直ちょっと、話にならないわぁ」
「そんなに酷いか。うちの領の冒険者は」
「はい……」
「三人共、食べながら話しましょう。立ってないで座りなさい」
「「はい」」
私たちはいつもの席に着く。タルトは今日は私の隣らしい。
クラウディア様にゲルハルト様の事を聞かれたので、ジョセフさんと同じ説明をしておいた。
そして食事が運ばれてくる。まずはポタージュスープだ。今日はカボチャだ。いただきます。
右端に置かれたスープスプーンを取って、スープを掬って口を付ける。甘くておいしい。ほくほくと言うよりトロッとしていて、前回飲んだポタージュとは食感の違いも楽しめる。そして外は冷えていたのか、体がとってもあったまる。
「アオイ、それで冒険者だが……」
「はい、Cランク以下二十五名は、下級魔術のみに制限した私とリリムちゃんに、ギルマス、副ギルマスの二名はお姉ちゃんとマリーさんに手も足も出ませんでした」
「二人はさておき、冒険者集団は基礎が出来てない感じがしたわねぇ」
「この領では教育が盛んと聞きましたが、戦闘訓練は行っていないんですか?」
「戦闘訓練はやってないな。魔術も生活魔術がメインだしな」
「それじゃ、領民は狩りや魔物をどうしてるんです?」
「獲物の狩り方は、大体親か村の男衆が子供に伝えるな。魔物狩りは冒険者頼みだ」
「でもその冒険者が頼りないわねぇ。強い魔物の時はどうしてるの? お義兄ちゃん」
「俺か父上が出るか、バイゼル領に頼んでいる」
「なるほど、最低限出来るといいんでしょうけどね」
「領民にも自衛出来る程度の戦闘能力は必要か……。ちょっと考えてみよう。二人共ありがとう」
「いえ、冒険者の訓練はこのまま続けますね」
「あぁ、頼む」
話しながらも食事は進み、次にメインディッシュが運ばれてきた。今日は先日狩ったクルーエルグリズリーのカツレツだ。ミラノ風ってやつ。ナイフで切って、フォークに刺して口に運ぶ。
サクサクした食感の後に、お肉のじっとりとした柔らかさと、肉汁が口の中に広がる。それと衣とお肉の間に塗したチーズの味が、コクを出して更に口の中を攻め立てる。おいしい。
「アオイちゃん。先日お話した珍しいお菓子の件ですが、明後日に友人が来るので、それに合わせて作れますか?」
「はい、明日はマナー講習だけですし、明後日はお休みなので大丈夫です」
「雫も食べたい!」
「はいはい。じゃあ、明日一度作りますので、それでお客様に出せるものか判断していただけますか?」
「では明日の午後に私とお茶会をしましょう。リンダ様から、もうお茶会については教えていただきましたか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ予習という事で、私しかいないわ。気にせず気楽にね」
「分かりました」
「はぁい!」
デザートはりんごのソルベだった。甘くてひんやりしてておいしい。メインディッシュの味が濃かったから、口の中がさっぱりして嬉しい。ごちそうさまでした。
お姉ちゃんとタルト、リリムちゃんたちとお風呂に入ってさっぱりして、部屋に戻ってゆっくりする。
魔術訓練が終わった後。
『蒼、ストレージ教えて』
タルトが私のベッドに乗って、翼を広げながら言う。
「雫も聞くぅ」
日記を書き終わったらしいお姉ちゃんも寄ってきた。
「うん、いいよ。お姉ちゃんは出来るでしょ。えっと、一応教えるけど、魔術言語は『物体 収納』ね」
「イメージは何も無いただの広い部屋よぅ。そこにドアから物を入れていく感じね。雫たちはそこにクローゼットなんかを追加しているわ」
「ドアは好きな位置に出せるようにしておくと、しまう時便利だよ。それから、物が劣化しないように、そのイメージを忘れずに」
『分かった。やってみる』
タルトの体が水色に光り出し、広げた魔力が体の内側に収束していく。
『出来た。何か、物をちょうだい』
「え? もう? 分かった」
私はタルトの前に食料やお菓子を置いていく。すると、置いたそばから次々にタルトの前から消えていく。
「もうしまってるの? タルトちゃん」
『うん。便利だね、これ』
「部屋はどれくらいの広さに出来た?」
『この領主邸くらいかな』
「私たちより広い……」
「一杯物が入るわねぇ」
『僕の場合、魔法になるから広さはもっと魔力を込めれば更に広がるかも。でもこれくらいの広さが魔力効率いいかな』
「タルト、すごいねぇ」
『ストレージは二人のおかげだよ。部屋ってイメージが、二人と一緒に過ごさないと分からなかったから』
「照れるタルトちゃん可愛い!」
お姉ちゃんがタルトを抱き上げる。鬱陶しそうにしているフリをして、今日は意外と喜んでるぞ。
タルト用お菓子をストレージの中から全部出してタルトにしまわせる。い、意外と量があった……。もしかして、甘やかし過ぎ?
『僕は、明日狩りをしてくるから。これで狩った魔物もしまえるしね』
「血抜きはどうするの?」
『二人の見てたからやってみる。出来なかったら二人に頼むよ』
「了解」
「楽しみねぇ。タルトちゃんの狩りのお土産」
『冒険者が育つまで、領の魔物は自由にしていいんだよね?』
「うん、いいよ」
『分かった』
タルト程の強さになれるとは思えないけど、楽しみにしていよう。
だいぶ遅くなったので、お休みの時間だ。私のベッドにそのまま潜ろうとしたお姉ちゃんを追いやり、私はベッドに入る。
タルトはそそくさと窓辺に戻って行った。
おやすみなさい。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
===============
2022/05/17 表記ゆれ訂正




