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23. アルデナ領に向かおう

 ぼんやりと目が覚めると、ちょうど一の鐘が鳴るのが聞こえた。朝だ。


「蒼ちゃん、おはよう」


 どうやらお姉ちゃんは、私が起きたのに気づいたのか、窓の方から声を掛けてきた。今日はアルデナ領への出発の日だから、また楽しみで早起きしたのかな。

 私は体を起こして伸びをする。


「おはよう、お姉ちゃん。今日は早いね」

「今日からアルデナ領に向かうでしょう? 楽しみで起きちゃったの」

『おはよう蒼』

「あ、タルトも起きてるんだね。おはよう」


 遅れて挨拶してくれたのは子ドラゴンのタルトだ。お姉ちゃんを見ると、もう着替えて準備ができてるみたい。

 私も着替えて身繕いをする。今日は移動だし、動きやすい格好でいいかな。チュニックとプリーツスカートでいいか。長いけど動きやすいし、レインみたいに激しく動かないし十分かな。

 お姉ちゃん、今日はスカート短いんだね、珍しい。

 互いにおかしいところがないか確認して、一階の食堂へ向かう。

 中に入ると、ペーターさんとアンナさんが挨拶とともに迎えてくれた。私たちも挨拶をする。

 

「今、カールは馬車の荷物確認に行っていますので、今のうちに一緒に朝食を食べましょう」

「ありがとうございます。いただきます」

「ペーターさんありがとう」


 見習いの少年が料理を運んできてくれる。今日のメニューは、サンドイッチにスープかな。サンドイッチの具が色々あって楽しそう。いただきます。

 まず初めに口にしたのはベーコンとレタスを挟んだサンドだ。BLサンド? マスタードで味付けしてあって、それがベーコンの脂をさっぱりさせてくれる。レタスとの相性もいい。次に手に取ったのは卵サンド。ふんわりとした卵の甘みと、わずかな塩のしょっぱさが合わさって優しい味がする。料理人さんがアンナさんの好みに合わせたのかな。それからスープに手をつける。コーンスープだ。甘みがあってとってもあったまる。コーンがいっぱい入っていて、食感も楽しい。他のサンドも食べてみたけど、どれもおいしかった。ごちそうさまでした。

 タルト、あなたホットドッグもだけどサンドイッチも手に持って器用に食べるのね。でも満足しているようでなにより。

 お姉ちゃんと食後のお茶をいただいていると、アンナさんが。


「こうしてお茶を振る舞うのも最後なんですね。寂しくなります」

「アンナさん、また来るわよぅ。赤ちゃんにも会いたいしね」

「そうですよ、私も会いたいです。それに、今回は滞在が短かったので行けませんでしたが、まだペーターさんにおいしいお店を教えてもらってませんし」

「そういえばそうでしたね。失礼しました」


 なんて談笑していると、カールさんが戻ってきた。


「兄さん、荷積み大丈夫だよ。いつでも出発できる」

「あぁ、ありがとうカール」


 ペーターさんとカールさんがリストの最終確認をしている。それを見ていたらアンナさんが話しかけてきた。


「アオイさん、昨日言われたこと、心に留めておきますね」

「今度はアンナさんと赤ちゃんに会いにきますので、元気でいてくださいね」

『安心するといいよ。アンナが間違えない限り、お母さんは加護してくれるから』

「はい」

「蒼ちゃん、どうしたのぉ?」

「アンナさんとの内緒話だよ」


 えーずるい、と言ってくるお姉ちゃんを無視して、私とアンナさんは笑い合う。

 やがて諦めたお姉ちゃんが私の目を見て話しかけてきた。


「それじゃ行こっか」

「うん、カールさんの準備ができたら行こう」

『道中寝てていい?』


 いいよ、と私がタルトに告げてるうちに、お姉ちゃんがカールさんに確認していた。


「では、行きましょう」

「わかったわぁ」

「はい」


 店先に出ると、先日乗った馬車が、荷物ぎっしりで待ち構えていた。今回も引くのはシルバーだ。


『またよろしくね、シルバー』

『おう、アオイにシズク、それにドラゴンもよろしくな!』

『よろしくねぇ』

『なんて言ってるかわからないけど、自己紹介はしとくね。タルトだよ。よろしく』


 タルトが一鳴きすると、シルバーも一鳴きしてそれに応えていた。

 私たちは、荷台に乗って顔を出す。タルトは荷台の隅っこに座って早くもお休みモードだ。


「またいらしてください。いつでも歓迎します。カール、よろしく頼むな」

「あぁ」

「ペーターさん、ありがとうございました。今度は、ご飯屋さんに行きましょう」

「ペーターさん、またねぇ。ちゃんと家事するのよぅ」


 ペーターさんが一歩引いて、アンナさんが前に出る。


「お二人とも、道中お気をつけて」

「アンナさん、またねぇ。健康に気をつけてね」

「アンナさん、ありがとうございました。元気な赤ちゃんを産んでください」


 私とお姉ちゃんは思い思いの挨拶をペーターさんとアンナさんにする。

 それじゃ、出発しますよ、とカールさんが馬車を動かし始める。

 馬車はディオンへ来た時のように、アルデナに向かってのんびり進む。

 広場を通って、東門を目指す。

 東門を抜けると、この街に来た時と同じように、馬車がすれ違えるほどの広い道が広がっていた。

 道の右手が森、左手が畑だ。

 馬車は今日も、のんびり進む。




 そろそろお昼かな、なんて考えているとお腹が鳴った。大丈夫、聞こえてない……はず。


「蒼ちゃん、お腹すいたの?」

「……! 聞こえてた?」

「いいえ、そろそろお昼だし、なんか恥ずかしそうにきょろきょろしてたからお腹鳴ったのかなって」


 まさかそんなことでバレてしまうなんて……。

 しかもその会話をカールさんに聞かれていたらしく。


「そろそろ広場がありますから、休憩にしましょう」


 恥ずかしい……。

 それからすぐに、カールさんは馬車を止める。

 その場所は草原の中にポツンと広場ができていて、中に木が数本立って日影を作り出している。たしかに休憩にはうってつけの場所だった。

 よし、気を取り直して作るかな。念願の、あれを!

 マイヤの街を立った最初の日のペーターさんと同じく、パンと干し肉を取り出したカールさんを止め、私は調理を始める。


「兄さんに料理がうまかったって話は聞いていましたが、自分の分もいいんですか?」

「道中楽しい方がいいですから。それに、友人の弟さんに一人だけ違う食事をさせるとか、私には耐えられません」

「それは助かりますが……」

「いいのよぅ、みんなでおいしく食べましょう。ところで蒼ちゃん、その食材はあれね?!」

「そう! 楽しみにしてて!」

  

 それを聞いたカールさんも、気になったのかそわそわし始める。

 私はかばんから材料を取り出す。ハムに、リーキ、それにピーマン、あと卵! そして……お米よ!!

 ディオンの街の市場で見つけたんだよね。日本のお米を食べ慣れた私たちにとって、おいしいかどうかはわからないけど、気づいた時には、お姉ちゃんと口を揃えて露店の在庫全部って言い終わっていた……。

 炊けるまでちょっと時間がかかるけど、きっとおいしいはず。

 ご飯が炊けるまでの間に材料を微塵切りにする。


 そろそろ炊けるかな。フライパンを熱してマヨネーズと油を少し入れる。

 炊けた! ご飯を一気に入れて炒める。マヨネーズと油がご飯に満遍なく行き渡ったら具材を入れてさらに炒める。それから、ご飯や具に当たらないようにフライパンに溶き卵を入れて、しっかりと混ぜながら炒め、最後に塩と胡椒で味付けして完成。

 お皿に盛り付けて二人と一匹に渡す。これが念願の、数年ぶりの米料理。お味はどうかな……いただきます。

 うん。おいしい。とてもパラパラしてて、お店の炒飯に近い感じ。けどご飯が地球の家で食べてたのとは違うなぁ、やっぱり。いや、いいのか、このお米、インディカ米に近いんだ。

 ジャポニカ米に慣れ親しんでて、そっちが好みに近いから、粘りや味に違和感を覚えるけど、それは私がそっちを食べ慣れていたってだけだ。むしろ、この世界の標準のパン食から考えると、大変な料理を作り出してしまったかもしれない。

 横を見ると、タルトとカールさんがものすごい勢いで食べてる。落ち着いてくださいね。


「ライスは安いけどあまりおいしい料理がないから、貧乏人の食材って言われていて、場末の飯屋くらいでしか食べないんです。でもこれは、ものすごくおいしくて、こんなライス料理初めて食べました!」

「お気に召していただけてよかったです。タルトも、そんなに急いで食べると咽せるよ」

『これはおいしいね。食べにくいけど。もっとある?』

「あるよ、カールさんもおかわりいりますか?」

「欲しいです!」


 二人の器に追加を入れると、最初と同じペースで食べ始めた。よく噛んで食べてくださいね。


「お姉ちゃんは?」

「雫はお腹いっぱい。でもお店の炒飯みたいでおいしかったわぁ」

「チャーハンと言うんですか?」

「えぇ、故郷の隣国の料理です」

「こんなおいしいライス料理を作る国があるんですね。行ってみたいなぁ」

「とても遠いので難しいかもしれないわぁ」

「そうですか、でもこの味を再現すれば商会の利益に……」


 どこでも商会のことを考えるのは兄弟そっくりみたい。

 食事を終えて、お茶を飲んで再び馬車に乗り込む。ごちそうさまでした。

 

 馬車は再びのんびり進む。

 今日は道中穏やかに、何事もなく進んで行く。

 そして陽が沈み始めたので、野営することにした。

 夕飯を作り始めると、カールさんがそわそわし始める。また一人、餌付けしてしまったかもしれない。

 せっかくなので夕飯は魔物肉。今日はカレルシープのソテーと、野菜と豆のスープにした。

 カールさんが魔物肉を食べて感動している。どうやらペーターさんが私たちから買った魔物肉が、この旅行中に食べられてしまうのではないかと心配していたらしい。道中で魔物がいたら、狩ることを伝えたら拝まれた。

 それから、生活魔術を伝えるか話したんだけど、洗濯と洗浄はできるんだって。一人旅していた時に、他の旅人に教えてもらったとか。

 ただ人に教えるほどの知識がなくて、今までペーターさんとアンナさんに伝えられなくて悔しがってたんだって。それが、マイヤ領から帰ってきた二人が使えるようになっていて嬉しかったってお礼を言われた。

 どうせだからと、他の生活魔術も教えることにする。今度の先生役は私だ。代わりにお姉ちゃんが御者することになった。

 カールさんは私たちが御者をできることに一瞬驚いていたけど、二人だからって納得したみたい。二人だからって、なにをペーターさんから聞いたんですか?

 タルトは一日ご飯を食べて寝てただけ。君、寝すぎじゃない?

 そんな感じで一日目は終わりを告げた。おやすみなさい。




 馬車は今日ものんびり進む。

 カールさんに生活魔術を教えていた、旅程三日目昼下がりの午後のこと。

 道は草原の中に踏み固められた土道。だけど街路樹のように木々が点在している、そんな道。

 お姉ちゃんが御者をしているはずだけど、馬車が止まった。タルトも目を覚まして首を上げる。


「蒼ちゃん、魔物よ。大きいわね、強くないけど。多分鳥型よ」

「わかった。どっちの方?」

「あっちね」


 お姉ちゃんが右手の木を指差す。私はその方向へ目を凝らしながら魔力感知を始めると、三本先の木に鳥の魔物がいるのがわかった。


「じゃあ狩ってくるね」

『僕が行っていい?』


 するとタルトがそんなことを言う。


「いいけど、相手大きいよ。大丈夫?」

『あれくらいの魔力なら大丈夫』

「ご飯にしたいから逃さず確実に狩りたい。できる?」

『わかった、首から上を狩ればいいよね』

「よろしくね、タルト」


 荷台からタルトが飛んでいき、鳥の魔物が警戒するだろう位置のぎりぎりで浮遊する。

 それからタルトが魔力を広げて、咆哮する。

 距離が離れている私たちにとっては可愛い鳴き声だったけど、鳥の魔物には効いたみたい。

 鳥の魔物が硬直するのが、ここから見ててもわかった。

 それから矢のような速さでタルトが魔物の元へ飛んでいき、その首根っこを噛みちぎる。

 攻撃を受けて硬直が解けた鳥の魔物は、音にならない声を上げ、木から落ちて動かなくなった。

 私はタルトの元へ駆け寄る。


「すごい……。動きを止められるんだね」

『咆哮に魔力を乗せて威圧したんだ。あれくらいの魔力しかない魔物なら動けなくなって当然だね』

「ありがとう。よし、血抜きしよっと」


 後方から、お姉ちゃんも馬車を操ってやってくる。

 私は一足先に鳥の魔物に近づく。

 これ、スクリームフェザントだ。近づくとうるさいから、タルトに任せて正解だったかも。

 私は『フロート』で持ち上げる。あれ、中級空間属性になったからかな、前より持ち上げるのが楽だ。

 お姉ちゃんが来たので、血抜きを手伝ってもらう。

 いつも通り、お姉ちゃんが私の代わりに『フロート』でスクリームフェザントを持ち上げ、私が『ウォーターフロウ』で血抜きする。こいつの内臓は毒があるから、先に『ウィンドカッター』で捌いて土に埋めちゃう。それから『ストレージ』に切り分けた肉塊をしまっておく。

 一連の流れを見ていたカールさんが感心してさすがお二人、なんて呟いているけど、冒険者になると捌くのは普通ですよ。

 

 それから馬車は、再びのんびり進む。

 今日の夕飯は、あれだ。スクリームフェザントを間近で見た私とお姉ちゃんは、即断即決したんだよね。

 雉肉と卵の他人丼。いただきます。

 おいしい。雉肉はジビエの中でも癖が驚くほど少なくて、鶏肉よりもうまみが強い。んー最高。これでいつかジャポニカ米に出会ってしまったら、私たちはもう移動販売のご飯屋さんを開けばいいんじゃないかな。今回は日本酒がなかったので白ワインを使ったけど、悪くない。タルトとカールさんもおいしいって食べてくれた。

 ごちそうさまでした。




 なんて旅をこなしながら数日、馬車はのんびり進む。大きなトラブルがなくてよかった。

 今はディオンの街を出て五日目の昼下がり、カールさん曰く、そろそろアルデナ領が見えてくるとのこと。

 私は荷台から、御者台にいるカールさんに話しかける。


「アルデナ領は、どんな産業があるんですか?」

「あそこは鍛治ですね。街全体で盛んです。中には王国騎士団に剣を納品してる鍛治師がいて、質もいいです。武器ならばなんでも作ってますね」

「蒼ちゃん、雫、杖が欲しいわぁ」

「杖かぁ……。そういえば魔術師って普通持ってるらしいけど、私たち持ってないよね。リエラになにか言われたんだけど、なんだっけ」

「リエラちゃんが、二流の材料じゃ逆に弱くなるって」

「あぁ、そうだった。でもリエラのお眼鏡にかなうような、杖にできるいい材料なんてあるっけ?」

『角を使えばいい』

 

 タルトが会話に参加する。角……お母さんドラゴンの角か。


「あの角って、杖にいいの?」

『角はドラゴンにとって魔力の集積と放出を司る重要な器官だよ。僕もここから魔力を発する。魔力を通すなら一番いい素材なんじゃないかな』


 タルトが角を見せつけてくる。可愛い。


「ホワイトドラゴンの角ですか? ……国宝級ですよ」

「それに純度のいい宝石もあるわねぇ」

「あー、路銀かぁ。売れないし、使い道がないんだよね」


 カールさんが路銀の宝石、と不思議がったので、ちらりと見せる。その瞬間、顔が引き攣っていたけど、さすが商人。その反応も仕方ないよね。


「じゃあ杖作ろっか。何日かかるかわからないけど、カールさんもいいですか?」

「えぇ、もちろんです。お二人の指示に従うのは、商会の最優先事項ですので」


 商会が潰れてでも従いますよ! と言っていたけど、それは商会を優先してほしい。

 そんな話をしていたら、門が見えてきた。領都のはずだけど、華やかと言うより外壁があって無骨で物々しい。門も鉄格子がある。

 門に近づくと、馬車に不審な目を向けてくる二人の門番さん。行手を遮るように、槍をクロスしている。

 馬車を止めたカールさんが御者台から降りて、門番さんに話しかけてから書類を取り出して見せる。

 やがて話が終わったのか、門番さんはクロスしていた槍をまっすぐ構え直して、通っていいよ、と合図してくれた。


「お待たせしました。このところ物騒らしくて、警備が厳重なようです。念のため、気をつけて進みましょう」

「はぁい」

「わかりました」

「まずは商会の支店に行って、それから宿屋でよろしいですか?」

「はい。宿屋について部屋を取ったら、私たちは鍛冶屋に行きます」

「支店の従業員に、鍛冶製品担当の者がいますので、聞いてみましょう」

「ありがとうございます」


 馬車は街をのんびり進む。

 アルデナ領は男爵領で、マイヤ領やディオン領ほど領都は広くない。街は円形に近く、西と北、それから南東に門がある。南東の門を出て少し進むと領主邸があるそうだ。

 街を大雑把にマッピングすると、街の北西部が居住区、残りが商業と工業がごちゃ混ぜになった産業区になっている。鍛冶がこの領の産業の中心と言うこともあって、ほとんどが工業系。商店は点在している程度らしい。

 私たちは産業区を進んですぐ、メインストリートと呼ばれている道に沿って開いているウォーカー商会アルデナ支店に到着する。

 カールさんが店内に顔を出すと、中から二人の従業員が出てきて、荷物を降ろし始める。

 それから、一人の従業員を呼んできた。


「シズクさん、アオイさん、彼が鍛冶製品担当の従業員です」


 私たちに挨拶をしてくれたので、私たちも頭を下げる。


「この街で一番の鍛治師を教えてほしいわぁ」

「一番は、ドワーフのゲルト親方ですね。メインストリートを右沿いに道なりに進んで、広場をすぎたあと最初の道に入ってください。それから、二つ目の十字路を左に進んで左手です」


 ドワーフ! いいですね。すごくいいですよ、そういう方。道を頭の中で復習していると、しかし、と従業員の男性が続ける。


「ゲルト親方は偏屈で頑固なので、いきなり行って武器を買うとか、ましてや作ってくれと頼むのは難しいかと」

「そうなのねぇ……。でも、折角ならその人に頼みたいわぁ」

「私もゲルトさんが気になるな」


 私はもう、そのドワーフのゲルトさん以外だったら諦める気でいる。お姉ちゃんもそうらしい。

 まずは宿屋に向かいましょうと、馬車を置いてメインストリートを奥へ歩き出す。街の中心へ向かう形だ。

 すると、噴水のある大きな広場に出た。どうやらここが街の真ん中らしく、お菓子を売る露店や休憩している人がいる。この広場のちょうど反対側に、大きな建物があった。カールさん曰く、そこが宿屋さんとのこと。

 私たちは宿屋さんに入る。中は食事のスペースと、カウンターがあった。カウンターにいるのが女将さんかな。カールさんが挨拶をする。

 どうやら何度も利用している馴染らしく、気さくな会話が行われていた。やがて女将さんが私たちに目をやると、納得したように頷いた。

 椅子に座っていた私たちに、カールさんが近づいてくる。


「これで大丈夫です。お二人の部屋は同じで、ベッドは二台にしましたが……」

「えぇ! ベッドは一つじゃないと……」


 私は頭を叩いて黙らせる。


「なんでもないです。ありがとうございます」


 気にしない方がいいと思ったのか、カールさんが引き攣った笑顔で私に鍵を渡してくれる。


「それよりお姉ちゃん、鍛冶屋さんに行こ」

「そうだねぇ、わかった」


 私たちは、女将さんに挨拶して宿屋さんを出る。軒先でカールさんにも、あとで商会に行くことを告げて鍛冶屋への道を行く。

 鍛冶屋さんは、ここからだと道を渡って、産業区の細い道に入り、二つ目の十字路を左に進んで左手かな。

 私はお姉ちゃんの手を引っ張って歩き出す。

 細い道に入ると、金属同士がぶつかり合うカンカンといった音や、おそらく師匠が弟子に怒っているだろう声が聞こえてくる。二つ目の十字路を左と……。そろそろだ。

 私は、左手に一軒の、古びているけどしっかりとした造りの大きな鍛冶屋さんを見つけた。看板は、ゲルト工房。うん、ここだ。


「お姉ちゃんここだよ、って、お姉ちゃん?!」

 

 お姉ちゃんはいつの間にか、ゲルト工房のドアを開けて中に入るところだった。

 ちょっともぅ! 勝手に行かないでよ!


評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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