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霧島哲也は、体力錬成のためジョギングをしていた。3月末の心地良い気候で、駐屯地の外を走るにはちょうど良い。
特にこの時期は桜の街路樹が一斉に咲き誇り、圧巻である。
都城駐屯地の正面を出て、都城訓練所と都城西高校の間の道路を通り、もちお通線と呼ばれる通りを走り、もちお神社までを走って駐屯地まで往復するのが日課のジョギングコースであった。
43普通科連隊に配属されて、2年目だが、陸の孤島宮崎と言われる割に、割と発展した街に、住み心地の良さを感じていた。田舎過ぎず都会過ぎず、ちょうど良いと霧島は思っていた。車社会になってからと言うもの、陸の孤島というのはわりかし言い過ぎ感はあるかもしれない。
霧島の祖先はこの辺りの出身らしく、彼の苗字にもなっている霧島連山の勇姿をこの桜並木の間から見る事ができる。
1/2tトラックが横付けし止まった。
「霧島曹長、錬成中すみません。連隊長がお呼びです」と鉄帽を被った迷彩服姿のニ曹が運転席から降りてきて、敬礼して言った。「ご同乗お願いします」
何かあったなと思い「了解」と言って助手席に座った。
霧島は駐屯地に帰ると着替える間もなく連隊長室に案内された。
「霧島曹長入ります」
「体力錬成中にすまない。君にはこれから本省へ向かってもらう。そこでは元の階級に戻るので間違えないように。また、具体的な命令・内容はそこで聞くように。それと、君はしばらくの間、事務方の研修に行っている事になる」
霧島は短く「はい」と答えてそれ以上何も訊かなかった。元の階級に戻ると言われた時点で、それ相応の任務である事は分かる。連隊長も、本省に向かわせろと言われただけで、その内容は知らないだろう。
薄暮、都城訓練所の藪の中に隠れている霧島がいた。迷彩服で鉄帽を被り、その顔は黒いマスクで覆われていた。
UH60のローター音が住宅街に響く。
予定通りの時間、予定通りの場所にUH60が着陸したのを確認すると、藪に隠れていた霧島が、ヘリに走り寄り、開いたスライドドアからヘリに飛び乗った。
「588か?」ヘリクルーが訊いた。
「そうだ」霧島は答えた。
「今から、新田原に向かう。その後、連絡便のC2に乗り換えだ」
「了」
新田原基地に着くと霧島は荷物扱いでC2に乗せられた。
連絡便であったが他に客はいない。
ひとり何もする事がないので、とりあえず眠るかと、霧島はC2のキャンバス椅子に横になった。
しばらくして、軽く肩を叩かれて「入間に着きました」と女性機長が言った。
「ありがとう」
とりあえず、霧島はこのC2には今日乗らなかった事になっている。あくまでも荷物扱いで、他の乗員と接触しないように機長が色々と対応してくれていた。
C2を降りるとそのまま、近くでエンジンスタンバイしているUH60に乗せられ本省に連れて行かれた。
その後、特別通路から待機室に通された霧島は、そこで持ってきたバックに入っていた制服に着替えた。
マスクも外して普通に素顔を晒す。
そして間違えないように少尉の階級章に付け替えた。
着替え終えると、ワックに連れられて、警務管理官室に通された。
「久しぶりだな霧島」管理官が言った。
「5年ぶりくらいですか。貴方が警務管理官になられるとは思いませんでした。特戦群の長になるとばかり思っていましたが」
「政治だよ、政治」と言って苦笑いした。
「それで、君を呼んだ理由だが」と言って管理官は霧島に応接用の椅子に座るように促し、1冊のファイルをテーブルに置いて自分も霧島の向かいに座った。
そのファイルをとるように手で示して「ベルギーで外務省勤務の女性が交通事故死したのは知っているな」
「はい」
「その死に日本国は不信を抱いている。そのため、捜査のプロを送る事になったんだが、それを君にお願いしたい」
「いつものお願いと言う強制ですね」
「まあ、そう言うな。警察庁から人材交流で自衛隊に来て、そのまま居座ってレンジャーや各種紀章を総なめにした君に、私は期待しているんだ」
「期待されるのは嬉しいですが、私はベルギーの言葉など喋れませんよ」
「英語ができれば十分だろう。それに挨拶程度なら君なら3週間程度でできるようになるんじゃないか?」
「買い被りすぎです」
「イラクでの話は有名だがな。村長に気に入られて、娘を嫁にって言われたそうじゃないか」
「流石に断りましたよ」
「でも未だに未婚だろ?」
「いや、娘って10歳ですよ。断るでしょ」
そんな馬鹿話しながら任務ファイルを読む。
件の防衛駐在官の経歴とベルギー警察の捜査報告書を日本語に訳したものだった。
「これは持って行っていいんですか?それとも無かったことに?」
「持って行って構わない。向こうでの行動については、外務省の特務官が指示する。今日はここに泊まって明日は、UHで横田に行ってもらう。米軍のC130でドイツへ行った後にベルギーに入国」
「どっこから表の行動になるんですか?」
「ベルギー国内に入ってからだ。米軍の連絡員とともにベルギーに入り、米大使館で外務省特務官と合流。ベルギー防衛大臣に任官の挨拶をしてから本格的な活動に入ってもらう予定だ。それと肩書きも変わる」と言って管理官はもう一つファイルを渡した。「それはここで覚えていけ」
霧島は頷いてA4一枚のファイルを見た。
「名前も変えるんですね。しかし、どれだけ飛ぶんですか階級」
「大出世じゃないか。まあ、お前なら本来はこの階級でもおかしくないがな。制服と階級章は後で渡すから確認するように。それと現地での諜報資源は全て使って良い。特にあれもだ」
「あれというと、あれですね」
「合言葉は覚えているだろ?荒事にならないことを祈るが、もしもの時の備えさ」
「了」




