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その日の未明、ベルギー ブリュッセル マリアンヌ通りで交通事故があった。
交通事故自体はどこの国でもそうだと思うが、そんなに珍しい事ではない。ただ事故を起こしたのが外国人で、それも世界的に規律を守るとされている日本人のそれも女性が起こした飲酒による事故という事で、それなりのニュースになっていた。そして、その事故を起こした女性は衝突のショックで死亡していた。エアバックは機能したが、車体がかなりひしゃげているので、圧迫死でもあったろう。
女性の名前は、杉村香、30代前半であった。彼女の仕事は日本大使館員とニュースでは伝えられた。
ただし、正確には外務省付き自衛官、いわゆる防衛駐在官であった。諸外国で言うところの外交部官であった事は伏せられていた。
彼女の仕事は主に、日本の要人がEUを訪れる時のセキュリティに関する協議を同大使館付きの警察庁出向員と協働で当該国警察及び軍と行う事であり、また、NATOと自衛隊の合同軍事訓練時の調整役を担っていた。
そして公然の知として、周辺諸国の軍事情勢を調査するスパイでもあった。特に、ロシアがウクライナに侵攻してからは、その役割は重要になり、イギリス、フランス、ドイツの駐在武官と連携して、ロシアだけでなく、各EUの軍事組織動勢(準軍事組織も含む)などを探り、また、軍事技術や作戦内容などを分析し、日本に送り、その情報は日本の外交策や自衛隊のドクトリンや装備の更新などに役立てられていた。
その彼女が交通事故で死亡した事について、単なる飲酒運手による事故として処理が進んで行ったことに、日本国は明らかに不信感を抱いていた。
そのため、統合幕僚監部は、ベルギーに捜査のプロを送る事にした。
外務省及び幕僚長の指示を聞いた時に、派遣要員として警務管理官の頭に浮かんだのは、1人の男だった。
「霧島少尉を呼べ」
管理官室に戻ってくるなり、そう言われた管理官付きは「どちらの霧島でしょう」と聞いた。管理官付きになってまだ1ヶ月しか経っておらず、意思疎通がままならないところもあったが、これは管理官の伝え方が悪かった。
「43普通科連隊の霧島哲也曹長だ」と管理官。
管理官付きは、43…どこだ?と怪訝な顔をしながら、「かしこまりました」と言った。




