【02】ラストバトル
この世界の暦で一〇二五年。
滝壺の水辺では、今まさに最終決戦が始まろうとしていた。
「ちょっと! 死にに行くんだったら、そのG23F置いて行きなさいよ!」
背中越しに聞こえたパミーナの言葉を無視してミーシャ・ベックは駆ける。
G23Fを握る左腕を目一杯伸ばして引き金を弾いた。
銃声と共に次々と発射された9㎜パラベラム弾が、螺旋を描きながら空を穿つ。雨粒をはじき飛ばしながら、人外と化した殺人鬼へと襲いかかる。
殺人鬼は頭を屈め、身をよじり飛来する弾丸を次々とかわしていった。
チェーンソーを振り上げ斬り落とし、弾丸をはじき返す。金属音と共に火花が散った。
「ちょっと、嘘でしょ?!」
流石のミーシャも足を止めて目を丸くする。
そんな彼女を嘲笑うかの様に殺人鬼が吠える。チェーンソーを振り上げながら突っ込んで来る。
ミーシャは地面を蹴りつけ一気に加速すると水際を駆け抜けながら、すれ違いざまに殺人鬼の胴を三日月刀で斬りつけた。しかし浅い。
殺人鬼も彼女の背中を追う様に、反転しながらチェーンソーを水平に振るった。
ミーシャはそのまま前方へと飛び込んで転がり、これをかわす。直後に素早く起き上がると殺人鬼の方を向いて、G23Fに装填された弾丸を残り三発になるまでぶちこんだ。
銃声と共に胸や腹、肩で鮮血が飛び跳ねる。
至近距離の銃撃により、流石の殺人鬼もたたらを踏んでのけぞったが、まだ倒れない。
「化け物め!」
舌を打つミーシャ。
彼女は殺人鬼が体勢を立て直す前に右足で踏み込み、三日月刀で彼の顔面を斬りつけた。
鴉の仮面が真っ二つに割れて地面に落ちる。
その下から現れたのは……。
「あんた……」
ミーシャは大きく目を見開く。
くすんだ金髪と白蝋の様な肌。
えぐれた左眼に対して、爛々と輝く右眼。動物の様な潰れた鼻。少し突き出た口元から覗く鋭い牙。
明らかに人間とはかけ離れた容貌であった。
しかし、そんな事よりもミーシャの目を引いたのは、赤く輝く右眼の下――頬骨の上に並んだ三つの星形の痣だった。
『十一の月と七つの晩を越えた後に世界へといでた三つの禍星を持つ者が、新たな暦の始まりよりおよそ千年後に魔王として覚醒する』
聖イトーの妻、大賢者メニレスの予言が指し示していたのは、十一月七日に生まれ、脇腹に三つの痣を持つロザリア姫ではなかった。
右頬に三つの痣を持ち、向こうの世界の十一月七日に、この世界へとやって来た殺人鬼の事であった。
唖然とするミーシャ。
その隙を逃す殺人鬼ではなかった。
チェーンソーが袈裟に振り下ろされる。
「危なっ!」
何とか後ろに退いてかわすも、直後に鋭い前蹴りが飛んできてミーシャは吹っ飛ばされる。
湿った地面に背中を打ち付けた。
「……ううっ」
殺人鬼が牙を向き出しにして唸る。
彼の肉体は一度死した事により、魔王への覚醒が始まろうとしていた。
苦痛を堪えながら緩慢な動作で上半身を起こしたミーシャの元に殺人鬼が近づく。
鋭い回転を見せるチェーンソーが高々と振り上げられる。
その瞬間だった。
水辺とは反対側の岩場の上から、次々と放たれた矢が殺人鬼の腕や肩に刺さる。
パミーナだった。
殺人鬼の動きが止まる。
ミーシャは立ち上がり後方へと飛び退く。
古いマガジンを地面に落とし、三日月刀を一旦地面に刺すと、腰に巻いたベルトポーチの中から取り出した新しいマガジンを装填した。
この世界に来るときに山ほど持って来たマガジンも、これが最後だった。
ミーシャは再び殺人鬼に近づきながらG23Fをぶっぱなす。
一発、二発、三発、四発……両足を的確に狙う。
殺人鬼はたまらずに膝を突いた。
ミーシャは彼の目の前に立って、そのうなだれた頭に銃口を向ける。
殺人鬼が顔を上げて首を傾げた。
「ねえ……おどもだぢになっで」
それは病気の獣の様な声だった。
ミーシャは眉ひとつ動かさずに返事を返す。
「嫌よ。サイコ野郎」
残りの9㎜パラベラムを全弾ぶち込んだ。
殺人鬼の顔面は一瞬にして血だるまになる。
そのまま殺人鬼は天を仰ぎ、地面に背中をつけた。
パミーナが岩場の上から飛び降りてミーシャの元に駆け寄って来る。
「殺ったの?」
「ええ……」
ミーシャは地面に落としたマガジンを回収しG23Fをホルスターに戻した。三日月刀を鞘に納める。
「……流石は竜殺しのミーシャ・ベック」
「あら、あたしの事、知ってたの?」
「それはもう、御高名はかねがね……」
「あはは。でも、あんたがいなけりゃ二回、死んでたけどね。ありがと」
自嘲気味に笑うミーシャ。しかし、パミーナは首を横に振った。
「いいえ。太刀筋はたいしたものよ。あなた、向こうの世界でも戦士だったの?」
「武術は習っていたんだけどね。VRゲームも好きだったし。でも本格的な戦い方を覚えたのはこっちに来てからかな」
ミーシャはこちらに着いてから十年近く冒険者として経験を積んでおり、実戦での立ち回りはその間に磨かれたものだった。
「それにしても……」
パミーナは殺人鬼の顔面を見下ろす。
「あの三つの痣……」
「あんたも見たの?」
ミーシャの問いかけにパミーナは頷く。
「……こいつが魔王ゲデルマの転生体?」
「かもね」
しかし、殺人鬼の顔面はミーシャの銃撃によって大きく損壊しており、三つの痣があったかどうかは判別不能となっていた。
「これでは教会にこいつの首級を持って行っても、姫様の疑いを晴らす事はできなそう」
パミーナが残念そうに嘆息した。
「もう今更どうでもいいって。それにあいつの事だし、この化け物の首を持っていっても事実を揉み消しそう。勘違いで一国の姫君を追い回していたなんて、それこそ前代未聞の醜聞だもの」
ミーシャは鼻を鳴らして彼女の顔を思い浮かべる。
「それもそうね……」
パミーナがそう答えたところで、ミーシャが滝壺の東側へと目線を移す。
「火の手も収まって来たし、教会の連中が戻って来るかも。そろそろ行くわ。……あたしはこのまま森を西に抜けるけど」
「私も一緒に。次の仕事がちょうど、そっちの方なので」
二人は歩き出して滝壺の縁を離れる。
「結構、繁盛してるのね。転移術師」
「まあ、それなりに……」
そうして二人は西の森の中へと姿を消す。雨は何時の間にかあがっていた。
しばらく経って滝壺の縁に倒れたままだった殺人鬼の右手の指先が、地面の砂礫を引っかいた。
それから数日後の事だった。
滝壺の西の縁の砂礫に描かれた魔方陣を見下ろしながらホプキンスは、その表情を歪めた。
「……あの闇エルフ共め」
残された魔方陣によって、どうしても手に入れたかったロザリア姫の首が遠い場所へ行ってしまった事をホプキンスは悟った。
ジョナサン・コールファクスは、そんな自らの上官の肩に手を置いて沈痛な面持ちで言う。
「……魔王が異世界へと去っていったのならば、それで良しとしましょう」
「ならん……それでは駄目なのだ……首級が……私が魔王を倒したという、証が……」
ホプキンスは肩をゆすり、彼の大きな手を振り落とす。
「しかし、その魔王を追い詰め、異世界へと追いやったのは、他でもない団長の功績であります。その事実は誰の目にも明らかではありませんか?」
「違う……違うッ!」
ホプキンスには良くわかっていた。
これは教会の功績であり、銀鬣騎士団の力。
あのお飾りの聖騎士はただふんぞり反って怒鳴り散らしていただけ……周囲はきっと、そう考えるはずだと。
そして自分は多くの兵を失った無能な指揮官として、父に責任を問われる事になるのだ。
なぜなら父は、いっさいホプキンスを信用していないのだから。
何もできず、いつも失敗ばかりする、怒鳴られなければ何もできない愚か者。言うがまま、されるがままの子供。
人形。
それが彼にとってのホプキンスである。
だからこそ、自らの手でロザリア姫の首を斬り落とす事にこだわって来たのだ。
「糞……糞……またパパに怒られる。嫌だ……嫌だ……」
脳裏に怒鳴り声を上げながら拳を振るう父の顔が浮かぶ。
……すべては、お前のためだ。
歪んだ心が更に軋む。
そんな心中など知らぬジョナサンが決定的なひと言を発した。
「そんな事はありませんよ。団長の父上も鼻が高いでしょう。きっと、あなたの様な」
「五月蝿いッ!!!」
絶叫が彼の言葉を遮った。
瞬時に抜き放たれたレイピアの剣先がジョナサン・コールファクスの喉を深々と貫いた。
「だん、ちょ……あ……ああ……」
レイピアが抜き放たれる。
ジョナサンは、喉を両手で抑えながら二歩、三歩と後退り、尻餅を突いてゆっくりと仰向けに横たわった。
周囲にいた騎士達が唖然とその光景を見詰めていた。
返り血に染まったホプキンスは大声で叫ぶ。
「この私こそがッ! 魔王を討つために生まれて来たッ! 勇者であるッ!! ひぃやははははははははははは……私は特別なのだぁあああああああああッ!!」
ただちにホプキンスは騎士達に取り押さえられた。
そして、このあと教会は例の岩壁の洞窟内を調査し、おぞましい剥製や人肉の薫製、蝋燭などの品々を発見する。
しかし、例の鴉の仮面の姿は、どこにも見当たらなかった。
更に洞窟の最深部で魔女エレナの名前が刻まれた棺を発見するが、その中には大量の枯れて腐った花か入っているばかりだった。
洞窟の入り口は教会によって、おぞましい品々と共に埋め立てられて塞がれた。
因みにホプキンスは、父の力で罪に問われる事はなかった。
すべては魔女の呪いの仕業という事になり自宅の地下室に幽閉される事となった。
ミーシャとパミーナの二人は魔女の庭を抜けると、大陸の西海岸沿いにある港町を目指す事にした。
森の西から海岸近くまで広がる荒野を渡る。
その途中、星空の下、燃え盛る焚き火で暖を取りながらパミーナが問うた。
「そういえば……あなたはこれからどうするの?」
「どうするって?」
「また、前にみたいに冒険者でもやる訳?」
「んー、パパが待ってるから、向こうの二〇四〇年に何とか帰るけど……」
「忘れたの? 一度、漂流物になったものは、二度と漂流物になれない」
「わからないじゃない。あたし達の知らない方法があるかもしれないし、何年かしたら、そういう技術が開発されるかもしれない」
「能天気ね」
「前向きって言ってよ。幸いにもあたしは、エルフの血をひいてるから、時間ならたっぷりあるし」
ミーシャは気安い調子で、そう言った。
するとパミーナは呆れ顔で溜め息を吐く。
「それなら、私の師匠を頼りなさい。あなたと同じ向こうから来た人で、ずっと帰る方法を探している。南海のマトゥールっていう島で暮らしているわ。会いに行ってみて」
「……あんたも一緒に来てくれるんじゃないの?」
「私は仕事があるから」
「つれないね」
「それから私の師匠、向こうの世界で、町から頼まれた鼠退治の報酬を踏み倒された腹いせに、そこに住んでた子供達を拐ってこちらの世界に流した事があるっていう、まあまあ頭のおかしい人だから気をつけて」
それを聞いたミーシャは大きく目を見開く。
「それって、ハーメルンの笛吹き男?」
「ええ。確か“はーめるん”がどうしたとか言ってたわね。向こうじゃ有名な話なの?」
きょとんと、首を傾げるパミーナの顔を見てミーシャは声高らかに笑った。
このあと、ミーシャ・ベックは様々な冒険の果てに、現世の二〇四〇年へと無事に帰還するのだが、それはまた別な物語である。




